2016/2/26

紹介―日の丸9条の会をめぐって  憲法・社会・官僚・人権

http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20160224/archive
2月24日の書込みにつきFBで紹介したところ、議論かありました。紹介します。人の書き込みは自分の著作物ではないので、引用にとどめます。青色が私の文章抄本です。詳細は下記にて
https://www.facebook.com/taro.takimoto.94

―「偶像崇拝も偶像崇拝禁止もコインの裏表で、極端になるとどちらも有害だ。」「日の丸嫌いと9条嫌いと垣根にゲシュタルト崩壊をさせたい」(2つともC山口あずさ)と考えます。事柄の本質からして「左翼は日の丸が嫌い、ウヨクは9条が嫌い」という態度は、のんきに過ぎると。

2>日の丸を不当に強制する自民党への支持。9条の改悪案も自民党の案とほとんど変わらない。
>本来、平和国家として再出発する際に変更すべきであった

―・かたくなな対応は、圧倒的多数の国民が愛着を持っている者に対して、愛着を持つなと言っているようなもの。・本来変える「べき」だった、というような主張は「議論のための議論」、建設的ではありません。
・自民党の政策は、海外派兵です。その政策に強く広く反対する力を強くするためにこそ
・戦争法阻止等の一点で一致するものは共闘という意味は、他のこと―原発だろうと、TPPだろうと、なんだろうと―の違いは捨象してもっとも重要なこの課題にて、ともに闘うという意味
・推進側に痛打を与えます。金太郎飴の運動ではないことが示される。


―愛着を持つ人が入るだけの話。逆に侵略的兵器のことまで書いてあるのは、意義が大いにあるところだろうと。

4>スポーツの応援旗の範囲。変わる旗がまだ無いから。競技場以外で日の丸の旗を振るのは、「右翼」ぐらい
>安倍内閣は、昨年、ODAマークではなく、日の丸を使うように「指導」するようになりました。

―旭日旗と異なり韓国などでも既にそうは心理的反発されません。どのような国旗国歌であろうとも、これを拒否する自由は当然ある、と。それは日の丸だからではなく自由権として。

5>澤藤統一郎弁護士の憲法日記で論破されている―http://article9.jp/wordpress/?p=5589
―下記のような書込みで気持ちか結論だけを書いてあるだけ

>私の感性がどうしてもこれを受け付けない。大きな違和感
>「日の丸」と九条は両立しないでしょう
>先日の反原発デモに日の丸。愛する日本を汚すなという意味合い、とてもついていけない
> 「日の丸を自分の側のシンボルにした途端に、国家や政権と対決する姿勢を見失うことになる」
>刺身にワサビだ。耳に心地よい会話で味付けの今日のランチは旨かった。

―結論だけで理由が書いてない、感情の吐露。原発問題でもそんな感じではいては力ある「共闘」なんてできないではないか、それこそ右翼も左翼も関係がない事柄なのに残念っ、と。

6>そのような運動は右翼の皆さんの中でやられたら。「日の丸を認めないから、平和運動は広がらない」といった、平和運動を必死でやってきた方々の運動をいやしめる中傷

―「1点での共闘」の意味をどうか理解してほしいです。他こと題での相違は捨象しつつ、「1点で共闘」してその課題での力を高めていく、という意味でしょう。典型的なのは、それ以前は互いに殺し合っていたのに日本軍に対抗するために共に闘った「国共合作」でしょうし、長州征伐とかで殺し合っていたのに幕府に対抗した「薩長同盟」でしょう、すごい話。

「右翼の皆さんの中でやられたら」というのは、これを全く理解していない。―たとえば、「日の丸に9」どころか、もろ日の丸の旗を翻し特攻服を着た右翼の人であっても、「戦争法廃止、今次の明文改憲反対」あたりで一致するならば共に闘うと、その決意が必要だということこです。ああ、昨年安倍首相自宅に向けて、そんな真正右翼がデモしたようですが、その後の動きが見えず、また一緒にやったという情報もなく残念。仮にそれが実現した時の反響の大きさを想像してみて。

私は、「伝統的価値を大切にしつつも取捨選択して漸進させていく本来の意味での保守主義者」といったところで右翼(売国右翼と真正右翼)ではない。また、この意見は平和運動への助言・批判ではあっても、中傷ではないでしょう。
「9条改憲阻止運動には日の丸を持ち込むな」と、逆に不使用を強制したがっていることになるのだ、と理解してほしいところ。
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