2011/11/29

被災地に行き、知ったこと、思ったこと。  大地震・原発・基地

被災地に行き、知ったこと、思ったこと。

11月18−19日と、宮城県の石巻、女川、南三陸町に行ってきました。
用件としては、兄を助け、石巻に、仮設住宅用の電気カーペットと、色々な野菜、肉などを持参していくこと。電気カーペットは前回と併せて300余りとか。1つまとまりの仮設住宅の全世帯分となる。
9歳年上の兄は、初夏からだったか毎月、支援物資をもって宮城県亘理町、そして石巻と回っている。この所は、こちらの地元からのカンパ、物資の協力もあり、助かるとのこと。
うーん、私も3月16日だったか赤十字とかなぞに寄附をせず、このようにすれば良かったとつくづく思う。

1−公がしている電気カーペットとか炬燵の配備、遅すぎるよ、と。1つだけであり、そのどちらを希望するのかを11月に入ってからかなアンケートを取っているみたい。なんなんだ。

2−それも貸し渡しと言うことでして、仮に仮設住宅から引っ越したら返すとのこと。そりゃ引っ越すと意義が異なるということなのだろうが、なんとも厄介な話です。引っ越し先でも遣うだろうに。
実際にはそんな厄介なことを徹底できるはずもなく、つまりは事務作業を増やしているだけのことです。

3−寒冷地仕様の仮設住宅って、なかったんだろうなあ。窓ガラスは1枚のもの、雨戸やシャッターもない。これでは冬は寒いぞお。おいおいと2重窓にするようだが2月にまでなってしまうみたい。場所によって異なるが、天井、床下に、断熱材が入ってない所もあるみたい。軒も、なさすぎる。

4−仮設住宅の作り方につき、先に私は向かい合わせで作っていくことが会話を促進するから良いのでは、と書いたが、居住者によればうーん、プライバシーの関係ではこのままで良いとのこと。うーん、なるほど。
 自治会みたいのが2年間かぎりだがしっかりと温かくできれば良いが、でき得るかかが課題かと。
 他の仮設住宅では、やたら細長い敷地の場所もあったなあ。さらに北の地域に行くと3階建ての仮設住宅もあるとか、うーん。

5−石巻って、広いんですね、そして相当に発展している。以前行った亘理町以上に、津波の来たところと来ていない所の差が激しい。極端です。

6−どこの被災地にも、やたら高く積まれた瓦礫の山がある。ひどいもんだ、と思う。
瓦礫の全国処理としては、東京都と北海道名寄市あたりしかまだ協力していない。それはないではないか、と思う。放射性物質なぞ、東日本ならばもともと相応に振ってきたものです。瓦礫の放射性物質は低いものだ、ということであり、さっさっと各自治体は協力すべし、と。福島県内の瓦礫は国が別に処理するのであり、反対する他の自治体の住民なぞ、これは正しい石原都知事の言う「黙れ!」との一喝、それをしたいです。
うーん、3月当初、私は埋め立て地を決めて、早急にすれば、と書いたが、それはいかんのかなあ。

7−石巻の日和山から見た光景、酷いことだ、と思う。一面、コンクリ土台のみが残っている住宅街。仮設住宅にいた女性らはまだ行ってみていないとのこと。なるほど、と思う。そこにいた子どもら夫婦や孫らが亡くなっていたり、自分の家もないのだから。話によれば、9月になってスーパーで「あれ、あなた生きていたの!」ということもあるとのこと。どちらも海に近く、相手は死んでいると互いに思っていたのだから。嬉しかったとのこと。涙が出る。
 個人情報とはいえ、どこにだれが住んでいるか−住所、名前、生まれた年だけを公表してしまう検索システムを、情報登録の了解世帯だけで良いから、作れないものか、と思う。

8−女川と石巻の間に万石浦がある。この周辺は津波被害はあまりないことは意外だった。海からの口が狭かったからなんだろう。ただ、地盤沈下は酷いです。道路は嵩上げしてあるけれど、高潮などの時は大変だとのこと。
 江戸時代?石を万と埋めて開拓しようという案があったとのことで、この名前であり、反対があってそうしなかったとのこと。そのおかげで、今年もここではカキ等海産物がつくれるのだろう。

9−女川の倒れたビル1つは保存するとのこと。うん。それを見る高台の病院だったか学校だったかこの1階まで水が来たことは驚く。たしかにそんな映像があった。もう山ではないか、と。女川では山奥まで津波が来ている。恐怖。
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10−南三陸町の防災センターでは、ただ合掌するほかなかった。ここで、あの「逃げて!」の放送をし続けた若い女性がいた。20数名が亡くなった。保存の声もあったが、片づけるとのこと。意見をさしはさめる立場ではない。河口から1キロそこそこのところにあるのは知らなかった。
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志津川病院の裏側にはまだ建物の上に船があった。なんと。この屋上には多くの人が逃げていた。あの夜、どんなに寒かっただろうか。
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警察署は、海から相当に離れている。2−3キロぐらいか。だが、3階の上まで津波が来た感じ。まわりが狭くなってきた所だから水が集約されてきたのだろうか。
2階の代用監獄の鉄格子が外から見える状況だった。(誰か入っていたのではないか、と心配し、地元の人に聞いたら誰も捕まっていなかったとのこと、良かった)。機動隊などが防御用に使うジュラルミンの盾がひん曲がっていた。1階玄関先には時計があった、3時18分あたりで止まっている。手を合わせる。
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11−今後の津波対策は、どうしたものか。地域によっては、実に平地が少ない。すべて居住禁止というような措置を取っても、それが数十年、数百年続けられるとは思えない。

 関東大震災級の津波(高さ10m?)で大きな被害を受けた鎌倉市でさえ、今、あんなやたら海近くまで低層建物ばかりの状態なのだから(大仏さんの所まで来るだろう)。
http://www.kcn-net.org/oldnew/sinsai03.html
http://www.kcn-net.org/oldnew/index.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD


・途方5分以内で逃げる高地が作れない所は、土台をしっかりとさせた防災建物−高さ25m以上かな−を、相当に多く作ること。命だけは助かるように。
・5m程度には耐えられる防潮堤を作ること、
・それが構造上、費用対効果上とてもできない所には、居住自体は許さない土地計画とすること。
しかないのではないかも、と感じた。
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2011/11/28

変化願望とカリスマ・独裁希望と  憲法・社会・官僚・人権

変化願望と、カリスマ・独裁希望

ラジオを聞き、ネット情報程度を垣間見ただけの感想。
まず、確定数値
◆大阪市長選確定得票
 当 750,813 橋下 徹
   522,641 平松邦夫
◆大阪知事選確定得票
 当 2,006,195 松井一郎
   1,201,034 倉田 薫
    357,159 梅田章二 (以下略)

市長選の投票率は60.92%−前回の73.61%から17.31ポイント上昇
府知事選の投票率は52.88%−前回の48.95%から3.93ポイント上昇

うーん、
1−変化願望が、広くあることは間違いないと思う。
・自民党とそう変わらないじゃないかと思われてきた民主党という今日−実際は原発政策など相応に違うのですけれど。
・昔のような日々の技術変革を感じられず、格差も開いている閉塞感の今日−前者は当り前で、後者は国政の問題なのだが。
・公務員が甘く贅沢しているというイメージのある今日−実際は、超高級官僚は別として、そんなものではないのだけれど。
変化を求めているのだろう、と。

そりゃ、
・自民党、民主党から共産党まで相乗りすることとした平松候補
・週刊誌その他でのネガティブキャンペーンが中心となってしまった状況
・批判しかしない平松候補側というイメージになってしまった状況
・東京中心−政党でもメディアでも−に反対をしたい大阪
・「都」という言葉の響き
からすれば

「現体制、現秩序自体を変えたい」と願う大阪市民にとって、橋本候補に入れる傾向になる、と。既成政党は、国民全体にそんな願望が渦巻いていることを、まだまだ甘く見ていると思う。今回も、市民、府民の気持ちを知らないというべきなのだろう。

それにしても、府知事選挙でまで、もここまでの差が開いたのは驚きです。
・市と府とを一貫させないいけないと考えたこと
・公明党が自主投票となったことの影響も大きいのだろう。

2−で、カリスマ願望のこと。
これが、「独裁者批判」への繋がっていった。
が、カリスマの登場願望、独裁者願望が、閉塞感の強い状況では当然に強くなってくるものです。
それは、石原都知事が、しょもない政策、大きな損失を都に与えながら、時に向こう受けすることを言ったりしたりして、未だに権力を持っているのと同じ。

それに対する有効な戦略はないというべきかもしれない。市民は、カリスマ、独裁を願望し、その権力で既成秩序を根本から変えてほしいのだから。

今回も、カリスマ自体、独裁自体を批判する方法を取ったが、そんな方法で止められる筈がない。政策をガチンコで言うべきだった。対抗カリスマを建てる方法もあろうが、無理なこと。

どうしたものか、どうなることか、と思う。

ヒトラー、ナチスも地方選挙での勝利から始まり、国政で何度か負けて、やがて選挙で政権を取った。
・嘘をつくなら大きな嘘をつけ。
・嘘も100回言えば「本当」になる。
・必ず敵を作れ、政策宣伝は単純に。
さて、橋本さんはどうするのか。そんな方法をとるのか。


3−「大阪都構想」というのはどうなるものか、と思う。
 神奈川県なぞ、横浜市は神奈川県より予算規模が大きく、川崎市、相模原市と3つの政令指定都市があり、なんなんだあ、と思うこともあり、興味はある。

法律改正が必要だが、そもそも東京都のみに公選制制の特別区があり、下記の論点があるとのこと。

(なお、もともと思っていること。税金徴収にしても、そもそも、国税、県税、市民税とそれぞれ別の徴収部門があるのがおかしい。社会保険についてはまた別の事務所がある。各自治体で課税自主権はもちつつ、徴収については、一体の組織でして何がいけないのか、と常々思う。徴収担当の税務職員を半減できるのに)

メリット−「東京全体が一つの方向に向かって動けること」
・23区の区長はそれぞれ選挙で選ばれ、一定の自治権が確保されているが、都知事の権限は都全域に強くある。消防や上下水道、大規模都市計画、港湾事業などコストと時間のかかる事業は都が担当するためだ。福祉や清掃など都民に身近な行政事務は区が扱う形で分担する。
・もう一つの機能が、財政調整制度(財調)だ。財調によって都が区に代わって固定資産税や市町村民税(法人分)などを徴収し、各区の財政事情に応じて配分することで、23区間の行政サービスに格差が出ないようにしている。例えば、親の所得制限なしに中学生以下の医療費が23区全域で無料にできるのは、「財調が下支えしているため」という。

デメリット
−それぞれ区ごとに首長と議員を選挙で選び、議会も維持するため膨大な行政コストが生じる。
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2011/11/28

2011.11.21−日弁連コメント  カルト・宗教・犯罪

以下、備忘録までに−日弁連の11.21コメント

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2011/111121.html
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オウム事件裁判の終了に関する日弁連コメント
2011年(平成23年)11月21日
日本弁護士連合会

本日、オウム真理教幹部であった遠藤誠一被告の上告が棄却され、教団が関わった一連の刑事事件に対する裁判がすべて終了する見通しである。1989年に発生した男性信者殺害事件発生から22年、1995年に発生した地下鉄サリン事件発生から16年が経過するなか、犠牲となった方々とそのご遺族に対し謹んで哀悼の意を表するとともに、被害に遭われた方々とそのご家族に対し心よりお見舞いを申し上げる。

刑事事件のなかには、1989年11月、オウム真理教による被害者救済活動に携わってきた坂本堤弁護士とその妻子が殺害されるという卑劣な業務妨害事件も含まれている。当連合会は、人権救済活動に努めた坂本弁護士の遺志を引き継ぐとともに、弁護士業務妨害対策委員会を設置して坂本事件の教訓を生かす活動に取り組んできた。

また、オウム真理教の破産事件にあたっては、破産管財人弁護士らの尽力により、国の債権を事実上放棄させるいわゆるオウム特例法(オウム真理教に係る破産手続における国の債権に関する特例に関する法律)が成立し、被害者に対し相当額の配当が行われた。破産の配当は被害救済には著しく不足していたが、破産管財人や被害対策弁護団などの尽力により、オウム真理教犯罪被害救済法を成立させて、被害者に対して相当額の補償をすることができた。さらに、残る賠償責任の処理については、オウム真理教犯罪被害者支援機構に引き継がれるなど、今もなお、被害者救済のための活動が続けられている。

一方、刑事事件において起訴された被告人の数は180名を超え、弁護人の多くは国選弁護人として選任された。犠牲者多数の重大犯罪に関する弁護活動であり、弁護人の役割への理解を得ること自体が困難ななか、各弁護人が法に則った適正な審理が行われるよう尽力してきた。

また、オウム真理教そのものについて、破壊活動防止法による団体規制適用が検討された際には、当連合会は、基本的人権を侵害することは明白である旨を指摘してその適用に反対し、最終的に適用は見送られた。さらに、教団の観察と事件再発防止等を目的として、1999年に施行されたいわゆる「団体規制法」(無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律)に対しても、適用要件の不明確性など憲法上の重要な問題点が含まれていることを指摘してきた。

これら弁護士・弁護士会の活動は、基本的人権の擁護と適正手続の保障という憲法上の重要な理念を貫徹するためのものであり、関係した会員各位の尽力に深く敬意を表する次第である。

一連のオウム真理教事件においては、教団がテロ行為に及んだ経緯など解明されなかった部分も多く、同種事件の再発防止のためにも、引き続き真相解明の努力が必要である。一方で、一連の刑事事件においては死刑判決も出されているところであるが、当連合会としては、罪を犯した人の社会復帰の道を完全に閉ざす死刑制度の廃止について全社会的な議論を開始すること、その議論の間、死刑の執行を停止することを今後も求めていくものである。
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2011/11/27

廣瀬健一手記  カルト・宗教・犯罪

オウムの死刑囚の一人廣瀬健一の手書きの手記がアップされています。

内容は、事件全体とか気持ちというよりも、事件の分析が主たるものです。

http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/IMG_NEW.pdf

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2011/11/26

メディアのしょもない標題  カルト・宗教・犯罪

この間、メディアでは、しょもない見出しが、時にあった。
そんなことでは、今後ともしょもない話が出たり、陰謀論ごっこが好きな論者も、そしてオウム真理教信者もいるので、よろしくない。そこで、下記のとおり書きます。


第1−標題「麻原は、何も語らなかった、とか謝罪も弁解もしなかったの類」
−まったくもって冗談ではない。そんなことを書くメディア人は失格です。しっかりと資料を読むべし


1−初公判(1996年4月24日)では、しょもない説法をした。
で、最後が「聖無頓着の実践」とかだったから、裁判長が
「それで事件を実践したんですか。」

と明確に認否するよう求めた。それを止めたのが、安田弁護士
「あなたには、黙秘権があるがそれ以外に話しますか」

ってなことを、裁判長の許可なく言って黙らせ、裁判長が
「黙秘権は告知してあります、邪魔しないように」

と言ったが、その時はもう話さなかった。

あれがボタンのかけ違い。

2−破壊活動防止法の弁明(1996年5月15日、5月28日)
では、麻原自ら、2度にわたり、「真理国は空想のもの」とかなんとか、しょもない話を滔々と話す場所を与えた。
 この2度目の弁明直前に「教祖を降りたい」なぞとして、破防法の解散命令適用を止めようとした(もはや関係のないことでしたが)。
 下記あたりに少し出ている。
http://www.asyura2.com/0401/nihon11/msg/487.html

3−重要なのが、初公判からちょうど1年目の1997年4月24日の罪状認否。
 この日、教祖は、英語を交えながらも、起訴された順に(事件の順番ではない)、その折に起訴されていた17件について、認否をした。 下手な英語を交えながら、驚異的な記憶力にて。最後には狂った振りをしながら、事件をつまりの所は認めつつ、自分の関与はほとんどないと、下手な理屈をこねています。
 これは極めて重要なところなのに、後に知られていなさすぎ。下記にあります。私も当日、聞いていましたが、そのままほとんど録音結果としか思えない内容のをアップしておきます。

http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/10-7.html

4−その後の不規則発言
 教祖は、井上被告や林郁夫被告の証言から始まり、自己に不利な証言があると証言妨害をし続けてきました。まさにタイミングの良い時に、「とこで空中浮揚してみてくれ」とかとか言って妨害してました。傍聴記録によく出ています。

第2−標題「真相は何も分からなかったの類」
 まったくもって、しょもな。公刊されている裁判記録だけでも相当にある。判決文も相当にある。これだけ大きな共犯事件で、ここまで証拠、証言が多くある事件はそうはないのではないか、とも思える。こんなことを書くメディア人は不勉強、かつそんな表現を信者や陰謀論者が喜ぶことの想像力がなさすぎる。


 ちなみに、麻原の一審判決文は下記。原文は、判例集から推測できるが、さらに詳細かつ証拠の内容、固有名詞などが入っていると思われます。
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/trial/4-6.html

 よく分からなかったことは2つ。マインド・コントロールのそれぞれの機序が、西田公昭先生が出たようないくつかの被告人以外、多くの実行犯らにあっては明確にならなかったことは確か。
 それから「LSD」「覚醒剤」の影響が、この罪での起訴を取り下げてしまったからか明確にされていない。この取下げにより、そうは裁判が早く終結したとは思えない。この起訴を維持すると、元弟子の刑罰が軽くなるのを恐れて、突如取り下げたのではないか、と考える。
 薬物イニシエーションは、ビデオが多くとってあり、それも押収された筈です。それを公判で上映すべきでした。検察は、今からでもどこかに流出させて(うーむ)報道させるべきかと。

 それでも、薬物の押収自体は明確になっている。下記から転載。
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/t-comment1.html#8
LSDは、111.881gのLSD、覚醒剤は159.156g、メスカリン硫酸塩3000.939gが発見され、証拠になっている。
 ちなみに、「麻薬及び向精神薬取締法中のLSD事犯と麻薬及び向精神薬取締法(概略)」には、「平成7年にLSDの押収量が極端に増加したのは、オウム真理教の教団施設からLSDの原末が111.881g(2,237,620錠相当)押収されたからである。平成7年のLSDの押収量からオウム真理教の教団施設から押収されたLSDの押収量を除くと、23,803錠相当である。」とある。
http://www51.tok2.com/home/EternalMelody/yaku/etc7.html

第3−資金の多さ、技術のやったことからして裏がある
 まあ、メディアにはそうは書いてないが、しょもない所には書いてあるし、ネット上で言う人がいる。しょもな。です。


 1−金銭について。
 宗教は、「信者」と書いて「儲」と読むように、まあ100人熱心な人がいれば教祖は贅沢できるものです。1000人いれば、相当に好き勝手できる。一万人いれば凄いことなんです。で、オウムには日本では、1万5000人ほど、延べでは3万人近い信者がいたです。

 1987年〜1995年3月まで、オウム真理教が確保した金銭は2−300億円ほどになると思う。お金持ちの入信で何億円もの布施があったこともあるし、在家で数千万円を出した人も実に多い。イニシェーションでも数1千人に何度も数十万円ずつ出させている。PSI(あのヘッドギア)の当初1000万円コースさえ数十人は出していると思われる。1994年にあれだけで4−5億円とかだったとか聞いてます。

 そして、出家時にはすべてを布施させている。早川被告さえ2-3000円だったか出している。親の預金などを勝手な解約させて持って来させた事件も多い。親の不動産を、いろいろと工作して売却させてもいた。もちろん、親が死ねばその相続財産を主張した(一切の縁はきった筈なのにね。)

 また、マハーポーシャのパソコン事業では、出家者やその予定者が、給料を振り込む口座通帳をそのまま会計に預けていて、毎年数億円は教団会計に入っていたはず。
 ああ、それから、教団の自動車同士を衝突させるなど保険金詐欺もあった。教団弁護士が関与してね。

 2−技術について。
 サリン1つにしても、ソマン、タブン、マスタード、LSD、覚醒剤、その他の薬物も多く教団で作ることができたのです。一応は自動小銃も。

 サリンなどは土谷被告に優秀さが際だった。まあ、既に作り方は調べれば出てくるものであり、相当の専門家で施設があればできるものだということ。で、第7サティアンではなく、クシティガルバ棟とジーヴッカ棟で作っていたのです。それでも何度も危ないことがあり、制作者自らが、パムとか硫酸アトロピンで助かっている。
 あの第7サティアンは大量生産のためのものであり、決して完成品ができたのではない。上祐提案のとおりに、土谷被告らが作ったコントラボ1000台の設備を用意して作れば、大量生産に成功したでしょう。

 自動小銃は、そんな工作技術はなかなか能力ある人がおらず、経営者が入信出家してしまった石川県の岡村鉄工所から工作機械を山梨県富沢町の拠点に移動させたが、まともなものはまあ作れず、かろうじて1995.1.1に教祖に見せた一丁というところ。ロシアからカラシニコフ現物を一丁分解してもってきたが、そんな程度でした。完成品の分解状態で見つかり、その写真は下記にあります。発射能力は鑑定実験で認められている。
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_mili&p=ojk428-jlp06000041

 ああ、LSDは、原材料のエルゴタミンをロシアで早川が5s購入し、1sを1993年3月15日1s、4月4日4sを持ち帰ったと。教祖は当初、相手方に実施する武器として考えてきたのだけれど、その魔力に教祖自らはまり、1994年5-6月からの「キリスト」のイニシエーション用になったと。

 できなかったのは、核兵器、細菌兵器、レーザー兵器、レールガンの類。まあレーザーガンはおもちゃ程度のができて、假谷さん事件の時に使おうとしたのだが、それで目がつぶれるほどのものでもないというしょもなさ、ですが。原理に忠実に作っていってできたものでもある。核兵器は、オーストラリアにウランを掘るために1993年6月、土地を購入したことはたしか、で羊を追いまわして終わり。同国パースで、塩酸とかかが見つかり同年9月9日中川被告らが捕まったけれど。細菌兵器は、1994年私が話し合って出家を止めた人が、曰く「出家すれば直ちに科学技術省の次官だと聞いている」ということでして、たしかに立場からしても直ちに作れる能力もある人だなあ、とは思った。私に対する何度もの攻撃は、あの「空中浮揚」だけでなくそんなことも原因かと。

 そう、オウム真理教では、1990年くらいからかなあ、理系の優秀な人を相当に狙って入信させ、出家に導いていたりもしたから、武装化できたのです。何も不思議がない。
 私が、1995年3月に心配したのは、サリンどころか核兵器でした。当時は、ロシアから五億円あたりで小型のを購入できるのではないか、と言われていたのですから。そして、麻原は「化学兵器の次は原爆かもね」などと説法で言っていたのですから。
 だが、まあ自ら作るところに意義があるというようでして、そんな考えはなかった模様。ちなみに購入方法を取ったヘリコプターにしても、注文したまともなのではなロシアマフィアか何かに騙されてポンコツのヘリコプターが届いた次第で、核兵器を購入しようとしても騙されたでしょう。
 それでも、警察(これが刑事警察のみ)は、1994年末から捜査に入ることを決め、富士宮郊外におかれたヘリコプターが飛ぶ用意されたら直ちに逮捕できるように見張り始めました(まあ、オウム側もいつ強制捜査に入るかと、1994年11月からは富士宮署と富士吉田署を張ってました)。           以 上
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2011/11/25

備忘録−毎日新聞にて  カルト・宗教・犯罪

以下、2011.11.23−毎日新聞
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オウム公判終結:あの時…/2 警察、裁判に歯がゆさ

◇日本脱カルト協会理事、弁護士・滝本太郎さん
 オウム真理教と対峙(たいじ)した20年余はあっという間だった。
 教団との関わりは坂本堤弁護士の「失踪」がきっかけ。司法修習生の時から、私が加わっていた医療訴訟弁護団などに出入りしていた坂本弁護士とは、よく酒を酌み交わした。情熱家で愛嬌(あいきょう)があって、好漢だった。

 89年10月、坂本弁護士から「オウム真理教のこと、一緒にやってもらえませんか」と相談を持ちかけられた。目的は信者救出だからやっかいだと思い、断った。しかし翌月、「一家が失踪した」と聞いて、悔やんでも悔やみきれなかった。オウムの仕業と確信し、仲間の弁護士らと警察に要請したが、神奈川県警はまともに動かなかった。

 95年1月に「オウム真理教家族の会(旧・被害者の会)」の永岡弘行会長が猛毒のVXをかけられた事件でも警視庁は当初、自殺未遂だと判断した。私にスミチオンという農薬の入った湯飲みのにおいまでかがせ、「これで自殺を図った」と言い張った。この時、警察がしっかり動いていたら、地下鉄サリン事件も起きていなかったはずだ。

 裁判も歯がゆい思いがした。麻原(松本智津夫死刑囚)の公判では1審弁護団が初公判で本人の起訴内容の認否を妨げた。2審弁護団は期限までに控訴趣意書を出さず裁判を終わらせてしまった。元幹部の裁判でも審理を急ぐあまり、マインドコントロールや薬物使用の実態が明確にされなかったのは残念だ。

 いま再び(後継教団の)「アレフ」や「ひかりの輪」に入信している若者たちがいる。入信者は「現在の教団は悪いことをしていない。いい人ばかり」というが、オウム事件は「いい人が、いいことをするつもりで人をあやめた事件」であることを忘れてはいけない。再び同じ悲劇は起こりうるのだ。

 死刑が確定した元幹部7人に、上告中に面会した。林泰男死刑囚は礼儀正しい好青年だった。早川紀代秀死刑囚も「宗教好きのただのおじさん」。そうした元幹部らが再び、拘置所内で孤独を強いられている。せめて拘置所の単独室内で花を栽培させるなど、現実感覚と命の大切さを実感させてほしい。

 元幹部を死刑にすることで喜ぶのは、麻原だけだ。麻原は弟子を含めた他人と社会を破壊したかったのだから。麻原を除く12人の死刑を執行しないよう訴え、信者をゼロにするための活動を続ける。それこそが「信者を含めた弱者の救済」に奔走した坂本弁護士への供養になると考えている。【聞き手・伊藤一郎】=つづく
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 ■人物略歴 ◇たきもと・たろう
 94年5月、オウム真理教に絡む民事訴訟に出廷するため甲府市の甲府地裁に出向いた際、駐車場に止めていた車にサリンをまかれ中毒症状を起こした。95年6月に脱会信者の立ち直りを目的とした「カナリヤの会」を結成。現在も支援活動を続ける。毎年9月、坂本弁護士一家の遺体が発見された現場で供養を続け、命日の11月には鎌倉の墓に参る。日本脱カルト協会(JSCPR)理事。弁護士。54歳。
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2011/11/24

備忘録−ミニカルト事件?  カルト・宗教・犯罪

以下、備忘録までに
−この所のミニカルト的な事件

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「妻が血流し逃げてきた」と通報、女性死亡
 22日午後8時頃、群馬県太田市東別所町、出版編集業萩原直樹さん(49)から「妻が血を流しながら逃げてきた」と119番があった。
 消防署員が萩原さん方に駆けつけたところ、妻沙羅(さら)さん(54)が1階台所付近で顔や首から血を流して倒れており、既に死亡していた。
 太田署の発表によると、沙羅さんの体には刃物で傷つけられたような痕があった。同署で殺人事件として調べている。萩原さん方は、夫婦と萩原さんの母(77)の3人暮らし。
(読売新聞11月23日)

除霊サロン経営の女性死亡、殺人事件と断定
 群馬県太田市の住宅で22日、女性が血を流して死亡していた事件で、太田署は23日、女性をこの家に住むマッサージ師萩原沙羅さん(54)と特定し、司法解剖の結果、顔や首を刺されたことによる失血死だったと明らかにした。
 太田署は殺人事件と断定。司法解剖では、22日夕方から夫(49)が119番した午後8時ごろまでの間に死亡したと推定され、詳しい状況を調べている。萩原さんは夫と夫の母親(77)との3人暮らし。夫と自宅でヒーリングサロンを営んでおり、サロンのホームページによると、「除霊」や「波動の調整」をしていた。
 夫は「妻が血を流しながら逃げてきた」と119番。駆けつけた消防隊員が、1階の台所で血を流して倒れている萩原さんを発見した。
2011年11月24日 −スポニチ新聞
なお、この団体に関係するサイトは→
http://www.nao-rai.com/
http://naosara.blogspot.com/2011/01/blog-post_23.html
************
 「除霊」と称して少女に暴行したとして、警視庁は16日、東京都国分寺市の歯科医師石川潔容疑者(61)と、妻の香里容疑者(28)を強姦(ごうかん)致傷の疑いで逮捕
した。
 同庁幹部によると、石川容疑者らは今年8月、都内で、13歳の少女を暴行し、けがをさせた疑い。「悪霊を取り除く」などと称し、暴行していたという。2人は調べに対し、容疑を否認している。
 石川容疑者は国分寺市の自宅に「太気拳」と書かれた看板を掲げていた。近所の住民によると、武術の塾のようなものを開いていたとみられ、以前は若者たちも出入りしていたという。同庁は、石川容疑者と少女が知り合った経緯についても調べている。
(2011年11月16日21時50分 読売新聞)
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 熊本県警は9月27日、滝行(たきぎょう)と称して中学2年の娘に流水を浴びせ窒息死させた
として、傷害致死容疑で、父親の熊本市帯山3丁目、会社員舞鴫淳(まいしぎあつし)(50)と、同県長洲町宮野の僧侶木下和昭(56)の両容疑者を逮捕した。県警の調べに舞鴫容疑者は「子どもについている霊を除霊5 件するためだった。溺死したとは理解できない」と容疑を否認。木下容疑者も「水をかけたのは間違いないが修行であり罪にはあたらない」と否認しているという。
 県警は、ベルトなどで身動きできなくして顔に約5分間水を浴びせた点を暴行行為と捉えて立件した、としている。
 逮捕容疑は8月27日午後9時10分ごろ、木下容疑者宅に隣接する宗教団体の施設で滝行と称し、舞鴫容疑者の次女ともみさん=当時(13)=を椅子に座らせ、ベルトなどで縛り、顔に流水を浴びせ、翌28日午前3時40分ごろ、窒息死させた疑い。
 県警によると、ともみさんは小学校高学年から心身の不調を訴え、熊本市内の病院に通院したが回復せず、両親が今年3月ごろに木下容疑者に相談。「霊がついている」と言われ、直後から除霊5 件行為として滝行や読経を行っていたという。
 滝行は、約2・5メートルの高さから地下水を浴びせるもので、両容疑者は事件当日ともみさんが意識を失った後に救急車を呼んだが、搬送先の病院で死亡5 件したという。
(西日本新聞-宮下雅太郎、荻原昭男)
なお、中山身語正宗のサイトは下記でありコメントを出しています。1つの論点は、当該教会だけの問題かどうか、です。
http://www.nakayamashingoshoshu.com/
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