2006/5/18

ポーシャさん  カルト・宗教・犯罪

ポーシャさん=平田信さん

もう出てこられたらいいのに、
何にこだわっているのか、
−と思う。

1995年、弁護したオウム幹部の中には、警視庁の留置場でまさにしばらくぶりに母に会えた人がいた。もちろん、ポーシャさんも知っている人です。

そりゃ、オウムの教義ではただ親子というだけであり、真理を極める道に反対しているならば、逆縁とされた。

でも、後に、あの時、母に会えて本当に良かったと言っていた。老いた母は、緩やかな角度の車椅子でなんとか接見室に入れたとのこと。アクリル板越しだから手は握れないけれど。もう少しで亡くなるだろう事から、最後に会える機会だった。

亡くなった後、何とか会えてよかったね、との言葉以外かけようがなかった。共犯とはいえ人を殺した重さを感じるしかなかっただろう。

受刑中に、父のガンが再発し、出所に間に合わないのではと心配された人もいた。ポーシャさんも知っていると思う。1995年逮捕された時に実に何年ぶりかで会えた。母は出家中に亡くなっていた。お父さんは、本人が遠い刑務所に行った後も月に一回ぐらいは面会に行っていた。そしてガンが再発した。

仮釈放を私からも求めたがとうとう認められず、なんとか命を持たせた。お父さんは頑張った。出所して初めてアクリル板越しでなく会えた。
お父さんは、数ヶ月で亡くなった。少しの時間だったけれど、看病ができて本当に、本当に、良かった。

1995年、子どもが逮捕されて喜んだ親が何人も居た、とても重い処罰が予想されても、逮捕されればもうこれ以上、悪いことをしないで済む。自分の子どもが人の命を奪うを止めることができる。
やがて、麻原さんの桎梏から逃れ親と会えた。話ができた。未だにアクリル板越しだけれど、会える。もちろん、ポーシャさんもよく知っている人。

親が、自分の子どもが逮捕されて喜ぶなんて、あまりに悲しかった。

衆生の済度とか、言ってみたって、
たとえ逆縁であっても縁ある自分の親の顔を、
今死にいくお父さんの顔を見ることができなくて、
なんで済度なんだろう。

そんなポーシャさんの人生って何なんだろう、
お父さんの人生って何だったんだろう。

逮捕された後に、色々な調べがあるけれど、まあオウムサティアンでの生活、ワークのきつさに比べれば、実はどうってことないさ。
調べが終わった後は、改めて長い時間をかけて自分に向き合わなければならないけれど、それは仕方がないこと。

麻原さんがこれは言うとおり、人は生まれたときから死に向かっている。誰でも死刑判決を受けている。

もし現世が湖面に映る虚像だったならばおそれることは無い筈、いろんなことにこだわることも無い筈。
もし現世が、大切な一つの命だったならば、お父さんの命も大切な一つの命であり、かけがいが無いものの筈。

いま、ポーシャさんは、お父さんを喜ばすことができる立場

集中治療室にいても、意識が危なくても、手を逃げれば握り返してくれたりするものさ。

アクリル板越しのお父さんでもなく、死んだ後に墓石に向かうのでなく、今なら生きているお父さんに、直接会える。

警察も、そんな時、少しの時間だろうけれど見守ってくれるものです。

お父さん、待っていると思う。
どうか、どうか行ってあげてください。

http://www.bnn-s.com/bnn/bnnMain?news_genre=2&news_cd=220011027912

上記のサイトより、その一部

>05月18日 (木) 16時12分
>父危篤で入院
>平田容疑者の父は、現在、末期がんで札幌市豊平区の
>とある病院に入院している。
>先週末、危篤状態に陥り、集中治療室に入っている。
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