2005/4/18

備忘録−サリン事件の真実  カルト・宗教・犯罪

>サリン事件の真実 2005年2月
>アンソニー・トゥー著
>467円 新風社

おおっ、こんな本出ていたんだ。

 昨年だったかできた危機管理学部とかにこられた台湾出身の先生が、サリン事件で大変な寄与をしたのだということを仄聞したことがあったが、こういうことだったのか、と思った。

 驚いたのが、土などからの検出方法に寄与したのは、この先生が米軍に問い合わせて米軍が伝えていたこと。

 自衛隊も防御方法を研究するためにサリンを少し作っていたことは1995年3月以降に明らかになったけれど、その前は、そんなことをしているなんでとてもいえない政治状況だったもん(この点は自衛隊論議の関係で無視してはならないはずのこと、あのとき自衛隊がその研究、除染方法を持っていなかったら、地下鉄はどうすればよかったのかね、ということ)

 ああ、事件後は、日本警察が最も検出方法についての権威になってしまいましたよね、私にも自慢された。「日本警察が神経ガスについては最も優秀になっちゃったんです」、とね。
 被疑者の供述をうけて、私の自動車の空気吸入口を検査し、サリンの副生成物メチルホスホン酸モノイソプロビルが検出されたときには、狂喜して電話して来た。「出たんですよっ、」と。サリン散布の争えない証拠だと。 (あー、空気を入れない設定にしていた良かった)

 その少し前、VXをつけたとの供述に基づいて私の自動車のドアノブを検査したときには、副生成物だかなんだが出たのだが、それだけでは完成したVXと断定できない、とのことだった。

 (これも当時、自宅から出るとき皮手袋をいつもして運転していた。ベタッと何かがついたのではずして、手袋も洗ったのです、嘘のような本当の話。

 ちなみに、1994.11.4のボツリヌス菌はガラスのコップに塗っていたとのこと、私も汚れていたなぁという記憶はしっかりある。でも喉が渇きやすくて、林医師の言う「健康的な飲み物」を飲んでしまった。飲んだのは私だけ。後に他の弁護士に阿呆か根と言われた。
 1994.11.4は、すべて録音されてます。んで、11月4日は坂本の命日、なんと)

 うー、いずれにしても自動車は任意提出させられたまま、保険などがバカらしいから廃車手続きをしました、グスン。

 いろいろなところで、色々な方がやってきていたのだなぁと思った。

 もっとも同意できたのが、サリン事件は、日本よりも米国の方に、はるかに衝撃となった、とのところでした。実際、そうだった。
 外国メディアでの反応でもそうだった。
 米国国会は直ちに公聴会を開いた、私の資料も行っていた。
 捜査裁判を別とすれば、後に私のその後の健康状態を詳しく聞きにきたのは、米軍−星条旗新聞−だけでした。

 日本政府って、日本が無差別大量殺人のために、核爆弾を2回、化学兵器サリンを2回使われた国になってしまったことの重大性を、どう思っているんでしょうかしら。

 他の事件についての、細かい所のところの間違いがあるけれど、やむを得まいて。
 オウム事件の捜査外を検討するために、必須の文献でしょう。
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