2006/3/31

カメラの話7  飯田線の旅

 いよいよデジタル一眼レフを購入する決意を固めたのだった。
この時、キャノンからEOS KissNが出たばかりで、爆発的に売れていたのだが・・・どうもこいつは気に入らないのだった。だって不必要に小さくてグリップに小指が掛からない。しかも普通に握ってもレンズに指が当たってしまう。僕は別段手がでかいわけではない。つまり平均的な成人男性の手には小さいのだ。これはターゲットが女性客だから仕方ない部分ではある。さらに本体はエンプラ製で軽くて色も安っぽい。手で使う道具はデザインが気に入ることも重要な要素だと常々感じているのだが、その点これは見事に落第だ。同時期に上位機種にEOS D20が出ていたがこちらは高すぎて予算内におさまらない。で、デザイン的に一番気に入ったのがオリンパスのE-300なのだった。大きさも十分で重量感というか重量もしっかりあり、何よりデザインが好みにあった。しかも意外と不人気なのか、価格が他社の同ランクの物よりかなり安い!いいぞこれは!!

 さて、明日より春の飯田線の旅に出かけるのだ。関東では桜はこの週末が盛りのようだ。飯田線はどうだろうか?実に楽しみなのだ。
 明日はお休みです。
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2006/3/30

カメラの話6  飯田線の旅

 キャノンのG−2を買ってすぐ、ものの3ヶ月ほどで後継機のG−3が出た。これはちょっと悔しかった。と言うのも、機能的にはそれ程大差ないが、デザインがよりカメラらしく僕好みになったからだ。でもその程度のことで買い換えるほど裕福ではないので、デザインに我慢しつつ機能的には満足しつつ使っている。G−2は液晶が可動式で高い位置や低い位置でも画面を確認しながら撮影が出来る。これは実に便利な機能だ。
 さすがに現行機種に比べると動作は遅いが、それでも我慢できる範囲だ。普通に風景などを撮影するには、これでもう十分な機能と画質だった。が、やはり使ううちに不満が出てくる。運動会で走り回る子供を撮ろうと思ったら、液晶ファインダで追い切れないのだ。液晶の宿命か、追随が僅かに遅れるし、シャッターが切れた途端にメモリへの書き込み動作が終わるまで液晶が動作しなくなってしまう。そうなると走っている子供を液晶で追いかけるのは不可能だ。では、光学ファインダを使ったら良いではないかと言われそうだが、それもまた駄目なのだ。光学の倍率が低いので純正の×2テレコンをレンズの前面に付けるのだが、そうなるとファインダの像と実際のレンズの像に大変な違いが出る。当然ファインダでは撮れる画像を正しくとらえることが出来ない。
 こうなるとまた新しいカメラが必要になる。コンパクト機にこれ以上のカメラ的な部分・・つまり画素数がどうのこうのではなく、撮影に関するシャッターやファインダや絞りなどの機械的な機能・・の完成度は望むべきもない。かくなる上はデジタル一眼レフカメラしかないのだった。
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2006/3/29

カメラの話5  飯田線の旅

 デジカメになって、写真の画質というか見た目がだいぶ変わった様に感じる。特にコンパクトデジカメは、画面全体にわたってピントが合う。ピントが合うと聞くと良いことのような気がするが、実は、ポートレートなどでは被写体以外の背景にもピントが合うと、画面全体がうるさくてよろしくない。また、物体の輪郭線が過剰に強調されてしまう。これも映像信号のデジタル処理の過程でそうなってしまうようで仕方ないのだが、やはり不自然な印象が強い。

 さて、現在もキャノンのG−2は愛用しているが、それ以外にほんの少し使って手放した機種も多々ある。オリンパスのC-2020、C-2040、ニコンのクールピクス900、910、だ。前者のオリンパスは記録メディアが「スマートメディア」で、これのトラブルに見舞われて手放した。もしこれらのメディアがコンパクトフラッシュ等の他の物だったらトラブルもなく今でも愛用していただろう。スマートメディアは、書き込みミスを起こしやすく、また、フォーマットに失敗すると使えなくなると言う致命的な欠陥があった。最近はスマートメディア自体が生産中止になっている。オリンパスはカメラ用の記録メディアをXDメモリに代えてしまった。ニコンはどちらも100万画素機だった。日付などのデータ保持用電源が、内蔵の充電池で交換が出来なかった。充電池が消耗してしまうと、撮影用の電池が切れるたびにデータがとんでしまい、いちいち日付・時間から設定し直さなければならなかった。これが大変面倒くさく、しまいには頭にきて手放した。画質的には100万画素機といえども解像度が高く、さすがにカメラメーカー製だと感心させられた。
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2006/3/28

カメラの話4  飯田線の旅

 デジカメが流行ってから、写真撮影スタイルが変わった。以前は撮影画面を見るのにファインダーをのぞかなくてはならなかったので、カメラは顔のすぐ前に構えた。カメラもそれなりに重量があったので、脇を締めて両手でしっかりホールドした。ところがデジカメには液晶画面が付いているので、少し離れていても撮影画面を確認することが出来る。そこで、主流になったのは肘を伸ばしてカメラを体から離して構えるスタイルだ。
 この液晶画面は、撮影するときにも見るが、撮影後に撮った画像を確認するのにも便利だ。確認して気に入らない場合は再度撮影したり、削除したり出来る。自ずとカメラの使い方も変わってきたように思う。フィルムのカメラは撮影できる枚数が少なかったし、撮った画像をその場で確認できなかったし、現像代(焼き付け代)がけっこう掛かった。だから写真を撮るにはそれなりの覚悟と躊躇があって、熟練が必要だった。ところが撮影枚数が格段に増えて、しかも善し悪しの確認がその場ですぐに出来て、必要な物だけ必要なときにプリントできる現在では、撮影は実に気軽に、不必要なほどの枚数を撮ることが出来る。今までカメラが苦手だった女性が普通に写真を撮る姿をよく見るようになった気がする。

 カシオQV-3000は、なかなかにできの良いカメラだったので、暫く使い続けた。ただ、動作が遅いので連続して撮影が出来ないのは、最後までもどかしかった。そこでまた、別なカメラが欲しくなるのだった。
 次に買ったのはキャノンのG−2だった。当時キャノンのコンパクト機の最上級機だった。実はこれは今でも使っている。
 僕はフィルムカメラはマニュアルの時代からキヤノン製を愛用している。ここに来てやっとデジタルカメラもキヤノン製になった訳だ。
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2006/3/27

カメラの話3  飯田線の旅

 最近のデジカメは、コンパクトな普及機クラスでも、かなり動作が速くてきびきび動く。だが、初期のデジカメはつくづく人生が嫌になるほど動作が遅かった。
 まず、スイッチを入れてから撮影が可能になるまでの起動時間がもの凄く遅かった。更に撮影した後のデータの書き込みが遅かったので、連写が出来なかった。そそて、ズームもフォーカスも、そしてシャッターボタンを押してから実際に撮影されるまでのタイムラグも極めて遅かった。
 つまり撮りたい時に撮りたい瞬間の写真なんて、全く取れなかったのだ。このあたりの性能というのは、画素数で比較される「画質」とは全く別物で、「使い勝手」の善し悪しを左右する方面の性能だ。だが実際に使ってみて「いい」と感じるには、むしろこっちの方が重要なのだ。

 さて、3番目に手にしたのはカシオのQV-3000だった。こいつは330万画素、3.3メガピクセル機で、レンズはF2.0と明るい大口径のキヤノン製3倍ズームレンズを付けていた。画質的には大変満足がいく物だったが、相変わらず動作が遅いのは我慢しなければならなかった。不満な点は、ワイドコンバージョンレンズのような工学系のオプションパーツが付けられないことだった。メーカーでもその辺のユーザーの声を聞いたようで、すぐに出たマイナーチェンジ版のQV-3500ではオプションレンズを付けられるように、しっかり改良されていた。
 この時期から別の問題が表面化するようになった。画素数が多い分、データ量が飛躍的に大きくなり、容量の小さなメモリカードでは十分な枚数が撮影できなくなってきたのだ。メモリカードも今ほど安くはなかったので、これは深刻だった。
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