2010/2/24

ツイッター と 2チャンネル  メディア・ネット

ツイッターて、何か話に出ているなぁ。

なんとも、掲示板とブログとチャットを合せて3で割ったようなもの。
これ、新しい可能性云々といわれるが、

そりゃ、140文字以内とか、面白いでしょうけれど、単なる中毒になるだけで、可能性はとんと感じないなぁ。あっという間に廃れると思うが。

というのは、興味のある人や場面でのつぶやきはしばしは聞きたいかもしれないが、すぐに飽きるものです。素敵な人、重要な人だと思っても、そのつぶやきでは、程度の低いものとなる。

すなわち、後の保存性、検索性の意義もない。

後の個人の識別は一応できるが、本名でなく匿名性も可能、そもそも識別情報を変更することもできるというのでは、つまりは、2チャンネルでのあの識別情報と同じ。

何の意味があるかといえば、つまりは単に著名人が主催の2チャンネルというだけのことではなかろうか。その主催者を疑えば、危ういこととなる。

2ちゃんねるは、匿名性を、サーバー?組織?として法もまあ無視して相応に守っているから−名誉棄損の場合などに実に困るのだが−、落書きや、危うい情報があるとともにだが、実際の本音や内部告発、とんでもない話が出ていたりして、アンダーグラウンドとしての価値がある。だからこそ、もう10数年継続してきているのです。

ツイッターって、
・ブログのコメント欄が炎上してしまうことがあり
・ブログを毎日、更にそれ以上更新するのが厄介だということがあるから、
始まったものかもしれない。

だが、政治家やタレントの直接情報など、まとまった形でみられ、写真なども見られるから意義があり、保存性、検索性がある。
コメント欄の炎上など、まともに対応すれば止められるものだし、厭な意見こそがありがたいはずだったもの。
更新するのが困難なのは、語るべきほどのものやパッションが弱くなってきただけのこと。できる範囲ですればよいかと。

ということで、ツイッターとかいうものは、あっという間に廃れると予言しまあす。
当たるかなぁ。
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2010/2/22

オウムが捜査を撹乱するとの情報  カルト・宗教・犯罪

うーん、国松元警察庁長官が高橋シズヱさんのインタビューで述べた
「強制捜査を予期したオウム真理教が、何らかの捜査撹乱(かくらん)作戦に出る」
とのこと、私の認識しているの経過は下記だが、それ以外に何かあるのかしら、ですね。

(この段は追加)3月15日の霞ヶ関駅アタッシュケース事件なんて、私も神奈川県警にあれはオウムだと思いますよ、気をつけてと、確か電話で言ったよ。
オウム本には、他の機関が起こすかもという書き方だが、地下鉄で毒ガスなんていうことも書かれてあり、ああ3月11日付「もう戦争が始まっているのになぜ気付かないんだ」というオウムのビラも、警察に提供したよ。その内容は右の所−http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/12-6.html

下記のことだけでも、警察の多数のミスが証明されていものです。
オウム事件の対外被害者への救済法は、
テロ事件であることのみならず、この背景があったから成立したのものです。

下記は、http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/shiryou31-.htm
の一部です。

私の情報提供は後に警察各所から御礼されたが、私としては、警察を動かしきれなかったことが悔しかった。
反省点としては、尾行手法、団体として把握する傾向の警備公安部に、もっと早くから接触すべきだった、と。国松長官銃撃事件の前までは、公安の方は、たしか富士吉田署のなんと一人とだけ会っただけだったし。

そのうち、
私の上申書「集団自殺、虐殺の危険性について」1994.11.2は、
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/siryou1.html#資料4
私の上申書「前例のない事件に対しては前例のない体制で」1995.3.13は、同じところの資料5にあります。

そこでは「五、かといって、このまま置いておけば、内部でのリンチのみならず、外部に対する攻撃性を増していること明らかですから、どうなっていくか想像もつきません。ましてそれがサリンガスの使用による場合の惨劇は、想像に余りあります。」などと言っておきました。そこに書いてあるように、あの時は私、麻原説法とロシアでの動きからして、原爆までも心配していた。

*************
資料33 ● 年 月 日 経 過 表 
警察などは、何をどうすべきだったか。 2004.10.6
1993.2 オウム幹部らがロシアで自動小銃の密造のために見学。AK47一丁と銃弾を入手する。
1993.3 「カレー研究会」「ヨーガ瞑想同好会」などダミーサークルを活発化。
1993.6.6 越智直紀君の逆吊り死亡、死体遺棄事件
1993. 東京の元電気店経営者が「付属医院に軟禁され、寄付を強要された」と、オウム相手に民事訴訟を起こす。
★ 警察は被害相談を受けてしっかりとした対応をすべきところ、しなかった。
1993.12 東京都八王子市の創価学会施設にて、サリン散布
1993.6-7 東京都江東区に建設中の亀戸本部で2回にわたり異臭騒ぎ。たんそ菌を噴霧
★ 警察は、捜査をしっかりと開始すべきだった。
1994.5 PSI(パーフェクトイナシエーションサーベイション)を開始、100万円1週間コース、1000万円永遠コース
1994.5 三鷹市内でオウム真理教脱会のもとり予想先から盗聴器が発見される。
−警視庁三鷹警察に告訴するが動かず。
★ 警視庁は、オウム事態の異常性をも報告されたのだから、対応すべきだった。
1994.1.30 落田耕太郎さんリンチ殺害事件
1994.3 宮崎県の資産家を東京・上九一色村まで拉致する事件の始まり。
★ 生きて帰れたのはまさに奇跡であった。警察庁以下、各県警はしっかり対応すべきだった。
1994.5.9 滝本太郎サリン殺人未遂事件。
1994.6  旧ソ連製大型ヘリが到着。
★ 静岡県警は警察庁とも連携をとり、異常なこの事態について、捜査を始めるべきだった。
1994.6  LSDや覚醒剤を使ったイニシエーション開始。死亡者続く
−以後、上九では逃亡信者らが続出する。
★ 山梨県警は、体制を整えて、住民らの訴えを聞き取り、脱走者からも十分に聴取すべきだった。また、この頃以降、他の県警も脱走者を弁護団が次々と警察に知らせているのだから、捜査すべきだった。
1994.6.27 松本サリン事件
★ サリンが河野さん宅の者で製造できないことを認識して、直ちに原材料の入手ルートの探索をするなどに力を入れるべきだった。
1994.7 2度にわたり、上九一色村の第7サティアン付近で異臭。住民等は松本サリン事件との関連を訴えていた。神奈川県警からの意見によって、実に1994.10、ようやく土を採取したのであった。
★ 異臭発生後、対応したのはもっぱら保健所であるところ、直ちに警察は鑑定などの対応をすべきだった。
1994.7.10 冨田俊男リンチ殺害事件。
1994.7.15 出家者男性の温熱傷害致死事件。
1994.8.24 上九の竹内さん宅、公民館などから盗聴器が発見される。
★ 1つを住民が発見して警察に通報した後、テレビ局がその他を発見するという体たらくであった。オウム側は、静岡県警富士宮署と山梨県警富士吉田署を堂々と監視し始めた。警察は、盗聴器を発見してくれる会社を教えてほしいと弁護士に問う状態あった。
1994.8 滝本−刃物を作るための機器を購入したと情報取得−警察に通報
★ 通報を受け監視を強めるべきだった。
1994.9 宮崎資産家拉致事件−家族・弁護団の努力で奪回して、告訴をできた。
★ 警察は直ちに対応し、立件すべきだった。
1994.9 滝本−内部で薬物使用が始まっていることを警察に通報
★ 警察は、坂本事件だけでなく、薬物使用の事案としても対応すべきだった。
1994.9.20 江川紹子ホスゲンガス襲撃事件(不起訴)
−警察にガスの可能性を含めて通報、被害届出
1994.10.5頃から1年−江川、滝本宅の警備
1994.10 滝本VX事件(不起訴)
1994.10 警察が上九一色村の土を採取
1994.10.末 看護婦脱走−滝本や警察に協力してくれる。死亡事件、薬物使用の実際を警察に通報した。監禁事件の被害者でもある。
★ 監禁事件については同年6月にパトカーが出るまでの事件であったのであり、直ちに対応すべきだった。薬物使用について直ちに捜査を開始すべきだった。
1994.11.2 滝本−「集団自殺、虐殺の危険性について」と上申
1994.11.4 滝本、富士宮の旅館でのボツリヌス菌事件
★ 赤ん坊のみが出家しているという監禁事案の交渉をしたものであり、警察は対応旅館の周辺を警備すれば足りるのではなく、対応すべきだった。またワゴン車に何人もの幹部らが乗って尾行してきたのだから、職務質問をすべきだった。
1994.11  電気ショックで記憶を消す「ニューナルコ」を開始。
1994.11 上九一色村の土地からサリンの副生成物検出される。
★ 明確な捜査方針を定め、また二度目の無差別大量殺人を止めるべく、全警察的な取り組みを、まさに直ちにすべきだった。
1994.12 滝本−薬物イニシエーション後3日目の人を脱会させることができた。
−血液採取を警察に要望したが果たせず、医師に依頼して保管してもらい引き続き鑑定を依頼するが対応なし。
★ 薬物の特定のために、それこそ直ちに対応すべきだった。
1994.12.2 水野昇VX襲撃事件
1994.12.5 出家者女性長女への路上拉致事件
1994.12.9 ピアニスト監禁事件の始まり−1995.3現行犯逮捕
1994.12.12 浜口忠仁VX殺害事件
★ 大阪府警は、より高度な鑑定を目指すべきだった。
1994.12 漫画家小林よしのり氏へのVX殺人予備事件(不起訴)
1994.12末 全国警察会議−強制捜査の決定
1995.1.1 『読売新聞』一面に上九一色村でサリン副生成物報道
1995.1.4 教団が上九一色村の住民を、毒ガスを製造しているとして告訴、記者会見
1995.1.4 被害者の会の永岡弘行会長VX襲撃事件
−警察は、滝本が強行に「後にとんでもない失態とわかりますよ」とまで言ってようやく1.6に実況見分をした。鑑定に農薬を措定したために同じ有機リン系の「スミチオン」とされ、滝本にこれを嗅がせるまでして警視庁は自殺未遂の扱い。
★ 警視庁は科学捜査を充実させ、かつ周辺事情からして、他と連携をもって、捜査を続けるべきだった。
(1995.1.17 阪神淡路大震災)
1995.1  オウムは、出家者の息子を学校から拉致する事件をおこす。
★ 警視庁は、後に信者である母親が出てきたからといって捜査を中止せずに徹底して捜査すべきだった。
1995.2  上九住民が麻原、教団幹部らを、1月4日の告訴・記者会見について名誉毀損として告訴する。
★ 警視庁は、これにより、まず麻原を逮捕できたはずだった。
1995.2 オウムは、出家者女性の長女を薬物で拉致する。
1995.2.28 假谷清志さん拉致監禁、3.1致死事件
−同地元署、警視庁刑事課捜査一家特殊班に、神奈川県警への同じ情報を送り始める。
★ 警察本部同士の連携が、まだまだとれていなかったところ、とるべきだった。
1995.2−3 幹部らの監視、特に井上嘉浩・中川智正について
★ これらシークレットワークに完全に入っていると指摘してある者に対して、24時間尾行をすべきだった。
1995.3.13 滝本−警視庁外に「前例のない事件に対しては前例のない体制で」の上申
1995.3.15 霞ヶ関駅アタッシュケース事件
1995.3.19 大学生拉致事件で教団大阪支部長らが逮捕、捜索
1995.3.19 宗教学者元マンション爆弾、自作自演の教団東京総本部火炎瓶投込み事件
1995.3.20 地下鉄サリン事件
★ 警察は強制捜査を予定し、それが公然の秘密だったのだから、主要幹部について完全な所在確認の体制に入るべきだった。
1995.3.22 上九一色村など全国の教団施設を強制捜査
−その後も重要人物の出入りの監視が不十分で、重要容疑者の出入りがあった。
(1995.3.30 警察庁長官銃撃事件)
−警察の公安部も動き始める。
(1995.4.23 教団「科学技術省」大臣の村井秀夫が刺殺される)
1995.5.5 新宿駅地下トイレ青酸ガス事件。 4.30、5.3も試みていた。
1995.5.16 麻原彰晃こと松本智津夫が逮捕される。
1995.5.16 東京都庁で小包爆弾破裂、秘書が重傷。
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2010/2/15

幻想と、殿様と家臣の共振現象  カルト・宗教・犯罪

幻想と、殿様と家臣の共振現象

下記は、元パヴィッタ師の手記です。
http://ameblo.jp/ommanipemehum/
−『幻想の崩壊』 オウムとはなんだったのか?

うん、参考になります。
教祖と話ができた時の感動、エネルギー。おでこに触られてグリグリされたり、
果ては、この方はないけれど「空中浮揚」を見た時の感動など
また、エネルギーが尾てい骨から上昇する?とかいう感動

そんなのに、やたら拘束されてしまってきただな、と改めて感じる。

私は即物的なのかなぁ、悪い意味で正常にすぎるかな。

精神異常を起こしておらずとも、
たとえば、男女とも惚れたうえでの初めてのキスとか、男なら初めての射精とか、初めてのセックスとか、やたら刺激的だったのではないかしら。
それは、後にしたキスと異なり、すごいエネルギーというか、なんというか。

そもそも、好きになって手をはじめてつなごうとしたときでさえ、
何万ボルトかの電気が実は流れているのではないかしら、なんて表現しても良いかと。

薬物事犯での経験など聞くと、実に良くわかるんだが。
以前、法廷では、打ち合わせと異なって、なんと
「だって良かったんです、やめる自信がないです」
と言い出した女性被告人がいて、参ったもんです。

で、霊性が高いともともと聞いていたり、前から会いたかった宗教者、偉人だなどと思っていると
初恋と同様にビビっときて、空中浮揚も見えるのかな。
まして「記憶修習」などとしてそのビデオばかり見ていたり、マントラを長時間唱えていたり、立位礼拝を続けたり、もともと睡眠不足、栄養不足、労働過重であれば尚更に。

キスはどれも同じキス。だが、初めてのキスが刺激的なのは、それは主観であり、まあ脳内ホルモンが多く出ていたようなものなのでしょう。つまり、「体験」ってのはあてにならないのだけれどね。

そして、教祖として、そんな体験を起こさせることができる、周囲が命令に従っていくことが続けば、教祖も自らを誤解して信じ始め、増長していくさ。
互いに共同幻想というか、そんな環境の中で共振しあって、エスカレートしていく。
これが、浅見先生の言う「殿様と家臣の共振現象」なんだろう。

宗教がまともに育っていくかは、紙一重なんだろうと思う。
その違いは、
・もともと教祖がしたかったことが何だったのか
・教祖に、自戒の念があるか、ということだろう、と思う。
−つまり、教祖が反社会的人格障害、それも反社会性、自己愛性、妄想性人格障害というか、それを持っていると危うい、と。妄想性が強いだけだと、小さいうちに崩壊していくのだが。

うーん、私の空中浮揚を知って、弟子入りしたいと事務所に行ってきた2人や、さらに断ると「本物の滝本太郎に会わせて」と言ってきた1人などに対して、「これこれの修行をまずしなさい。さすれば1ヶ月後にシャクティーパットをしてさし上げよう」とでもいえば、1つの宗教が作れたんだろうなぁ。

そして、カルトにはしないつもりでも、自分として次第に増長していったらわからんなあ。
まったくもって、ばっからしいことが、それも真実かと。

一方で、全ての人が「信じる」ことから離れられるわけでなく、宗教が必要なことも確かだろうと。
弱ったことです。
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2010/2/12

書籍と映画−衝動殺人  他の本など紹介

衝動殺人 (1978年) [古書]
佐藤 秀郎 (著)
出版社: 中央公論社 (1978/12)
発売日: 1978/12

うーん、2000年の後、犯罪被害者救済の法律を作ろうとがんばり始めた頃、どなただったか忘れたが、著者の了解を得たからとして、コピーでいただいた本です。

で、題名が強烈過ぎて気後れしていて、先日まで読まないでいた。

うーん、すごい本です。小説かと思ったら、ドキュメンタリーなんだ。

犯罪被害者の救済につき、この主人公「市瀬朝一」氏のように井戸を掘ってきた方がいたんだ。息子さんが昭和41年5月21日夜、横浜市鶴見区で19歳の見知らぬ少年に殺された事件、横浜地裁での刑事裁判だったんだ。

お名前はかすかに聞いていたが、私は「あすの会」自体には参加していないこともあり、それ以上、何も知らなかった。申し訳ないです。
市瀬朝一氏についてぐぐると、下記の通りです。
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&source=hp&q=%E5%B8%82%E7%80%AC%E6%9C%9D%E4%B8%80&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=&aq=f&oq=

敬服します。
そしてこの本にも記載されている、また記載されていない多くの事件の被害者、遺族方々の痛みと涙が蓄積してきたのだと、改めて思う。

犯罪被害者への補償法が、実に不十分ながらもできたのは、三菱重工ビル爆破事件で多くの死傷者が出た後でした。

この本はそれ以前の通り魔殺人での被害者遺族を軸にした本です。すでに努力を重ねてきたんだ。とうの昔から諸外国との比較もされてきたんだ。

この主人公が亡くなった3ヶ月後に、その不十分にすぎる法律ではあるが、成立している。

更に、先年、ようやくにして、交通事故被害者への自賠責保険と同程度の補償がされるようになった。
これは、地下鉄サリン事件をきっかけに、被害者補償の不十分さが改めて知られたから、そして国会情勢が与野党拮抗していたからできたこと、だと思います。

でも、これも遡及して適用されることはなく、だからこそオウム事件についてはテロ事件であるとして遡及適用した法律をさらに特別法として作ったのでした。

それもこれも、この本の主人公のようなご努力の蓄積があってこそ、できたこと。
敬服します。いつか墓参りに行きたいな。横浜市三ツ沢とのことだが、どこだろう、実に広い。

絶版であり、中古本としてしか取得できないでしょうけれど、お勧め。

(追加-と思ったら、昭和54年に、映画にまでなっていたんだ。
知らなかった。22歳の時か、司法試験の受験科目だけやってた頃
不明を恥じます。DVD貸しがあるかなあ。
http://d.hatena.ne.jp/kaoru1107/20070609
「衝動殺人 息子よ」1979、木下恵介)
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2010/2/6

弁護士関係のこと  憲法・社会・官僚・人権

お歳暮に拳銃構えた写真、弁護士が嫌がらせ
>東京弁護士会は5日、同会所属の竹内良知弁護士を業務停止1か月の懲戒処分
>2007年12月、管理組合に拳銃のようなものを構えている自分の写真を渡し
>この写真を印刷した年賀状をマンションの住民に郵送
>、自分が暴力団の若頭であると称したファクスを住民宅に再三送りつけ
>2月5日20時38分 読売新聞

これ、この程度の業務妨害で新聞に出るのかなぁ、と思って読んだら違うではないか。トホホ。弁護士がやったんだ、なんと。

たとえばパラノイアになっていたとか精神的に不安定だとか、そういう背景はなかったのかなあ。余りにしょもない事案だし、通例理解しがたい事案。

1か月の業務停止は甘いと思う。弁護士全体の信用を余りに害する事案だから。
停止が1か月以内だと、あらゆる案件について辞任しないで、休んでいればいいだけだったかと。だから軽い。看板は下ろさないといけなかったか、忘れた。

************************
主流派vs知名度…日弁連会長選、初の再投票
>即日開票の結果、山本剛嗣の得票が宇都宮健児を上回ったが、
>山本氏が制した弁護士会は、全国52会のうち東京、大阪など9会
>規定により当選者は決まらなかった。
>3月10日に再投票が行われる見通し
>1975年に現在の選挙制度になって以降、再投票は初めて。
>会長選で当選するには最多得票を得た上
>3分の1を超える弁護士会(18会)で最多票を得なければならないと
>山本氏が宇都宮氏を上回ったのは、都市部を中心に9会にとどまった
>宇都宮氏は地方のほか、横浜、埼玉、愛知など42会で山本氏を上回る票
>東京3会や大阪の主流派に推され、現執行部の路線の継承を掲げた山本氏
>多重債務問題や貧困問題-宇都宮氏は路線の転換を
>合格者数を2010年頃までに3000人程度に増やすという政府の計画
>山本氏は「数年は現状の2100〜2200人とすべきだ」現執行部の方針
>宇都宮氏は「1500人以下」としていた。
>2度目の投票でも同じ規定が適用されるため、結論が出るかは不透明
>決まらなかった場合は、立候補者を含めて選挙を最初からやり直す
>2月6日01時25分 読売新聞

「これ、宇都宮さんが著名だからこうなったのではない。うーん、どうなるんだろう、」
ということ程度はここには書いても、違反ではないのだろうと思う。

得票数はここ
http://www.nichibenren.or.jp/ja/updates/100205.html

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2010/2/5

お相撲さんの手拳  日常のこと

昨日のテレビ、なんとも変な感じ。
評論家や何かも、あんなに批判していたのに、引退となれば一転して良いところばかり言う。

本人の記者会見には、被害者への謝罪がないようであり、実におかしいと、と。
それを指摘しない評論家とか、変なことではなかろううか。
たとえ、多額の金額で示談したとしたのだとしても、です。

下記の通り、やはりしょもない弁明をしている状況もあったのね、

私は、あのサッカー騒動のときは、朝青竜にこそ同情したです。日本とモンゴルとの親善試合というようなことで、だいぶ勧められて参加したようだったから、本人の責任の部分は小さい、と。出場停止は重いと思った。

でも、今回のは暴力事件、鼻骨も折れているとすれば傷害事件です。
真実「酒に酔って覚えてもいない」であっても困る、

お相撲さんの手拳は、空手有段者の手刀、プロボクサーの拳と同様、凶器なのだから。それを使い傷害を与えたこと自体が真実ならば、処分は当然であり、引退とさせたのは甘いくらいなのですから。

以下読売オンライン−の一部
>http://www.yomiuri.co.jp/sports/sumo/news/20100205-OYT1T00066.htm?from=main3

>強硬派の筆頭は、外部役員で元警視総監の吉野準監事
>「即刻、解雇すべきだ」といった趣旨の発言に、会議室の空気は一気に緊張感
>元東京高検検事長の村山弘義理事も同調
>新任の貴乃花理事や武蔵川理事長、二所ノ関、放駒の両理事も賛同
>元理事長の北の湖、九重、友綱の3理事が一斉に反発
>時津風部屋の力士死亡事件の時は何度も聴取を重ねた。相手があることでもあり、よく調べなければいけない」と主張
>さらに「弁明の機会を与えるべきだ」と求め
>吉野監事は「調べるならば、今すぐ呼べばいい」と応じた。
>強硬派の親方衆にも「当事者の話は聞くべきだ」との声
>理事会を一時中断し、朝青龍と師匠の高砂親方の事情聴取が午後1時10分過ぎに始
>横綱は「酔っていてよく覚えていない」「殴った覚えはない」と弁明
>吉野監事らが厳しく追及すると、「俺はそんなことは知らん」と居直る一幕も
>午後2時半、最後の会議が始まる前、理事会は、朝青龍に引退の意向があることを確認
>だが腹が固まらなかったため、「考える時間を与えては」との意見
>協議は多数決に移り、処分を求める親方5人に外部理事2人が加わり
>「きょう、処分を出すべきだ」との意見が7人で、反対の5人を上回
>理事会の空気は「解雇」よりも、協会の面目も保てる「引退」に傾
>九重、二所ノ関の両親方らが朝青龍と高砂親方を説得
>この日の「引責引退」
2

2010/2/2

韓国系キリスト教会  カルト・宗教・犯罪

昨日は遠隔地へ日帰り、疲れました。
帰りの飛行機は、羽田に降りれなかったら戻るとの宣言のもとに離陸、確かに揺れたあ。着陸は怖かったがなんとか帰宅。

*******
で、表題のこと。
最近、韓国系キリスト教会におけるカルト問題というか、しょもな牧師の準強姦、準強制猥褻事件、もちろん金銭被害の事件が、たしかに増えているかと。

これ、2チャンネルだと、すぐに民族差別の言葉になっていくのだけれど、どうにも違うと思います。

増えてきた要因は、
第1に、韓国系キリスト教会が増えかつ布教に熱心であること、
第2に、各教団をまとめる中心的な組織がないようで、なんちゃって牧師というか、まともでない人にまで牧師を称しているのでは
というところにあると思います。

韓国はキリスト教が、結構強いです。日本と異なるのは歴史的経緯と民族性の違いがあるからかと思い、研究本などいつか読みたいところ。

で、韓国では限界に来たからかなぁ、日本での布教にも大いに力を入れている。

なにせ、日本のまともなキリスト教会は、ごく一部を除いて積極的な布教をしなくなってしまっているから、まさに金城湯池。

日本では、カソリック系と、日本基督教団とにまあ大きく分かれるのだろうけれど、後者は実はもともと戦時体制の中で大政翼賛会としてブロテスタント系がまとめられてしまったもの。それが残りました。
というのは、仏教系と異なり、日本のキリスト教の力は、文学面とか大学設立を別として、実に弱かった。だから、戦後になっても、元々のそれぞれの由来は由来として、プロテスタント系の全体を把握する団体があるというメリットがあったから、だと感じます。

で、日本の信者さんは、カソリック同様になかなか増えず、清貧というイメージでやってきて、それなりに尊敬されてきた経緯を持つ。
そりゃ、日本のお寺のように、住職の相続、檀家制度でやっていく、というものではなく、それぞれの人生経験の中で、まともな宗教心をもつ人が牧師となってきたのだから、当然の結果かと。
カソリックも、日本では良い意味での宗教心ある人が、神父になってきた経緯があるようで、日本ではキリスト者は、相当に尊敬されてきた。

だが、それは歴史的にはむしろ例外的なことだったろうと思う。
(その結果、日本では、カソリック人口よりエホバの証人の方が数は多いのだったか、なんと)

韓国系キリスト教としては、日本が金城湯池
・大きな声を出してのカタルシス、
・告白儀式による癒しと秘密共有
・集団を作って、いろいろと活動していくことによる個人の疎外感の克服

といったことをなどを武器に、そんな「キリスト教」が日本でも増えていくのでしょう。
(むしろ、日本でキリスト教が普及しなかったのは政治権力の対応だけでなく、奈良や後の鎌倉時代の仏教のように土俗化しなかったからであり、これから「普通」になるのではではないなぁ。)

韓国は、まだまだ親族、氏族関係を重視し、占いも日本以上に好きで、大きく泣く民族性がある。キリスト集団にもそれが反映し、また良い意味で土俗的な感覚を持つキリスト教団であって、それが日本では新鮮でしょう。

まあ、カルトかどうかはゼロか百か、ではない。

日本では、上記の通り尊敬されてキリスト者達だから、そんな新しい教会に対しては、そもそもが違和感が強いだろうと思う。差別問題に発展しなければいいがなぁ、と思う。

要するに、キリスト教も、他の宗教と同じ。
人間がやることだもの。
・キリスト教を標榜するからまとも、と思わないでね、
・いろんな、しょもない指導者もいるから気をつけてね、ということ。

私の地元、大和市など韓国系キリスト教会は、いくつあるのか。
次々とできてきていて、在日の人のみならず、かなり広がっている感じ。

まあ、人間には宗教が必要なのでしょう。
すべては限度問題。
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