2011/4/25

秩父鉄道を撮りに行く  その他

 とある冬の日、息子と2人で秩父鉄道を撮りに行った。上長瀞駅から少し離れた親鼻橋のたもとの有名撮影地だ。長瀞ライン下りの乗船場所もある川原で、夏場は水遊び場としても人気がある。
 ここはSLパレオエクスプレスが走る日は撮影鉄であふれかえるが、運行が終了した冬場に撮影に来る物好きはそう居ない。

 急行秩父の3両編成が通る。4両編成のパレオも十分収まる長さがある鉄橋だ。
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 秩父鉄道にはセメント貨物列車もある。貨物用の機関車の単機回送に出くわした。息子と二人で三脚を立てていたが、僕ら以外の撮影者はまったく来なかった。
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 ここはボートでの川下りの発着場所にもなっている。ボートやカヌーを積んだ車がやってきて、川下りを楽しんでいた。でかいカヌーをそのまま積んでいたり、組み立て式の船体を下ろして川原で組み立てたりと、見ていて大変面白い。
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 こんな光景もあった。これで鉄橋に列車が居たら尚面白いのだが、そう都合よくは行かないのだ。
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タグ: 秩父鉄道

2011/4/21

冬の田切大掃除の旅11  飯田線の旅

 中天から先は飯田線の白眉、秘境駅のオンパレードだ。最近の秘境駅ブームですっかり有名になった駅前にほとんど何も無い駅に、年齢性別に関係なく、結構多くの観光客の乗降があるのに驚く。僕らはもう降りている時間が無い。
 そうこうする内、陽も西に傾き豊川に着く。言わずと知れた日本三大稲荷のひとつ豊川稲荷の玄関口だ。松の内は明けているとは言え、多くの参拝客で賑わっている。

 駅改札を出てすぐに、いなり寿司ののぼりがあった。さすがに豊川名物だ。 
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 駅前ロータリーにある狐のオブジェ。狐はお稲荷さんのお使いだ。これはデフォルメや擬人化の無いリアルな狐が踊っている像だ。駅舎は建て替わったが、この像は昔のままだ。写真左下の看板は、最近売り出し中の萌えキャラ「狐娘ちゃん」だ。これで「ここ」と読むらしい。
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 歩いて10分弱、豊川稲荷の門前に到着。ご覧のとおりまだ正月飾りのまま。
境内には多くの出店が出ている。
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 本殿の前は満員の渋滞状態。なかなか参拝できない。思いのほか列が長く、電車の時間が気になる。商売の神様にこれだけ人が集まっているのは、やはり不景気な証拠なのだろうか?
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 駅に戻る。どうにかこの先の乗り継ぎに支障が無い時間に戻れた。
そう、「迎春」の頃だったのだ。
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 この後、豊橋から東海道本線に乗り継ぎ、途中で局長を降ろし、静岡からは特急用373系利用の普通列車東京行きに乗って家路に着いた。青春18切符を最大限に使った帰り道だった。
 これで、冬の大掃除旅シリーズは終わりです。
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タグ: 豊川稲荷

2011/4/20

冬の田切大掃除の旅10    飯田線の旅

 冬の掃除が終わり、田切駅を後にする。今回は南回りで豊橋まで出て、東海道線で東京に帰る遠回り経路だ。途中飯田駅での乗り継ぎ時間を利用した昼食タイムと、豊橋目前の豊川で下車しての豊川稲荷詣での他に、下車観光できない。遠い上に列車本数が少ないからだ。

 これは七久保駅のホームかな?長野塗色の列車の入っているのは2番線で、左隣の空きホームは3番線。かつてのガソリン輸送貨物列車の待避線だ。局長によれば七久保が舞台になったアニメがあって、流行らないでこけたとの事だが・・・。
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 下平駅ホーム脇の廃屋民家。車窓から流し撮りだ。少し影だが1階部分ドアの左横の窓らしき物、どう見ても駅の券売窓口の様な形状を呈している。これもこの誰も住んでいないような状態で10年以上建ちっぱなしだ。何らかの保存の意志が働いているのだろうか?
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 さて、飯田駅に着いた。乗り継ぎの時間を利用して昼食にする。駅は相変わらず綺麗だし、駅前の整備も進んでいるが、駅蕎麦屋も無くなり衰退が進んでいる。駅前交差点をわたった先のおみやげ物屋に入り、信州土産を物色する。ここでは馴染みの和菓子屋「赤門や」さんのお菓子も扱っているので重宝する。赤門やさんは、前は駅前通を少し下ったところにあったのだが、今は鼎駅から少し離れた丘の上に移転している。
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 土産物屋の並びの中華料理屋に入って昼ごはんだ。この店は何でも良く知っているみやした君の推薦だ。食事の内容は日を間違えて前に詳しく紹介してしまったので省略!写真のみ掲載しよう。この写真に写っている他に大きな鳥の唐揚げが3個ついてました。
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 食事が終わってまた車窓の人となる。これからは豊川まで乗りっぱなしだ。途中、中部天竜で少し停車。ホームから見た駅舎にはかつての観光客歓迎のゲートも無くなっていた。当然観光客の姿は無い。
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 旅もいよいよ終盤ですね。
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2011/4/18

冬の田切大掃除の旅09  飯田線の旅

 さて、いよいよ今回の旅の大目的である田切駅の掃除なのだ。
冬の掃除は雪に見舞われることが多い。というのも田切の位置関係が諏訪湖よりだいぶ南で長野の中〜南部地域だが、標高が高いので思いのほか寒いのだった。でも今回は雪も無く、普通に掃除が出来る。ただ、水を使うとすぐに凍り付いてしまうので、壁は乾拭き、床は掃くだけだ。

 準備中の局長とみやした君。待合の壁が蹴っ飛ばされて側面も前面もべこべこ凹んでいるのが分かる。落書きなどがなくなったものの、一部不心得な者はいるのだ。
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 ホームの掃き掃除始め。視覚障害者向けのいぼいぼブロックが痛んで、一部ボロボロだ。目地のコンクリートも崩れている箇所がある。こういった土木工事は光画部ではなく、土木研究会の領域だ。
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 階段は亀さんと副部長息子が担当。積もった土を丁寧に掃いて綺麗にする。僕はというと待合内の床掃除に専念していたのだ。
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 掃除の間にも、何本か列車が来る。田切駅の普通の利用客も来る。吹きっさらしのホームで入線する119系を待つ。
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 その昔は、掃除の間に田切を通過する快速みすずや、駅の時刻表に載ってない貨物列車、それに霜取りの列車などが何本も通過した。その度に掃除をしている僕たちのために徐行してホームを通過してくれたりしたものだったが、比較的沿線人口の多い飯田線北部でも列車本数は激減してしまった。
 最後にホーム付近や待合下のごみを拾って掃除は終わりだ。
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2011/4/17

冬の田切大掃除の旅08  飯田線の旅

 東北の大震災から1ヶ月以上が経ち、当初停電や物資不足で乱れた東京圏の生活もほぼ震災前に戻った。被災地の復興や原子力発電所の復旧(または廃止)にはまだ時間がかかるだろうが、よほど事態の急変が無い限り、勤務も生活も現状維持になり、僕のブログも再開します。

 今回の旅行での宿泊地は、いつもの伊那市駅近傍ではなく、田切により近い駒ヶ根だ。たまには目先を変えようという思惑もあるが、田切に近く移動時間が短い分、朝の時間に余裕が出来るメリットがある。

 駒ヶ根といえば名物は「ソースカツ丼!」という訳で、ホテルにチェックインしたあと、夕食をとりに町に出る。陽が落ちた後の駒ヶ根はシャッターばかりが目立つ駅前通で、かつての記憶のある駒ヶ根よりさらに暗く寂しくなっているように感じた。飲み屋を探してしばし町をうろついたが、結局駅前にある食堂「水車」に腰を据える。ここはいつも食事を取る場所だ。ソースカツ丼と馬刺し等々、現地の名物とビールで駒ヶ根の夜の宴とする。例によって飲み食いするのに専念した為写真が無い。

 翌朝、ホテルの朝食のパンやゆで卵にコーヒー優雅に堪能してチェックアウトし、駅に向かう。こうしてゆっくり過ごせるのも伊那市に比べ田切駅に近いせいだ。
 朝の田切は冷たくすがすがしい空気の中にあった。まだ陽が昇りきっていなく、雲と光の加減が美しかった。 
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 ホーム待合横の電柱を見上げる。時限式かセンサー式か知らぬが、まだ照明灯が点いている。
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 飯田方面からの列車が、田切駅を出て旧田切のホーム跡に差し掛かる。車両正面のライトが赤く点灯しているので後方と分かる。北部でもこの313系を見ることが多くなった。
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 旧田切駅脇の踏み切りで通過する119系を撮る。きついカーブで車体が大きく傾いている。
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 ホームの上から下の駐車場を見ると、駅舎の影が落ちていた。こうして下を見渡せるのは冬のみだ。写真を撮っている僕の影も映りこんでいる。
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 今度は逆に駐車場からホームを見上げる。立っているのはみやした君だろうか。
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 こうして掃除を始める前、駅の周辺を散策しひとしきり写真を撮った。さて、冬の大掃除を始めよう。
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タグ: 田切駅



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