2008/8/31

奥多摩に行った  その他

 青春18切符の消化で都近郊に遊びに行った。当初吾妻線に行くつもりだったが、前夜の大雨で運休中・・。そりゃあ山の中だからなぁ。
 そこで予定を変更して奥多摩に行った。
かつてはセメント運搬の貨物で賑わった路線だが、貨物が廃止されて以来、観光主力のローカル線色が強くなった。

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 終点の奥多摩駅。木造の凝った意匠を持つ古い駅舎で、観光窓口としての雰囲気がある。2階は駅そば屋と写真ギャラリーになっていて、1階待合いの奥の狭い階段で上がることが出来る。

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 青梅〜奥多摩間を往復運転している普通運転の列車。別段快速でも指定席制の観光列車でもない。車両片側の見晴らしの良い方がボックスシートに改装されている。それは奥多摩方面に向かって進行方向左側で、谷間の右側を走る路線なので、川側になる左が常に景色がよいのだ。

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 ヘッドマークも付いている。その名の通り四季になぞらえて4両編成の車両のそれぞれが、春・夏・秋・冬にカラーリングされている。

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 車内のシート配列はこんな感じ。しかし、先頭の車両だけは左側がボックスシートではなく窓側に向いたロングシート仕様だ。元々シートがあった場所を長テーブル化して
その内側にボックスシートが固定してある。弁当や飲み物を並べるには大変都合がよいが、席がテーブルの幅の分だけ窓と離れるので眺めは余り良くない。
 青梅〜奥多摩の区間運転だから、乗車時間は長くはない。これが拝島か立川から運行すれば乗車時間も長くていいんだがなぁ。

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 奥多摩駅前の商店の軒先にあった看板。
いや〜古いですね〜。なんて言ってもサクラカラーだからねぇ。若い人には何処の会社だか分からないかも知れない。
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2008/8/27

目立たないはずなのに?  その他

 昨日・今日と、2日間続けて車を転がして、事もあろうに秋葉原に行って来た。あの通り魔事件があった交差点の近くに用事があったのだ。仕事で行ったので、わが社特有のあまり目立たない(はずの)深緑に黄土色を少し混ぜたような地味〜な色の四駆車を運転して行った。服装の方もあまり目立たない(はずの)緑と茶色と黒が、まだらに混じり合った柄である。こいつらは草原とか森林とかでは極端に目立たない・・んだけど・・・秋葉原ではもの凄〜く目立っていた???なんでやねん。

 平日だったが、まだ学校は夏休みな為か、若い男性が朝から大量に闊歩していた。午後には歩道の角角に、黒や紺やピンクのメイドが立っていた。(コスプレって規制されてるんじゃなかったっけ??)よくよく考えてみると、秋葉原以外の場所で若い娘がメイドの格好で歩道に立ってたら、もの凄く違和感あるんだろうなぁ。不思議な街ですね秋葉原は。
 一度ゆっくり見学に行きたいと思いました。>案内よろしく宇宙局長
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2008/8/26

小和田の終わり・・  飯田線の旅

 小和田駅がだいぶ荒廃しているとの情報が入ってきてますが、今日の新聞に小和田の記事が出ていましたので、紹介します。

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 朝日新聞8月26日(火曜日)朝刊24面(生活面)
「わが家のミカタ・夏スペシャル」の記事から

(大見出し)終わりゆく二人の里
(中見出し)車近づけず、対岸からワイヤで生活物資運ぶ「超限界集落」
(小見出し)ウチの最寄りは「秘境駅」

 それは平成の秘境か、21世紀の隠れ里か。川と深い山に阻まれ、車で行くのはムリ。交通手段は、日に数本の電車だけ。生活物資は、対岸からワイヤでつり下げ、ゆらゆら届く−−−。そんな山奥に1件だけ残る家が、浜松市天竜区水窪町にあるんです。 夏スペシャル第2弾は、これが秘境で過ごすラストサマーになるかも知れない、80代の夫婦のお話です。
 あなたは覚えているだろうか。天竜川沿いに走るJR飯田線の小和田(こわだ)駅を。それは、1993(平成5)年の皇太子(殿下・・皇族の敬称を略すのは不敬)ご成婚ブーム。新幹線の豊橋駅から、普通電車で2時間半。前後をトンネルに挟まれたこの無人駅に、観光客がどっと押し寄せたのだ。理由は言うまでもありますまい。単に「小和田(おわだ)さん」と字が同じなだけ。
 でも、切符は17万枚以上売れ、記念の臨時列車は超満員。公募したカップルの駅前(正確には駅の下)結婚式まで開かれた。
 この小和田駅の周辺に唯一暮らす家族が、宮下茂正さん(81)と妻の繁江さん(82)だ。駅前結婚式では地元を代表して臨時駅長にも任命された。
「あの時はすごかった。ホームには人がいっぱいでね」
 でもそれは、ここが限界を超えた限界集落であることを、一時忘れさせてくれたお祭り騒ぎ。世間は熱しやすく、冷めやすい。
 今や駅前は草ぼうぼう。近くには、30年ほど前まで店や製茶工場だった廃屋が朽ちる時を待つ。だから、2人のために、駅はあるの。病院通いに買い物に、2駅先の街へ出る手段は、1日8本の電車だけ。腕時計を欠かさず、斜面に立つ(建つが正しくはないか?)自宅から細い道を15分歩いて駅へ出る。元々は天竜川上流の長野県側にすんでいた。だが、佐久間ダムの建設で水没が決まり、55(昭和30)年に家をここに移築した。当時は60世帯以上ある集落だった。茂正さんは、山でスギやヒノキを伐採。何隻ものイカダにして下流に届けた。住宅の大量建設で、林業は大忙し。下流から飯田線で戻ってきては、すぐまた山へ入った。だが当時、茂正さんが植えた木は切らずじまい。外材の輸入増などで林業は衰退。70年には22世帯に。若者は仕事を求めて街へ出ていき、続いて年老いた親たちも子供の元へ。一時は茂正さんの母、姉、弟と8人で暮らした宮下さんも、子ども3人は東京や浜松の街へ。
「でもね」と繁江さん。
「私はこの静かな山ん中がホッとする。不便なんて思ったことはないね」
ケータイは圏外。ネットは何だか、よーわからん。新聞は電車で来る郵便屋さんが家へ届けてくれるし、テレビも衛星放送で映る。炊事洗濯、畑仕事に風呂の薪割りと何でも自分でやるから毎日充実、住めば都。プロパンガスのボンベや米など重い物は、飯田線の貨車で運ばれてきた。ところが無情にも貨車は廃止に。これで危険物のガスは運べなくなったとか。仕方がないので、茂正さんは92年に天竜川(幅約90メートル)の対岸へワイヤを張った。「木を運ぶのに、昔はよく張ったもんです」月一度、雑貨屋に電話で頼むと、対岸で品物をワイヤのカゴに乗せてくれる。それが今の生活の命綱。だけど、ワイヤの足場は風雨で痛んでギシギシ、ミシミシ。川辺に置いた自家用の小舟も壊れたままだ。しかも今年、茂正さんは軽い脳梗塞を患った。ここで暮らすのはもう難しい。
 でも、心残りはなのは、今も時たま訪ねてくる観光客を迎えられなくなること。
「出会って話をするの、楽しいんだけどねえ」
その時、カタカタと山々にこだまする音が。おわっ。帰りの電車が行ってしまった。次は何と2時間後。すみませんもうちょっとお話、聞かせてもらっていいですか。

(欄外のコラム)自宅は、昭和初期に旅館だった茂正さんの実家をダム水没前に解体、ここに運んで建てたもの。
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 黄色文字の部分は僕の加えた注釈。
小和田駅廃駅の噂が現実味を帯びてきた昨今、唯一の利用者である宮下さんが住まなくなったら・・・廃止されちゃうでしょうねぇ。この夏が見納めか?次の春のダイヤ改正で無くなったりして。
 今回の田切駅大掃除の旅では、久しぶりに小和田に降りる予定ですが、滞在時間を短く設定した。何しろ、うまく行程を組まないと2時間半〜3時間置いてけぼりになってしまう。でも、見納めになるならそれでも良いかな。
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2008/8/23

旅のプラン9  飯田線の旅

 帰りのマスタープランがほぼ決まった。 
田切を10:39に出て、そのまま岡谷まで抜けてしまう。前夜宿泊の伊那市から北部は只乗車して通り抜けるだけになってしまうが、このダイヤ状況では仕方がない。
岡谷で乗り換え、本来なら温泉地の上諏訪まで行きたいところだが、特急あずさに乗れない青春18切符では、それもまたままならない。JRは普通列車の利用者にとことん冷たい会社だ。仕方なく岡谷で足止め。その代わり時間は充分稼げる。そこで昼食と掃除の疲れをいやすため温泉に入ろう!と言うわけだ。
 諏訪ほどではないが、一応温泉地であるから、駅近傍にも何軒か風呂に入れる施設がある。そこで温泉に入って汗を流そうと思う。
 昼食は何が良いだろう?と思って調べると、岡谷の名物は「うなぎ」なのだそうだ。これも最近になって売り出し始めた「名物」で少々気にくわないが、まあ文句は言うまい。旅行中はなるべく現地に資金投下して、微々たる物でも観光振興に寄与するのが僕の主義だ。

 岡谷も、地方の小都市の例に漏れず衰退が進んでいる。訪れる度に駅や周辺の店が閉まって、シャッターだけが目立つようになった。今回は少し時間をとったので岡谷駅の周辺をじっくり見てみようと思う。

 昼食が済んだら、普通電車で小淵沢に向かう。小淵沢は高原列車の小海線が分岐する駅だ。ここで、東京まで直通の臨時快速「ビューやまなし」に乗って帰るのだ。
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2008/8/19

旅のプラン8  飯田線の旅

 飯田線はこの先どうなるんだろう?と最近のダイヤを見るたびに思う。確実に衰退の方向に進んでいるのは間違ない。

 田切からの帰りの経路だが、定番の北に抜けて中央本線で東京に帰るルートを選ぶ。
そう言えば中央本線も普通電車のダイヤはまばらで、大変使い勝手が悪い。こちらは特急あずさが頻繁に走っているが、青春18切符では乗れないし、ましてや区間利用の地元客だって乗れない。JRは「地元の足の確保」を何だと思っているのだろう。

 どうも怒りばかりが先行するが、それもそのはず。掃除後中央線に向かってに田切を発つ列車は事実上10:39発の1本しかない。

  (列車番号) 237M 1427M
  田 切 発 10:39  12:32

  駒ヶ根 着 10:50  12:42
  駒ヶ根 発 10:52  12:43

  伊那市 着 11:11  13:03
  伊那市 発 11:12  13:04

  辰 野 着 11:43  13:39
  辰 野 発 11:45  13:43

  岡 谷 着 11:56  13:54

 上記の通り237Mで出発し、何処かで1回だけ下車し、次便の1427Mに乗り継ぐ。
下車して昼食となるが、駒ヶ根なら少し早めの昼食になり、名物のソースカツ丼になる。伊那市ならちょうど昼時だ。名物はロー麺。しかし前夜は伊那市泊だから新鮮みがない。辰野のホタル丼はまだ食べたことがないので興味がある。当日の天候にもよるけど、選択肢がこれだけだ!しかも岡谷でも1時間弱乗り換えの時間が空く。
さてどうしよう。
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