2006/2/11

旅の食3  飯田線の旅

 豊橋に行くとよく目につくのが、キヨスクに並んでいる短めの魚肉ソーセージの白いような奴。これが「ういろうスモール」だ。魚肉ソーセージと同じビニール詰めなので、常温でも日持ちがするし、そこそこ荒っぽく扱っても大丈夫で携行が容易、腹持ちもいいと良いことずくめで、実は飯田線の旅のお供にかなり重宝する。

 僕はそもそも「ういろう」とは、羊羹の色違いの兄弟だとばかり思っていた。しかしそれは大違いだった。羊羹の主原料は砂糖と小豆だけど、ういろうは砂糖と米か餅米の粉だ。もともと米はどちらかというと無味なので、どんな味付けにも対応する度量の広さがある。そこで、砂糖と粉の単純な白いのから、チョコレートや抹茶や、イチゴやその他諸々のフルーツと、羊羹には真似できないような色や味の物があって、けっこう楽しい。
 まあ、あの独特の、もちっとした(まあ、原料が原料だしね)粘りのある食感には、好き嫌いが分かれるところであろう。僕はけっこう好きなんだけど。

 もともと、名古屋の名物らしい。漢字で書くと「外郎」となり、これは知らないと全く読めない。どことなく知らないと読めないあたりが「心太」(ところてん、です)に近いような気がする。一般には「ういろう」と言うが、「ういろ」と1文字縮めて言うこともあるようだ。名古屋というのは実に、面白いと言っては失礼だが独自の食文化が息づいている。
 同じ愛知県の東の端の豊橋でも、その一端を手にとって味わえるという訳だ。
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2006/2/9

旅の食2  飯田線の旅

 今回の冬の旅でも食べそびれた豊川稲荷名物の「いなり寿司」
駅弁の壷屋でも「いなり寿司の弁当」といなり寿司と海苔巻きの入った「助六弁当」(これが何故「助六」なのかは知らない)を扱っているので、店が空いている時間なら買うことが出来る。しかも他の駅弁に比べるとほぼ半額だから、これもまたうれしい。
 で、豊川稲荷の門前にも、大きな看板を掲げて、いなり寿司を打っている店が多数ある。豊川稲荷に詣でると、ついつい買ってしまう。

 さて、このあたりは大井川より以西なので、食文化的には関西圏と言うことになり、このいなり寿司も、関西風だ。と言うのも、油揚げの中のすし飯に、細かく刻んだ「具」が混ぜ込んであるからだ。関東、特に東京ではご飯に具は混ぜない。
 いなり寿司自体は小降りで、成人男子なら一口サイズ、我が宇宙局長に至っては半口サイズ。神奈川の鎌倉(つーか、この言い方には多少抵抗感がある。神奈川以外に鎌倉があるかどうか知らないが、「アメリカのブッシュ大統領」なんてよく聞くが、アメリカ合衆国以外にブッシュという名の大統領が居るなら出してみろぃ!)にもいなり寿司が名物の有名店があるが、そちらは油揚げの長い方の面の大きさというか長さがある。だいたい豊川の稲荷寿司を縦に2個並べてつなげたサイズと言えば、想像できるのでは無かろうか。
 いなり寿司は、ただそれだけで食べるより、やはり駅そば屋で、そばなどと一緒に食べると、いっそう美味しいと思う。まあ、豊橋あたりでは、そばより「きし麺」の方が地方性があって、なお良いのではなかろうか。
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2006/2/8

旅の食1  飯田線の旅

 えー、浜松まで来たらもう飯田線の旅もおしまいなので、新シリーズ。
ちょうど浜松でウナギの話だったので、旅での食について。

 駅弁ってのは、ちょっと割高だなって感じだが、まあ、改札の中だし
仕方ないかって諦めと、旅先での浪費癖というか金銭感覚の軽い麻痺もあって、思わず買ってしまう物なのだ。ただでさえ高い駅弁に、ウナギであるから更に少し高い訳である。そこでそう気安く買って食べると言うことも出来ずに、むなしくショーケースを見て無念の涙をのむのだった。
 ウナギってのはちょっと変わった魚で、川のかなり上流部でも生息するくせに、産卵とふ化は海の、しかも特定の地域でしかしないのだ。友人の調理師の話では、現在世界でウナギの産卵場所として確認されているのは2カ所しかないとの事だ。故に浜名湖の名産のウナギも、浜名湖でふ化した物ではなく、稚魚を買い入れて、それを大きく育てているのだ。ウナギの人工ふ化はまだ実用化されていない。これが実用化されれば、養殖ウナギの値段もぐっと下がるだろう。そうすれば原料価格が下がるので、ウナギ弁当の値段も下がるかも知れない。
 そうなった暁には、貧乏人の僕でさえ、ごくたまに出かける電車旅の途中に寄った浜松でウナギ弁当を買って食べることが出来るようになるだろう。お願いですからウナギの人工ふ化技術を完成させて下さい。

 あ〜、蒲焼き喰いたい。

 
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2006/2/7

田切冬掃除2006-19  飯田線の旅

 いよいよ飯田線の出口(入り口でもあるのだけど)豊橋駅に着いた。
飯田線ホームから階段を上り東海道線ホームに移動した。ホームで何気なく列車を見ていると、あることに気が付く。豊橋を境に西の方、すなわち名古屋方面は車両の質の高い快速が頻繁に走っている。一部は豊橋よりもう少し東京よりの浜松迄は乗り入れているが、それより東は、普通列車の本数も少ないし、だいたい長距離を通しで走る列車がほとんど無い。これは何故かというと、豊橋以西には平行して名鉄という強力なライバルがいるせいだ。それに引き替え豊橋より東は、競合する会社がないので営業努力を怠っているのが見え見えだ。何でJRという会社は、ちゃんと営業努力しないのだろう?ライバルが居る西では出来るのだから、豊橋から東では出来ないなどとは言わせない、ただやらないだけだ。それを一般的には怠慢という。前にも言ったが「旅客サービス」を商品にする企業が、客の利用の便を図らないのは、根本的な企業倫理に問題がある。努力をして僕らの旅をより快適で楽しいものにして欲しい。

 ここから先は、細切れの乗り換えが続く、豊橋から浜松、浜松で乗り換えて次は静岡、また乗り換えで、一部の列車は東京まで行くが、多くは熱海あたりでまた乗り換えだ。便利にしたかったら、また早く行きたかったら「新幹線」に乗れ!と言わんばかりのダイヤだ。貧乏人には新幹線は乗れない!(何も声高に言うことでもないけど・・)だがその分、乗り換えの僅かな時間でホームの駅そばをすすったり出来るから、まあ、これはこれで悪い気はそれ程しない。一度浜松で降りて、夕飯の買い出しをする。浜松と言えばウナギが名物だな〜。そう言えばウナギの蒲焼きなんて最近食べてないな〜。
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2006/2/6

田切冬掃除2006-18  飯田線の旅

 これで、今回の旅の目的は全て終えたので、後はただ気楽にしていればよくなった。車窓をぼーっと眺めていると、なにか普段の生活でも心のあかみたいな物が落ちていくような気がする。
 佐久間や水窪は先般の合併で「浜松市」になっている。こんな海から遙かにない陸の山奥でも、行政区分は浜松なのだ。水窪の警察署は、廃止だか分署だかになるのだそうだ。合併して行政サービスが低下してしまうのもいかなものだろう。人事ながら同じように山を隔てて、地域的につながりの薄い合併をした富山の行く末が気になる。

 飯田線の白眉は、なんと言っても天竜峡駅以南の山間部ではないかと思う。よくぞこんなところに鉄道を敷いたもんだと感心する。それらを車窓に見ながらのんびりする内に、いつの間にか都市部に列車は入る。新城あたりまで来ると、もうほとんど都会の私鉄と言った風情だ。もうそろそろ飯田線の旅も終わりになる。
 局長が時刻表を見て、この先の計画を立てる。豊橋で上りの東海道本線へは1分の乗り継ぎだ。はっきり言ってこれは無理。到着ホームの対面にでも次の列車が待っていればともかく、飯田線のホームと東海道線のホームはえらく離れているのだ。しかも時計を見ると3分くらい定刻より遅れている。
飯田線の遅れを、本線は待ったりしない。この段階ですでに1分乗り換え全く乗り換え不可能なのが確認できるのだった。まあ、先もそうそう急がないし、その次の列車に乗り継ぐことにしよう。
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