2011/11/25

備忘録−毎日新聞にて  カルト・宗教・犯罪

以下、2011.11.23−毎日新聞
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オウム公判終結:あの時…/2 警察、裁判に歯がゆさ

◇日本脱カルト協会理事、弁護士・滝本太郎さん
 オウム真理教と対峙(たいじ)した20年余はあっという間だった。
 教団との関わりは坂本堤弁護士の「失踪」がきっかけ。司法修習生の時から、私が加わっていた医療訴訟弁護団などに出入りしていた坂本弁護士とは、よく酒を酌み交わした。情熱家で愛嬌(あいきょう)があって、好漢だった。

 89年10月、坂本弁護士から「オウム真理教のこと、一緒にやってもらえませんか」と相談を持ちかけられた。目的は信者救出だからやっかいだと思い、断った。しかし翌月、「一家が失踪した」と聞いて、悔やんでも悔やみきれなかった。オウムの仕業と確信し、仲間の弁護士らと警察に要請したが、神奈川県警はまともに動かなかった。

 95年1月に「オウム真理教家族の会(旧・被害者の会)」の永岡弘行会長が猛毒のVXをかけられた事件でも警視庁は当初、自殺未遂だと判断した。私にスミチオンという農薬の入った湯飲みのにおいまでかがせ、「これで自殺を図った」と言い張った。この時、警察がしっかり動いていたら、地下鉄サリン事件も起きていなかったはずだ。

 裁判も歯がゆい思いがした。麻原(松本智津夫死刑囚)の公判では1審弁護団が初公判で本人の起訴内容の認否を妨げた。2審弁護団は期限までに控訴趣意書を出さず裁判を終わらせてしまった。元幹部の裁判でも審理を急ぐあまり、マインドコントロールや薬物使用の実態が明確にされなかったのは残念だ。

 いま再び(後継教団の)「アレフ」や「ひかりの輪」に入信している若者たちがいる。入信者は「現在の教団は悪いことをしていない。いい人ばかり」というが、オウム事件は「いい人が、いいことをするつもりで人をあやめた事件」であることを忘れてはいけない。再び同じ悲劇は起こりうるのだ。

 死刑が確定した元幹部7人に、上告中に面会した。林泰男死刑囚は礼儀正しい好青年だった。早川紀代秀死刑囚も「宗教好きのただのおじさん」。そうした元幹部らが再び、拘置所内で孤独を強いられている。せめて拘置所の単独室内で花を栽培させるなど、現実感覚と命の大切さを実感させてほしい。

 元幹部を死刑にすることで喜ぶのは、麻原だけだ。麻原は弟子を含めた他人と社会を破壊したかったのだから。麻原を除く12人の死刑を執行しないよう訴え、信者をゼロにするための活動を続ける。それこそが「信者を含めた弱者の救済」に奔走した坂本弁護士への供養になると考えている。【聞き手・伊藤一郎】=つづく
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 ■人物略歴 ◇たきもと・たろう
 94年5月、オウム真理教に絡む民事訴訟に出廷するため甲府市の甲府地裁に出向いた際、駐車場に止めていた車にサリンをまかれ中毒症状を起こした。95年6月に脱会信者の立ち直りを目的とした「カナリヤの会」を結成。現在も支援活動を続ける。毎年9月、坂本弁護士一家の遺体が発見された現場で供養を続け、命日の11月には鎌倉の墓に参る。日本脱カルト協会(JSCPR)理事。弁護士。54歳。
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