2014/3/20

心痛の回復のため  カルト・宗教・犯罪

3月20日ですね。涙雨のように感じる。親しい人が亡くなった場合、その心痛からの回復は「時薬が一番」なんて言うけれど、本当かなぁ、と思う。

少なくとも犯罪、まして故意の犯罪により死なされた場合は、加害者の真摯な反省が遺族として感得できること、それがもっとも大切なことだと、私は断言したい。

オウム事件の場合、未だ教団が残っている、それも「アレフ」は麻原を堂々と教祖してあがめ、「ひかりの輪」はいけしゃあしゃあとメディアに出ていて相手をするメディア人も何人かいる。これが、心痛からの回復のために、もっとも障害になっている。

言い換えれば、今もそんな信者であること自体が、手酷い加害行為だということ



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別の話、まあそんな教団を復活させないための番組ということでは共通する話題
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20140121/archive
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20140122/archive
に書いた、
2012年12月30日深夜に関東地方で放送のテレビ東京「あの声が聞こえる〜麻原回帰するオウム〜」に関するBPO決定だが、記者会見の内容が、下記に出ているのですね、ぜひご一読を。

つまりは、人物特定がしにくいように、所在など更に工夫した上で、再放送をしていいですよ、むしろ「公共性、公益性が高い」から是非そうして、というような感触を受けます。テレビ東京さん、どうぞ再放送して下さいませ。
http://www.bpo.gr.jp/?p=7241&meta_key=2013 


以下、その要点と言うか、留意したいところ。
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申立人から求められていた再放送しないことについて。
---「再放送をしてくれるな」と言うことは、表現の自由にも関わる。そこまでは立ち入っていないということだ。

人物が特定出来ない状況で放送すれば、カウンセリングや手紙の内容を放送しても放送倫理上問題がなかった、という判断か
---放送をする時には、心の機微に触れるものであればあるほど、特定されないような表現方法を採ることで、脇を固めることが大事なのではないか、ということを、このケースでは考えさせられた。

「隠し撮り、隠し録音の取材手法とその放送の当否」**取材方法については特に今回の判断の中では示していないという理解でよいのか
---隠しカメラ、隠しマイクは、原則として使用すべきでなく、例外として使用が許されるのは、報道の事実に公共性・公益性が存在し、かつ不可欠の場合という基準。今回はそれを前提として、問題の部分の放送の仕方を議論したということだ。

---プライバシー侵害かどうか、その違法性が阻却されるかどうかという点はあるが、他人に知られたくない自分の内面を知られてしまったという点が、具体的な被害と言えば被害であろうと思う。

---ネット社会におけるテレビの利用のされ方という点から、表現手法にかなり気を配ってやっていく必要が今後は出て来ると特に強く思っているので、その辺を考慮した。

---放送の公共性・公益性が極めて高い放送なので、プライバシー侵害として違法だという判断をするかどうかという点が非常に難しく、委員会では意見が一致しなかった。ただし、放送倫理の問題として、こういうことを局側に望む、という点では意見が一致したので、その限りで本人を救済したという結果になった。本人に対する救済の必要性との関係は、公共性・公益性との兼ね合いでバランスをとる
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