2018/8/13

オウム事件での死亡者  カルト・宗教・犯罪

オウム事件関係での死亡者一覧
[ご遺族におかれましては、一時新聞に出たこともあるとはいえ、この媒体に出すことをどうぞお許しください。オウム真理教が、このように事件を起こしたことを記録し、忘れないために作成しました。また純粋被害者の方々、内部死亡・関係者死亡の人ともども記載することをご容赦ください。]
留意点
−当職として、それなりに判明したと判断したものです。中野区野方のオウム真理教付属医院での重なった死亡などあと十件ぐらいが判明していません。
−明らかな病死や一般事故死を除く。
−●印は、刑事事件として立件された案件です。
−匿名の「さん」は女性、「君」は男性です。
−信者とあるのは、出家者である場合を含む。照らし合わせをしきれず。
−内部死亡は、なかな確実な情報を得られません。
−教祖を除く。

★これまで、いくつかの情報を頂き、ありがとうございました。より正確さを期すため、心覚えのある関係者は、現役さんでもいいのでメール連絡でも下さい。★

  名前   死去日時      
  享年   事件
1−MT君 1988年9月22日 
  25歳 信者、リンチ水死
2−●田口修二君 1989年2月10日頃
  21歳 出家者、首折りリンチ
3−HMさん  1989年2月23日の出家後
  30歳 出家者、蓮華座を組まされつづけ腎不全死亡  
4−●坂本堤氏  1989年11月4日未明 
  32歳 坂本一家殺人
5−●坂本都子氏  1989年11月4日未明
  29歳 坂本一家殺人
6−●坂本龍彦氏  1989年11月4日未明
  1歳と71日 坂本一家殺人
7−吉田英子さん 1990年か1991年5月1日 
  27−28歳、出家者−上祐・IHもいる場所にて。
  教祖が首を折るか(故新実の伝聞)某死刑囚の薬物注射か(上祐の話)
8−UFさん   1991年11月20日
  25歳 出家者、富沢町で病死、医療問題
9−ON君    1993年6月6日 
  25歳 出家者、逆さ吊り死
10−●落田耕太郎氏 1994年1月30日未明
  29歳 元出家者、絞殺リンチ
11−TS君    1994年2月23日
  18歳 出家者、無理な重機運転で事故死亡
12−●濱口忠仁氏  1994年12月22日
  28歳 VX液殺人
13−IAさん   1994年4月11日
  80歳 信者、オウム医院で催眠導入剤サイレース投与継続で心不全か
14−NHさん   1994年6月
  57歳 出家者、47度温熱死亡
15−OS君    1994年6月
  24歳 出家者、LSD副作用または温熱死亡
16−TK君    1994年6月春か夏
  23歳 出家者、温熱? 故井上外の供述
17−KF君    1994年6月12−13日
  23歳 信者、LSD副作用または温熱死亡 
18−●瀬島民子氏  1994年6月28日午前0時15分頃 
  35歳 松本サリン
19−●阿部裕太氏  1994年6月28日午前0時15分頃
  19歳 松本サリン
20−●伊藤友視氏  1994年6月28日午前0時15分頃
  26歳 松本サリン
21−●安本三井氏  1994年6月28日午前0時15分頃
  29歳 松本サリン 
22−●室岡憲二氏  1994年6月28日午前0時15分頃
  53歳 松本サリン
23−●榎田哲二氏  1994年6月28日午前2時19分頃
  45歳 松本サリン
24−●小 林 豊氏  1994年6月28日午前4時20分頃
  23歳 松本サリン
25−●富田俊男君  1994年7月上旬
  27歳、出家者、虐殺リンチ殺人
26−SY君    1994年7月11日前頃
  22歳 準出家者、LSD副作用または温熱死亡
27−NT君  1994年7月15日   
  34歳、出家者、50度温熱刑致死
28−ST君    1994年 
  21歳−22歳 出家者、LSD副作用または温熱死亡 
29−MAさん   1994年11月17日
  59歳 信者、薬物で心不全か
30−ATさん   1994年12月
  29歳 信者、ニューナルコか
31−KTさん   1994年12月7日 
  33歳 信者、薬物死亡か
32−●仮谷清志氏  1995年3月1日午前11時過頃
  69歳 監禁薬物致死
33−●岩田孝子氏  1995年3月20日午前8時05分頃
  33歳 地下鉄サリン
34−●坂井津那氏  1995年3月20日午前10時20分頃
  50歳 地下鉄サリン
35−●和田栄二氏  1995年3月20日午前10時02分頃
  29歳 地下鉄サリン
36−●小島 肇氏  1995年3月20日午前10時30分頃
  42歳 地下鉄サリン
37−●高橋一正氏  1995年3月20日午前9時23分頃
  50歳 地下鉄サリン
38−●渡邉春吉氏  1995年3月20日午前8時10分頃
  92歳 地下鉄サリン
39−●菱沼恒夫氏  1995年3月21日午前4時46分頃
  51歳 地下鉄サリン
40−●中越辰雄氏  1995年3月21日午前6時35分頃
  54歳 地下鉄サリン
41−男性   氏  1995年3月21
  76歳 地下鉄サリン サリン吸引が浴室事故の原因の心筋梗塞、救済金認定
42−●藤本武男氏  1995年3月22日午前7時10分頃
  64歳 地下鉄サリン
43−●田中克明氏  1995年4月1日午後10時52分頃
  53歳 地下鉄サリン
44−●伊藤 愛氏  1995年4月16日午後2時16分頃
  21歳 地下鉄サリン
45−●岡田三夫氏  1996年6月11日午前10時40分頃
  52歳 地下鉄サリン
46−●河野澄子氏  2008年8月5日午前3時4分 
  60歳 松本サリン

死刑執行死亡
1−早川紀代秀 2018年7月6日午前
  68歳 死刑執行
2−井上嘉浩  2018年7月6日午前
  48歳 死刑執行
3−新実智光  2018年7月6日午前
  54歳 死刑執行
4−土谷正実  2018年7月6日午前
  53歳 死刑執行
5−中川智正  2018年7月6日午前
  55歳 死刑執行
6−遠藤誠一  2018年7月6日午前
  58歳 死刑執行
7−宮前(旧姓岡崎)一明 2018年7月26日午前
  57歳 死刑執行
8−横山真人  2018年7月26日午前
  55歳 死刑執行
9−端本悟   2018年7月26日午前
  51歳 死刑執行
10−小池(旧姓林)泰男  2018年7月26日午前
  60歳 死刑執行
11−豊田亨   2018年7月26日午前
  50歳 死刑執行
12−広瀬健一  2018年7月26日午前
  59歳 死刑執行
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2018/8/13

雨宮処凛さん2- 破壊願望のこと  カルト・宗教・犯罪

雨宮処凛さんへのこと、下記の6月9日ブログにも書きましたが、改めて更に書きます。http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20180609/archive

 雨宮さんは、裁判経過も相当程度知っていると思ってきたのですが、違っていたのでしょうか。麻原裁判での、弟子の証言を阻止しようとする姿、阻止できなければ妨害しようとする姿、それも通らなければ拗ねてしまう姿、もとより弟子に刑事責任を負わせようとする情けない姿、それ故に弁護団も呆れてはて、つまりは訴訟能力を争わなかったことを、関心をもって知っていたと思うんですが。

 雨宮さんは、森氏のような、判決期日のみをみて「傍聴した」なぞと言い、一審弁護団の(まあ職務上は当たり前の)無罪主張の論拠とした「弟子の忖度」「弟子の暴走」論に同意と言いつつ、弟子の暴走でないことを前提とした「指示した動機が分からない」なぞという根本的な矛盾を平気で問う人とは、違うはずだと思っています。

 麻原さんのような人は時に出てきています、不思議でも何でもない。社会への恨みによる通り魔殺人も無差別殺人もいくつもあるではないですか。そんな人が記憶力としゃべり、集団の心理操作が上手であれば、一定の集団も作れます。ミニカルト事件もいくつもあるではないですか。ご存知でしょう。
 オウム事件は、麻原が仏教の危うい所を利用したことも相まっての、麻原がエスカレートさせえたものでしょう。


 すなわち、オウム問題での課題は、どうしてここまでエスカレートしたか。それに幻惑されていく人がどうしてここまでいたのか、という所が最大だと思うんです。


 頭が良くてもはまる人がいる、否、頭の良い「純粋まっすぐ君(c小林よしのり)」こそが容易にはまっていくというようなことは、ご自身は直ちに分かる筈と思います。言いかえれば、「なぜ多くの人が入ったのか、あそこまでしたのか」という問いの答えは、世間智のない人が一定層いること、そしてマインドコントロール、薬物まで使った洗脳と思うんです。
 もとより、警察も行政もまともに対応しなかったことなども、エスカレートした原因でしょう。

 でもそれだけでは不十分でしょう、ご自身の昔の下記の言葉からみられる感覚―破壊願望のこと―が、やはり重要な要素だと思うんです。「内なる麻原」の問題だと。麻原彰晃は、弟子らの「内なる麻原」を引っぱりだしてきた存在でもある、と。
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 「―オウムにはシンパシーはあるんですか?」「「ムチャクチャありますよ。サリン事件があったときなんか、入りたかった。『地下鉄サリン、万歳!』とか思いませんでしたか? 私はすごく、歓喜を叫びましたね。『やってくれたぞ!』って」
−2002年のインタビュー記事(大橋由美『井島ちづるはなぜ死んだか』(02年/河出書房新社)収録)です。
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 このインタビューにある色んな凄い発言も含めて私は率直な人だな、と思いました。そしてこの率直にご自身の言葉こそが、もっともっと世の「大人たち」に知られてほしいと思いました。2チャンネルなどでの匿名の声を聞けば、オウマーの一つの感覚を知れば、実は「内なる麻原」のことが大きいですよね。
 だから、この問題の最後の方では、それを前面に出して言うべきなんだろう、と思ったものでした


 私、雨宮処凛さんが、有名になる前、元出家者やオウマーと接触していた頃に知って、そしてこの言葉が出ているので尚更に関心を持ちました。率直に破壊願望を吐露されてる、と。発言当時は右翼だったかな。そんな縁から、2008年5月24日、地元の憲法九条やまとの会の集まり「「爆音の町から生きさせろ!やっぱ九条」シンポジウム〜戦争と貧困、そして憲法〜戦争と貧困、そして憲法」にきていただき、雨宮処凛さんと軍事評論家の故神浦元彰さんの対談を企画し、その進行役になった。雨宮さんの発言、そこでも若者の生活と心情が示され、とても良かったです。

 ご自身は、破壊願望の点、それが他人から引っ張り出された時の恐ろしい展開を、世に説明していける素敵な感性を持っていると思います。期待しています。
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