2005/3/17

訴訟能力の鑑定−最終芸達者  カルト・宗教・犯罪

 元マハーアングリマーラ大師こと佐伯一明被告に最高裁判決が下されようとしているとき、
 そして3.20を前にして、こんなニュース。
 ナンナンダアとも思う。

 だが、訴訟能力の鑑定は、したほうがいいのではないかなぁと思う。後の世のために、司法が正しく裁いたと明確にする為に。
 検察・警察として、この医師について、邪魔だからとして何かにかこつけて逮捕とかは絶対しないように望む。

 まあ、一審裁判をずっと見てきた人たち、その記録を見られる人たちにとって、彼の2004.2.27判決のときの、あの判決和を嫌がって立ち上がらない状態に象徴されるように、なんら訴訟能力に問題のないことが分るのだけれどね。

日本テレビサイト
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn/20050317/20050317-00000019-nnn-soci.html

>精神科医−脳の疾患など何らかの病気にかかっている可能性を主張
>中島節夫医師
ああ、催眠療法の先生ですね。元の北里大学助教授。

>「もうほとんど無言の状態で、一番おかしいと思ったのは
>車いすで来ている」
>「意味のある言葉としては全くなかったんじゃないか」
>と、去年11月に接見した様子を話した。
このあたり、よく分からないですね。車椅子は昔からなのだが。
1度会っただけ、30分だけみたい、それで分かったのかなぁ。
精神鑑定の経験はどのくらいある方なんだろう。いろいろな被告人がいるものなんですけれどね。

>−−「脳の器質的な疾患を疑うべき」と語った。
これ貴重な話ですね。
MRAとか、脳血管撮影とかいろいろある、すべきだと。

 経験では、前頭葉広汎壊死の事例に遭ったことがある。逮捕以前の通院歴を調べていって分ってきて、裁判所がようやく鑑定を採用。裁判所、そして鑑定医も、驚いていた。
 まあ、結局酒を飲むと複雑酩酊をする心神耗弱どまりの診断だったけれど。そして、事件当時からそうだったと確定。

>自分で布団の上げ下ろしもできない。
それは、オウム真理教の頃からなんですけれど、と言いたいが。

>「『ピック』という、脳が委縮する病気が考えられる。
>『梅毒』(による進行マヒ)とか」と述べるなど、
なるほど、是非調べるべき。

 彼について「最終芸達者」と表現した、あのオウムの本質を突いているアニメを作った青沼陽一郎さん。貴重なんです、女装までして逃げ、方角を占って逃げたというような情報

 彼のそんな芸の能力の凄さ・粘着に惑わされる医師もありましょう、もとより脳器質障害があればあるでそれはそれ、いずれにしても正しく判断すべきこと。

雑居房に移すべき、とつくづく思う。
そんな真似を許してもらえる特別扱いが問題なのだから。 
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2005/3/17

朝日新聞「私の見方」の元原稿  カルト・宗教・犯罪

 本日の朝日新聞の朝刊
 文字数の関係があるとしても、いろいろと直前まで調整が必要なものです。参考までに下記に元原稿を出しておきます。私のいいたかったことの全体は下記にあるので。

     オウム真理教被害対策弁護団
     カナリヤの会窓口 弁護士滝本太郎

オウム事件は終わっていない

1 オウム事件は終わっていない。
つい先頃も、オウム集団の本流アーレフは、ステロイド入り薬剤をそうでないと偽って販売して数千万円を稼いでいた。温熱修行では分派のケロヨンクラブはもちろん、本流のアーレフでも死亡者が出ている。ケロヨンでは「カルマ落し」として竹刀で数千回たたかれて死亡した事件が起こっている。この集団では、子どもから食の煩悩をおとすとして手の甲に火傷をさせていた。ここ数年小学校にもいかせていなかった。昨年一時保護した児童相談所の努力には頭が下がる。

2 オウム集団には麻原彰晃がいないだけで、破壊的カルトたる特質は変わっていない。死の恐怖を煽り立て情報を隔絶させ、霊的指導者である「グル麻原への絶対的な帰依」を強調しているのである。「オウムの常識は社会の非常識、社会の常識はオウムの非常識」「真理のための嘘」という合言葉も生きている。

時に「今はまじめに修行しているだけ」などと言う知識人や映画監督がいるが、このように容易に騙される人がいるという事態も変わっていない。無差別大量殺人の実行犯らさえ「まじめに修行する一環としての殺人」をしたのである。「悪意の殺人は限度があるが善意の殺人は限度がない」ことがオウム事件の末恐ろしさだったことを忘れては困る。

アーレフでは、一昨年末、修行として富士登山をした中堅幹部が死亡したが、メンバーには知らされずインターネットにも出ているままである。そんなことも、裁判での元高弟たちの証言も被害者らの叫ぶような証言も知らないまま、ストイックに「尊師に帰依」するために立位礼拝や教学をしている。そんな集団に、当時小学生だった子どもが今、ホームページや占いなどを窓口に勧誘されている。

3 昨年、20歳を過ぎていた女性がようやく義務教育を終了することができた。小学校3年で母とともに出家させられていたところ、世紀末になってようやく本当に脱会でき、私からも強く要請して夜間中学校に入れてもらえたのであった。

大人の脱会者も自己喪失と社会に馴染めないことに悩む。福祉職場などを目指す人が多いが、現実と理想のギャップに悩む。うつ状態から自殺への危険を避けるため互いにケアーをし、まともな宗教者や精神科医を紹介しあったりもする。まともな宗教者とは宗派での地位ではまったくなく、数は少ないがカウンセリングの心を知っている宗教者である。

4 現世もまともではない。地球環境の破壊、力による政治はかわらず、階層も分化・固定化するばかりで閉塞感が深まるばかりである。そんな現世でも戻るところはここしかないのだから、「こちらに帰っていらっしゃい」と言うほかない。

5 オウム裁判では、弟子12人への死刑判決、5人への無期懲役判決(うち3人確定)となった裁判審理を通じてオウム事件のほとんどは判明した。重要なのにほとんど報道されていないが、犯行に使う物件にオウム宛の領収書をもらってくる、奇妙な変装をして多くの事件を実行したこと、女装や方向を占っての逃走といったことがあった。サリンの製造撒布も、水中都市計画やウラン鉱石を掘りに行くところから始める核兵器開発と同様の位相でされたのであった。破壊的カルト集団における犯罪の特質を示す。
だが、なぜ弟子たちがああも唯々諾々と松本被告の指示に従ったかが、ほとんどの判決文には示されていない。このいわば事件発生の機序を知ることが、国民の求めた重要な点であり、同様の事件を防止するため得るべき知識でもある。

少なくない元弟子の弁護人はマインド・コントロールによる「適法行為の期待可能性の減退」などを主張立証したが、裁判所は事件の重大性の故だろう、井上嘉浩被告に対する一審判決をほとんど唯一の例外として、応えなかった。

6 松本被告の裁判はどうだったか。検察側の論告ではこの点を示していない。おそらくはマインド・コントロールやLSD・覚せい剤の使用による洗脳といった実態を示せば、元弟子達の量刑に影響を与えるからであろう。これでは事件発生の機序を説明しきれない。一九九五年初夏、東京地検次席検事が述べていた「マインド・コントロールの影響で調べが困難だったが」と言う言葉と矛盾する。

一方で松本弁護団は弁論で「真に宗教家だから犯行を指示したはずがない」という信じがたい総論を述べた。カルト問題を知らないばかりでなく、宗教の歴史をなんら学んでいないのではなかろうか。たとえて言えば、カルトかどうかは1kgか100kgかの問題であり、宗教かどうかは1mか100mかの問題である。聞いていて同じ弁護士として恥かしかった。

まあ、証人の私に「麻原さんの霊性は高いと思うか」なぞと聞いてきた弁護団だから不思議ではない。あの折は「傍聴席にいる弟子が喜ぶような質問をするな」と答えたが「霊性というものをここに出してください、そうすれば高いか低いか言う」と答えるべきだった。

今年、元弟子のうち一人の死刑判決が確定するかもしれない。しかし、麻原彰晃こと松本智津夫被告の裁判が確定するまでは、元弟子の死刑判決は確定させるべきではないし、まして執行すべきではない。弟子の死刑を真に喜ぶのは松本被告だけなのだから。

7 被害者への救済もなっておらず終わっていない。地下鉄サリン被害者らは、あの恐怖の一九九五年に、自らの名と住所を示し多額の予納金まで用意して宗教法人の破産を申請した。国は、被害者の配当を税金よりも優先させる法律と、後のオウム集団の財産が宗教法人から流出したと推定するなどの法律を作ったが、これとて被害者らの多大な努力でできたものだった。

結局、配当は三十・六七%に止まるのであり二六億円余が配当されないままである。金銭が入っても命は戻らず、健康は容易に回復しない。だが、判決で認定されているとおり、一連のオウム事件は日本国の支配を目指してされた事件でありテロであった。その救済を国家としてしないのは理解に苦しむ。真実テロとたたかうならば、九・一一事件で米国が被害者救済に尽くしたのと比較しても恥かしくないだろうか。
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