2009/7/19

先の仏教説話→再改正を  憲法・社会・官僚・人権

で、その答えは、
池の中で一番近い人から助ける、だったかと。

それが我が子だろうと、他人だろうと。
二番目から間に合わなければ仕方がないと。

つまり、他の命も我が子の命と同じく愛すべし、と。

まあ、他国で簡単に死んでいく子どもの存在を知りながら、国内でも苦労している子の存在を知りながら、自分の子には金をかけるなどして守っていることからすれば形式的かもしれない。それなりに寄付などしてはいるが。

が、臓器移植はそんな「人類愛」の精神に拠るのだと思い、
それが臓器移植を制度として了解し、
また自分がドナーでいる一つの根拠だったのだが。

親族優先可とするものとなれば、レシピエント家族らは、そんな人類愛ではなく、親子の情愛でもって登録することとなる(そもそも皆さん、登録しているのかしら。レシピエントとなるためには事前にレシピエントもその一親等家族ぐらいはドナー登録していること、と条件にしたいくらいですが)。たとえ優先可としていなくても、外からは家族らはそう見られる。

親子の情愛で行くならば、ドナーの家族こそ、まして乳児幼児の親らにおいてならばなおさらに、「死」だからといって臓器移植を了解したいとは思わない。心臓が動いている「脳死」であれば尚更に。

レシピエント家族らは親子の情愛を優先させることを許されながら、ドナー家族は親の情愛を超えよ、というのは、あまりに矛盾している。

したがって、再優先順位にある人ではなく、ドナー親族を優先することを可とするドナー登録規定を作りながら、一般的なドナー了解者を増やそう、そしてドナー登録できない子どもらが「脳死」となったとき、その親御さんらに脳死・臓器移植をして欲しいと、良くもまあ、と言えたものだと思うのです。

是非是非、施行前に、いくらなんでもこの部分は再改正を。
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