2011/9/18

書籍「A3」のその他間違いなど  カルト・宗教・犯罪

書籍「A3」の中のその他間違いなど

以下は、「A3」の記載の中で、先にアップした3人の抗議書に記載してあること以外で、現在、間違いだなあなどと、と気がついているところです。

ご意見や、その他にもこれこれがあると言うことがありましたら、情報をお寄せくださいませ。

1−最も大きな問題である「弟子の暴走」説や「松本死刑囚の水俣病仮説の全面展開」などを含め、下記にアップしてある9月1日付の、3人の抗議書に記載してあることはここには記載しません。
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20110903/archive

2−森氏が自己の見解に沿うような情報ばかり多く記載してあるということ、そもそも一連の事件の紹介も、地裁判決の紹介もしていないことなど、別の問題もあることは勿論です。

で、ページ順に。

その1−211ページ最後から4行目
「(1990年)1月10日に25人の幹部信者を集めた」

−というのは、「2月10日」の間違いでしょう。衆議院議員選挙直後の集まりと言うことなんだから、

その2−376ページ
私のブログの「実にまったくあきれている」について、私が筆者を取り違えているとの指摘

−たぶん、私の下記2006.11.28のブログのことなのだろう、と。
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%82%A0%82%AB%82%EA%82%C4%82%A2%82%E9&inside=1
−気軽に書いてある所だから確かに間違いがあるかも。私がそこで指摘しているのは、書籍「A3」ではなく連続掲載の「A3」の方の記載についてです。具体的にどの点として書いてくれればいいが、これでは対応もできないですよ。ひどいイメージ操作ですな。

その3−445ページと508ページ
1995年3月17日の、自衛隊での警察官の防毒マスク装着訓練につき、「マスメディアからは看過された。ほぼスルー。だから知る人は少ない。なぜスルーされたのかはわからない。」などとある。

−何を言っているのか、と思う。3月22日の強制捜査を予定し、自衛隊で装着訓練をしたことはとっくに広く知られていることなんだがなあ。1995年当時の色々な報道をまともに確認しないで書いているなあ。なぜスルーされたのか分からない筆者の情報不足に過ぎる。

その4−446ページ
「一審弁護団が実施した現場周辺住民へのアンケート」

−とあるが、弁護団自体がアンケートしたと言う話は聞いてないけれど。たしかこれ、長野県衛生公害研究所の「松本市における有毒ガス中毒事故の原因物質究明に関する報告書」と松本市地域包括医療協議会のまとめた「松本市有毒ガス中毒調査報告書」の、どちらかのことではなかったかしら。
陰謀論?に嵌ってしまわれたかもしれない下里正樹さんの所にも書いてある。http://postx.web.infoseek.co.jp/aum/simomatu.html

−これ、私はどちらだったかな報告書の現物をもっている。探し出すのはもはや困難だが。で、5−600人ぐらいのうちの数人だったと思うが、オウム真理教の犯行より先の時間に自覚症状が出たという話がある。私は、弁護団として真実問題にするのであればなんでアンケート実施団体への調査など、なんでもっと追跡しないのか、と思いましたよ。松本サリン事件について疑義を言いたいならば、「無罪」だとしたいならば努力が足りない、と。
まあ、記憶の間違いが数人にあるなどまったく不思議がないのであり、それ以上努力しなかった弁護団の気持ちはよく分かるんですがね。

その5−481ページ−サリンプラントを含めた施設の撤去
「人が近隣に居住しているようなエリアではない。残しておいて別に当面の問題はないはずだ。」

−これさあ、
第1に化学兵器禁止条約と言うのができていて、早急に撤去ししなければならなかったものなんです。
第2に地元の要望が、実に強かったです。当たり前だが。
第3に破産財団から費用を出すと配当に回るお金が実に減ってしまう。
第4に地下鉄サリンのサリンとて、第7サティアンで作られたものではなくから、刑事事件での証拠価値はそうないのですがね。
第5に、第7サティアンの近隣には民家がありますけれどねぇ。

破産手続きの費用節約のために、そして条約の発効の義務もあるので、国の費用でしてもらったのです。私とて、第7サティアンと、ジーヴァッカ棟、クシティガルヴァ棟それから、第6サティアンと周囲の押し込めコンテナは、歴史上のものとして残してほしいと思ったが、何より地元の要請が強いものでした。何の取材もしていないなあ、感想を書くのがノンフィクションかいな、と思う。
−化学兵器禁止条約−発効は1997年4月29日
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bwc/cwc/index.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E5%AD%A6%E5%85%B5%E5%99%A8%E7%A6%81%E6%AD%A2%E6%9D%A1%E7%B4%84

その6−477ページ−1995.4.24初公判
−これ、1996.4.24の間違いでしょうね。

その7−483ページ
サティアンがすべて解体された翌年の97年には、その跡地の一部を使って「富士ガリバー王国」なるテーマパークが建造された。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%BC%E7%8E%8B%E5%9B%BD
−何を言っているのか、しょもない一部の間違い報道かネット間違い情報の転記でしょうね。ガリバー王国のできた場所と、オウム敷地−上九には5か所あったかな、私は全部、多分今も案内できます−はまったく別の所ですよ。昔のオウム真理教の敷地の地図(江川さんの本にあったな)をもち、現地に行けば、まして現地の人に聞けば、直ちに分かること。一部でも何でもない。現地には本当は行ってないのではないか、と疑ってしまいたくなる。 

その8−488ページ「主治医に任命されていた中川智正」
495ページ「主治医であることを含めて」
514ページ「主治医的な立場にいた」

−書き方がコロコロと変わっていますね。そう、中川は医師でしたが、宗教上の地位が低く麻原には長く触ることも許されていなかった(新人のまま出家したから能力も低く、林郁夫受刑囚が後に指導したことは知られている)。中川は助言はしたが、主治医はなんと人間相手の医師ではない遠藤誠一被告だったかと。オウム裁判傍笑記とかにも出ていたと思うが。

その9−492ページ
松本死刑囚の心情の推察

−いかに会えない死刑囚だとは言え、良くもまあこのように心情を推察して書けるものだ、と思う。ノンフィクションなのかな、これ。

その10−505ページ
「確かに、数日後に強制捜査があると深刻に憂慮しているのなら、のん気に正悟師昇進を祝う会などを執り行うだろうかと考えるのが普通だろう。」とか、麻原のロシア行きの計画のことが書いてある。

−オウム真理教が宗教的な破壊的カルトであることを何ら知らないのみならず、事件経過を知らないことの自白ですね。捜査対応のため地下鉄でサリンを撒かせたりするためにこそ−麻原はそれ以前から説法で地下鉄へのサリン攻撃なども言ってたんです−この時に宗教上の地位を上げさせたのです。「昇進を祝う」のではなく、捜査対応への事件を起こさせるために「昇進させて祝いもして」逃げられなくさせるためなんですよ、分からないのかな。
−ロシア行きの計画は、もろ逃亡のためでしょうが、わからんのかな。ちなみに、逮捕前、国外に出ようとしたら超法規的に出国させないのが当時の法務大臣の決意でした。

その10−509ページ
「結果としては、地下鉄サリン事件を誘発したことになる。」

−そんなの常識でしょうが。地下鉄サリン事件があったから強制捜査になったのではないのです。強制捜査が予定されたから地下鉄サリン事件が起されたのです。警察も、あまり言われたくはないけれど、各所で認めていることです。私のみならず、実に多くの人が書いている。まあ、捜査をしなければ、1995.11に大量のサリンが東京に撒かれたのですけれど。

私は、1994年11月から、捜査の時こそ危ないですよ、と上申している。問題は、捜査をする予定なのに、オウム真理教への監視が不十分に過ぎたことです。実にまったく、公安警察が動いておらず、刑事警察の手法のみだった。
そんな要因もあって、オウム真理教被害者のための救済法も−自賠責程度ですけれど−国家賠償請求訴訟が裁判で認めたものでもないのに、国会で成立したのです。

それを新発見のように良くも書けるものだ、と思う。
選者も、オウム真理教事件について当時の関心を持つ人の常識程度を知らず、今、調べもしなかったんだろうな、と感じます。

同じノンフィクションであっても、裁判などされている事案まして社会的な関心の強い事案は、多くの資料が既にあるのであり、それを超えて優秀なノンフィクションを書くのは、それは大変なことです。視点を変えようにも、既にその視点で書いている人もいる。真摯な姿勢と意欲と失礼ながら能力が足りない森さんがまともに書けるものではなかったのでしょう。
人と違うことを言うだけならば、信者さんや時に見られる思考省略の方と同じです。


「A3」で目新しい所と言えば、
1−「弟子の暴走」説は、職務上として無罪主張をする一審弁護団が述べていたことであり、信者らとして信じたいところです。

2−藤原新一氏の「麻原−水俣病仮説」を、多くの個所で引用し拡大して書いていること。これは目新しいものと感じられたようで、読者の感想にもよく出ている。


しかし、
1−「弟子の暴走」説は噴飯物であり、朝日新聞では言い方を変えてきた森さんの言う弟子との「相互作用」なぞは、とうに既に広く指摘されていること。

2−水俣病仮説なぞ、抗議書にある通り、とんでもない間違いでした。


これが、講談社ノンフィクション賞か、なんとも。
その選考過程のことは、追って書きます。
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