2009/7/5

体験至上主義の間違い  カルト・宗教・犯罪

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先日のブログで、私は下記のとおり書いた。

>せつなでしかない「死」か、うーん。
>たしかに全身麻酔されたときに感じたのだが、何もなかった。
>直前までは快かったのだが、数時間が飛んでいた。
>あれが「死」みたいなものかな。

で、これを主な理由として、輪廻転生なんてないとか、最後の審判なんてあるはずもない、つまり魂とか霊なぞあるはずがない、とするのであれば、

それはオウムで「神秘体験」をやたら強調し、そんな個人的な体験があるから「真理だっ」として、未だオウムから離れられないのと、同じ論法になってしまいます。

オウム問題を初めてから、最初のうちは分からなかったのだが、神秘体験って、実にリアルで、本人らとしては現実の体験だと思っているのですから。

まあ、オウムでは、LSDや覚せい剤での体験までさせていて、それも「体験」のようですけれど。
しかし、私への全身麻酔とて薬物ですわな。

これらが進めば、現実社会と体験との間が、胡蝶の夢、みたいな感覚かと。

で、違いは何か

・私は、私の体験をも根拠として、死とか輪廻転生とかばかりにこだわるのは良くない、まして人に害をなすなど、人を悲しませる行為をするなど、と言う程度であり、害というほどのことははない。

・オウムでは、神秘体験をもとに、自動車の運転手ではないボディーでしかないから「今の生には拘るな」とし、そして自分の命も人の命までもやたら軽いものとして殺人行為までも重ねた

旋火輪の教えって大切なんだろうな、と思う。
現世は幻かもしれない。ただ、それは、旋火輪みたいなもの。縄に火をつけてグルグルと回せば−奈良東大寺のお水とりみたいなもの?−全体が燃えている現実のように思える。だが、それに不用意に手を入れれば火傷をする、と。つまり現世は幻影かもしれないが、夢おろそかに扱ってはならない、と。


まあ、
1−オウムの教えでは、現世で自分は人間界に生まれた、せっかく修行できる環境に生まれたのだから、夢おろそかにせず修行に励もう、ということになってますが。
2−で、オウムでの修行が正しい根拠は、3つの証明などと言ってますが、つまりは麻原さんの言う「解脱」が真実のものであり、麻原さんという最終解脱者が存在する、ということにあります。
3−その重要な証拠が、麻原さんの空中浮揚です。これ壁を越え、空をとぶ麻原さんは、あくまでアニメでしてね、あるのは写真だけでしょ。

その真実性は、厳しく検証されなければならない。

「たかが空中浮揚、されど空中浮揚」なんです。

現役さんの一人一人が作っているオウム教団の重ねた多くの極悪非道の殺人が正しい宗教殺人であり、そして今もオウム真理教が正しい、その修行は正しいという根拠が、あの空中浮揚なんですから。

麻原さんが最終解脱者でないとしたら、ただの殺人になってしまうではないか、という実行犯の多くの人の嘆きは、そんな理由によります

で、あの空中浮揚を本当に麻原さんがするならば、私も信じますけれど、と言っているのですが。今なら、麻原さんはまあ壁を通り抜ければよいことです。

だから、麻原さんには本当に飛んでもらわないと。ね、現役さん。


「空中浮揚を見た」「見たという人がいる」では駄目よ。私やオウムの「体験」にしても、実際に証明されない、とね。まして多くの人を殺した麻原さんの言う解脱、自分の最終解脱の証明たる空中浮揚はしっかりと証明されないとね。

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