2015/5/22

うわっ、安倍首相の歴史認識  憲法・社会・官僚・人権

安倍首相の歴史知識
(2015.5.24追加−安倍首相の高校生の時の日本史教師は沢藤弁護士だったんですね。下記にあります。http://article9.jp/wordpress/?p=4899)- これパロティなんだと。沢藤統一郎さん、それはいかんです。山本さんこんにちは。彼のブログ記事は通例、実際の体験・意見が記載されているのに、何の注釈もなくその記載があているんだから。いつもパロディを書いているわけでもないのだから。「元教師だったのかなあ」と思いながらも、そのまま受け取る人が多く出るのも当然、求反省

ぎえっーー。あの質問には、そんな背景があったのか。「諸君」だか「Voice」だか、より正確な原典を見つけたいです。−出ているならば、録音していようし当然添削を求められるのであり、そんなこと言ってないとは言えない−

麻生首相の「読めない漢字が多い」は、まだ国内での笑い話で済むものではあった。パパブッシュと同じことだから。
それが、中学の教科書でも出ているはずの、

1―ボツダム宣言と原爆投下の先後関係、
2―第二次世界大戦中の、中華民国と八路軍というか後の中華人民共和国のこと

これら「戦後体制からの脱却」とか言うならば、前提として知っていなければならないことを、首相が認識していないままに進めているということになる。ああ「国共合作」なんていう言葉も知らないのだろうか。「恥ずかしい」にとどまらず「あまりに恐ろしい」


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http://www.asahi.com/articles/ASH5P55GFH5PUTFK00G.html
 志位氏は、自民党幹事長代理だった首相が月刊誌「Voice」2005年7月号の対談で、「ポツダム宣言というのは、米国が原子爆弾を二発も落として日本に大変な惨状を与えた後、『どうだ』とばかり(に)たたきつけたものだ」と語っていたと指摘。だが、宣言は1945年7月26日に米英中の名で発表され、同8月6日と9日の原爆投下後、日本が同14日に受諾を決定した。志位氏は「(宣言は)二つ原爆が落ちた後に『たたきつけられた』ものではない。事実誤認がある」と述べた。
→(2015.5.24追加−ポツダム宣言は7月末で、これを受諾しないことから原爆投下となった。)
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http://medical-confidential.com/confidential/2014/05/post-708.html
もう廃刊になった『諸君!』(2005年7月号)という雑誌での対談では、当時の国会での「靖国参拝は、日本が軍国主義化に向かう象徴であり、ポツダム宣言に反する」という野党議員の質問が気に入らなかったらしく、次のように述べている。
「ポツダム宣言というのは、アメリカが原子爆弾を2発も落として日本に大変な惨状を与えたあと、『どうだ』とばかり叩き付けたものです。そんなものをもちだし、あたかも自分自身が戦勝国であるかのような態度で、日本の総理を責めあげる」
**同じ対談で、次のような発言がある。**
「日本が戦った相手は現在の共産党政府ではなく、国民党政府なのですが、そうした事実を抑え込み、栄光の歴史をつくりあげる。そのうえにおいては、より日本軍が残虐であったと示すほうがいい。それが、『反日教育』につながったのではないか」
→(2015.5.24追加−当時、すでに実質的には中国共産党の八路軍などとの戦いの部分が大きかった。日本に対して国共合作で戦われた)
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