2009/7/30

土日切符みちのく旅行2  その他

 新幹線での話を追加。局長達は東京から乗車だったので、すでに朝食を済ませていたのだ。副部長&息子は大宮駅構内の売店で駅弁を買って乗車した。副部長息子が選んだ「ポケモン弁当」で1,000円。う〜ん、どうかなこれ?子供の好きなチキンライスと、唐揚げ、ポテトサラダにコーン、丸いのはアメリカンドックのようなものだが中身はチーズだった、それにデザートのゼリー。この内容で1,000円・・多分コンビニの弁当売り場にあったら、選ばないだろうなぁ。実は弁当の箱がポケモン柄の巾着袋に入っていた。弁当箱の下に写り込んでいるのがそれだ。子供はポケモンにつられてこれを買う。弁当本体とキャラクターの版権料と巾着代の比率はどんなだろう??
クリックすると元のサイズで表示します

 新潟駅では、SLばんえつ物語号が入線していた。今年は10周年という節目の年のようで、宣伝にも金をかけている。
クリックすると元のサイズで表示します

 SLはさすがに人気で、先頭で機関車を撮影している人が多かった。乗車客も出発までの時間に記念撮影に精を出していた。だが、出発時間になると乗り遅れないようにホームから人が消える。いよいよ出発という状況で、煙突からは激しく煙が上がり、石炭の焼けるにおいがホームに漂っている。
 こいつには明日乗る計画だ。だから今日はそれ程に撮影に拘らない。
クリックすると元のサイズで表示します

 乗車予定の快速列車「きらきらうえつ」入線までは少し間がある。そこでホーム上の駅そば屋を覗く。駅そばは罠である。あの汁の匂いが漂うとさほどお腹が空いていなくても、ふらふらと引き寄せられてしまうのだった。店の名は「新潟庵」食事時間ではないので客もなく暇そうだ。
クリックすると元のサイズで表示します

 副部長セレクトの「冷やし山菜そば」370円。新潟は米所だから、有名なそばは無いように思うが、結構おいしかったです。僕が食べていると、やはり汁の匂いに引きつけられたみやした君がやってきて、同じ「冷やし山菜そば」を注文した。
クリックすると元のサイズで表示します

 「きらきらうえつ」の看板。全席指定の快速列車だが、車両のグレードは大変高く特急並みだ。これで新潟から酒田まで向かう。
クリックすると元のサイズで表示します
0

2009/7/29

土日切符みちのく旅行1  その他

 7月25〜26の土日に、JR東日本の企画切符である「土日切符」で旅行に出た。
土日切符はJR東日本の営業エリアの内、関東から南東北にかけて広範囲が乗り降り自由になるフリー切符で、新幹線にも特急にも乗れる。しかも指定席券も4枚までなら切符の料金だけで調達できる優れものだ。大人料金は18,000円だが、新幹線で仙台あたりを往復するだけでも元が取れる。しかも小学生の副部長息子は、たったの3,000円である。梅雨が明けたとはいえ、天気予報では雨&曇り。先行きに不安はあるが旅の始まりである。
 新シリーズ開始にあたり、部長の有り難い言葉を・・・
「東北旅行じゃ〜っ!」
クリックすると元のサイズで表示します

 旅の始め、東京から上越新幹線で新潟を目指す。みやした君&局長の2人は東京駅から乗り、副部長&息子&部長は、最初の停車駅「大宮」で合流する。乗るのは200系新幹線とき305号。そのすぐ前に同じく新潟行きのmaxが走っているので、「各停で時間の掛かる旧型に乗る人は多くは無かろう」と思っていたが、大宮駅のホームには長蛇の列が出来ていた。各停にもそれなりのニーズがあるのだろう。しかし休日の朝7時台にこの混雑は少し驚いた。
 これは新潟駅に着いた200系。初代新幹線0系亡き後、この新幹線らしいスタイルは貴重だ。団子鼻を低い位置から広角で撮るとこんな感じになる。今回の旅には、古いニコンのデジカ「メクールピクス5000」に専用のワイドコンバージョンレンズを装着して携行した。専用のワイコンの威力で35ミリカメラに換算して19ミリ!の超広角だ。ここまで広角だと、ほとんど魚眼レンズ寸前だ。
クリックすると元のサイズで表示します

 隣のホームに停車していた、2階建て新幹線xam。背が高く断面が四角い巨大な車体だ。200系に比べて、鼻面が長〜い。E5系のデビューでこの2階建ては廃止されるとか言う話だが?
クリックすると元のサイズで表示します

 真横から見ても、こんなに長い。
クリックすると元のサイズで表示します

 さて、新潟に着いた。ここから羽越本線に入り、観光用の快速列車「きらきらうえつ」に乗るのが、この旅最初の目的だ。
0

2009/7/28

GWの旅23  飯田線の旅

 GWの旅シリーズ最終回!
伊那福岡駅を出て、小町屋駅に向かった。ここは狭い片面ホームが印象的な駅だった・・・が、駅舎もホームも建て替えられている。そう言えば、ホームの反対側の空き地に駐車場を整備していたのは見ていたが、それが駅そのものの大改築だったとは思いもよらなかった。と言うのも、駅舎の立て替えではなく、ホームの左右移転も行われたのだ。つまり、かつて辰野に向かって線路左にあった狭いホームを、反対の右側に移転してそこに新たに駅舎を建てたのだった。
 これが新しい駅、例によってコンクリート製で、ホームが高いので扇形の階段が付けられている。階段の左方向に緩いスロープが続いているが、これが車いす用の坂で、見事にバリアフリーだ。この作り、伊那本郷によく似ている。駅前広場も十分に広く、送迎用の車が停まるスペースも確保されている。
クリックすると元のサイズで表示します

 前は線路のあっち側に、幅のせま〜いホームがあったのだが、何もなかったかのように整地されている。道がその分広くなっているように見える。
クリックすると元のサイズで表示します

 そしてこれが新しいホーム。十分な広さが確保されている。実は駅舎と呼べるような建屋はなく、広い屋根に待合い用のベンチスペースが取り付けられているのだ。
クリックすると元のサイズで表示します

 この駅は近くの高校があり、通学時には多量の学生があふれて危険だったのだ。今回の大改修は、主にその点の改善に主眼があるようだ。ホームや屋根が前より格段に広くなっている。学生さんが降りるとこんな感じで混雑する。
 この改修に伴い、昔のホーム側の少し離れた場所にあったトタン張りの便所が解体され、駅前広場に新たに大きな便所が新築された。この点も大変評価できる。
クリックすると元のサイズで表示します

 さて、これでGWの旅で紹介する事も終わりだ。この後、時間切れで帰路についた。
さてさて、7月25日〜26日の週末に、土日切符で東北旅行に行ってきた。いつもの副部長親子+みやした君の3人に加え、今回は局長も加わり4人旅である。同行した局長がすでにブログで書き始めているが、次回からこちらも新シリーズ「土日切符みちのく紀行」がスタートします。↓こんなのに乗りました。お楽しみに!
クリックすると元のサイズで表示します
0

2009/7/23

GWの旅22  飯田線の旅

 田切でひとしきり遊んだら、名残惜しいが出発する。駅を出て少し進むと列車撮影の飯田線内最大名所だった田切のΩカーブだ。かつてはここで列車を撮るために三脚が林立していたが、今では撮影している人を見ることもはとんど無い。Ωカーブのすぐ横、中田切川に架かる道路橋から、これまた中田切川に掛かる中田切川橋梁を通過する119系を撮影。ここもまた撮影名所で、背景に中央アルプスが写り込む。
クリックすると元のサイズで表示します

 伊那福岡駅に着いた。ここも前は古い木造の平屋駅舎だったが、見ての通りコンクリート製のモダンなデザインの駅舎に建て変わった。正面のファサードがカーブを描くデザインだ。
クリックすると元のサイズで表示します

 駅に入ってホーム側から見るとこんな感じ。無人駅だから券売用のスペースなど無く、待合いを兼ねたオープンスペースがある。しかしここまで明け透けだと、冬は寒かろう。
クリックすると元のサイズで表示します

 豊橋方面行きの2番線ホーム上にある待合室。これは前からある木造がまだ生き残っている。細長いけど完全に密閉できるのがいい。だいぶ前にここで駅寝している人を見かけたことがある。
クリックすると元のサイズで表示します

 1番線ホームに入線してくる313系列車。列車の前方に、右奥に分かれる分岐線が写っている。これはかつての貨物線。写真中央右に写っている円筒形の建物に続いている。確かコンクリート工場だったと記憶している。貨物扱いがあった頃は、ここにセメント貨車が入っていたのだ。
クリックすると元のサイズで表示します

 ホームで乗車待ちする学生さん。地方ローカル線の最大の顧客はこういった学生さん達だ。そろそろ長かった旅も終わりに近づいている。
クリックすると元のサイズで表示します
0

2009/7/22

GWの旅21  飯田線の旅

 伊那本郷の後は、なんと言っても田切だ。しかし、田切も昔に比べるとだいぶ寂しくなった。ダイヤの悪化(JRの人には悪いが・・)や貨物の全廃、小松屋や下村酒店の閉店等々、マイナス要素が多かった。それでも、僕らは田切に寄らずにはいられないのだった。
 さて、田切駅下駐車場に車を留め、ホームに上がる。築堤上のホームは眺めがよい。待合いに一歩はいると!壁に焼けこげた跡がある。これは階段側の壁で、ここには有線電話(町内専用の電話)が有ったはずだ。どうやらそれが燃やされたらしい。
クリックすると元のサイズで表示します

 こちらは反対側の角。ここには何もなかったから、張り紙でも燃やしたのだろうか?
待合いは窓のアクリルを除けば一応不燃材なので、これ以上火が大きくなりにくいだろうが、それにしたって放火である。かつての木造壁面だったら丸ごと燃えていただろう。落書きとは別次元の問題である。
クリックすると元のサイズで表示します

 気を取り直して、旧田切駅の跡地。現在の駅から伊那市方向に見える踏切の所である。旧田切駅はここにあった。現在はホームの跡もほぼ崩れてしまい、それと知らなければ駅があったとは思えない。木造の駅舎があった跡にある記念碑。初めて明かすが小松屋のおじさんはこれが嫌いだった。碑石の上で部長がたたずむ。
クリックすると元のサイズで表示します

 碑の礎石の裏手。これを見てなんだか分かる人はなかなか田舎人である。
乾いた砂地にすり鉢状の穴。これこそ「蟻地獄の巣」である。しかも乾いた場所にびっしりと巣がある。これはつまり蟻地獄にとって大変条件の良い場所なのだろう。つまり「蟻地獄天国」だ。逆に蟻にとっては、それは恐ろしい事だろう
クリックすると元のサイズで表示します

 最後に、田切旧駅の急カーブを通過する普通列車。ここにホームがあった。この車両は313系だったろうか?飯田線北部でもよく見るようになった。その内、お馴染みの119系に替わってこれが当たり前になるのだろう。
クリックすると元のサイズで表示します
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ