2012/3/7

昨日の裁判−感想と報告  カルト・宗教・犯罪

当り前ですが、やはり社会的な関心が高いですね、かなり報道されている。

 A被告は、有利不利を問わずすべて正直に話しています。私はそう思うし、直接調べた警察や検察もそう感じただだろうと思います。

 で、報道がすべて正確であればいいのだけれど、間違ったものも散見され、そうでなくともごく一部を切り取った報道をしていて、誤解をまねいてしまうのでは、と思うことがある。尋問内容自体、傍聴記録がそれなりに出ればいいのに、出ていない。

 例えば、平田被告(の手足と後姿とか)とウサギが一緒の写真が実に多数あって、毛も一杯保存してあって、被告人らの言っていることがそのまま真実だったんだ、と分かります。それが報道されていない。A被告の入信過程も述べたのに書かれていない。昨日の裁判では、短い時間でしたが、かなりの事を聞いていますのに。

 被告人がすべてを話していることの証拠として、私のみが聞いていた様々なことが「被疑者ノート」の写しを証拠提出してあります。もちろん本人の了解を得て。裁判所と検察庁には内容が伝わっています。

 また、弁護側は、オウム真理教やマインド・コントロールのことを説明した文献を含め、多数の書証を、(刑事訴訟法上必要な)検察官の同意も得て提出し、証人滝本太郎も証言しました。そのための20ページにわたる滝本陳述書も出しました。

 弁論要旨は時間不足ですべて朗読はできませんでしたが、裁判所などには勿論そのまま提出し、記者らにも写しを渡してありますところ、それが読み込まれてもいない。

 それがマスメディアの限界なのだろう、と思いますが、とするとそれを補充するものとして、生資料のうち、出してもよいだろうと思う下記のものを順次アップしていきます。

第1−滝本陳述書

第2−弁論要旨

第3−罪状認否で本人が述べたこと。
−手書きのA4の2枚のがあって、記者からコピーが欲しいと言われたのだが、申し訳ないですが、筆跡などまで公にしたくはなく、打ち直しておって、出します。

第4−最終意見陳述で本人が述べたこと。
−これは手書きの文章もなく、本人が言葉で述べたものでして、正確な再現をしていきたいが、少しお待ちください。

第5−罪状認否で、弁護人が述べたこと

それから
1−ああ、ウサギの名前は、それくらいは2人の秘密にしておいてあげたくて弁護側は一切出していなかったのですが、やはり検察側が冒頭から明らかにしてました。仕方がないんだろうと。

2−検察官も、裁判官も、もちろん記者も世代が変わってきている。中心的な人を除いて、やはりオウム真理教の事を知らない。事件内容自体は調べれば分かってくるのですが、あの1995年当時の感覚、破壊的カルト集団としての違和感を共通経験にしていない、ということはかなりの感覚の違いかと。
  証拠に文献などを出したことは、その意味で大変良かったな、と考えました。

あっ、降幡さんも傍聴に来られていた。頭が下がります。朝日新聞での優秀な記者の筆頭ではないかなあ、と思います。個人個人は素敵な、そして能力ある人もかなりいる新聞社です。

判決は3月27日午前11時
26

2012/3/7

本人の最終陳述  カルト・宗教・犯罪

 本人の最終陳述は、あらかじめ文章にしてもらってはおらず、本人が言葉で述べたので、正確なところをまだ示すことができません。
 本人の顔をしっかり見ていたくて、私どももしっかりメモしていなかった。
 ですので、下記は私の記憶などからの再現です。おって、正確に直します。(3月27日、記録に基づき正確にしました。)
   **********
 私が入信したのは、19年前でした。この17年間は平田信とウサギとの家族としての生活でした。この先どのくらい生きて償えるかを考えたときに、今までの長い年月の罪の重さというものが日に日に自分にのしかかってくる思いがしております。
 私はもちろん平田信も松本死刑囚には帰依しておりません。解脱者だとも思っておりません。まだ信じている人たちは、もっと良く考えて真実を見つめてください。
 最後になりましたが、オウム真理教の犯罪被害者の方々、遺族の方々、家族の方々、私に関わったすべての方々に深くお詫び申し上げます。
 本当に申し訳ありませんでした。

   **********
6

2012/3/7

弁護人の認否−冒頭  カルト・宗教・犯罪

以下は、弁護人としての、冒頭の認否です。
(2012.3.27記録に基づき正確にしました)

*********
被告人と同様で、公訴事実に争うところはありません。但し、平田信が2つの事件で手配されていたことはその通りですが、弁護士としてここで同人の有罪とか全面的な関与を認めているものではございませんから、ここで申し添えます。
*********
5

2012/3/7

本人の冒頭での認否・意見陳述  カルト・宗教・犯罪

下記は、本人が手書きで書いていたものを打ち込んだものです。
裁判冒頭の、罪状認否の際の本人の発言内容です。
*********************
       意 見 陳 述

起訴された内容に間違いありません。

私の罪名は『犯人隠匿』ですが罪を償うべきところはオウム真理教の信者だったというところからです。私は信仰、労働、財産の全てを教団に投じました。その行為が教団を殺人集団へと発展させたことは事実だからです。

逮捕された信者によって明らかになっていった悲惨極まりない事件の全てが教団の犯行であったと知った時、身の凍る思いがしました。教団が毒ガスや爆発物などを造らなければ、教義を盲信し実行する信者がいなければ、全く非の無い多くの方々がこれからも健康で幸せに暮らしていけたであろう未来を奪われずに済んだのです。拉致さえなければ假谷清志様は亡くなることはありませんでした。

私は平田信が実行犯のひとりと知りつつも、長官銃撃事件で冤罪とされてしまっては大変、愛する人を守りたいという身勝手な思いが強くなり、直ぐに罪を償うことよりも逃げることを選んでしまったのです。逃げている間にも、長い闘病の末亡くなった方もおられました。被害者の方ご家族の方の苦悩は時とともに増幅していき、その憎悪や社会の不安の声が私たちに向けられたのは当然のことでした。多くの実行犯は刑に服しすでに償いを始めているのに、被害者の方自らや弁護士の方などは二度とこのような殺人集団が生まれないように命がけで取り組まれているのに、看護師としても何かすべきことがあるはずなのに……罪悪感を抱えながら葛藤する日々でした。私は自分本位でかつ辛いことからすぐに逃げてしまう弱い未熟な人間でした。

私の選択は平田信の服役をも先延ばしにしてしまいました。國松元長官は逃亡の理由を知りご自分の命を秤にかけられたようでさぞやご立腹のことでしょう。
自分たちだけの世界にひきこもり長い間、責任をとらずにきてしまった訳ですから、結果的に松本死刑囚とその教義を信じて今だ存続する教団と同罪だと感じています。今頃償いたいと言っても遅い、被害者・ご家族の愛する方々は元に戻らないのだから…と言われるのも至極当然と受け止めます。
本当に申し訳ありませんでした。

刑事さんからなぜこんなに長い年月逃亡できたのかと訊かれたことがありました。私は良い方たちに出会えたからと答えました。この方たちは他人の痛み苦しみを自分の事のように共感できます。そして思いやる言葉をかけ手を差し延べます。相手の方は恩恵を受けたと感じ人にも物にも全てに感謝します。この人と人の温かい関わりが膨らみながら延々と続くのです。私は仏教など勉強したことはありませんがこの方たちには慈悲、仏のような心があると思えたのです。現実社会の中で人生を必死に懸命に生きてこられた方たちでした。なにも特別なことをされた方ではありません。社会の多くの方がそうでした。
辛くても現実から逃れず苦難を乗り越えた時、人は成長し慈しむ心が培われると学ばせて下さいました。私は学ばせて下さったこの方たちをも欺いて大変な迷惑をかけてしまった為、なお更罪深いと思っています。

この長い年月が何を意味するのか考え、罪の重さをしっかりと受けとめます。信者だったという罪が内在する『犯人隠匿』を生涯かけて償い続けていきます。
最後にオウム真理教の犯罪による被害者の方々ご家族の方々と社会の皆様に重ねて心からお詫び申し上げます。

本当に申し訳ありませんでした。
                         A
 

  ************
8

2012/3/7

弁論−その1  カルト・宗教・犯罪

平成24年3月6日
弁 護 人 弁 護 士  滝 本 太 郎
   同   弁 護 士  穗 積   学

東京地方裁判所 刑事第7部
 合議係  御中

被告人Aに対する犯人蔵匿、爆発物取締罰則違反(犯人蔵匿)被告事件について、弁論の要旨は次のとおりです。


本件について、被告人は公訴事実を認めた上で深い反省を示しており、弁護人も争わない。被告人には以下のとおり酌むべき情状が多々あるので、是非とも執行猶予付きの判決とされたいと考えます。以下述べます。
    
       目  次
1−長期間の事情
2−自首
3−蔵匿中の情状
5−内縁夫婦
4−深い反省、オウム真理教に入ったこと自体の反省
6−ウサギ
7−被害者への謝罪、賠償、贖罪寄付
8−社会復帰のこと
9−平田信との再会のこと
10−「疑わしきは被告人の利益に」の範中
11−警察の問題点
12−他の被告人への刑罰との均衡
13−結論


1 長期間となったのは特別な事情があった。
まず、被告人の犯行は、長期間ではありますが、身勝手ではあっても決して悪質なものではなかったことを十分考慮願いたいと考えます。
すなわち、本件は、平田信被告を14年間半、起訴されていない部分を含めると平成7年初夏からの16年間半という極めて長期間、蔵匿したというもので情状に影響しましょうが、しかし、こうなってしまったのはそれなりに理解できる事情があったものです。

というのは、平田信は手配されていた事件のみならず、平成7年3月30日の警察庁長官銃撃事件にあってもその狙撃犯だと疑われていたのであり、「間違った逮捕・勾留・裁判」は何としても避けたかったものであり、その点かなり理解できるものと確信します。
この疑いは、平田の狙撃能力、身長やアリバイからして、いまやすべて晴れているものですけれども、平成7年当時はもちろん、その後も警察のみならず、様々なメディアで書かれてきたことから分かるように社会からも疑われてきたものです。実際、未だ真相が判明していないものであり未だ疑っている無責任な論者も一部にはいましょう。

ですから、その公訴時効が完成する平成22年3月30日までは、警察がメンツにかけて、しかし間違った逮捕・勾留・裁判があるのではないか、と心配することは実に当然のことでした。それは社会に不安を与え続けたということで2人の身勝手ではあっても、十分理解できるものです。

すなわち、長期間のうち、平成22年3月30日までは平田の逃亡も、被告人の犯人蔵匿行為も、情状くむべきところがあること、その後は1年9か月後間の犯人蔵匿行為であったことを、十分に考慮願いたいと考えます。

2 自首
 被告人は、この1月10日自首したものです。自首は、自己の犯罪行為を申告しその処罰を自ら求める行為です。一件証拠から明らかに通り、被告人は平成8年2月東京新宿での状況から平田信と逃げていたと推測はされていたものの、平成23年年末までには15年間余りも経過しているのであり、決してしっかりとした推定はありませんでした。
 そのような状況の中、被告人は平成23年末の平田信の出頭の後、わずか10日で、自首をしているのです。その経緯も、そもそも平田と共に出頭しようとも言っていたところ平田から止められ、ついで弁護人滝本からの電話会話では直ちに自首することを確定的に決意し、実際に平田との関係も示す証拠を持参して、1月10日午前3時ころ、東大阪市から所轄の大崎警察署まで来て、自首したものです。

被告人は、自らの犯人蔵匿行為が引き続き刑罰対象であることを知り、更に逃亡することも不可能ではなかったのですが、自首したのです。
当時、警察にあっては、被告人に対して逮捕状を請求できる状況ではないままであり、平田の出頭前の状況からして大阪近辺であろうと推定してはいても、未だ所在など判明していない段階でした。

  その結果、被告人の自首は、まさに捜査機関の捜査の手間を相当程度省いたものであり、例えば半径10キロ前後のローラー作戦とか、逮捕状請求のための諸証拠の収集など含め、日当計算も含め1億円程度の捜査費用を節約させたのではなかろうか、とも考えます。

被告人の自首は、被告人自身の強い反省を示すともに、これらの意義も持つものです。この自首の点、大いに考慮願いたいと存じます。

3 被告人の本件犯人蔵匿中の情状も、特に悪いものではないと考えます。
  まず、被告人の犯人蔵匿行為によってなんらかの証拠が散逸するとか、適正な処罰ができなくなったという事案でないことを指摘します。証拠隠滅罪であればもちろん、犯人蔵匿行為でも証拠が得られなくなってしまったなどといった自体がしばしば見られるものですが、被告人の行為にあってはそのような事情は一切ありません。

次に、被告人が自らも偽名で生活し、借り上げ社宅付きの勤務についたことから犯人蔵匿行為をできたこと、わけても平成12年8月1日、偽名での全国健康保険協会健康保険被保険者証を取得できたことを幸いに固定電話、インターネット、携帯電話及び銀行口座などを持つことができ、長期間犯人蔵匿行為をしてきたことは、芳しくありません。
 
 しかし、この健康保険証を取得したこと自体は、決して計画的なものではありませんでした。被告人は、たしかに当該整骨院に入った平成9年5月頃、偽名で偽りの履歴書を提出していますが、その後何らの書類を作ることも提出することもなく、整骨院の「法人成り」を受けて保険証を受領することができたものです。その後の保険証の更新手続きにおいても、またしかりです。

  被告人は「吉川祥子」名で、その健康保険料、厚生年金はもちろん、所得税も、住民税も支払い続けてきました。更に、東大阪市からは被告人の逮捕後、住民税の支払いはどうするのか、平成23年分所得に課税される平成24年度支払い分はどうするのかと問い合わせがあり、これも支払ったところです。警察にあっては、被告人が偽名の保険証により診療を受けて7割分の支払いの免除を受けたとして、なんと詐欺罪で追送致をしたものですが、保険料は各実に支払っているものでもあり、もとより不起訴になっています。
  ですから、偽名で健康保険証までも取得したことは、制度上の問題ではあっても、被告人に特に不利益に考慮すべきものではありません。

 また、被告人は、仕事上にあっても、偽名であったという以外なんら問題がない勤務態度であり、客らからも実に慕われていた状況でした。これらは当時の雇用主が、騙されていたことから被告人を恨んでも不思議ないのに勤務態度などを嘆願書として述べてくれていることからも、また被告人の供述からも、明らかです。金銭的にも、昼食代金1000円は、レシート共々残金を返還してきたものです。
 
 以上のとおり、被告人の本件犯人蔵匿中の情状も、悪いものではないこと、十分に考慮願いたいところです。
11

2012/3/7

弁論−その2  カルト・宗教・犯罪

4 被告人にあっては、深い反省、特にオウム真理教に入ったこと自体についてさえも深い反省が認められること、教団から完全に脱会していることを、十分に考慮願いたい。
この点は極めて重要なことです。一連のオウム真理教裁判にあっては、形式上は教団を脱会した、退会したなどと言いつつ、心の中では脱会していないことから現実感ないままの反省であったり、脱会したと言いながら後に教団に戻ってしまった偽りの反省も少なからずいるものです。

被告人は、本件犯人蔵匿行為だけでなく、オウム真理教とかかわってしまったこと自体について深く反省しています。すなわち、被告人は、平田信ともに逃亡期間中、坂本弁護士一家殺人事件などを含む裁判の真実などを報道で知り、さらに教祖麻原の醜い法廷での態度、その後の死刑を免れようとする態度など知りました。

そして被告人は、自身も出家前までに様々な名目で数百万円もの布施をしてきたことが教団の活動に寄与し、オウム真理教付属医院で「ワーク」したことが教団の活動となり、更にキリストのイニシエーションにかかわったことなどを考え併せて、実に自分が信者であったこと、出家していたこと自体について深く反省しているものです。
ここまでの反省は、現役信者はもちろん脱会信者でも広く見られるものではなく、被告人の反省が実に深いことを示します。

もとより、被告人は確実に脱会しています。被告人は、とうに帰依マントラや立位礼拝も、麻原彰晃を「観想」する内容の瞑想もしておらず、組織からは平成7年5月頃に離れる時点で、心の中でも間もなく確実に脱会しています。

後記のウサギが亡くなった後にこれを供養する際に唱えたマントラ「オンマニペメフム」や、何か障害があるときに祈るマントラ「オンタレツタレトレスワハ」も、2人がチベット仏教に興味があったからこそ唱えていたものであり、決して「オウム真理教教団のマントラ」ではない。「オンマニペメフム」なぞは、チベット人が日々唱えているマントラであり極めて著名なものです。
被告人らは、検察官提出の証拠となっているパスポートの32ページにも記載ある通り、「あるヨーギーの生涯」といった本などを取得して読んでいたのですが、これらはオウム真理教の信者であれば持っていてはならない本であって、逆に、心の中でも麻原彰晃に帰依などしていないことをこそ示すものです。

被告人が心中においても麻原への帰依なぞしていないことは、当公判廷における供述内容のみならず、証拠として提出した被疑者ノートからも明らかなとおり、警察や弁護人に対して、公訴事実以外の逃亡状況、教団内部でのその他の事件などにつき知る限りを述べ続けていることからも、明らかです。帰依を続けているのであれば、「グルと弟子の関係」を結んだ者として決して教祖の意思に逆らってはならないのであって、秘密も守り、教祖や教団に不利なことを述べてはならないところ、被告人はすべてを話しているのです。

また、被告人らはまた、もともと知られている平田が平成7年に他の逃亡犯と接触した以外は、一切他の逃亡犯やオウム教団と連絡を取っていませんし、当初平田が受領した資金は格別、その後なんらの支援も受けていません。
このことは、警察の厳しい調べ、室内や所持物品の細密にわたる検査や見分、固定電話、残っていた旧いものを含む2台の携帯電話、同じく残っていた旧いパソコンを含む2台のパソコンの分析といった科学的捜査により、すべて明らかになっています。被告人がすべてを正直に話していることは疑いがないところです。

更に被告人は、自らの平成5年2月頃の入信、9月の出家が、失恋の痛手から逃避する傾向もあってなされたことだったと分析し、更に入信と信仰を深めていった自らへの心理操作の経緯についても認識するに至っています。この自らの人生を厳しく振り返る態度は、脱会と深い反省がなければ見られようもない過程です。
被告人の確実な脱会と、深い反省の点を十分に考慮願いたいと存じます。

5 内縁の夫婦であったこと。
  被告人と平田信とは、逃亡間もない平成7年夏には男女関係を持ち、以後継続して男女関係があり、まさに内縁関係にあったものです。子どもができてはならないために避妊をしてきましたが、婚姻届出用紙を役所から2度もらっており婚姻のしるしとして指輪ももっていました。被告人は外で働き、平田は中で掃除、食事の用意及び金銭管理などをしてきたのであり、夫婦で分担して生活を営んできたのです。被告人らが内縁関係にあったことは明らかです。

  この内縁関係は、犯人蔵匿罪の量刑判断において十分に考慮すべきものと考えます。なるほど、刑法上の犯人蔵匿罪にあっては、戸籍上の婚姻をしていなければ、105条の親族の任意的不処罰規定は適用がないとされ、更に爆発物取締罰則上の犯人蔵匿罪にあっては、このような規定さえありません。
  しかし、刑法上、姻族3親等、血族6親等までをも範中とする「親族」について不処罰となり得るにかかわらず、内縁の夫婦につき不処罰があり得ないというのはいかにも不合理です。少なくとも量刑上十分にくむべきものであることは間違いありません。また爆発物取締罰則の犯人蔵匿罪にはかような規定はなくとも、この規定が、夫婦や親族にあっては犯人隠避や蔵匿などがあっても人間の情誼のうえからはやむを得ない部分があるから存在している、という趣旨は何ら変わりがないのであり、量刑上くむべき材料であることは確かであると考えます。

よって、この被告人と平田信が内縁の夫婦であったことを十分に考慮お願いしたい。
10

2012/3/7

弁論−その3  カルト・宗教・犯罪

6 平田の出頭が、平成23年12月31日になってしまったことは、それなりの理解できる事情がありますから、被告人の不利に考えず、むしろ平田の出頭が自主的なものであったこと自体を、被告人の有利に考慮願いたい。

  確かに、平田は早急に、まして平成22年3月30日の長官銃撃事件の公訴時効完成を報道で知った時点で出頭すべきだったものですし、その後の1年9か月間についても、被告人の蔵匿行為があったからこそ、平田信は逮捕されないで済んだものでした。
  しかし、被告人らにあっては、それなりの理解できる事情がありました。この点を考慮し、平田の出頭自体を被告人の有利に考えて頂きたいと考えます。

被告人らにおける出頭がさらに遅れた理由は、「ウサギ」でした。被告人らは、平成18年7月15日頃、ウサギを飼いました。ネザーランドワーフ種、1万6800円でした。可愛い名前を付けました。そのウサギが言われていた寿命5年をとうに過ぎた老齢となってきており、死去の近いことが予想され、平田信はこれを看取ることを望んだのです。
被告人らはこの小さなウサギを精魂こめて飼育しました。その世話は多く平田信であり、彼は毛づくろい、糞便の世話、運動の世話など実に熱心にしました。その様子は、検察官提出の証拠にあるウサギの多くの写真、わけても平田信の手足や後ろ姿とともに写っている写真にて明らかです。また、この小さなウサギであるにかかわらず抜けた毛はすべて保管していて、それが相当の量になって警察に押収されていることからも分かります。

平成12年は、被告らの生活が一応安定してきたときでした。ウサギは鳴くことがなく、外に出て散歩する必要がなく、部屋の中を荒らさず、そして寿命は5年程度度されています。仮に逃亡となれば小さなゲージで移動することが可能です。それゆえに、ウサギならば飼えるだろう、と考えてウサギを飼ったのです。

このウサギの飼育により、それ以前、特に東北地方にいたときは時に胸をかきむしり、起きてしまう平田信の精神状態も実に安定してきました。被告人との少しのケンカさえ、まったく無くなりました。そして、2人は互い「パパ」「ママ」と呼ぶようになりました。それ以前から、チベットの貧困な人の奨学金制度に寄附し続けたことなどがあり、その際は「ムーミンパパ・ママ」などとして寄附をしていたのですが、ウサギを飼った後はまさにウサギの父たる「パパ」、ウサギの母たる「ママ」になったのです。文字通り家族でした。そのウサギへの情愛から、出頭が遅れたのです。それはもちろん被告人らの身勝手ではありますが、実態だったのです。被告人らにとっても「たかがウサギ、されどウサギ」だったのです。

そして平成23年3月11日、東日本大震災が起きました。2人とも東大阪のマンション8階にいた時であり相当に揺れたといいます。テレビからは、圧倒的な重さ、現実感を持った「死」の重さを感じさせる大津波の映像が流され続けました。沈痛を極めた叫び声と泣き顔、そして呆然と立ちすくむ人々の姿がありました。テレビや一日遅れで読んだ新聞にあるレポートや手記は、被告人らに強烈な現実感を与えたことでしょう。被告人平田にあっては更にインターネットで見た映像により、圧倒的な人の悲しさ、苦しさを体験しました。A被告の実家が福島県であったことから、地震と原発被害による被何など、2人して心配しました。ですが、電話をかけて確認することはできませんでした。被告人らは、罪のない多くの人々が亡くなり、苦しみ、喘いでいる一方で、自分たちがそれなりに健康に生活していることの後ろめたさ、不条理を感じました。

平成23年8月13日、ウサギは死にました。晩年、ウサギを入院させて点滴栄養を施すまでしましたが、死にました。平田被告の胸の上で息絶えたといいます。被告人は業者に火葬してもらい、ウサギの小さな骨を、小さな骨壷に入れました。被告人らは、愛する存在が「骨」になったしまったこと、もう2度と会えないことの辛さを実感しました。
被告人らが、「死」について、現実感覚をより強く取り戻すのに十分だったと思われます。2度と会えない悲しさを思い知りました。2人は出頭と自首の直前まで懇ろにウサギに、水や食事を捧げ、お香や線香を焚いて供養し続けています。

平田信被告は、自らかかわった假谷さん事件では、假谷さんはマイクロ波焼却装置で焼かれ骨も湖に流され、ご遺族が骨を拾うこともできなかったことの酷さ、辛さ、悲しさそしてもちろん申し訳なさを改めて感じました。なんの罪もない假谷さんが、家族に別れを告げることもできず、家族も看取ることもできず亡くなったことを、現実感を持って感じました。平田信被告が假谷さんの死亡に関与していないことは、「逮捕監禁」で起訴されたこと自体から既に明白ですが、しかし被告人らは現実のものとして、その痛みも悲しみを感じたのです。被告人らは、改めて申し訳なくて、申し訳なくて、という気持ちになっていったのです。

平田信は11月に入り、被告人に対し12月31日に出頭することを言いだしました。被告人は、ただただその言葉を聞きました。共に出頭したいと言いましたが、しないで欲しいと希望されました。

平田の出頭と、13人全員の死刑確定とは関係がありません。すなわち、11月21日にオウム真理教事件の遠藤誠一被告に対する最高裁判決が出て、松本死刑囚を含む13名の死刑が確定し、まず最初に教祖麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の死刑が執行されるだろうという情勢になったことは、平田の出頭とは何ら関係がありません。そんな目的であるならば、それこそ死刑執行がありえるかもと噂された平成23年12月になる前、遅くとも下旬になる前に出頭しなければ意義がありません。または、その目的であるならば、法務大臣が死刑執行もありえるというようなことを言う方が就任した後に出頭してこそ、意味があります。

実際、12月31日に平田信が出頭したのは、年末として「ケジメ」であったこと、そして考えてみれば平成23年が干支でいう「ウサギ年」であり、愛するウサギが亡くなり、そのウサギ年が終わってしまうからです。それは、平田がメモ書に書き、Sが自らのパスポートの空欄に写していた文章にも明らかです。

「卯年、月が旅立ち俺も旅立ちます。…」

が、その意味です。

また、出頭までの間、平田信被告が何度もウサギの夢をみた模様であることは、平田が残したメモ書きなどでも判明します。そして、被告人らは、大晦日に向けた出頭の準備として自転車を買い、帽子を飼い、また見落としていた映画など多数のDVDを借りてみました。直前には被告人が勤務先を休みました。

この、ウサギを愛したがゆえに出頭が伸びてしまったこと、更にウサギ年が終わってしまう大晦日らケジメとして出頭するということは、一言聞くと、実にふざけた話だと感じられましょう。弁護人とて「まさか、そんな」と、実に驚いたことです。
しかし、このことにより被告人らの行動がすべて理解できます。同じパスポートには、平田信の助言や被告人の1月1日以降の日記が書かれています。これらは、被告人が平田信を見送った後に部屋に戻り発見して、パスポートに張り付け、あるいは転記したものです。2人の心象風景がよくみてとれるものです。

なお、その記載内容と被告人の供述からすると、被告人らにあっては平田信の母もが亡くなっているとは想像せず、平田信としては、自分が何時か出所できるまでは、被告人は平田の母の所で待っていてほしい、母はそれを許容してほしい、その間、犬を飼ってほしいという希望でした。平田信にあっては、今一つ自らの出頭が与える影響を知らないからか、被告人がのん気に生活するなどしていることなどできるはずもなく、マスメディアもそれほど注目しないだろう、と考えていた情勢判断の甘さがあったものです。長く社会に出ていなかったことからして、これは仕方がないところです。

以上のとおり、平田の出頭、すなわち被告人の犯人蔵匿行為の終了が、長官銃撃事件の公訴時効平成22年3月30日をも過ぎ、1年9カ月後の平成23年大晦日になったことは、それなりの理解できる事情があるものです。単に逮捕されるのは嫌だとか、逃亡を続ける意思だったから、というものではないものです。

よって、むしろ被告人にあっても、平成23年大晦日にあって、自主的に犯人蔵匿行為をやめたこと自体を、有利に考えて頂きたいと願います。
16



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ