2005/10/31

相手にされたい症候群  日常のこと

今は、事件を別として、自分自身の周辺にはいないので書く。

居られるのです、こういう方。

失礼ながら女性が多いけれど、うーん、自己愛性人格障害というのかなぁ。境界性人格障害よりは楽だけれど。

例えば、話をしていても、つまりは自分のことにしか関心がない、と。社会的な事柄、他人のことががつまりは会話にならず、話していても実は面白いはずもない、と。

自己を埋没させたくはないのだろう、「日常生活の楽しさ」を知らないままなのだろう、ありもしないこと、針小棒大な主張を続けたり、訴えかけてきたり。甘えたり拗ねたり。

そんなのは、3歳まで子どもであれば親としては可愛くて仕方がないと感じるが、大人になってまでそれが続けられると、周辺は大変だろう、と思う。

ただ、親などに対しては仮面をかぶったまま、時に反抗をする程度どまりということがあり、問題性を知らなかったりもする、不思議な症状。

その人格状態は、下記のサイトなどに出ている。
http://akatan.cool.ne.jp/jinkaku.htm#narcist
2つの類型が出ているが、確かに無自覚タイプの方が多いかと。


周辺のものとしての対応は、

・「冷たい奴」と思われるようにする、

・必要あってやむなく接触せざるを得ないときには、やはり木で鼻をくくったような親切さ、

・逆恨みの攻撃があったときは、自己をしっかりと防衛する。その為に証拠関係は明白にしておく、決して二人では会わないなど。

・自殺されてもやむなし、と腹をくくっておく。多くは狂言だが、いつ本物になるかは分らない。直前のときは電話対応だけはする、と言うところかと。

人の成長過程は

「愛されて、やがて愛することを知る」

などと言うが、より正しくは

「愛されて、愛されも関心も持たれないことが多いことを知り、やがて愛することを知る」

のだろうと。
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2005/10/30

映画A2の罪  カルト・宗教・犯罪

映画A1 の問題点、特に当時のA広報部長らに対する問題については、
家族の会の文書が転載されています。

この問題は今も解決していない。
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/shiryou21-.htm

で、映画A2は、内容的には映画Aよりもまともであるところが少なくないけれど、
本人らの今後のことを考えたとき、なんとかならんかな、と思う。

A、A2とも、マインド・コントロールされて信者であったときの声と映像を、ああやって保存して販売し続けていいものか、と思う。

そんなものをいつまでも売っていていいのだろうか、と感じる。

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A2では、出ているとある出家者が、後に職業安定法違反で検挙された。本人が脱会していること、いまや確実に脱会しているといっても良いだろう状況と見られます。

10月28日は、他の一名とともに被告人への質問でした。結審してあとは判決のみ。
弁護人いわく「失われた10年」、被告人は答えで、下記のように述べた模様です。

「・ 脱会している。教祖に対して信もない
・ 端的に言い表せば、現実逃避、他への依存の10年
・ 本来、人間が20代の10年で経験すべき「発達段階」をうまく通過できなかった、精神的成長をうまくてできなかった10年 」

どうぞ、あくまでボチボチと物事を考え、戻るしかない社会に復帰していってくださいませ。
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2005/10/29

自民党新憲法草案−第九条  憲法・社会・官僚・人権

 続いて、第九条改正の草案を紹介します。
 草案は、九条の2項を削除し、九条の二として新らしい条文を作るというものです。

先に自民党の草案、後に現行の第九条です。

読みやすくするために、適宜行変え、空き行を作りました。

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自民党草案の全文は、下記で見られるようになりました。
遅ればせながら、報告までに。
http://www.jimin.jp/jimin/shin_kenpou/index.html
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第ニ章 安全保障

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

第九条の2 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮者とする自衛軍を保持する。

 2 自衛軍は、前項の規程による任務を遂行するための活動を行うにつ
き、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

 3 自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。

 4 前ニ項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。 

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第二章 戦争放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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2005/10/29

自民党新憲法草案−前文  憲法・社会・官僚・人権

 しっかしなあ、マスメディアってなんなんだろう、いかに自民党が以前から改憲を党是としてきたとはいえ、大与党となって今、草案を出したのですよ。

 すべてを正確に報道すべき大々ニュースのはず。ナンナンダァ。

 こんなことでは、今のマスメディアは、太平洋戦争前のマスメディアと同様、後世の批判に耐えないことが明白です。

 で、まずは草案のうち憲法前文の掲げます。後にあるのは、現在の「日本国憲法前文」です。読みやすいように、行変え、空白行を入れました。

(率直な感想をまず書いてしまうと、平和的生存権といった文書を無くしたなどの内容の批判はもとよりですが、
「なんと酷い文章だなぁ、現行憲法が日本語になっていないと批判してきたのは誰なんだぁ」
と感じました。)

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前文

 日本国民は、自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する。

 象徴天皇制は、これを維持する。また、国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する。

 日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し、自由かつ公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。

 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため、協力し合う。

 国際社会において、価値観の多様性を認めつつ、圧政や人権侵害を根絶
させるため、不断の努力を行う。

 日本国民は、自然との共生を信条に、自国のみならずかけがえのない地球の環境を守るため、力を尽くす。

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前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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2005/10/27


本日の2つ目を、書いてしまおう。

本日付のを書いて、改めて思ったのだが、靖国神社への首相参拝の屁理屈より、2005.10.25閣議決定では、下記のことのほうが、後に影響を与えるだろう。

これじゃ、中国、韓国だけでなく、連合軍全体に弓を引くことになるではないか、これでは常任理事国なんていつまでもなれるはずもない。

国連憲章の敵国条項も本当に抜いてくれるのだろうか(日本だけ復活したりして)。

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「 (極東国際軍事裁判所やその他の連合国戦争犯罪法廷が科した)刑は、わが国の国内法に基づいて言い渡された刑ではない」と指摘。A、B、C各級の「戦犯」は、国内では戦争犯罪人とはいえない
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これでは日本が独立できた条約であるサンフランシスコ講和条約自体の否定に読めるよ。

そりゃ、その数年後、戦犯者について釈放して、との国会決議が殆ど全会一致で何度も通っているとどこかにあった。だが、だからといって「戦争犯罪人ではない」なんて確か言ってなかったと思う。
検索すると、下記にありますね。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/senpannketugi.htm

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ヤバイナア、外交。

ああ、小泉首相の歴史的価値は、いろいろあっても、怖いもの知らずに北朝鮮に行き、拉致事件を解決の緒につけたこと。これは歴史に残る。

そして、人は自分の得意な場面でこそ決定的なミスをする、と。−どこかで聞いて名言だと思った
小泉首相は外交のこのところで、決定的なミスをしたのではないか、と心配っす。

閣議決定、もう少しまともな表現方法があっただろうに。
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2005/10/27

靖国神社−首相参拝  憲法・社会・官僚・人権

先にアクセスがやたら増えていたのは、大阪高裁の靖国神社参拝に絡む上訴いかん、違憲判決いかんをめぐるブログ「世に倦む日々」
http://critic2.exblog.jp/1577662/
というところの記述のなかのリンクからだろう、と分りました。

コメントしてくださって、ありがとうございます。

ああ、大阪高裁の判決に対して国側が、上訴できるかどうか、と言う観点では、あのブログ筆者は確かに間違っていますね。

ですが、大阪高裁判決は、判決理由でですが、もちろん「違憲判決」です(きわめて狭義に違憲判決の定義を言えば、薬事法違反事件とか、尊属殺条文不適用の違憲判決とかの主文に影響を与える場合のみを言うのでしょうが、通例の用語例ではない、と)

なお、その筆者は、靖国神社問題のとらえ方では、私のブログで「靖国神社」で検索すれば、幾つも出るように、私ととらえ方が似た感じだだと。

判例になったかどうかでは、東京高裁と大阪高裁とでは、判決理由が一応矛盾しますから、まあどちらも確実な判例にはなっていない、と言うべきでしょう。
ちなみに、「判例」というものの定義も争いがある感じですし、判例も変更することがあるものです。

結局、この問題については、最高裁が出て、初めて判例と堂々と言えることとなったのだ、と。

ただ、ここからが大切なのですが、判決理由の下記の通りの要点です。
・ 東京高裁は、私的参拝だから憲法違反ではない。
・ 大阪高裁は、公的参拝だから憲法違反だ。

言い換えれば、公的参拝としてしまうと違憲といわざるを得ないと言うのが判例になったのだ、と。
多分、この点では将来、最高裁もそうせざるを得ないだろうと。

で、先の首相の参拝は(なんともお、とどちら側にしても感じただろうと)、大阪高裁だけでなく、この2つの高裁判決を受けたための形式の変更だと思います。

ところが、内閣は、10月25日、公的参拝だが神道と言う宗教形式ともいい得ないから合憲だ、というような閣議決定をした、と。
(正確なのは首相官邸のサイトを見ても出ていない、困ったものだ、で下記のとおり)。
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「 (極東国際軍事裁判所やその他の連合国戦争犯罪法廷が科した)刑は、わが国の国内法に基づいて言い渡された刑ではない」と指摘。A、B、C各級の「戦犯」は、国内では戦争犯罪人とはいえない

 首相の靖国参拝に関し、「戦没者の追悼を目的とする参拝であることを公にするとともに、神道儀式によることなく、宗教上の目的によるものでないことが外観上も明らかである場合は、憲法二〇条三項の禁じる国の宗教的活動に当たることはない」との見解を改めて表明 」
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最高裁判決を来年又は再来年あたりに控えて、内閣が、ギリギリの政治的な戦いをしているの、というところかと。

日本の政教分離の規定は、国家神道と靖国神社があの無謀な戦争の精神的な支柱となったことからできたものです。

その憲法の趣旨からして、今回の内閣の態度はまったくもって酷いものだ、と思いますです。
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2005/10/26

遺体ビデオ  カルト・宗教・犯罪

 あらら、ずいぶん短くなった感じがしますけれど、ともあれ初めてのマスメディア報道ですね。

 そのままの転載ですが、広く知られるべきなので、この優秀な記事をしらせたいからでして、どうぞご容赦を。

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 道場で「遺体映像」
  =事故死の2信者撮影−「輪廻考える機会」とオウム

 オウム真理教(現アーレフ)が富士山での遭難や修行中とみられる事故で死亡した男性信者2人について、捜索や葬儀の状況をビデオ撮影し、遺体の映った映像を各地の道場などで信者に見せていたことが25日、分かった。公安当局もこうした事実を把握しており、詳しい経緯や目的などを調べている。

 教団は「亡くなった人の死を見詰めることで、輪廻(りんね)転生について考える機会にしてほしいと考えた」としている。 
(時事通信) - 10月26日6時3分更新

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 つまり、反面取材で、教団側も7月のビデオ教材ATBでそんな映像を使ったことを認めたんですね、なんとも。

 その非道さを現役さんは、容易に感じないのだろうなぁと思う。
 まあ「オウムの常識は社会の非常識、社会の常識はオウムの非常識」ですもん。

 意義あるものと言うならば、テレビ局にでも渡したらどうですかね、テレビ局は固有名詞とは遺体の顔を隠して、放映してくれるでしょう。

 ああ、記事には大切なところが抜けている。
このビデオの最後は、麻原さんのあの声での
 
  「人は死ぬ、必ず死ぬ、絶対死ぬ、死は避けられない」
 
だったかと。
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