2009/11/26

12月6日−九条学習会  憲法・社会・官僚・人権

こんにちは。
リンク集に、私も入っている憲法9条やまと会を足しました。
http://blog.goo.ne.jp/k9y2000

そこでは、下記の集まりがあります。
学習会には、よろしければ、どなた様も。
そしてよろしければ、賛同者に。
   ******************
<憲法9条やまとの会・「賛同者会議」と「学習会」開催のお知らせ>

今回の学習会は、新連立政権下、憲法問題の再確認の良い機会となることでしょう。どなたのご参加も大歓迎です。皆様、お誘い合わせの上是非ご参加ください。

日時:12月6日(日)14:00〜17:00(受付13: 45)
会場: 林間学習センター(201会議室)
−神奈川県大和市林間2-6-18、電話046-274-4361
−小田急江ノ島線の南林間駅東口から、線路沿いに北の中央林間方向に徒歩6分

主催:憲法9条やまとの会 問合先:046-272-8880(斎藤)

★賛同者会議 : 14:00〜15:15  (受付13:15)
    前回の賛同者会以降の活動報告、今後の活動計画の提案、その他。
尚、当日はご参加の皆様の活発な討論、宜しくお願い致します。

★憲法学習会 : 15:30〜17:00  <参加費300円>
「総選挙後の政治情勢と憲法問題のこれから」
講師:高田 健氏(許すな憲法改悪市民連絡会代表)


今回の選挙結果は、戦後政治史上大転換点になるものと予想されています。今後新連立政権下での憲法・安保防衛政策問題は如何に?国民投票法は勿論のこと、集団的自衛権、武器輸出3原則緩和問題、加えて憲法審査会等、憲法をめぐる状況と今後についてお話いただきます。
        
高田 健 (たかだ けん) プロフィール 
 1944年、福島県生まれ。‘65年、早稲田大学 文学部中退。’93年、「STOP!改憲・市民ネットワーク」結成。99年、「許すな!憲法改悪・市民連絡会」結成。04年、「九条の会」結成に際して事務局員。著書、「護憲は改憲に勝つ〜憲法改悪国民投票にいかに立ち向かうか」(技術と人間 2004年10月)「9条が、この国を守ってきた。」(梨の舎 2006年9月)「自衛隊ではなく、9条を世界へ」(同 2008年10月)など。
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2009/11/19

井上嘉浩被告最高裁−滝本作成の嘆願書  カルト・宗教・犯罪

本日、井上嘉浩被告の最高裁弁論がありました。高裁死刑の場合、最高裁にあっても弁論が開かれます。弁護側が1時間ほど、検察側が15分ほど話したようです。

なお、いつもいつも不思議に思うのですが、最高際には被告人の席はありませんし、出廷も要請されません。昔、在宅事件で被告人が出た時は、なんと傍聴席に座らされまた。身柄が拘束されているとき、出廷を希望してもできないのかも。不思議なことです。

おって、11月6日に言い渡された広瀬・豊田への最高裁判決−死刑−は、
A4で、4枚ほどのものでした。

弁護側意見のうちで紹介された滝本嘆願書は、下記です。ご参考までに。
*******************
罪   名 殺人等被告上告事件
被 告 人 井 上 嘉 浩
     嘆  願  書
平成21年11月10日
弁 護 士  滝 本 太 郎

最高裁判所第一小法廷 御中

嘆 願 の 趣 旨
 上記事件につき、一審の無期懲役判決を破棄して死刑判決を下した東京高等裁判所判決を破棄し、自判により無期懲役とするか、原審に差し戻してくださるよう強く要請します。

嘆 願 の 理 由

1 私の立場
私は、平成元年11月の坂本弁護士一家殺人事件の直後から、オウム真理教被害対策弁護団に入り、破壊的カルトであるオウム真理教への対応を重ねてきたものです。具体的には、山梨県西八代郡上九一色村(当時)の住民らの代理人活動、信者らへの脱会カウンセリング活動、脱会後の社会復帰活動です。

これにより教祖「麻原彰晃」こと松本智津夫の憤激を買い、私は、平成6年5月に甲府地方裁判所講内で私の自動車にサリンをかけられてその中毒症状を負うという被害を受けました。これは教祖を初めとする被告人らについて「殺人未遂」として確定しています。
その他本件被告人も関与したが起訴されていない同年10月頃のVX事件(未完成と思われる)や、同年11月4日ボツリヌス菌事件の被害者でもあります。

平成7年3月の後は、オウム真理教脱会者の集まりである「カナリヤの会」を主催(「主宰」ではありません)しています。同会は今日までに、会合を66回開催し、発行した会報「カナリヤの詩(うた)」は166号までに達しています。

私は、そのような活動の中で、生意気ながら、オウム真理教事件が引き起こされた教祖と信者らの心理的経緯を知る立場にあります。それ故にこそ、平成7年3月までに、私との話し合いにより30人前後の信者らが脱会してきたのであり、上記の「カナリヤの会」を主催できるのであり、平成6年秋の段階から警察、検察などに何度も、オウム真理教への強制捜査を要請し、また取り調べ手法について助言をしてきたのです。
一方で私は、昭和58年から弁護士をしてきたことから、様々な刑事事件との比較をすることができるものです。

その上で私は、被告人井上嘉浩については、死刑判決は絶対的に間違っていると断言します。

2 私の東京高等裁判所での証言と言いたいこと。
私は、上記の経緯から、井上被告の東京高裁での審理に、証人として出頭しています。平成15年10月10日の第8回公判です。私の申したいことは、その26ページにのぼる速記録を熟読していただくことで理解いただけるとは思います。

私は、その他オウム事件の何人もの被告人の法廷に、検察側また弁護側として出廷しています。その中で、井上被告の法廷こそ、「死刑にしてはならない」ということを、裁判官に最も強く深く理解していただきたいものでした。

ところが、東京高裁は、これを理解せず、一審の無期懲役判決を破棄し死刑を言い渡しました。

私は、地下鉄サリン事件の事実認定の中で、一審の「後方支援、連絡調整役」としたものを「総合調整役ともいうべき重要な役割を果たし、少なくともサリン散布役と同等の責任がある」としたことが適正かどうかは、記録など一切を見ているのではないことから、分かりません。

 しかし、私が申したいのは、その役割が高裁の言うように実行犯と同等であろうが地裁の言うようにそれ以下であろうが、井上被告については死刑にしてはならない、ということです。

3 井上被告が現実にしてきたこと―会報「カナリヤの詩」から。
 私は、東京高等裁判所で、井上被告の事件を起こした心理的経緯と、逮捕された後の早期の段階からオウム集団をつぶすために実によく動いていてくれることを述べました。

 その具体的なところとして、ここでは、上記の「カナリヤの詩」において、井上被告の勾留理由開示公判での発言、その後の法廷での発言など井上被告について記述されている号をしめします。下記の通りになります。
平成7年(1995年)10月23日  第5号
平成8年(1996年)1月22日   第8号
平成8年(1996年)4月20日   第10号
平成8年(1996年)4月29日   第11号
平成8年(1996年)9月2日    第16号
平成9年(1997年)4月12日   第22号
平成10年(1998年)4月11日  第34号
平成11年(1999年)9月17日  第53号
平成12年(2000年)2月2日   第57号
平成12年(2000年)2月2日   第58号
平成12年(2000年)7月8日   第64号
平成15年(2003年)12月13日 第96号
平成16年(2004年)6月19日  第104号
平成17年(2005年)3月5日   第108号
平成17年(2005年)9月3日   第120号

 この会報は、購読している脱会者・家族・一般人のみならず、現役信者の所にも一方的に送付しております。もとより法廷での井上被告の発言は、多くマスメディアでも報道されました。これがあって、初めて、オウム集団を相当に減らすことができてきたのです。

日本の出家信者は2500人ほどから500人弱に、在家信者は2万人相当から2000人弱になっています。これはあれほどの事件を起こした以上、当然のことと思われるかと推測しますが、決して当然ではありません。オウム真理教は、破壊的カルトであると同時に宗教であって、信者としては「宗教的確信」に基づいてきたのです。その宗教的確信を解いていくこと、溶いていくことが、ようやくここまで、できたのです。

ここまでできたことの大きな要素として、上記の被告人の発言があるのです。それ故にこそ、会報にはたびたび井上被告の記事が出たのですし、マスメディアも取り上げたのです。

  ここまでの動きをしてくれたのは、井上被告をおいてありません。

4 井上被告が現実にしてきたことと心理状態−面会・手紙から。
 私は、井上被告から手紙を受領しており、面会接触もしてきました。手元に記録が残っているものだけでも、次の通りです。

平成15年9月7日付手紙−後悔の念
平成15年9月12日面会−事件経緯のこと、教祖のこと、現役信者対応のこと
平成15年9月14日面会−成育歴のこと、他の事件のこと、現役信者対応のこと
平成15年9月15日付手紙−脱会を勧める活動の件、オウムにいた時の心境
平成15年10月1日付手紙−書籍「オウムをやめた私たち」の感想、現役信者情報の交換など
平成15年10月6日面会−証言内容予定内容のこと、現実感覚のこと
平成15年10月10日証人出廷、
平成15年10月14日付手紙−教団内死亡者情報、
平成15年12月3日面会−死亡者情報のこと、現役信者対応のこと
平成15年12月9日付手紙−拘置所での感想、読んだ書籍の感想
平成16年1月5日付手紙−読書の紹介、麻原の行状
平成16年1月18日付手紙−現役信者への対応方法のこと
平成16年5月11日付手紙−被害者の面会のこと
平成16年5月24日面会−現役信者対応のこと
平成16年8月8日付手紙−現役面会と説得のためのしゃべり方、内容の件
平成16年8月24日面会−現役信者対応のこと
平成16年8月25日付手紙−強制捜査直後のことの事実確認
平成16年9月27日付手紙−アレフ分派のこと、現役対応方法のこと
平成17年5月27日付手紙−現役信者何人かの心理状態のこと
平成19年4月3日付手紙−書籍「私のとっての地下鉄サリン事件」のこと、現役信者対応のこと
平成20年6月26日付手紙−書籍「魂の虜囚」書籍のこと、現役へのアプローチのこと
平成21年2月26日付手紙−地下鉄サリン3月20日の催しのこと

 上記のうち、現役信者対応のこと、というのは、当職が対応している現役信者がどのような性格の持ち主であるのか、どのように話せば聞く耳を持ってくれるのか、井上被告が自ら手紙を出すなどし又は面会に来るなどして接触あった現役信者に対してどのように脱会を説得しているか、誰々は真実の脱会なのか、などの極めて具体的な情報を交換してきたものです。

このことからも、井上被告が真実、現実感覚を取り戻して極めて深く反省していること、償いきれるものではないながらオウム集団をつぶすことによって少しでも罪を償おうとし、現実にそれに尽くしてきていることが明白だと考えます。
そして、このようなことは、今後とも制限はありますが、色々な形で井上被告にしていってもらわなければなりません。すべてを語りつくすこと、獄中にいて年齢を重ねる中でこそ、現役信者らに語りかける言葉を紡き、オウム集団を完璧に崩壊させて行くこと、それをしていってもらわなければなりません。

それが被告人の決意であり、被告人にできることであり、被告人がしなければならないことです。

そんな井上被告を死刑にする必要が、その意義がいったいどこにあるのでしょうか。

5 被告人ら、そして井上被告の特質
オウム真理教事件では、教祖松本智津夫死刑囚を別にして、弟子であった12人に死刑判決が出ており、うち7人が確定してきています。私は、この弟子らについてはすべて死刑判決とすべきでないと考えています。

それは、一連の事件が実際は刑法上の「内乱」にあたるものであって、教祖のみを死刑とすべきだという法律論理でもありますが、弟子らには徹底したマインド・コントロールがされた上での事件だったからです。言いかえれば、手足が事件を起こしたのであり、手足を死刑にしてどうするのだ、ということです。

井上被告については、西田鑑定がされています。被告人が当時施されていた情報コントロール、行動コントロール、思想コントロールそして感情コントロール、そして各事件当時の睡眠不足・労働過重といった状況が示されていると思います。西田先生はまさにマインド・コントロール問題の世界的な権威であって、各心理学会で発表をし、実績を高く評価されている方です。同先生は、毎年開催されるInternational Cultic Studies Association (ICSA)において、必ずや発表を行い注目され続けている方です。その熟読をぜひともお願いしたいです。

オウム真理教にあって、重大なことには、「薬物」があります。被告人も他の出家信者同様、「イニシエーション」の名のもとに、平成6年6月頃以降、LSDや覚せい剤を用いた心理操作がされています。ここまでなれば既に「洗脳」というべき状態だったのです。被告人らは、かようなマインド・コントロールと「洗脳」の中で、絶対者である教祖の指示により本件各事件を起こしてきたのです。どの刑事裁判の中で、この点の検証が不十分に過ぎるものです。

そして、被告人については、被告人が高校生のうちにこのオウム真理教に嵌められていったという最大の特質があります。その上で上記のとおり機序により、被告人は多くの罪を犯しました。

高校生から大学生、また社会人へ成長の違いは著しく違いがあります。1年の違いが判断力、人生経験ともに多く異なり、「そうあるべき」という社会からの期待値においても、年齢に応じて成長は異なります。これはまさに顕著な事実です。
高校生のうちにオウム真理教に絡め取られた井上被告、大学に入った後の間もなく危機感などあおられ心理操作をさせられて出家していった井上被告、教団内において教祖になぜか目をかけられ、しかし時に酷く叱責もされて思う存分に心を操作されてきた井上被告、そんな「部分社会」の中で価値観を転換させられ、教祖に絶対的に服従させられてきた井上被告、出家して6年間を過ぎた逮捕時にあって未だ25歳だった井上被告です。

そんな被告人井上嘉浩を死刑にする必要性も、意義も一切ないはずです。
この点は、何度も強調しても足りないものです。

6 さいごに
高等裁判所判決は、量刑の理由において分量が少ないことからも思うのですが、大変失礼ながら考え尽くしていないと考えます。確かに地下鉄サリン事件を筆頭として、被告人が関与した犯罪は、違法性も非難可能性も大変高いものです。しかし、結果の重大性のみにあまりに引っ張られるのは適正ではないはずです。死刑は、個別事情を十分に考慮しながら、迷い迷ってのみ出るはずの判決だったはずだと思います。
高裁にあって、私の証言が影響しなかったことが、実に悔やまれます。

地裁判決は、「死刑が究極の峻厳な刑であり、その適用に当たっては、慎重かつ綿密に犯行の罪質、態様、結果等諸般の情状を検討し、真にやむを得ない場合に限って選択することが求められることからすると、被告人に対して、死刑という極刑を選択することには、なお幾分かの躊躇を感ぜざるを得ない。」と言っています。
 
冒頭に記したとおりの経緯を持つ私としても、まさにそう考えます。

まして、その後も続いている、制限はされてしまっているがオウム集団をつぶす活動をしてきた被告人を知っている私として、絶対に死刑を科すべきではないと確信します。

 以上の次第ですから、どうぞ嘆願の趣旨記載の通り、死刑判決は避けて下れたく、ここにお願いします。   以 上
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2009/11/17

墓参り−雨  日常のこと

雨だなぁ、寒かったなあ。今日は外回りばかりでした。

あっ死亡事件を受けているが、いくつかまだお墓参りに行っていない。行かないと。死亡事件は、どんな事件でもお墓参りなどをした上で、対処することとしていた。何とか近く行きたいと思う。

これ、若手の弁護士には、しばしば言っている。
ところが若手に限らず、とんと墓参りとか行っていない弁護士さんもいる。
なんでぇ、と思う。

うーん、死亡事件にかかる裁判はご遺族の納得の問題でもあります。遺族になれば分かることだが、弁護士も知るべきだろう、と。
そして、代理人弁護士としては、写真を見たり、線香をあげたり、墓参りをすることによって、死亡事件だという現実感がわき、自分を追い込めてパッションを継続できるよすがともなる。

すべての弁護士におすすめ。
検察官もいけばいいのになぁ、と思う。
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2009/11/15

被疑者の顔  メディア・ネット

あの扱いが良く分からない。
被疑者の顔をさらすかどうか、です。
市橋容疑者の搬送を少し見てまた思った。

本人の希望で隠すのかどうか、希望でそうしているならずっとそうしていたはずなのに、後に出ている。不思議。

昔、重大事件の本人に聞いたら
「あの時は聞かれなかったけれど、頭から隠された」
とのことだった。
同じようなことを繰り返しているのかなぁ。

かといえば、故三浦一義受刑者の場合のように、本人が顔をさらすのを嫌がっているのに、自動車に入れるまでの長い距離をメディアの前に歩かせた?こともあった。

不思議。
韓国との比較あたり、どこかにないかなぁ。
彼の国は、逮捕された被疑者に対して、混乱する状態の中で、直接インタビューしてたりしていて、なんとも、と思うものだし。
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2009/11/14

民主党中心政権-マスメディア  メディア・ネット

マスメディアは、
1-仕分け作業の、対象事業に対するきつさをイメージさせ
2-普天間飛行場移設問題のブレを指摘し
3-小沢幹事長の権力を問題とし
4-鳩山首相の寄付金の偽名問題をとりあげる。

なんとも、と思う。ハネムーン期間が過ぎてきたからという言い方もあろうが、
1-マスメディアやら多くの評論家が、民主党中心政権と敵対関係になる要素も多分にあるからではないか、と感じる。
2-それから、政権交代の意義を分かっていないのでは、とのこと。

1-仕分け作業が厳しくなっていくのは当然。もともとおかしいという事業もあるし、迷ったら削除方向へが原則、というのは予算がない以上当たり前のこと。そもそものひどい赤字が自民党政権に拠ることの責任を問わずして何なんだ、と思う。

2-普天間飛行場なぞ、日米合意としても条約にまでは至っていない、至っていたとしても、この際、ひっくり返せればより良いものです。海兵隊が沖縄から米国に戻ってもらうなどそもそも当たり前のことであり、そももそ日米安保のあり方自体から変えていくことが、政権が交代したことの意義なのだから。

グァムへの移転への数千億円負担を含めて、日本にとって重すぎる負担なのだから。背景というか全体像が書かれていなさすぎではなかろうか。

米国とギスギスするなど、心配することはなし。ある程度は常にギスギスしてこそ、国際関係というもの。隷属しなけれぱならないという感覚ことが問題。要求しなければ、ギスギスしなければ変化はなし。

3-小沢さんの権力問題は、確かに問題だなぁと思う。来年の参議院選の後、どうなっていくか、社民党が放逐されるか、などが関心事。

4-これさあ、要するに鳩山家からのお金を、格好悪いから昔から他の多くの人名義での寄付としていたのでしょう?
なんともみっともない話ではあるが、贈収賄じみた事案なのに金銭の動きを隠すために他人名義・架空名義での寄付にしたのとは、あまりに違うでしょう。

違法ではあるが、国民がそう問題としないのは当り前かと。それをいつまでも言っているのは不思議、と思う。捜査機関は、清々粛々と操作して処罰要求するものはすればいいもの、です。

*******
政権交代の意義を問うには、長期間だった自民党政権での悪弊をもっともっとあぶり出すことが必要です。マスメディアはそれこそすべきこと。
記者クラブ制度を初め、メディアトップの審議会などへの取り込みを初め、メディアは自民党政権の時がなつかしいのかしら、とも感じる。
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2009/11/11

ずふずぶね。  憲法・社会・官僚・人権

ずふずぶね。

この新聞記事の意味、最初はいまいち分からなかった。よく読んで分かった。
つまり、調査委員会がJR西日本に質問する内容を、答える立場の同社が作っていた、ということです。

なんともまあ。これまでも、報告書の内容を、会社挙げて先に知ろうとしていた、変更させようとしていたなどが、次々と明らかになってきていたが、こうなるとまあ。

つまりは、「泥棒が縄をなう」そのもの。

JR西日本の責任は勿論、調査委員会は総退陣し、組織規定そのものも変えないとね。

鉄道事故などは、たしかに専門家がそういない。

だが、調査対象となる鉄道会社出身の人なぞは、事故ごとに調査担当を「回避」すべきではないかなあ。

それから、技術的には専門家であるはずの、鉄道関係の労働組合からも委員を出すようにすべきではないかなぁ。

「鉄道」に必ずしも詳しくない一般技術者などの入れるべきではなかろうか。「専門家」といっても、事故は実は評価にわたることが少なくなく、その場合は、他分野からの評価、要求水準といった感覚での判断が必要なはずだから。

まして、会社としての要求される水準、取締役の責任などは、法的なことであり、一般の弁護士でも意見を十分に言えることです。

もちろん、接待は準公務員扱いとして賄賂と認定し、こんなこともあれば処罰する、という処罰規定もね。まったくもって情けない、恥ずかしい、調査などしていい組織ではなかったのです。恥を知れ、恥を。

**********
>福知山脱線事故を巡る国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(現・運輸安全委員会)
>の情報漏えい問題で、JR西日本が、事故調委員に質問するべき項目のリストを作成
>質問は12項目で、自動列車停止装置(ATS)設置に関する認識や取締役の責任
>など、当時の兵庫県警の捜査に影響しそうなポイントが中心
>事故調と対応する窓口だったJR西の事故対策審議室内で、
>事故調査報告書が公表される前の2006年12月頃に作成
>〈1〉ダイヤに余裕がなく、乗務員がプレッシャーを感じていたと考えるか
>〈2〉新型ATSの設置に遅れがあったと認識しているか
>〈3〉安全に対する取締役の責任が果たされていなかったと考えるか
>など。大半が「マル」「バツ」で答える形式
>07年2月の意見聴取会で意見を述べる公述人の名前や、
>報告書を見ることができる時期を尋ねる設問もあった。
>審議室長だった土屋隆一郎・前副社長(59)の指示を受け、
>鉄道部会長だった佐藤泰生・元委員(70)と面会した
>鈴木喜也・前東京本部副本部長(55)は、
>このリストに沿って質問していた。
>(2009年11月11日19時00分 読売新聞)
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2009/11/10

不自然な壁は必ず崩れる  外国・外交

不自然な壁は必ず壊れる。

形あるもの必ず崩れる、なんて一般論ではなく、
「不自然な壁は必ず崩れる」と。

東西ドイツ、わけてもベルリン内の壁なぞ、冷戦という不自然なものの結果だった。
冷戦がなぜ不自然だったかといえば、人工的な政治体制の問題だったから。

イスラエル問題は、たしかに2000年を超える問題ではあろうが、しかし60年ほど前のイスラエル建国の、不自然さの延長問題に過ぎないものでもある。
まして、この壁なぞ、増長したイスラエルが不自然に食い込んで作ったもの。

「不自然なものは必ず崩れる」と。
そして「不自然なものは必ず崩せる」と。

オウム真理教信者らは少なくなったが、すでにその信仰も不自然に過ぎる状態となった。
だから「必ず崩れる」し「必ず崩せる」と。
課題は、壁をどう叩き、どう崩していくか、である。

いま、関係者に問われるのは、
壁を叩いているか、根元から崩そうとしているか、だと。

以下、毎日新聞から−抄本
**************
>ベルリンの壁崩壊から20年を迎える9日夕(日本時間10日未明)
>独政府とベルリン市は、欧州やロシアなど多数の首脳を招き
>市中心部のブランデンブルク門で盛大な式典を予定
>ゴルバチョフ元ソ連大統領やポーランドのワレサ元大統領のほか
>壁崩壊に役割を果たした独国内の人権活動家らも
>市内北部の旧東西通過地点跡地を散策する。
**************
>イスラエルの占領地ヨルダン川西岸中部の村ニリンで6日、
>イスラエルが建設した「分離壁」の一部をパレスチナ人の若者らが破った
>壁に抗議するデモ
>89年11月の「ベルリンの壁」崩壊にちなんで「どんなに高い壁も必ず倒れる」と
>分離壁は、イスラエルが「テロリストの侵入阻止」を名目
>自国領と西岸を分断する形で02年から建設
>パレスチナ自治区である西岸内に大きく食い込んで
>国際司法裁判所は04年、「国際法違反」と判断している。
>覆面姿の若者らが車用のジャッキを使い、高さ約6メートルのコンクリート壁を傾かせ
>倒そうとしたが、イスラエル治安部隊が現場に急行して催涙弾などを発射
>完全には倒壊しなかった。
****************

そうだった。1989年11月10日頃だった。
坂本一家殺人事件の直後だった。
坂本とはこの歴史的事実を知らないままに死んだんだなぁ、
と改めて思った。
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