2006/5/28

調整力の時代なのだ2  その他

 近年人間関係の問題処理が出来ない大人が増えているように思う。
仲が良いときは極めて親密なのに、ひとたび何か小さな諍いがあると、それを乗り越えて回復する努力をしない。ただ悪態をついて分かれていくだけだ。
 僕はそんなことで、友人関係や家族関係、それに職場での関係を良好に維持できるのか人事ながら心配になる。
 「嫌な奴には会わない」では、社会生活が出来ないだろうに。

 では何が必要なのかと言えば、それが「調整力」なのだ。
具体的には、
1.自分の意見を言うべき時にはっきり言う能力。
2.相手の意見を聞く能力。
3.それらの相違点・問題点を洗い出す能力。
4.相手に譲歩を要求する能力。
5.自分の妥協点を見極め、相手に譲歩する能力。
6.それらを時間的に管理する能力。
と展開できるだろうか?なにしろ論文を書いているわけではないから用語の選択や内容の吟味は不十分であるので予めお詫びしておく。

 僕の周りにも過去に何人か、調整力のない人物がいた。彼らに共通するのは、まず第1項目の「言うべきことを言うべきときに言う」能力の欠如だった。
 よく言えば大変協調性がある。それはそうだ、話し合いの席など、意見を言うべき席で何一つ反対意見(又は意見そのものを)を言わないから、会議の進行を妨害しない好人物だ。この会議という表現は、単純に「何処に遊びに行くか」「何をして遊ぶか」等という友人間でありふれた話し合いと理解して欲しい。いわゆるイエスマンというタイプだが、問題は心底賛成しているのではなく、実際には自分の反対意見をしっかり腹の底で持っていることだ。だから、その場では円満を演出しながら、不満を腹に抱えて悶々としている。その噴出先が、大概の場合「陰口」である。今ならさしずめ掲示板であろう。そう言った場所で対象人物不在を確認して悪態をつく。しかも自分は徹底した被害者を演じるから極めてたちが悪い・・と思っていた。だがそれは違った。彼らはそこまでは狡猾でも卑屈でもない。ただ自分自身を正しく分析する能力も欠如しているのだ。だからその思考回路で極めて正しく「問題は100%相手側にある」と結論を出す。

 まずこの部分をクリアできなければ、相手との交渉そのものが成立しない。それでは調整も何もあったものではない。
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