2005/4/30

私にとってオウムとは何だったのか-山折さんの弟子だったのか  歴史・定義・知識人の責任

http://www015.upp.so-net.ne.jp/sinzinrui/nikki.htm

上記は、オウマー西村新人類さんの、書評です。
 西村さんを代表とするオウマーというのは、オウムのおぞましさ、魅力を知りつつ、要するにオウムを笑い飛ばす人たちで、まあ1994年だったらポアリストの上位にされてしまう人。

で、私も3月30日の日記に記述した本
「私にとってオウムとは何だったのか」についての書評です。

 西村さんも川村氏のところ、酷評されてますね、
そうだよね、川村邦光氏の文章、酷すぎるもの。

 早川被告は、自らの言葉を残しておくことに意義を感じたのだろうし、その機会があるとき、共著者が何を書いているか、とんと興味はなかったのだろう、と想像する。

 山折哲雄氏に師事していたのですね、なんと。
http://osaka.yomiuri.co.jp/kokoro/jyuku05.htm
のあたりにあります。
 なんか理解できた感じ。無責任に机上の空論をしていて、結局、明白に伝えるものを持たないという作風になっちゃうのかなぁ、やはり。
0

2005/4/27

ダライ・ラマ**コメントへのレス  カルト・宗教・犯罪

 ここ、コメントの表題さえ、最新のものを表紙に出す機能がないみたいで、見落としていたコメントがありました。すでにページがずれてしまうので、ここに書き込みます。

 先の4月17日の、「チベット政府」云々の書き込みに対するレスがあったものです。

>投稿者:スガ2005/4/23 15:491
>オウム問題にかこつけて、偉大なる宗教家であるダライラマ法王を批判するなんて、あなた何様のおつもり?

−彼が「偉大なる宗教家」かどうか分かりませんが、誰だろうと、否、むしろ社会的にその言動が影響力の大きな人であればあるほど、誰だろうが批判しますが、おかしいでしょうかしら。

>以前、先生は宗教哲学者の山折哲雄氏に「事件後にいたっても、オウム教団と麻原さんの結末を間違って評価していた」て言ってたよね?でもダライラマ氏にしても山折氏にしてもあの時点(1990年代初め)で松本率いるオウムがあんなヒドイ事件を起こすなんて予想もしてなかったでしょう、それは日本のマスコミや警察機関と同じですよ、

−あの、警察もまともなマスコミも、少なくとも1989年11月の坂本事件のあとは、オウムの危うさは分かっていたのですが
 だから、オウムの売り込みに応じて相手をしたのは、ごくごく一部の「知識人」と、しょもない売らんかな主義または宗教や精神世界オタクの所だけだったでしょう、違います ?

(事件後に至っても−の私の批判は、吉本隆明に対するものではないかしら。吉本は、裁判で麻原が正しいことをやったと言ったらどうする?なぞと命題を立ててましたね、しょもな、と批判した)

−それから、麻原がダライラマにあったのは、1989年11月の前でした。
 だから、会ったこと自体は、そりゃ、チベット政府は、資金も各所から入れないとやっていけず、ダライラマも、毎日多くの有力者と写真を撮ることもしないとならないでしょうから、特に批判はしない。
 まあ、相手方の危うい本質を掴み取れずにいたのは、失礼だけれど、洞察力、能力の不足だと思いますけれどね。

 私が批判しているのは、1995年以降、それが明白になったのに、布施された金銭を未だ戻していないこと、です。
 写真も利用されたままで放置。

 早川被告の本あたりは読みましたか?

 あの、たとえば政治家にしろ、芸能人にしろ、しょもない詐欺師らと共にうつった写真を、時に利用されたりします。後に詐欺実態が明白となった時、金銭をもらった政治家や芸能人は勿論、金銭を被害者のために返しますし、そうでないときも寄付したりしてます。
 それがまともな大人の責任だから。かくれんぼをするのは子どもとズルだけだから。

 偉大な宗教家かどうか知らないが、ダライラマやチベット政府と言うのは、そんなこともしないのかしらん、ああ軽蔑、と思っている次第です。
 こちらが言うまで対応しないのかね。

 この肝心な点についてもレスしないといけないよ。

>それに「オウムが途中から変質した」とする山折説に対して異議を唱えているようですけど、その根拠はなんですか?

 いや、山折さんが、私や判決の認定に異議を唱えているのですが、それも根拠なくね。

 「途中」って、何時なんでしょうね、
 
 山折さんは、月刊太陽だったか、1992年あたり、大本教の出口さんと麻原彰晃が同じくフックラしているとしてヨイショしたが、テレビで同席したときに「私は批判した」と堂々と嘘をつき、また麻原彰晃との対談の中で「実践していかなければ意味がない」と言うようにいい、麻原が意を強くしたというように答えています。
 そんな程度の「宗教哲学者」って、洞察力がない、というものでしょう ?

 山折さんの途中説は、1990年2月の選挙敗北あたりのことを言っていたかな。だとすれば、これは間違いですね、確実に。オウムは1988年秋から事件を起こしているし、麻原はそれ以前に薬事法違反・詐欺事件も起こしている人です。

 ヴァジラヤーナの教えは、1988年にはすでに幹部らに説いてますよ。オウマーの西村さんのサイトとか、見てね。
http://www.bekkoame.ne.jp/i/sinzinrui/

>警察庁も96年の「警察白書」の中で山折説に近い分析をしているのですがね、

 それ、違うと思うが。ご指摘されたい。警察も私も1990年の選挙敗北が無差別大量殺人の実践に変化した契機だということは認めてますが。

>それに「一連の事件は信者にとっては”宗教殺人”だったが、麻原さんにとってはそうではなかった」ていっておられるようだけど、その根拠も説明してもらえますか?(気持ちは理解できるが…)

 麻原さんにとっても宗教殺人だったら、法廷での証言妨害、弟子に罪を擦り付ける態度、判決でのイヤイヤなぞ、すると思いますか?

 カルト宗教の教組って、とても楽天的であり、残虐であり、自己中心的です。自己愛性、反社会性、演技性、妄想性人格障害の並存という感じの人が多いように思う。
 少なくない一般事件の犯罪者にもいます、そういう人。

>でも、1995年春、「麻原さんが起訴されればオウムは早晩つぶれる」って確かおっしゃてましたよね、でも2005春現在、オウムはその分派を含めて活動してるじゃないですか?つまり「先見の明」がなかったのは先生、あなたも同じですよね。(そのT、以上)

 うーん、私に「先見の明」が全一的にあることはないですが、「明がない」と後に分かったとき、もともとその団体から利益を得ていれば返しますがね。

 私の1995年5月の表現を正確に言えば、起訴されれば早晩つぶれるという表現は言ってないです、絶対に。
 逮捕後、これでヴァジラヤーナ指令をする人はいなくなったから、殺人をまして無差別大量殺人を指令が出ることはない、だから安心してというようなニュアンスで言っていたものです。
 あの後になっても、脱会信者らへの差別、迫害が消えていかなかったら困るから。

 それから、どこかで公にしたと思うが、1995.5.16の私の上申書もあって、その後も警戒を当面は怠らないように、とは警察内部には出してあります。

 うん、私としても、オウムを早く完璧につぶしたいですが、ナカナカですね。これは予想よりも時間がかかっている。
 だが、大分垣根は下がってますし、いろいろとやってます、ダライラマとは違ってね。数的には大いに減り、出家者といっても外でバイトをしたり、正月は家に帰ったり、いろいろです。そこは以前と大いに違う。

 人は、信じたことをそう覆したくはない生き物、なかなかゼロにはできないけれど、最後の1人まで付き合いますわ。

 そんな中で、
・チベット政府には、被害救済のために、オウムからもらったお金を破産管財人に対して返して欲しいし、
・ダライラマは、もともと影響力あるオウム信者に対して、まともに働きかけをして欲しいですよ。

 知らない振りのままで歴史が忘れてくれると思ったら、それは甘いと。「宗教」の問題なのだから。
0

2005/4/26

国鉄の分割・民営化  憲法・社会・官僚・人権

 国鉄の分割・民営化のこと、いろいろ議論がありそうなので、あらかじめ自分の考えを。
 
1−事故はたしかに国鉄時代もあった。
 だが、鶴見事故で多くが亡くなったのは電車の構造−ガラスが割れても窓が小さくて体を出せなかった−が大きな原因だったと記憶。もちろん、ATSなどもない時代。
 昭和20年代のは、まさにあの時代の悲劇。天蓋部分に乗っていたりもしたのだから。
 その後、正に事故はなくなっていった。

 国鉄の分割民営化の過程では、餘部鉄橋事故もあった。風が強いのに定時運行を企図し無理して進行し、風で転落したもの。

2−国鉄は、昭和62年、1987年4月1日に分割・民営化されたが、実はその3年前あたりから経常収支は黒字でした。

 減価償却や、借金返済を入れると赤字でしたが、これには下記の理由があった。つまり、労働者の責任では全く無い、と。

・ 赤字に変わったのは、新幹線ができた昭和39年から、国家的な投下資本なのに計算に入れた。それなのに、次々と今度は黒字転化も見込めない新幹線を作っていった。

・ 政治家路線を次々と作った。地方の福祉のために合議の上で税金で作るならば、またその後の赤字を最初から補填するならばまだ分るが、赤字路線を着々と増やした政治だった。

・ 戦後、何十万人だったか、復員軍人の就職などのために、過剰な要員を雇った。後に給与増額となった。
 近い将来、退職金・年金その他のところで破綻していくことが明白となってきた原因だった。

・ 借入金は、多く銀行から、金利が平均何パーセントだったか、それもしっかり払う計算となっていた。つまり、赤字分を銀行からの借り入れで起こし、国が後に利息分まで含めて、税金投入をし始めたのです。

3−そりゃ、私も、国労組合の運動に、個別には馴染めないところがありましたよ。
 たとえば、「氏名札」を付けさせられるように指示されたのが、昭和61年初めぐらいだったか。
 職員の締め付けの為の氏名札、その証拠に客と会わないところでもつけなければならないとか、ということだから反対したりしていた。
 でも、私はそれくらいつければいいじゃないかと思い、言った。「氏名札拒否闘争」なぞ理解されるものではない、と。

4−ですがね、

 例えば、神奈川では弁護士が各事業場調査をしたのだけれど、駅で−私の直接の目撃では小田原駅駅長室−は、職員の名前の上にいろいろな印を張っていたのです。 国労組合員にはドクロマークでしたね、異常でした。

 それから、車掌さんが小さな国労バッチをしていると注意され、減給されるようになった。
 点呼で注意するならば、しょもないなぁと思いながらも分る(それも不当だと勿論思いますが)。
 でも、なんと車掌として乗務中に、シコシコとそれを注意する為に助役が乗車してくる。 異常でしょう? 助役の人件費がもったいない、と尋問で言ったのだが。

 また、ああ分割・民営化反対のカンパ貯金箱が机の上にあるからとして、職制が持ち去った。
 警察に通報されて、職制が注意される始末、公安警察からもやりすぎだ、と言われたのだろうと。

 もちろん、強烈な不当労働行為が、人材活用センター。
 有能な運転士や、検査職場の国労組合員を、次々と一箇所に閉じ込めて、電車の掃除をさせたり、就業規則の丸写しを何度もさせたり、とかね。
 別の形の人材活用センターが、有能な運転士らを売店やそば店に回したのです。職制は「血の入れ替え」とか言っていたと。

(ちなみに、そんな人材活用センターの陳述書を、後に涙を流しながら纏めて冊子にしたのが坂本堤弁護士でした。)

 笑うのが、駅の職員も減らしたので、地方の正に田舎駅で、入札改札の人はいないのに、売店には職員がいる、と言う変なこともあった。

 国労が負けていく過程で、確実に労働は強化され、安全のための諸方策は省略されていき、危ないなぁという感じになっていった。

 死亡事故とて、金銭換算により安全にするためのコストと賠償金との差額を計算するのが、資本の論理なのだろうね。 ひどいものだ。

 (アア、昔、電車に酷い落書きを書いた組合は、分割・民営化の際には組織を維持する為には安全も労働条件も売り渡して、コロッと経営陣に寄り添った動力車労働組合がもっぱらでした、誤解なく。、)

 中曽根さんが「総評をつぶす為、国労をつぶす為の分割民営化」とか、ほとんど正直に述べていたですね。
 その際は「安全確保も省みず」もあったのでした。

 1対29対300のなんとか法則だったか、あれも組合員から教えてもらった、それこそ皆、知っているのですね、驚いた。
 「働き、要求し、闘う」という国労の方針は正しいなぁと思った。
0

2005/4/26

ぎぇっ、40メートル、1秒単位?  憲法・社会・官僚・人権

ネットでニュースを見れば、

1−オーバラン40メートルだと。
乗客の証言の方が信頼できるということ。
車掌は、運転士の立場-処分の重さ-を考えて偽りを言ったのだろうか。
 
2−伊丹駅発車後、3回電話した、とか。で、出ないと。

3−なんとこの2週間は、一秒単位での遅延計測をしていたと。
 なんと、1秒単位なぞ初めて聞いた。30秒以内ならば「事象」でさえないはずだったろうに。
 ああ、昔、国労組合員を放逐する為に、停止位置をすべて助役が測る、なぞと言うしょもない仕事もしていたですね。

4−労働時間はひどく長い、前日も勤務して泊まりあけの仕事とのこと。

5−で、過去にもオーバーランなどがあり、その他の処分も、とのこと。

6−ちなみに、120キロからなぜか突然70キロ制限になるという不思議なところ。電車でゴーとか以前、よくやっていたのですが、あれは難しいです。

つまりは、
運転士は、ひどく焦ってしまい、バニックっていたのでしょう。

7−カーブとなり、急激にかなりのブレーキをかけた、それが異様な振動を与えた。自動車の運転ででも、カーブでのブレーキというのは怖いものです。

8−石云々の痕跡は、前方の脱線で跳ね上げられた砂利が後ろの方の車輪で引かれた、と言うだけではないかなぁ。

ひどいものだ。
 ミスも多い運転士ですよね。
 決して国労の組合員ではなかろう。
ですが、何にしても、JR自体としての問題です。

高速を出していて、カーブの前で脳内出血することもあるのだから
(電車のアクセルは勝手には戻らないですよね、んで意識がなくなっても、足が離れなければ防止機器も動かないのでは?)

 国労組合員は一時期、運転職場から放逐されたが人手不足、危ない初歩的な運転士が増える中、それなりに運転職場に戻されてきていた。なにせ運転から外されるひとが、初心者に指導するという変な事態があったのだから。
 で、少しのミスがあれば、国労組合員は、直ちに現場から外されているが、国労組合員でなければ、ミスも糊塗するのが職制の仕事だから。

−−−−−−
 ああ、小田急線なぞ、数分は遅れるのがしばしば。無理なダイヤだなぁと思うこともあるから、それも仕方がないと思うべき、かと。無理に戻そうとするから、危ないことになる。
 (上りの小田急江ノ島線大和駅からの各終電はいつも10分程度の遅延、これは客の便宜を考えているのだろうけれど、不思議なものです)
−−−−−

 しかし、フランジはどうなのだ。記者はしっかりせェ、と思う。はずれならば、スピードが速かったことその背景自体の問題となる。

酷いものだ、JR
0

2005/4/26

スピード  置石  憲法・社会・官僚・人権

一体全体、スピードは何キロ出ていたのか、はっきりして欲しいね。
 自動車とは違うんだから、逆方向に走るときには車掌室が運転室になるのだから。スピードメーターも勿論ある。
 つまり、車掌さんは知っているはずだ。

んで、置石とかをJRは言い始めている。
 嘘言えっ、と思う。前の電車は3分前に通過したんでしょう? 信じがたいね。
 置石が仮に仮にあったとしても、そう大きいものでなかったのは確実、鎖とかでも脱線などそうしない。その程度のことはよくある、それで一々脱線横転までになっていたら毎年何十万人も死んでいる。

 問題は、
・スピードをなぜ出しか、その背景は
・脱線防止のための方策−ATS新型?、補助線−はとっていたか
でしょうが。

 怒
0

2005/4/25

フランジ−鉄道事故 カーブ  憲法・社会・官僚・人権

http://www1.odn.ne.jp/~aaa81350/kaisetu/qp/qp.htm

 上記は、フランジのこと。

 しかしなぁ、マスメディアって自分で書いた記事などを忘れてしまうのだろうか。JR中野事故、日比谷線中目黒事故、も近時あったではないか、と。
 
 本日、午後4時頃、昼食を食べるべく、ラーメン店で新聞を見、テレビを見て初めて知った。なんとも。
 スピード、カーブ、鉄道−−そうきたら、フランジはどうなっているかを直ちに思っていいのだろうに。

 そのとき見たテレビでは「専門家」とて、言ってない。ナンナンダア。
 フランジが磨耗していた、補助線路、そしてスピードの問題ではないかなぁ。

 国鉄の分割・民営化の過程で、車台もすべて調べる「交番検査」が、月1回から3ヶ月に1回だったか減らされ、さらに今は「信頼性検査」とかいうのかなぁ、点検で異常なき限り、交番検査が廃止みたい。
 だから、分割・民営化反対の戦いは、「安全性軽視」との戦いでもあった。

(不当労働行為としてケシカランことに売店に回されていた国労組合員が、駅を通過した電車の車輪音の酷さから通報して、フランジの、規定よりもあまりの磨耗の酷さから、表彰されたこともあった。そんな優秀な職員をも、運転職場に戻さないのがJRでしたね)

 ああ、つまり、自動車の車検が6年ごとになっちゃった、なくなっちゃったとか、というようなものです。

 思いません? 雪一つにしても、今は回復がやたら遅い。バックアップ体制が無い、又はやたら遠いところだからです。
 運転士の調子が悪いときに「予備」といって交代用の運転士の確保も、まずないようだし、酷いものだ。んで労働時間もやたら長くなった。

 昔、運転していた人によれば「運転は簡単になったのだけれど、怖い。」ですね。
 スピードも、直線だろうとなんだろうと、そこの限度まであげるようなダイヤ形成になっている。車体は軽いから持ち上がりやすい、と。

 ATSね、あれ中野の事故にあったように、ランプがついたら消すのが通例、そして止まらずにギリギリにノロノロ走れ、ということになっている。でなければダイヤを確保できないから。
 まして、スピートオーバーのときに効かせるATSは、もしそれを作ればダイヤに影響を与えるから設置せず、または解除も容易、と。

 頭書のところにあるフランジの磨耗、とカーブのところなのに車輪が持ち上がらないための補助線路がなかったこと、そしてスピートの競合原因ではないか、と最初見て思った。

 補助線路があっても持ち上がったのならば、ダイヤの回復がしたくて、さらに速いスピードだったのだろうね。

 ああ、ダイヤをちょっと遅くしてしまっただけで運転士は責められるのです。自分のせいでなくとも、戻すことを極限まで求められる。処分もあったよなあ? どうかなぁ。
 昔はそんなことは無かった、愚直なまでに安全性、と。

 フランジの磨耗が酷いときにはガタガタと車体が揺れるということです。東海道線であまりに酷いので、まあ時間もあったので、降りてしまったこともある私。

 何人亡くなったのだろう、何人があまりに痛い思いをし、障害を残すのだろう。

 JRは殺人犯人です。
2

2005/4/23

日常生活  日常のこと

 ううっ、今は23日の午前1時過ぎ。終電に間に合わなかった。もう一つ文書を作って郵送しないと。

 疲れる。
 立場が色々かわるのが弁護士のよいところでも、悪いところでもある。

 明日を楽しみにもう少しだけがんばろう、と。ボチボチ。
  
 
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ