2016/7/19

破壊の時代、かなあ。  カルト・宗教・犯罪

時代論とか、世代論を簡単に言いたくはないが、もはや「破壊の時代」かなあ。
どうやって止められるのかなあ。


1つは、戦争それも自爆戦争という拡大
−爆弾などを抱えてのテロ。イスラム過激派が主だろうけれど、戦時中の特攻隊など、日本でも親和性のある事態です。無辜の市民を殺すテロなのだから特攻隊とは違うものではあるが、欧米側がやたら強いのだから、やむなくこうしているので、と抗弁があるのだろう。

1つは、それが拡大自殺にまで、世界各地で広がっている。

−フランスのニースでの17トン車100人近くの殺人事件なぞ、2週間程度で過激派思想を身に着けたとのことであり、むしろ自分の死亡と共の無差別殺人をするための論理的正当性を自ら認めた、と言う感が強い。
−日本の先年の新幹線事件、その前の秋葉原事件なども類似していると。
−大型車とか、マッチ・マッチ箱・ガソリンがあれば、何十人、何百人を殺せることが知られてきてしまった。

1つは、これらがカルト問題でさえなくなってきしてまった。タナトスというか破壊願望、それも外に向けた破壊願望が広がってきてしまった。
−マインド・コントロールでさえない。対象者に対し、気づかないうちに様々な心理操作手法を集積・継続して使い、その信念体系を変えるものをマインド・コントロールというが、そんな内容もなく、
−そもそも、ほとんど心理操作も使わず、こうなってきているのだから。

1つは、近代国家の基本的価値観・思想が失われていく、と。

−各国政府の対応は、直截的な対応をして、当面の国民の不安をなだめる方策のみであり、法治主義、基本的人権の尊重が危機に瀕している。直ちに薬物犯を射殺せよというフィリピン、死刑はないが多く射殺するフランス、米国諸州、そして遡って死刑を復活させるというトルコ。英語圏から始まっての令状ないままの幅広い盗聴、データ取得という状況。日本も着々と。
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