2012/3/16

森達也氏言説の滅茶苦茶  歴史・定義・知識人の責任

http://moriweb.web.fc2.com/mori_t/index.html
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森達也さんの、月刊誌『創』の3月号、4月号の記載及び上記ブログの記載につき、書きます。個人としての書き込みです。

第1に、少し長くなるところ、最も述べたいことを書きます。

 森達也さん、自分で墓穴を掘っていることに気づきませんか。著作『A3』が、更に滅茶苦茶な本だったと認めることになるのですが、良いのですか。すなわち、森さんの今回の主張により、森さんは「麻原はサリンを撒けと指示した」と認めつつ「弟子が暴走した」論を張っていることになるのです。幼児でも分かる矛盾と考えますが気がつきませんか。一審弁護団は勿論、教祖のサリン指示とかはなく弟子は暴走したと主張し(それ自体は一貫した主張)、森さんはその主張に「同意する」と書いています。どういうことなんですか。ひょっとして、弁護団の主張も知らずに同意を表明したのですか。

第2に、森さんの今回の文章要旨は下記です。
*********
『創』3月号で森さんは、
1−私や青沼さんが、森さんが、『A3』で弟子の暴走説を言いつつ、2011年1月1日のブログで「サリンを撒けと命じた」と前提に記載しているのは、正面から矛盾していると指摘したこと(下記の所)に対して
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20120103/archive
http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-17.html

 森さんは、自らの『A3』の26−27ページ、180ページ、346ページにて、「サリン散布を撒くこと指示」「犯罪を命じ」「サリン散布を命じた」と記載していて、従来から言っていたことだから矛盾しない、と反論しています。


2−改めて「彼らの主張らはすべて反論できる。」と言いつつ、その他の論点は書いておらず、です。

そして、最後は『A3』を読んでほしいと、読者にまたお願いしています。
****************


第3に、先に感想を述べます。

このような理屈は、まあ
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20110908/archive
2011/9/8「ああ言えば上祐、こう書けば森達也さん」−言説変更
に書いたように、森さんは言い方を変えてきているから。更に屁理屈を捏ねて来るのかな、と思ってはいたものです。

朝日新聞2011年9月6日夕刊の記事「教祖と弟子の相互作用」−塩倉裕氏の記事の一部
****
森は、「麻原彰晃の意図とは別に」「勝手に」側近が動いたとする「暴走」説を退ける一方で、「自分たちはすべて管理されている」と弟子たちが思いこんだ時間こそ「主語を失った過剰な忖度」が駆動したのではないか、と話した。(抗議に対しては)森は「本の内容を踏まえた批判とは思えない。無罪主張をした覚えはない。」と語る。
***

もちろん上記は、
1−森氏は、『A3』で、松本死刑囚について「有罪だ」とか「無罪を主張しているのではない」などとは、一切書いてない一方、
2−一審弁護団の主張に確信的な同意しているというのですから。
下手な屁理屈に過ぎる、と。
****
そして、今回、森さんはまあ尚更に墓穴を掘っている、と。

第4に、これは手続き論の要請ないしお願いです。

1つは、森さんにあって当方に向けて意思表示をするのであれば、単に本を送るだけでなく、また自らのブログに書くだけでなく、私宛の手紙なり、メールなりを下さいませ。

2つは、森さんブログにおいてもこちらのURLを明記などしなければ、読者にとって判断ができにくいので、対処してください。折角インターネットなのですから。

3つは、森さんのブログでは、『A3』批判の内容も、森さん反論の内容もとんと分からず、『創』を読まなければ分からないようになています。自分の反論内容ぐらいはどうぞ転載してくださるようお願いします。

上記1の点に付言するに、本を送ることで意思表示したとか、反論を求めるというのは、メディア人の傲慢でしょう。また、ブログに幾ら記載しても、それで当方向けに意思表示をしたことにはならないです。

上記2の点に付言するに、森さんにおいて当方URLなど表示してくれなければ、読者は森さんの言葉を読むだけとなってしまい易いと思います。メディアリテラシーとかいう観点からも良くないでしょう?そのような措置を望みます。

上記3の点に付言するに、月刊誌ですから1か月を過ぎたならば著者自身が転載しても、同出版社は了解するのではないでしょうか。そうしないと森さんのブログの読者は、「森さんが反論した、し尽くした」と即断してしまう恐れがあります。まさかそのようにしたいから詳しくは書かない、ということではないのでしょうけれど。

以下、それであっても、2月25日記載したとおり森さんブログに気がついたので、まあ時間がとれた今日、記載しておきます。本来ですと、2つの抗議書−日本脱カルト協会の抗議書と3人の抗議書−は、いずれも『A3』にノンフィクション賞を授与した講談社へのものですから、森さんが色々書いても書かなくてもいいのでしょうけれど、

でも
1−社会と『言論界』に、広く深く知っておいてほしい。
2−『A3』がオウム集団が残ることについて、新しい人を勧誘するときのちょうどよい材料となっていることから、記載しておきます。


第5に、『弟子の暴走論』は書いたが、『サリンを撒けと命じた』とも書いてあるから、今回の滝本・青沼の批判は当たっていない、という反論について、です。

 簡潔に言うと、今回の森さん摘示の記載なぞもちろん分かってますよ。その上で、『A3』における弟子の暴走論、一審弁護団の主張に同意するとも書いてある「弟子の暴走論」と、今回指摘の記載を矛盾なく読むためには、森さんは、連載途中において「サリン散布を命じた」と書いたけれどもそれは撤回した趣旨である、と読むほかないのです。
 「連載を終える今」として記載してあり、書籍『A3』の終わりに近く、一審弁護団の主張に同意と明記している以上、そう読むのが当然ではないでしょうか。すなわち、 森さんは、『A3』につき、プレイボーイ2005年2月号から2007年10月号までにの連載をベースにして書いているところ(6ページに記載)、一端は「サリン散布を命じた」と書いたが、それを撤回して一審弁護団と同じ考えに確信したと判断する外ないものでした。
 幼稚園児でも分かる矛盾を、森さんがまさか知らないなんて思わないですから。


 ですから、今回改めて、森さんにおいて松本死刑囚が「サリン散布を命じた」と認めたのであれば、驚きという外なく批判したのです。
 そして、一体どうしてそこまで墓穴を掘れるのだろう、「乱雑な書き殴りの文章であって、矛盾だらけの本なんです」と認めるようなものなのだが。そして私は、なんでこんな人の言説をいつまでも相手にしなければならないのだろう、またなんでそんな人の言説をメディアの一部を使うのだろう、講談社は『A3』へのノンフィクション賞を撤回してほしいなあ、森さんは今年から「集英社開高健ノンフィクション賞」の選考委員になったのだが(気がつけば『A3』は集英社刊なんですね)解任してほしいなあ、開高健が泣いている、とますます感じるのです。


1 まず、森さんは、今回『創』に記載されてありますが、より詳細には『A3』にこう書いています。

27ページ「地下鉄にサリンを無差別に撒くことを指示した動機を含めて、事件の本質は未だに解明されていない。」

180ページ「どんな言葉で弟子たちに犯罪を命じたのか。そのときはどんな思いでいたのか。」

346ページ「ならばそのグルである麻原は、いったい何を考えて、何を目的として、サリン散布を弟子たちに命じたのか、あるいはそもそも麻原はどの程度に明確に指示を出していたのか、それらの答えを語らせなければならない。」


2 一方、森さんは『A3』で、下記のとおりに書いています。

485ページ「連載初期の頃、一審弁護団が唱えた「弟子の暴走」論について、僕は(直観的な)同意を表明した。二年半にわたる連載を終える今、僕のこの直観は、ほぼ確信に変わっている。ただし弟子たちの暴走を促したのは麻原だ。勝手に暴走したわけではない、そして麻原が弟子たちの暴走を促した背景には、弟子たちによって際限なく注入され続けた情報によって駆動した危機意識があった」

487ページ「「言い換えれば幹部信者たちが、「これは尊師の指示である」として、信者たちに指示や通達を伝えることがとても多くなった。甲して過剰な忖度は暴走する。危機意識の高まりと省庁制度導入は、ほぼ同じ時期に丙そうした、いわば危機意識の塊となった中枢と、これを忖度しながら勝手に指示を出す側近たちの構造はこうして出来上がる。」−487ページ

94ページ、これは上記の「連載初期の頃」の記述とか「直観的な同意を表明した」所に当たるものでしょう。
「「史上最も凶悪」VS「全面無罪」、ありえないほどそう反している。結果としては弁護団の構築した弟子の暴走論は、麻原無罪をという無理を通すための世迷ごととして社会からは激しい反発を受け、裁判所からは判決で一蹴された。つまり「史上最も凶悪」が勝利した。
 確かに「弟子の暴走」だけを事件のメカニズムとする弁護側の主張には、僕も全面的な同意はできない。でもどちらを選べと言われたなら、オウム事件は「史上最も凶悪」で「組織的、計画的な協副犯罪」であり、麻原は「異常なまでに」強烈な権勢欲と支配欲を満足させるために」、「冷酷無情、卑劣極まりない犯行」を指揮したとの断定よりも、「背景には弟子の暴走が働いていた」との記述の方が、はるかにリアリティーがある。」


3 麻原被告の一審弁護団の「弟子の暴走」論は、下記のとおりです。これは813ページほどに上る弁論要旨の一部です。森さんは知ってますよね?。仮に全文など持ってなくても、当時新聞には出ていたことです。
**********
総論−弟子の暴走の説明
 一九八九年ごろから、教団は親たちによる信者への脱会活動、法人化妨害行為、報道機関による攻撃などによって非難にさらされていたが、被告は泰然としていた。
 これに対し、村井秀夫(故人)、井上嘉浩、新実智光らの高弟は、例えばタントラ・ヴァジラヤーナの教義には、殺人を肯定する教えが含まれる、ポアには殺害の意味も含まれるなど被告の教義を曲解、悪用していた。
 高弟は「敵対勢力」に対して強い反感と敵がい心を持ち、人々の魂の救済には手段を選ばないという、誤った解釈の下に行動した。
**********
XI 地下鉄サリン事件
第1 事実経過
第2 争 点
1 被告人による指示の不存在
(5) 結論
ウ 以上のとおり、被告人が地下鉄内にサリンを撒布するよう指示をした事実は一切ない。

第3 小 括
以上のとおり、本件で撒布されたものがサリンであることは立証されておらず、本件被害者らがサリンによる被曝の結果死傷したことも立証されていない。
   また、被告人には本件の共謀及び殺意は認められず、殺人罪・殺人未遂罪が成立しないことは明らかである。
*****


4 ということで、「抗議書」作成にあたっては弱ったものです。
 森さんは、いくつかの所では「サリン散布を命じた」とか書きつつ、一審弁護団の主張に同意する、「弟子の暴走」とまとめておられるんだから。
 結局、森さんは、連載途中において「サリン散布を命じた」と書いたけれどもそれは撤回した趣旨である、と読むほかない、それが自然な読み方である、と判断して書いたのです。


 いかがでしょうか、それとも「地下鉄にサリン散布は命じたが弟子が暴走したものだ」とか「一審弁護団の主張に同意して弟子が暴走したと考えるが、麻原はサリン散布を命じたのである」と言い続けますか。そんな幼稚園児さえ分かる矛盾した論法に立つのですか。
 信じがたいです。抗議書作成にあたっては、批判対象とはするものの、一審弁護団同様にそれ自体は一貫した主張だと考え、『A3』の中のしょもなさすぎる根本的な矛盾につき、「連載経過の中で考えを変更したのだろう」と解釈して差し上げた(善解)ものだったのに。
 どうぞお答え下さい。


第6に、森さんが、その他の指摘についてやはり答えないままであることについて。

 このことについては、私として、2月25日に「「創」を見ても、下記にある私ども3人の抗議内容のうちも「A3」やご自身自体に関する点が、まったく網羅しておらず、反論の体際がいまだ取れてないです。森さんは、全て反論できるとの趣旨を授賞式で言われていたとのことでもあり、どうぞ、上記を参考にして、追加があれば、お願いします。」と記載したのですが
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20120225/archive
 森さんは、『創』3月号では、「彼らの主張には全て反論できる。でもその作業は余りに辛いし情けない。自分の作品について説明や補足は絶対にしたくない。しかもこんな形でここまでが限界だ。」などと書いたままです。
 折角反論されるならば、全てについてされればよろしいかと思います。一般的にはまともなノンフィクションなのか、を検討するにあたり重要なポイントが多いと思います。

 その他の指摘とは、下記のとおりです。まず2つの下記抗議書に詳しく書いてあるものです。
http:/www.jscpr.org/other/201109kogisho.pdf
http://www.jscpr.org/other/201109kogisho_sub.pdf
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20110903/archive

a 確定判決を検討・記述せず考察していないこと。531ページにものぼる『A3』の中で、27ページの1カ所のみにという驚き。(項目の6に記載)

b 実行犯と面談・手紙のやり取りを先入見で利用していること(同じく7)

c 松本死刑囚の陳述1997年4月24日の意見陳述のほとんどを記述せず、分析していないこと(同じく8)

d 切り貼りと恣意的な引用、信用性のないものまでの引用(同じく9)
・地下鉄サリン事件直前のサリン原料のジフロ保管に関連する事柄は、降幡賢一著「オウム法廷」に強調して記述してあること。
・中川被告の「巫病」指摘とそのエピソードは、藤田庄市氏が雑誌『世界』2004年4月号で初めて指摘し、同著「宗教事件の内側」(岩波書店、2008年10月)にて記載してあるが、藤田氏文献はなんら参考文献ともされていないこと。
・一審判決日の傍聴だけで、逮捕時からの精神鑑定のことつまり責任能力の鑑定について言及し、さらにそれを後に訴訟能力のことを言っただけだと変えて述べて
・司馬遼太郎氏の発言の引用方法が恣意的に過ぎること。

e松本死刑囚の視力障害につき、水俣病説の無責任すぎる流布(同じく10)

f 映画「A」についての基本的な情報を提供していないこと。(同じく11)


以下は、私のブログ2011.9.18に追加記載した細かいが、時には重要なところです。1からその10です。
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20110918/archive

g 211ページ最後から4行目−「(1990年)1月10日に25人の幹部信者を集めた」−というのは、「2月10日」の間違いでしょう。初歩的なこと。

h 376ページ、私のブログの「実にまったくあきれている」について、私が筆者を取
り違えているとの指摘について。

i 445ページと508ページ−1995年3月17日の、自衛隊での警察官の防毒マスク装着訓練につき、「マスメディアからは看過された。ほぼスルー。だから知る人は少ない。なぜスルーされたのかはわからない。」などとあるが、何を言っているのか、とっくに広く知られていること、筆者の情報不足に過ぎる。

j 446ページ−「一審弁護団が実施した現場周辺住民へのアンケート」とあるが、弁護団自体がアンケートしたと言う話は聞いてないが、他との間違いではないですか。

k 481ページ−サリンプラントを含めた施設の撤去−「人が近隣に居住しているようなエリアではない。残しておいて別に当面の問題はないはずだ。」−本当に見に行ってるのですか、化学兵器禁止条約は知らないのですか。

l 477ページ−1995.4.24初公判−これ、1996.4.24の間違い

m 483ページ−「サティアンがすべて解体された翌年の97年には、その跡地の一部を使って「富士ガリバー王国」なるテーマパークが建造された。」−しょもない一部報道かネット間違い情報の転記でしょうね。

n 488ページ「主治医に任命されていた中川智正」495ページ「主治医であることを含めて」514ページ「主治医的な立場にいた」−なんともころころと変わること、遠藤誠一死刑囚はどうでしたかしら。

o 492ページ松本死刑囚の心情の推察−いかに会えない死刑囚だとは言え、良くもまあこのように心情を推察して書けるものだ、と思う。ノンフィクションなのか、これ。

p 505ページ「確かに、数日後に強制捜査があると深刻に憂慮しているのなら、のん気に正悟師昇進を祝う会などを執り行うだろうかと考えるのが普通だろう。」とか、麻原のロシア行きの計画のことが書いてある。−事件経過を知らないことの自白。サリンを撒かせたりするためにこそ宗教上の地位を上げさせるもの。ロシア行きはもろ逃亡のため。

q 509ページ−警察の捜査予定が「結果としては、地下鉄サリン事件を誘発したことになる。」−そんなの常識でしょうが。


以上のとおりです。
 細かい所まで書きました。主たる「弟子の暴走論」云々だけでも十分でしょうが、森さんは抗議書にすべて反論できると何度もしているのだから、aからfも追加して書かれるべきだったと思います。

 それにしても、今回の主張により森さんは「麻原はサリンを撒けと指示した」と認めつつ「弟子が暴走した」論を張っていることになるのです。一方で、森さんが同意した一審弁護団は、教祖のサリン指示とかはなく弟子は暴走したと主張しているので(それ自体は一貫した主張)が、どういうことなんですか。
 それとも
※ 「地下鉄にサリン散布は命じたが、一方で弟子が暴走したものだ」とか
※ 「一審弁護団の主張に同意し弟子が暴走したのだが、一方で麻原はサリン散布を命じたのである」
などと訳の分からんことを言い続けますか。まさか、そんな幼稚園児さえ分かる矛盾した論法に立つのですか。
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