2009/5/18

櫻井義秀著−「霊と金」スビリチュアル・ビジネスの構造  他の本など紹介

「霊と金」スビリチュアル・ビジネスの構造
新潮新書 桜井義秀著 740円、2009年5

おおっ、これ読みやすいです。
今も被害が続いていること、
新しい1つの宗教をユーモアを持たせつつ怒りを秘めて紹介したり、
既成宗教の問題も歴史も要領よく描きつつ、
スピリチュアル「すぴこん」での様子など、ユーモア感覚をもって書いている。
テレビのことも。

資料的にも価値がある。一気に読んでしまいました。

スピリチュアル問題についての、まさに入門書であり結実した本かと。
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2009/5/17

「どうせ死んでしまうのに、なぜ今死んではいけないのか?」  他の本など紹介

「どうせ死んでしまうのに、なぜ今死んではいけないのか?」
中島義道著、角川文庫2008.11.25 460円

うーん、毒を放つ書、と言われたと
最後の方でご本人も書いているけれど、
まあ私もそう思う。

人生の意義については、私もこの20年近くで
行きついてきた考えと同じなんだが。

ちなみに、私が好きな言葉は
「生きている不思議、死んでゆく不思議」
1

2009/5/16

「カルト」を問い直す−櫻井義秀著  他の本など紹介

「カルト」を問い直す―信教の自由というリスク (中公新書ラクレ) (新書)
櫻井義秀著 発売日: 2006/01

北海道大学の櫻井先生の著作です。「信教の自由」が、信じない自由を含むことを指摘し、また宗教団体であることなど隠して勧誘してよいという意味ではないことなど、記載してある。すこし詰め込みすぎて、簡単には読めないかもしれず、それは残念。

大学内での、統一協会や摂理といったそんな勧誘をする団体について、それでも「原則リペラル」の名のもとに、大学として予防策を取らない、相談が来てもまともに対応しないことについて嘆いておられます。
全く同意。

私思うに、特に東京大学、早稲田大学、京都大学はしっかりやってほしい。ここ数年少しは予防策をとるようになったのかもしないが、自分の所が古くから統一協会やオウム、その他いくつかの問題ある団体の巣窟であって他大学学生への勧誘もしているのであり、学生の中から、犯罪者、わけても殺人まで犯した元学生が出たことの重さを、もっと知ってほしい、と思う。

今年あたり、大学内でのサークル勧誘には、サークルの登録と腕章などを求める大学も出てきたとのこと、それも良い方法かと思う。昭和20年代、30年代、40年代、---と、学生はまさに子どもになってきた。

昔であればあるほど、世の中には不条理があること、悪い人がいること、良い人でも悪いことをする場面があることなど、大学生であれば知っていた。つまり、深窓の令嬢でもない限り、世間智のある大人の部分が多かった。それが今は違うのだから、大学としても対応しなければならないはず。

やたら自由な、というかめちゃくちゃな早稲田あたりでは、腕章をつけていなければ勧誘禁止、というのは無理だろうし妥当でないという意見も多かろうから、下記などはいかがだろうか。ああ、もう時期が遅かったか。

「当大学では、サークル勧誘は自由にされています。しかし、当大学の学生でない場合もあり得ますし、大人として個人情報の管理など十分注意してください。また、これこれ腕章をつけていない人の勧誘は、今年度の公認サークルではないことを示します。」
とか
1

2009/5/15

D案、臓器移植、「死ぬ権利」  憲法・社会・官僚・人権

D案、臓器移植、「死ぬ権利」

焦点は
* 自らの倫理観の押し付けになっていないか
* 「遺体」となることを、自己の決定としてよいか、家族の決定として良いか
ということだろう、と思います。


さて、臓器移植についての、D案とのこと。
>移植法改正、D案を提出=年齢制限設けず−自・民有志>時事通信
>提出済みのA、B、Cの3改正案に続く4案目。
>今国会中の採決を目指すが、現状ではいずれも過半数に届かず否決される可能性
>D案は、現在は認められていない15歳未満からの脳死後の臓器提供について、
>(1)家族の承諾(2)病院の倫理委員会の審査−を条件に可能にすることが柱。
>現行法と同様に臓器を提供する場合のみ脳死を「人の死」とし、
>15歳以上からの提供条件についても変更しない。
最終更新:5月15日18時31分

うーん、15歳未満につき家族(推定相続人のこと?はっきりしてほしい)の同意で、「死亡」とし「臓器移植」を可とする。とのこと。なんとも、15歳になったら突然本人の意思のみを尊重、それ以前は家族の意思のみを尊重する、要するに家族に子供の「脳死」遺体について決断を求めるという隔絶。ナンナンダア、と思う。

すなわち、D案は、実に全く論理一貫していないのです。A案とB案は、それぞれ論理一貫しています。D案は、通りやすい、現実性もある、としているのかもしれないが、「15歳までは子どもは親の所有物」みたいな発想かな、了解できるものではない。

上記は、
* 「遺体」となることを、自己の決定としてよいか、家族の決定として良いか、という論点なのだろう、と。
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* 自らの倫理観の押し付けになっていないか、という論点もあるように思う。

私は、「脳死」のみならず、いわゆる植物人間−遷延性意識障害−の場合も、自己の選択にて「死なせてほしい」と思っています。本人がそう希望する以上、認めてやってほしいと思います

というのは、もともと大きな障害を持っていて意思表示ができない場合は別だが、通例の判断能力がある人の場合、自分のいざという時の「死ぬ権利」というのは確保されるべきであり、明確に意思表示をしている場合、それを尊重すべきだ、少なくとも私の意思は尊重して!と、と思うからです。

具体的には、いわゆる消極的安楽死をしてくれる医師や家族につき、何ら自殺関与罪などでの処罰の可能性もないようにしてほしい、他の人が責めることもないようにしてほしい、ということです。

これは、多く誤解されるのですが、一般論ではなく、「私」のことについてなんです。他の「脳死」の人、植物状態の人につき、またはそのご家族の人につき、述べているのではないのです。

で、安楽死や尊厳死、まして脳死による臓器移植を一切認めない立場は、その「生命尊重」という考え方を、私のような感覚の人に押し付けている、というべきです。端的に言えば、余計なお世話。


この「脳死」事態に反対方々の5.12の声明案は説得力あるものですが、上記私のような「自分のいざという時の「死ぬ権利」というのは確保されるべきであり、明確に意思表示をしている場合、それを尊重すべきだ」という人に対しては、とたんに説得力を失うものです。そして私と同様の考えの方が、実は多いのでは、と考えています。
http://tau.s16.xrea.com/blog/archives/2009/05/post_957.html

ちなみに、
日本尊厳死協会
http://www.songenshi-kyokai.com/
安楽死・尊厳死法制化を阻止する会
http://soshisuru.fc2web.com/

で、
私には、私として死ぬ権利があるもです。もとより、そうは簡単に死なないし、死にたくないが、植物状態となってまずはまず回復の可能性がない場合、「私」として死なしてほしいのです。できれば積極的安楽死も希望するものです。ですが、法制化されていない場合は、医師も家族らもそれらのことはできないのです、自殺関与罪その他になってしまいますから。
だから法制化して、なんら罪とならないようにしてほしいのです。

主催:安楽死・尊厳死法制化を阻止する会の下記サイトにある、医師の講演要旨など見ると、「ご自身の感覚・倫理の押し付けをしないでくださいませ、私には私の自由がある」と叫びたくなります。
http://soshisuru.fc2web.com/report/080412.html
◆片山容一先生 講演要旨
*********
で、本来、「脳死」「臓器移植」のことと、安楽死・尊厳死のこととは本来別のことだが、考え方においてかなり重要な類似点があります。

私の考えのまとめとして、
1−臓器移植数を増やすために、本人の意思がなくても家族の意思で可、という発想には、とてもついていていけないな、と思う。臓器移植は他人の死を前提とする医療なのに、どうして「死ぬ本人である他人の『遺志』」を尊重せず家族の意思で良い」なんて言うんだ、と言いたい。

2−逆に、「脳死」臓器移植も、「脳死」も、もとより安楽死・尊厳死の合法化も、一切認めない立場は、それを「認めてよっ」と思うドナー候補者、ないし死に臨む者の、意思が健全な段階での意思を無視し、倫理というか自らの哲学を押し付けてるよっ、と言いたい。


(追記−ひえっ、先に書いた6歳以上限りでの「脳死」臓器移植のこと、早川議員もまあ似たようなことを考えておられたのですね。http://www.blog-headline.com/vote.php?eid=23402  見てもいなかった。うーん、弁護士の発想はやはり似ているのだろうか、日弁連とは異なるけれど。)
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2009/5/14

予言外れと、次期民主党代表  憲法・社会・官僚・人権

うーん、衆議院の解散のこととかこのブログで書いたが、外れること多し。だめだこりや、と思う。

意外に、というか、何とかにションペンではないが、恥を知らない権力者が、たまたま対抗馬がいないときには、数の力でここまで居直れるんだなぁ、と感心する。

で、民主党の方のこと。投票権などもちろんないが、どう考えるべきか。
時に政治の事柄を書いている以上、この段階で何も書かないのは(もとより人は関心を持たずとも)自らの責任と勝手に思ったりして。

で、うーん、うーん。うーん。
焦点は、小沢さんが選挙指導などしなければ、衆議院議員選挙はまさに危ないのかどうか、に拠ると思う。

鳩山さんだったら、小沢さんが引き続き選挙指導にかかわる、みたい。岡田さんだったら外れてしまうの?小沢さん自身がそうするのか?岡田さんがそうさせるのか?

確かに岡田さんの方が、来る衆議院議員選挙で浮動票が多いように思う。

だが、選挙は明日でもなければ来週でもない。岡田さんの「消費税は福祉目的で増税が必要」などと今も言っているような政治感覚では、その人気を選挙まで維持できるのか、あまりに不安。

浮動票はありとも、当落は数パーセントの上下で決まる時、各選挙区の情勢把握、時にはいろいろな締め付けなど必要だろうと。消費税は上げません、なんてしゃあしゃあと言う小沢さんの感覚は大したもの。

それらは鳩山さん下でのみ、小沢さんができることなのか。

一方、鳩山さんが代表になったとしたとき、前原さんら初めある程度の人数が、出てしまうのではないか、と気になる。まあ、早くとも衆議院議員選挙終了まで出ないとは思うが。

で思った。
岡田さんを代表としつつ、小沢さんが真に政権奪取を目指すならば、引き続き選挙指導などを協力すればよろしい、と。

政治の世界では、昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵、のはず。
それは自らが権力を得るためか、自らの考え・政策を実現するためかわからないが、どちらにしても、そんな非情ができる人でなければなるまい。

岡田さんと小沢さんが、そんなことをできるかどうかが問われると思う。

だがなぁ。
まあ管さんグループあたりは、岡田さんと意見も違おうし、岡田さんが代表そして首相となってしまえば、自らの将来の眼は全くなくなるわけで、結局は鳩山さんに投票なのだろう、と思ったりする。

しかしなんで管さんの名が出ないのか?不思議。なんで?それが一番、不思議。
そもそもの昔、代表を辞職した原因の「国民年金掛け金を払っていなかった」というのは、本人の責任ではなく役所の間違いだった、と既に確定したと思うのだが。
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2009/5/13

9ヶ月男児からの脳死前提のドナー管理、臓器摘出  憲法・社会・官僚・人権

北里大学病院が行った9ヶ月男児からの脳死前提のドナー管理、臓器摘出について
********
http://web.kamogawa.ne.jp/~sugimoto/bbs/index.htm
からの転載です。

ひえっ、もうこんなことがされていたのですね。
ご参考までに。

********

確か昨年のうちに一般紙で報道されていますが、北里大学病院における9ヵ月男児からの「心停止後」と称する臓器摘出が、日本小児救急医学会雑誌7巻2号p339〜p342(2008年)に載っていましたので概要を掲示します。

執筆者=林 初香、上田 康久、福島 崇義、守屋 俊介、石井 正浩(北里大学医学部小児科)、河島 雅到、相馬 一亥(北里大学医学部救急医学)、星 ゆかり(北里大学病院神奈川県臓器移植コーディネーター)、高橋 恵(北里大学病院PICU病棟看護師)

タイトル=腎・心臓弁のドナーとなった9ヶ月男児例

 ベビーカーから落下した頭部外傷の9ヶ月男児は、PICU入室時より瞳孔散大固定、脳幹反射や自発呼吸は認めなかった。さらに頭部CT上、脳浮腫が増悪しmid line shiftも進行したため、今後、脳機能の改善が見込めないことを受傷6日目に両親と両祖父母に伝えた。個室に移動し緩和ケアへ移行。
 受傷12日目に母親より臓器提供の申し出。受傷機転に比し脳障害の重症度が高く、虐待の可能性も否定できなかったため、院内虐待防止委員会、法医学教室、所轄警察署との検討を何度も重ねた。家族の立ち会いの下での現場検証やこれまでの親子関係、両親の成育歴などの情報を収集し協議した結果、虐待を否定した。
 受傷16日目に臓器提供の承諾書を作成し、提供臓器の状態を維持するために昇圧剤と輸液を投与し、血液検査と超音波検査による腎機能の評価を繰り返し行った。
 レシピエントが決定した後、昇圧剤を中止し血圧は徐々に低下し受傷26日目に心停止となった。
 心停止を確認すると同時にヘパリンの全身投与と胸骨圧迫を行いながら手術室に移動し、腎臓と心臓弁が摘出された。
 腎臓は両腎とも55歳男性に移植され、移植1週間目に透析から離脱、移植3ヶ月半後に退院して職場復帰。心臓弁のうち肺動脈弁は7ヶ月女児に移植されたが、移植後9ヶ月で弁狭窄が進行したため摘出。大動脈弁は組織バンクに保存されている。

 小児の場合は脳機能の回復が見込めなくなってから心臓死に至るまで長期化することが稀ではなく、本症例も20日間費やした。スタッフは通常業務を行いながら24時間体制で待機する必要があったため、ドナーの近況を詳細に伝達し精神的負担が少しでも軽減されるように配慮した。
 待機日数の長期化に伴い、レシピエントは子供の死を待つことへの恐怖に襲われ、精神的に不安定になった。ドナーの状況に合わせて外泊を勧めたりしたが睡眠障害は続いた。
*************
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2009/5/13

備忘録−「あの戦争は何だったのか」  他の本など紹介

「あの戦争は何だったのか」
保坂正康著、新潮新書、2005.7.20、756円

おおっ、この本良いですね、一つのことを除いて不安はなし。

なるほど、極東軍事裁判−東京裁判において、
死刑となったのは、元首相広田弘毅以外は、すべて陸軍首脳だったのか、
海軍首脳はいなかったのかあ
(うーん、A級戦犯の中でも死刑判決自体はもっと多くいたと思うが違ったかな、
それでも執行までいったのは広田氏以外は陸軍と)

保坂氏指摘の通り
海軍が了解しなければ、真珠湾も、他の島嶼にもとても上がれないと。
ミッドウエー海戦も、サイパンもか
なるほど、太平洋戦争の問題で行けば、海軍幕僚の責任が軽く見られているのはおかしい、と
ふーん

それから
、断片は知っていても、下記のことの概略を数字や、指揮命令の固有名詞ともども記載してあるのは、実に大切なことだと思う。それにしても、馬鹿らしい戦争をしたものだ。
私のおじも一人戦死しているが、犬死させられたんだ、と悔しいです。
ガダルカナル島のこと、アッツ島玉砕、インパール作戦

それから、戦争を始めるときに終わり方を検討していない問題は、以前から言われていたことで、めちゃくちゃな戦争開始なんだ、と。

たしかに、日露戦争なぞ、国民に批判され、条約締結後も日比谷焼き討ちなされにがらも、強烈なリーターシップで有利な時に終結した。

一つの不満は、どの段階までさかのぼれば止められたのか、というところです

保坂氏は、2.26事件とその処理に重きを書いているが、
それも、それ以前の所から、時期がある程度違っても必然だったのかも、
とも考えているので、さらに追究してほしかったように思う。

すなわち、第一次世界大戦での日本の対応の間違いか、日露戦争か、日清戦争か
そもそも富国強兵政策が問題だったか、他の選択肢があったか、という問題です。
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