2009/8/17

オウム真理教と幸福の科学の違い?−殿様と家臣の共振現象  カルト・宗教・犯罪

カルト団体の心理的特質をとらえるのに、
「殿様と家臣の共振現象」

この言葉は外せないように思います。
これは、浅見定雄東北学院大学名誉教授の言葉。

朝日新聞の降幡さんは、オウム真理教について、蚊が群れて柱のように飛ぶ「蚊柱」をたとえとして言っていたが、それは違うと思う。カルト団体には、多く柱となる教祖がいるのだから。

もちろん、エホバの証人やヤマギシズムのように、その後、柱となっていた人が死去してしまい、もはや「思想」が柱となっていて、蚊柱というべき団体もあるのだけれど。

で、幸福の科学。うーむ、訳が分からない。
大川教祖としては、それなりに当選できると思って決断しただろう、とは思う。カルト団体ではなくとも、教祖は多く、周りがイエスマンばかりになっていくから、よほどまともでない限り、又は実は教祖をろくに信じていない幹事がいない限り、そう考えているものです。
大川教祖が、最初から内部締め付けや金銭を集める目的で、最終的には出ないけれどあんな運動をしたものだったとは、あの費用のかけ方からして、やはり思えない。

で、しかし、当選できるはずがない、と助言する人が外部にいたのだろうか。内部にいたのか。それとも自分で気づいたのだろうか。

************
教祖比較でいえば、

大川さんは、あのような言い方で霊言を言う、しかし自動書記というかお筆先といったようなものではなく、何か計画的な演説の仕方をする人というのは、神秘体験というか、憑依現象ではなく、むしろ躁鬱的なのではなかろうか、なんて思う。

つまり、大川さんは躁鬱を繰り返していないか、だから立候補をやめるとか、また出るとか、ころころ変わるのではないか、そんな精神的な傾向が元々あるのではないか、などと感じもする。


1−オウムでの麻原の場合、薬物を除いて幻覚を見るということはなかったし、それ以前の「修行」によっては実は神秘体験をしていたとも思えない感じの行動をしてきた。それは大川と実は同じ。
2−自らのみを愛する感じの、自己愛性人格障害的な所も同じ。
3−誇大妄想的なところも同じ。憑依現象も実はないことは同じ。
4−内部で、お山の対象だけでは、飽きてしまったのも同じ。

大きく違うのは、
1−社会への恨みが酷くあったかどうか
2−それも反映する被害妄想的なところがあったかどうか
あたりだろう、と思う。

********

その大川が選挙に出られず、又は結局は何人か?出て、みじめな落選をする。
その場合の、教団のその後の行方はどうなるのだろうか。
オウムの場合は、無差別殺人に走る大きなキーポイントになったが。

選挙後、
1−大川教祖に被害妄想が出て来てしまい、麻原のように選挙管理委員会が票の入れ替えをしたなどと言いだすか、
2−広く立候補することを止めた有力な弟子が居たとするならば、その者が教団の維持発展のために、大川さんに対して相応の力を発揮できるのか−つまり殿様と家臣の共振現象の方向性を変えられる人がいるのか−、

を注目します。

いずれにしても、内部で粛清が始まるだろうし、嫌気がさしていく幹部、中堅幹部が出ていくことは予想でき、これにより、幸福の科学はじり貧になっていくように思うが。

しかし、人数が減ったとて、教祖の被害妄想など始まれば、むしろ早くに凝縮していく。内部での事件、外部へのいろんな形での攻撃が心配です。
2



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ