2010/8/14

映画シルミド、映画シンドラーのリスト  日常のこと

映画シルミド、映画シンドラーのリスト

DVDを借りてきて、夜間、見ました。

以前から、たしかまだ見ていないので、見たいと思っていた2つです。

うーん、凄い印象です。

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前者は、実話に基づくもの

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%83%89

まあ全員犯罪歴があるものだとか、あの歌を最後の方で歌ったとかは脚色だが、重要な点−そんな歴史が近時にあったということ、バスの奪取と手榴弾で爆破−などはそのとおり。

近時、1971年の段階ででも−大阪万国博の翌年です−こんな歴史がある。
日本人としてよく知っておくべき、と思う。

つまり、北朝鮮政府として戦争は終わっていないだけでなく韓国でも戦争は終わっていないという認識で、軍部はい続けてきた、たぶん今も、と言うこと。

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後者は、オーバーだよーーー、と言いたいんだが。
あれが、現実になされたこと。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88

重いです。

印象の残ったシーンは、実にいっぱい。

順不同で、よく描けているなぁ、と思ったのが、

1−ナチスだけではない、ヨーロッパ人全体のユダヤ人への羨望と差別の感覚

2−ユダヤ人同士で全てが助け合っていたのではないということ、子どもも含めて

3−カポとかいったかな、ナチスに迎合したユダヤ人の中での警察組織のこと、

4−毒ガスを投与するまでの、抵抗なきようさせる手法

5−裸で走らせること

6−日常生活からホロコーストに向かうときの、被害者側の意識。
−人は少しずつの圧迫であると抵抗が弱まるということ−反乱がなかったことの不思議さの解決(小さな1つは確か史実にある思うが)

7−駅近くで、貴金属の選別などさせられていたのもユダヤ人。その中で金歯が届いた時の、あの人の顔。

8−主人公は、もともとは儲けたかっただではないか、という設定
−多分、それが真実だと思う。だからこそ、シンドラーは「普通の資本家」なのであって、それが変わっていったことが、凄いことなんだろう、と思う。

などなど。

「戦場のピアニスト」の方は、美しさを入れているように思ったが、こちらはそうではない。救いは、主人公の様々な工作方法のところかな。

思い出してみれば、この映画では、自分は男だが、女性の真っ裸がなんら性的刺激にならず、猥褻に感じないことに気がつきました。
この映画では、映倫でも何ら問題にされようがなかったのでしょうね。
涙が出るばかり。

ちなみに、
先日NHKだったかな、で番組があった。アウシュヴィッツを含めて、生き残ったユダヤ人(600万人だか300万人だかともかく凄い人数、生き残ったのは20万人か)のうち相当数の人が、避難する途中またはゲットーなり、友友の所に戻ったところ、一般市民に虐待され、殺されたこと。ポーランドなど。それがイスラエルができた一つの理由。
そして、今、イスラエルが、パレスチナの人々を迫害しつづけ、ほとんど一方的な戦争をしている。なんと。

以下は、常々思うし、言っていること。

人を罵倒するのに、「犬畜生におとる」という言い方をするのは正しくない。
あそこまで酷いことをするのは、人間だけ。
「人というものははとても素晴らしいことをし、逆におぞましすぎる行為もする」
それを直視し続けるべきだろう、と。
4

2010/8/11

被爆4世−遺伝の証明はないこと  メディア・ネット

あの、先に書いた「被爆4世」という表現はやめるべき、との関係で誤解を招いてはいけないので一言。

様々な障害児は、天才児が生まれるのと同様、どうやらある程度の比率でどうしたって生まれるものです。
そして、障害にかかわる何らかの遺伝形質があれば、率がある程度は高くなることがあるのは知られています。

1−その結果、遺伝の問題なのかどうかは、その当事者らにとって精神的負担となり、社会からは婚姻を初めとした差別の問題ともなります。

(私は坂本事件の調査で頑張っていた時、とある大先輩の弁護士から、「麻原は何人子供がいるの、どうして次々と子どもを作るの、目が見えないのが遺伝するかもしれないのに」と聞いた時には、その差別的発想に、心底軽蔑しました。仮にその確率が有意に高いのだとしても、それ自体は本人の自由だからです。もちろん、麻原死刑囚は子ども対しても無責任に過ぎましたが。ちなみに知る限りでは、その子どもらは目は悪くなってないです。)

2−ですから、ある一定の事柄が、真実、遺伝形質に影響を与えるかどうかは、真実科学的に証明されているものでない限り、少なくとも統計上有意の差が認められない限り、滅多なことでは言ってはならないことだと考えます

 原爆についても、被爆者健康手帳が22−3万人にとどまり、まだまだ多くの被爆者や入市被爆者(原爆投下後まあ2週間以内?に入って残留放射能を受けた人)がおそらくもらっていないのは、ましてその子どもが多く手帳を持っていないのは、これが最大の理由だと思われます。
 自分だけでなく、子どもが差別されるのではないかと思って、手帳を貰わないのではないか、と。遺伝の問題ではない胎児被爆の小頭症という悲劇と混同されてイメージされ、心配してしまうのです。

 実際、最近のサイトである下記など見てください。酷いものです。
http://qanda.rakuten.ne.jp/qa2326897.html

 その結果、治療援助を受けていない被爆者も相当数いるだろう、と心配しています。私の知る入市被爆者は、数日後に広島に入って遺体処理をした方ですが、既に同じことをした同僚らがほとんどガンで亡くなり、その方がガンで死んだところ、認定など皆申請していなかったということでした(毎年追加される名前には、そのような方々の名は含まれていないのです)。

3−ところが、反核兵器運動の中で、昔からそして今も、核兵器の放射線の影響が、子や子孫に当然伝わるような言い方で、原爆の危険性と非人道性を言っていることを時に聞きます。私は、これを実に苦々しく思ってきました。証拠がないのに。自分たちで偏見を広めてどうするんだ、と。
 
 http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-02-04-03
から見るように、確かに放射線の生殖細胞への影響はあり得るようです。

ですが、下記の所のように、更に理解しやすく正確だなと思われる記述のサイトもあります。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1118663526

 そして、原爆の場合、実に強い放射線だったわけで、仮に障害ある卵子、精子があっても、多くは不妊という形、すなわち受精しにくく、受精しても着床せず、早期の流産の形となってしまったのではないかなあ、と思ってます(もともと男の精子のかなりの部分は正常ではないものでして−最近の若い男のは数が少ないだけでなく異常な割合も多くなっているみたい、これ実に心配−)。

 その結果か否か分からないですが、重要なことには、被爆者の子どもの出生後の子ども段階での調査では、他の場合と有意の差がないことが分かっているからです。

 だから、反核運動の中で、どうしてそんなことを言うのか、まして、被爆者の子ども(すなわち本人は被爆していない)の「精子」「卵子」も異常な可能性があるとして「子子孫孫」みたいなどうして言い方をするのか、少なくとも「----と言う不安があるのです」ぐらいの表現をどうして使えないのか、と思っているのです。

4−しかし、被爆者の子どもについての、健康診断を国の費用ですることなどは、一応賛成です。

 それは、被爆者の子どもについては、これからいわゆるガン年齢に達してくるのですから、統計上、他の場合と有意の差があるかどうかは、一応調べていいと思うからです。
(ただ、うーん、そんな親の遺伝子の影響よりも、本人の生まれた時からの食生活、タバコ、生活環境、職業環境という違いが極めて大きくあり、そもそもががん家系みたいなものも勿論あるのだから、どこまで意義があるのかしら、と思う)

http://www.rerf.or.jp/dept/genetics/lbg.html
では、今後の調査方法が記載されています。

 ちなみに、治療については、既に一部の病気について一部の自治体では援助しているようですが、釈然としないままです。それが広がっていけば、被爆者の子のガンは、親の被爆の影響だと決めつけてしまうようなものですから。

5−まして、孫、ひ孫となれば、統計上の有意の差さえも、証明される可能性は一切ないのです。

両親とも被爆者の場合の1分の1とか、片親が被爆者の場合の2分の1ではなく、孫4分の1、ひ孫8分の1、と被爆者からの遺伝情報は減っていくのですから。

だから、遺伝形質を示す「3世」「4世」などと表現するなど、有害無益だと思うんです。先に書いたのは、その趣旨です。
なお、その趣旨から、「被爆二世の会」と言う集まりがあるようだが、「被爆者の子どもの会」とでも名称を変えて欲しいし、被爆二世という言葉もう使うべきではない、と感じます。


(追加−そして、新聞社がそんな表現をして良いのか、と。いったいどこの新聞社なのだ、と。子ども、孫らの人数を、素人なりに考えてみました。
http://www3.rbm.hiroshima-u.ac.jp/project_abs/abs_src/abs_jsp/abs3100_showchart.jsp?get_level=N&get_jsp=3100&get_language=Japanese
によれば、被爆者の数は24万1308人となっています。

ですが、実際の被ばく者数を、素人なりに考えてみました。
このような考えは、全く事案は違いますが、地下鉄サリン被害者数から感じたことです。これは、当初の被害届出を得られたのが3000人以下だったのに、後に国の給付金受給者申請から6000人を超えていたことが判明したのです。それでも全員ではないはずです。
原爆でも、黒い雨にあたっただけの人、周辺町村、3日以降の後の入市被曝者など上記人数に入っていないことが多いようですから。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/7700.html
によれば、広島市の昭和15年の人口は45万人、
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/toukei_data/kokuseityousa/H12/jinnkou2.htm
によれば、昭和15年の長崎市の人口25万人です。

疎開していた人はそう多くないように感じ、またその他周辺の町村にも被爆した方がおり、入市被爆者も実に相当人数がいる訳で、実際の被爆者及び被曝者は、やはり70万人ぐらい?なのではないでしょうか。
これを35歳以下に限っても50万人ぐらい?になるのではないでしょうか。、

で、被爆者の子どもの数ですが、被爆者自身、数年以内に亡くなった方も多いから、その全てが子供を設けているのではないでしょうし、被爆者同士での結婚の方もいようから困難ですが。
5割の方が3人ずつ子を設けたと計算して(昔は多く生んだものです)、子どもは75万人。
その7割が2.5人ずつ子を設けたと計算して、孫は、131万2500人
その7割が、2人ずつ子を設けたと計算して、ひ孫は183万7500人
ちなみに、その7割が、1.5人ずつ子を設けたと計算して、ひ孫の子は192万9375人です。

ひ孫までの合計で390万人。
日本の全ての人々の30人に1人ぐらいで、不思議はないと思います。


その人に、たまたま親、さらに祖父母、さらに曽祖父母など被爆していたからと言って(知らない人も実に多いでしょう)、不安を与え、また婚姻などで差別される危険性の源となる偏見を助長して、何の意味があるのか、と。−以上追加−)

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下記は、まあ、原爆投下直後から「治療しないで調査ばかりしていた」ということでは批判されているABCCの後継である研究所サイトからの一部転載です。

まあ米国も未だにお金を出しているのは、米国として情報を欲しいとし、実際提供しているからでしょう。
人によっては、米国として、原爆の影響が子孫に残るなどと言うことにしたくないから、下記のような報告内容なのだ、などと穿つ人もいましょうが、今日まで続いている被爆者の子どもの調査の関係では考え過ぎだろう、と思います。

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http://www.rerf.or.jp/index_j.html
放射線影響研究所(放影研)は、1947年3月に米国が設立した原爆障害調査委員会(ABCC)の業務を引き継ぎ、1975年4月に設立

http://www.rerf.or.jp/dept/genetics/lbg.html
遺伝生化学研究室
親の放射線被曝が子供に及ぼす影響、すなわち放射線の遺伝的影響に関して、幾つかの大規模な調査が1948年以来行われています。
両親の一方もしくは両方が被爆者である場合、生まれてくる子供の死産率、奇形率、出生直後の死亡率、染色体異常および蛋白質レベルでの突然変異率などが親の被曝線量の増加と共に増えているかどうか、これまで調査が行われてきました。その結果は、いずれにおいても親の放射線被曝の影響は観察されませんでした。子供が成人に達した以降の死亡率については、これまでのところは親の被曝の影響は見られていませんが、継続して疫学調査が行われています。

http://www.rerf.or.jp/programs/index.html
(4)原爆被爆者の子供(F1)に関する調査
 親の被爆による遺伝的影響があるかどうかを調べるために、被爆者の子供を対象とした調査を行っている。初期に行われた出生時の障害に関する調査では、親の放射線被ばくの影響は認められていなかった。その後、被爆者の子供の死亡率や、染色体や血液タンパク質の異常に関する調査も行われたが、被ばくの影響は観察されていない。最近は、死亡率追跡調査の継続と、遺伝子DNAの調査が行われている。また、新たに2002年からは、出生時には観察されないが、中年以降になって生じる生活習慣病(高血圧や糖尿病など)の発症に関する臨床調査も開始された。この調査は、被爆二世団体の協力を得て、こちらから健診を依頼した人のうち、本人から受診の意思を確認できた人、約12000人を対象として、4年間かけて行われる予定である。

その詳細は、
http://www.rerf.or.jp/programs/outline/progf1.html

調査内容は、下記−被爆二世健康影響調査:臨床健康診断調査
http://www.rerf.or.jp/programs/rparchiv/rp01-02.htm

http://www.rerf.or.jp/radefx/genetics/geneefx.html
原爆被爆者の子供における放射線の遺伝的影響
出生時障害(1948−1954年の調査の結果)
原爆被爆者の子供における重い出生時障害またはその他の妊娠終結異常が統計的に有意に増加したという事実は認められていない。広島・長崎のほぼすべての妊娠例に関する調査が1948年に開始され6年間続いた。

http://www.rerf.or.jp/radefx/genetics/chromeab.html
被爆者の子供における染色体異常(1967−1985年の調査の結果)
放射線被曝により親の生殖細胞に相互転座や逆位などの安定型染色体異常が増加したかどうかを調査するために、原爆被爆者の子供(F1)に関して広範な染色体分析が行われた。しかしF1における異常の増加を示す証拠は得られていない。

http://www.rerf.or.jp/radefx/genetics/mortalit.html
被爆者の子供における死亡率およびがん罹患率
放影研では、寿命調査(LSS)集団に属する被爆者の子供で、1946年5月から1984年12月までに生まれた人について、死亡率およびがん発生率を追跡調査している。この集団の年齢は、2007年の時点で23歳から61歳の範囲にあり、平均年齢は47歳である。これまでの調査結果によると、20歳以前あるいは20歳以降におけるがん発生率またはがんおよびその他の疾患による死亡率の増加は観察されていない。しかし、この集団における疾患のほとんどは今後発生すると思われるので、疾患発生に及ぼす親の原爆放射線被曝の影響に関して結論を導くためには、今後更に長期間の追跡調査が必要である

http://www.rerf.or.jp/dept/genetics/lbg.html
ここでは、今後の調査方法が記載されています。
7

2010/8/10

「被爆4世」という言い方  メディア・ネット

うーん、長崎の集まりで司会をした女子高校生について
「被爆4世。「司会者に選ばれて、初めて意識した」」と報道されている。

うーん、この「被爆4世」という表現の意義がどこにあるのかな、と思う。

「曽祖父母が被爆した女子高校生」という表現ではいけないのだろうか

名作「父と暮らせば」?とか古くは「黒い雨」その他などで、本人ら自身が心配してきたことがそのこと。
胎児被爆のことは分かるが、この問題は、被爆者の後にできた子どもら、その孫らに、その影響が遺伝していくか、どうか、です。

で、原爆症のサイトは下記など
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A2%AB%E7%88%86%E8%80%85
つまりは、結局なんら証明されていないんだな、と思う。

平均とのどのくらいの違いがあれば「有意の差」と言えるのか分からないが、既にひ孫、その孫も生まれている今日でも、結局有意の差を証明できないままとのこと。

一方、「2世」「3世」「4世」とかいう表現は、例えば
「日系3世の米国人」というように、遺伝形質をもってとらえている表現です。

だから、もうこの表現は辞めるべきではないかな、と思う。

「東京大空襲4世」も勿論、「2世」という表現はないですよね。

子ども、孫、ひ孫、その子となれば、実に多い。
直接の「被爆」ではなく、数日内に域内に入った「被曝」者の子孫もいれれば、実に多い。
既に千万人を超えるのではないかなぁ。
広島や長崎はもちろん実に多く、日本全土でも、実に近い話なんです。


その子ども、孫、ひ孫、その孫にまで差別問題となる可能性がある表現なのだから、もう止した方が良いと思うのだが。

ご本人らとしても、運動団体としても、行政も、周囲も、メディアも。
いかがなものでしょう。

追伸−1
昨年だったかあの龍馬を今、演じている芸能人がラジオで告白したとかで報道されてたんですね。なんでそんなのがニュースになるのか。以前から言っていたようですし。http://otautahi.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-a54b.html

追伸−2
曽祖父というのは、2分の1×2分の1×2分の1で、8分の1でしかないですよね。その意味でも、なんでわざわざ4世などというのか。
まあ、私も天皇の一子孫でして。

追伸−3
生殖の問題でいえば、今の若い男性の正常な精子比率が、中高年に比較して、極めて有意の差で低いという世代的な問題の方がはるかに大きいと思うのです。環境ホルモンの問題かなあ。
2

2010/8/9

米国正式文書と、浦上天主堂  外国・外交

アメリカの駐日大使が、初めて広島平和記念式典(祈念式典ではなかったのか?)に参加した。その声明全文を、末尾に備忘録にて。

9日の長崎にはどうして参加しないのかな、不思議。

広島は、ウラン235型原爆、通例リトルボーイ
長崎は、プルトニウム239型原爆、通称ファットマン
違うものを投下するための長崎だったということで、尚更に実験的要素が強いと思え、米国の論理であってさえ、さらに正当性を失っていると思うが。

広島、長崎の現地には、各一度行ったことがある。長崎の方はま今の展示館ができる前でした。

つくづく思ったのは、あの浦上の天主堂が残っていたら、長崎のメモリアルになっただろうな、ということ。
なにせ、天主堂にその時間にいた全員が死んでいるのだから。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%A6%E4%B8%8A%E6%95%99%E4%BC%9A

長崎に行ったとき、実に綺麗な教会になっていることに驚いた。
調べてみれば、あっという間に瓦礫を撤去したんですね。
きっと、『キリスト教信者らも多く死んだんだ』
と言うことを欧米に知られないためなんだろうなぁと思う。

そして、昭和33年には撤去させたんですね。
市長決断で、市議会の意向に反して、米国都市との姉妹都市締結を機に。

なんと馬鹿なことをしたもんだ。人類の遺産なのに。

広島の、「安らかに眠ってください。二度とあやまちは繰り返しませんから」の主語は、「人類は、二度と原爆を使いませんから」と言うものだと思う。いろいろ解釈があるようだが、主語が「人類は」とする方向に展開して行くべし、と言うことです。

だから、核保有国が広く集まること、とてもいいことだと思います。
なんとか全ての核保有国の首脳が集まるべき。

主語がなくても書ける日本語の意義が、おおいにあると思います。
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以下、アメリカ大使館サイトから
http://tokyo.usembassy.gov/
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下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。
ルース大使、米国を代表して広島平和記念式典に出席
2010年8月6日

 ルース駐日米国大使は本日、広島平和記念式典に出席し第2次世界大戦のすべての犠牲者に敬意を表した。ルース大使の広島訪問は今回が2回目であり、米国大使が8月6日に広島を訪問するのは初めてである。ルース大使は「未来の世代のために、私たちは核兵器のない世界の実現を目指し、今後も協力していかなければならない」と語った。第2次世界大戦終結65周年は、あのような戦いを再び繰り返さないという決意を新たにするにふさわしい。米国と日本は、先の戦争の悲劇から前進し、最も緊密な友好国・同盟国となった。両国はまた、核兵器のない世界というオバマ大統領の構想を推進する目標も共有している。
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Ambassador Roos Represented the United States at the Hiroshima Peace Memorial Ceremony
Aug. 6 - Ambassador Roos attended the Hiroshima Peace Memorial Ceremony today to express respect for all the victims of World War II. This was Ambassador Roos' second visit to Hiroshima and the first by an American Ambassador on August 6. Ambassador Roos noted, "For the sake of future generations, we must continue to work together to realize a world without nuclear weapons." On the 65th anniversary of the end of the Second World War, it is fitting that we renew our determination to ensure that such a conflict is never again repeated. From the tragedy of that war, the U.S. and Japan have moved forward to become the closest of friends and allies. We also share a common goal of advancing President Obama's vision of a world without nuclear weapons. (Embassy Press Release)
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(追伸−長崎の鐘、という歌を若い人は知らないかなあ。広く伝えられるべき歌だろうと思う。2度の原爆投下が、それこそ『米国の原罪』だと分かりやすいと思う。歌詞・由来・写真など下記)
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/nagasakinokane.html
http://www2.ocn.ne.jp/~kthr-wf/MIDI-nagasakinokane-exp.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E5%A4%A7%E6%B5%A6%E5%A4%A9%E4%B8%BB%E5%A0%82%E6%97%A7%E9%90%98%E6%A5%BC.JPG
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2010/8/5

年金記録確認−厚生年金  憲法・社会・官僚・人権

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E9%87%91%E8%A8%98%E9%8C%B2%E5%95%8F%E9%A1%8C

上記のこと、まあ地方の確認委員をやってますです。秘密にすべき基準の詳細とかを書くのではなく、その感想を、まあ書いていいだろう範囲で書きます。

もちろん個人的な文章でありますが、広く知ってほしいし、今後の問題解決の方向性の参考にして欲しいので。

第1
 うーん、年金制度は、もともと第二次世界大変の戦費調達のために始まったのだなぁ、最初は後々の支給なんてほとんど考えずに始まったのだろうなあ、と感じた。
 そして、制度が様々あり、変更もしばしば、あまりに複雑だなぁと。
 それでも、少なくない企業や、役所において、詳細な信頼できる記録を残していたりして、実に日本の事務担当者や公務員、また官僚制度と言うのは優れているところがあるんだな、と思う事案が多い。
 その原記録がなくなくっていたりするのがつらいところです。

第2
 「働いていることがそれなりに証明できれば、記録を訂正してもらえる」と、かなりの国民が誤解しているようにと思う。政治家もそんな感じで言ったりすることもあるので、困る。
 中には、戦前や戦後すぐあたりは、その業種は厚生年金制度がなかったのであり、つまり控除していることはまずありえず、仮にいても制度上、年金記録にできる筈がないものまである。
 残念だが、さらにその後でも、小規模企業の場合や非正規労働の場合、また孫請けだがワッペンはもとの会社のものをつけていた場合など、もともと厚生年金保険料を控除などしていないことも、少なくない。同僚らに聞いて言ってそう分かることが多い。
 それなのに、政治家らが、ともかくどこかの企業で働いていたことがそれなりに証明できればいいような感じで説明していることが、一部の人に過大な期待をさせてしまっていてるように思い、困ります。
 加えるに、企業では、これとは別に雇用保険は控除していることが多く、その他の会費とかも控除されていたりして、何かの控除があったと思うという記憶だけはあったりして、難しいです。
 なお、雇用保険の控除があれば、それだけで年金についても保険料も控除されていたとみなしてしまうようなことを方法も、大臣が言っていたが、それは乱暴に過ぎるのではないか、と思う。
 政治家は、正確に説明しないといけないです。

第3
 すべて申立が必要、というのは問題ではないかな、と思うことがある。申立てを必要とするという原則は守るとしても、年金機構?なりの職権でできれば、速く解決するだろう事案がある。
 というのは、同一職場で一人が申し立てて、1−数カ月分の保険料ではあるが、明らかに給料から控除しているのに納付されていなかったり、時には納付されているだろうに記録がない、と思える事案がある。そして、他の何人か又はやたら多くの従業員についても同じことなんだから、という事案です。多くは会社の問題だが、社会保険事務所の問題ではなかったか、と思えたり。

 それでも、それぞれの人が申し立てなければ対応しないという制度で、気が付かなければ訂正がないままです。同一企業のまったく同じ申立てを、改めて調査する形にして、委員会で認める、と言うようなことを繰り返すなんで、馬鹿らしいのではないか、と思う。
 
 もちろん、会社の方でまとめて対応させ、まとめた申請がされることもあるのだが、昔のことであって退職していたり、その会社が倒産していたりすれば、まとめての申請などできようもない。

 そんなとき、どこかの委員会で1つの救済がされたならば、他の同様の人は職権で変更してもいいではないか、と思うのだが。中には、こんなの一人の申立てさえがなくても職権で−例えば、職権で一度は委員会に持ち出す形を取ってでも−変えればいいのに、と思う事案がある。

申請主義を維持し続けるのは、
1−法の建前と
2−気付かないままの人に不審を抱かせたくない、まして死亡している場合、配偶者も死んでいる場合もあるから国への不信を増長させてしまう、
3−それをしてしまうと大変な金額になっていく可能性がある
という問題なんだろうと思う。

しかし
1−少額であっても、増額になって文句を言う人はいないだろうし
2−それで残件数がそれなりに減るだろうし
3−国として誠意をもって対応するには、一時期の不審増大よりも長期的な信頼の方が大切だと思うんだが。

 以上、まあ書いてもいいだろう感想の範囲で書きました。

 確認委員会では日当などの費用がかかっているし、調査する人の人件費もかかっている。それを減らしていくことも大切な課題です。
 昔、横浜県税事務所という所で、1年だけだが税金の仕事をしたこともあり、血税を大切に使いたく、感想を書きました。

3

2010/8/2

海江田万里氏−冗談でしょ?  歴史・定義・知識人の責任

海江田万里氏−冗談でしょ?

信じがたいです。バブルを喧伝し、何十万人?何百万人に被害を与えただろうに。
40歳以上の方なら、同様に思う人も多いかと。

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民主・海江田氏、代表選出馬に含み
 民主党の海江田万里衆院財務金融委員長は1日のフジテレビの番組で、9月の代表選への出馬の意欲を問われ、「予算委員会で(菅首相の答弁を)聞いて、『菅さんをみんなで応援しよう』となれば誰も出なくてもよいが、それを聞くまではどうこう言えない」と含みを持たせた。
 さらに、首相が消費税増税を代表選公約に掲げない考えを示したことについて、「争点にすべきだ。国民に大変関係があり、菅さんが『争点にしない』と言っても、争点になるのではないか」と語った。
(2010年8月1日19時52分 読売新聞)
********
ご本人のサイトはここ
http://kaiedabanri.jp/
−1990年以前の著作はとんと紹介していない。

ウィキペディアではここ、過去の著作も多く出ている。
ネットは検索性に優れていますね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E6%B1%9F%E7%94%B0%E4%B8%87%E9%87%8C

過去の著作のうちたとえばここ
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4062037556.html
「危機を乗りきる財テク」海江田万里著、講談社、1988/01/15

株価が乱高下している。マル優の廃止が迫った。インフレがしのびよっている。いま、私たちの財産は、どう守り、どう運用すればいいのか?ビジネスマン・主婦の全疑問に答える!財産運用・投資の緊急アドバイス。

第1章 堅実に財産を運用する(マル優廃止で変わる財テク;一時払養老保険―利回りトップの入気商品;抵当証券―利殖型の証券貯蓄;金投資口座・金スプレッド取引―安全性高い投資;老後のための資金―主流は個人年金保険)
第2章 殖やすために投資する(低金利時代の財テク;株式投資―地道な運用こそ王道;投資信託―選択範囲の広い投資;長期国債ファンド〔トップ〕―ポスト・マル優に狙い;転換社債―選べるから有利;変額保険―スタート以来好調;外貨預金―マル優廃止で有利に;金投資―インフレヘッジに最適;牛馬・森林への投資―夢を買いたい人向き)
第3章 不動産を買って危機に備える(低金利時代の持ち家作戦;固定金利と変動金利のメリット・デメリット;セカンドハウス取得法)
第4章 借金をして得をする(低金利時代の借金術;担保がある場合;無担保借金術;目的別ローン選び;高額ローンの借りかた・返しかた;ローンのタブー)
************

つまり、先見の明のないことが明白な方です。
たしかにあの頃は、実に多くの経済評論家が、バブルを唱導していた。
その中で、実に最もおおくメディアに出て、扇動していたのが、海江田さん。
それは私の印象だけれど、その著作の多さから見て、分かるというもの。

あのバブル、1988−89年ともなれば
まともな不動産業者や、銀行員は、これは異常だよ、と言っていた。私も、借家の立退料で、こちらが考えていた立退料よりも、最初提示された立退料の方が多くて、実に全く驚いたことがある。抵当証券やらは、担保価値が分からなくなっていくのだからもともと怪しいものだ、と思ったものです。

海江田さんの言っていた、借金しての不動産購入、一時払い養老保険、変額保険、抵当証券やら、牛とかへの投資でいったいどれほどの人が大損をし、破産していったことか、自殺者も少なくないだろう。

その後、反省の言葉など、とんと聞こえてこない。自らを総括なぞとんとしていないのではないかしら。

同じ選挙区が与謝野さん。ここでは与謝野さんの方が当選してほしかったです。

海江田さん、冗談でしょ?と言いたい。

また、その方が力を増している?民主党って心配です。
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2010/8/1

死刑制度に関連して素朴な疑問  憲法・社会・官僚・人権

以下、死刑に関連して素朴な疑問−順不同

1−昨年、民主党が政権を握り千葉さんが大臣になった後、なんで死刑廃止論の方々は、大きく運動を広げようとしなかったのかな。文字どおりのチャンスだったはずなのに。不思議です。

2−執行の停止法案とか、終身刑をつくる法案とか、結局、法案として提出されたことあるのかな。まだないのではないかな。

出した以上は成立するようにしなければならないという発想なのかもしれない。だがなあ、議論を続けるためは何度でも出すのが良いと思うんだがなあ。

廃止論の議員の方々が考えているやり方、実に分からないです。必死さに欠けているように思うんだが。

3−議員連盟の会長は亀井議員だが、あの方は冤罪の危険性を言う。
しかし、冤罪防止のためには、代用監獄の廃止と取調べ過程の全面可視化がもっとも大切なはず。

それには賛成しておられるのかなあ。冤罪を極限まで減らしていきたいならば、それこそ大切なことだと知っているはずであり、かつ警察官僚出身なのだから、大いに説得力があると思うんだが。

あちこち見ても分からない。取り調べの全面可視化などに賛成して、同様に強く運動していないならば、ご本人の死刑廃止論と矛盾してしまう。
違っていたら申し訳ない。

4−死刑判決確定の場合は、死刑の執行のみ刑罰であって刑務作業はない。入っているところも「刑務所」ではなく「拘置所」という形になる。

これは精神安定上良くないのと同時に、死刑をさっさと執行すれば良い、という考えにもつながる。

廃止派の方々は、刑務作業が可能どころか「死刑執行までの間、刑務作業に従事させる」と当然させるような法の改正案を出せばいいのに、と思う。これならば成立するのではないかなあ。

5−アムネスティーの抗議声明など見ると、今回も執行された死刑囚について「さん」「さん」と記述している。あの感覚は理解できない。

私も、実はアムネスティーの会員ですが、それはもともとすべきことが他国の人権侵害について抗議活動をしていく−まあ葉書を次々と出すのですが−ことが基本だからでして。私が入った後に日本の死刑についてより強く言うようになったので弱ったが、まあペンディングにしてます。

で、文章で「さん」とする感覚は到底理解できない。本人がした犯罪の残虐さを知り、また自分たちの主張への賛成を増やそうとするならば、そんな敬称などつけられるはずがないのだが。

6−死刑廃止論を唱導している方は「死刑の理由」という本(2003/8新潮文庫)を、すべからくしっかりと読むべきだと思うんだが、読んでいるのかな。

7−死刑廃止の意見を広げていきたいと考えているならば、なんで何時までも菊田幸一氏や、安田好弘氏が前面に出ているのかな。
もう表に出さない方がいいのに、実に不思議です。

菊田さんなど、「死刑廃止・日本の証言」(三一書房 19933/11) では、死刑囚の母親(大道寺幸子)との対談中「私は犯罪被害者より加害者のほうが辛いと思う。被害者の苦痛なんて交通事故のように一瞬だ」と述べているし、テレビの生放送討論会で「司法が制裁を与えないなら、私が殺す」と発言した本村洋に対して「あんた、(犯人の)少年が死ねばそれで満足なのかよ!」、「法律も知らないくせに!」と発言した、ようですね。
ひどいものです。長く残虐に極めて長く苦痛を感じる殺され方をした事件も、実に多いのですよ。後者は、話している相手は被害者遺族ですよ。

安田さんは、1995.12.3、引き延ばしが最も有効な弁護活動だなんて述べていて、それこそ国民世論に反してます。「典型的な死刑が予想されるケースでは結局長く裁判を継続していく以外に方法はないのではないか。死刑の確定をより先に延ばすというのが最大の弁護になるのではないか。そういう視点を踏まえて、一審から着々と弁護をする必要があるのではないか」-「オウムに死刑を、にどう応えるか」(インパクト出版会−1996/04)

8−死刑廃止論を唱導している方の中には、涙ながらに「人は決して人を殺してはならないんです」という人がいる。

違うって、例外的には人は人を殺していいんです。正当防衛や緊急避難の場合です。

例外的なことを言うな、というかもしれないが、死刑存置論の人は死刑も同じく例外的な場合だと考えているんですから、説得力がないんです。
「自分や自分の子どもが殺されようとしている時でも、その相手を殺すことは絶対あり得ない」と言うならば言ってもいいけれど、他の人には説得力がないことを自覚しておいて欲しいです。

7−死刑を残せば、刑罰が復讐になってしまうとして廃止を言う人がいる。

何をいっているのか、と思う。刑罰の中心的な本質は、やはり復讐なんです。近代の刑法学では「応報」なんていう言葉を使うけれども、要するに復讐だと。

もちろん教育の意味もあって、私自身も、それこそもっともっと再犯防止のためにも職業訓練や再犯防止プログラムをするべきだと思います。

ですが、重い犯罪を犯せば重くなるものです。その証拠に、刑法に書いてある法定刑自体が、窃盗や傷害罪よりも殺人罪の方が重いんです。まずはまず、どの国でも。
もちろん、そうすることによって、酷い犯罪を抑止しようとする一般予防の意味もあります。
が、どう見ても再犯をしないだろう被告人についても、酷いことをしていれば重く処罰されるのです(感覚だが、殺人事件の半分くらいはもう二度と殺人もその他の犯罪もしないだろうな、と思える場合ではないかなあ)。

そうでなければ、チカンを実に何度も何度も重ねる人、無銭飲食を繰り返す人をこそ無期懲役にすべきということになります。

(追加
さらには、責任無能力による無罪という制度は、罪を犯したこと認識がなく、また刑罰の意味を理解できないから無罪なんです。

教育刑を本質だとするならば、責任無能力者は当然に無罪であるのではないし、またの「回復」「治療」と犯罪者の「更生」とは、同じ本質をもつこととなり、犯罪予防−保安処分も、刑罰と本質的にこととならないこととなってしまいます。)


それは即ち、刑罰の本質が復讐だからです。犯罪との均衡を当然考えるのです。

とりあえず、以上。
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