2007/11/3

11月3日  日常のこと

はじめて書く。

11月3日は、毎年、北鎌倉の円覚寺に何人もが集まる。
坂本一家−堤、都子さん、龍彦ちゃんが殺されたのは、1989年11月3日の夜。

11月3日は、たしか晴の特異日、雨も降ったことはなく、大抵は晴れている。
いろいろな関係者のみならず、一般の人もかなり来ておられる。

ありがたく、頭が下がる。
その気持ちは、1995年10月だったか、前月に遺体がようやく見つかり、横浜アリーナで坂本一家の告別式をしたときと同じ。
あの時は、メディアにやたら出ていた弁護士らは、数万人が来るだろうと予想した。
弁護士会、日弁連はそんなところを借りてあまり集まらなかったらどうするんだ、なんて言ってたが、やはり違った。アリーナに入りきれず、外に焼香場を急遽つくった。

私は、テレビに出ている弁護士は皆外に出て頭を下げろっ、と叫んでいた。ありがたくてありがたくて頭を下げ続けた。小野毅弁護士なぞ、列を順々と周り、頭を下げ続けていたなぁ。

円覚寺にお墓が作られてやっぱり良かったな、と思う。来易いから。
で、今年は、昨年の17回忌が過ぎたからだろう、メディアが全く来ておらず、社会的には来た方がよいのだろうが、率直言って、関係者としては、心のままに墓参りができた。
カメラがあると、やはりどうしたって不自然になるもの。

たまに、そう8月25日なども行く。
大抵誰もおらず、安心していける、龍彦ちゃんの誕生日、来年は20歳だ。
事務所に来た修習生は、1度は円覚寺に連れて行っている。大切なことだから。

今年の失敗は、誰もビールを持っていかなかったこと。
坂本はお酒が好きだったからなぁ。で、歌好き。
なにせ、私の愛燦々♪が下手だったからか、2番目にはマイクを奪った奴なんだ。

そうなんだなぁ、坂本が殺されたのは33歳の時、生きていれば私と同じ50歳。
まだ「冥福を祈る」なんていう気になれない。
なんで死んだんだ!って思っている。

今年、坂本のお母さんが食事の席で「千の風になって♪」の話をしていた。
うん、あれは本当に良い歌です。
家族や親しい人を亡くした人ならば、そうでなくても人の悲しさを知るとき
あの世での幸せよりも、千の風になって身近にいる実感こそ、人を癒すと思う。

まあ自分が癒されても命が戻るわけではないのだが。

あっ、「いつも何度でも♪」も2001年夏以降の歌だが素敵。
一体何回聞いたことか。1000回は行ってないだろうけれど。
2人目の子が、テープに繰り返しててその曲を録音してくれたときは嬉しかった。
自動車の中でも、更に何度も何度も聞いた。

人の死亡率は100%さ、何も急いで死ぬことはない。
先に死んだ人には、死んだ後にまた会えるさ。
そして、互いに何があっても笑いあって昔話をする。
生きている人をいとおしく思う。

まあ自分は無宗教だと決めたのだが、そんな感覚は残している。
矛盾の一つや二つ、人に迷惑をかけてないから、自分で許そうと思う。
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