2008/3/2  18:01


鹿屋から出発して、夕方神川キャンプ場に到着。
テントを張り終え、ガソリンコンロに燃料を入れていると、道をバイクキャンパーらしきものが通った。
そうしたら、このキャンプ場に入ってきた。
白と緑のヤマハ・セローだ。
「お、来たな」
ちょっとうれしい。

彼は21歳の大学生だった。
広島から来たという。
1週間の休みの間に南方面の岬巡りをするとのことだった。

夏には北海道にも行っていたらしいので、話が弾み、22:00頃まで話した。
楽しいひと時だった。

鹿屋で購入したヘッドランプはとても良かった。
これからも重宝するだろう。

翌日、早朝に大学生は出発して行った。
自分もこの後11:00頃に出発。

目指すは桜島。


やがて青空の下に桜島が見えてきた。
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桜島ビジターセンターに着くと、山はさらにでっかく見えた。
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桜島のどこかに、埋まったままの鳥居があると聞いた事があった。
それをぜひ見たいと思っていた。
14:00にはそこに到着。
黒神の埋没鳥居として有名らしい。
原五神社という。
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このようになったのは、1914年1月12日の噴火によるものだった。
溶岩が流れ込んで埋まったという事ではないそうで、火山灰と軽石が降り積もって埋まったと言う事を知った。
そのため、掘れば鳥居は出てくるのだが、当時の村長が、記念とする為に掘るのを止めさせ、今のような姿で残ったとの事。
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2008/2/28  23:25

鹿屋基地  1996〜97原付日本一周

キャンプ場を出発して448号線をひた走る。
昭和63年まで使われていたという、宇宙観測アンテナを通過。
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1993年にも訪れた、海上自衛隊鹿屋航空基地資料館を再訪した。

鹿屋基地は旧日本海軍の航空基地だった所で、戦争末期の沖縄戦では特攻隊の基地として使われた。
ここから、発進した約3000名もの若い航空隊員が、戦闘機に重い爆弾を抱えて、アメリカ艦船に向けて突入していった。
現在は海上自衛隊が引き継いで使っている。

さて、基地資料館だが、建物の右側では青い服を着た隊員達が、リフトや足場を使って、屋外展示機であるP-2Jと新明和飛行艇の化粧直しをしていた。
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建物に入り、受付で署名を済ませ、展示室へ。
室内は撮影禁止なので、画像はない。

展示の目玉は何と言っても、錦江湾と吹上浜で引き上げられた2機の残骸を使って復元された零戦だろう。
展示物も充実している。
零戦に積まれた20mm機銃と13mm機銃は、かなり状態が良いように見える。
精密な各種航空機の模型も素晴らしい出来。
無線機は当時の箱まで付いていて、今でも使用可能なのでは?と思えるほど保存状態が良かった。

特攻展示室に入ると、3000名の特攻隊員達の遺影が壁に貼られている。
とにかく皆若い。17〜25歳位なのだ。
17歳と言ったら高校生じゃないか。

ガラスケースに隊員の遺書。
何とも胸を締め付けられる。


複雑な思いで展示室を出た。

見学は無料だが、寄付箱にお礼分の小銭を入れ外に出た。
屋外展示場には、自衛隊が使っていたヘリコプターやプロペラ機が十数機展示されている。
時計を見たら、2時間近くいたことに気付いた。
基地上空には、対潜哨戒機のP-3Cが飛んでいた。


基地を離れ、近くにアウトドア兼釣り具屋があったので立ち寄った。
ヘッドランプと防水スプレーが欲しかった。

それまで、夜の照明には、ミニマグライトを使っていたが、あまりに役不足だったのだ。
テントを貼る時はたいてい夜なので、両手を自由に使えるヘッドランプが必要になっていた。

商品棚を見ると、ヘッドランプにもいろいろあって、選択に困った。
金も無いので、ナショナルのいちばん安いやつを買った。
本当は防滴タイプが良いのだが、値段が高いのであきらめた。

この日は神川キャンプ場に泊まる事にした。
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2008/2/26  23:03

さらば宮崎  1996〜97原付日本一周

思い出多い宮崎を離れ、鹿児島に向かう。

フェニックスの生える海岸通りを走ると、冬が近いとは言え、南国気分だった。
鬼の洗濯岩と呼ばれる海岸の奇岩が見渡せた。
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さらに鵜戸神宮に寄り、旅の無事を祈る。
と言っても、ここは本来子宝祈願で有名らしいんですけどね。
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海岸沿いを走っていると、「人間魚雷回天訓練之地」の記念碑が建っているの見かけた。
こんな所で訓練をしていたのか。

『南国に たとえこの身ははつるとも 幾年ののちの春をおもえば』


さて、都井岬に到着。
二輪車は通行料に100円取られる。

ここには岬馬という、日本在来種の馬が生息している。
競馬のサラブレットとは違い、小型でずんぐりした体つき。
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一応、管理されているらしいが、基本的に野生状態。

道にはいたるところ馬糞が散乱している。

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都井岬を出発し、この日の宿泊地、柏原海岸キャンプ場に向かう。
いよいよ鹿児島県だ。
JR志布志駅に到着。
ここには1993年に一度訪れている。
以前に比べ、駅の周りが開けた感じがする。

忘れもしない、1993年、あの時は鹿児島の鹿屋から、宮崎への帰りで、大雨のため鉄道が運休してしまい、ここで途方に暮れてしまった。
何とかバスとタクシーを使って、かろうじて宮崎に帰ったのだった。
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2008/2/19  0:14


思い出の地、宮崎市内に入った。
1993年以来で1996年当時、3年振りの訪問だった。

見慣れた町並みが懐かしい。
駅前はかなり整備も進んだ。
懐かしくて、懐かしくて胸がいっぱいだった。

思い出す限りのありったけの場所を回った。
約半年の滞在中に住んでいた、タイヤ屋さんの2階の家。
広島通りにある、ゼロ戦のカウリングが目印の模型屋「とやま」。
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滞在中に遊びに来てくれた友人が泊まった旅館。

若草通り、ボンベルタ橘、寿屋、サンリブ、ジョイフル、
もう一件の模型屋「ホビーショップ宮崎」etc...

ほとんど変わっていなかったが、無くなった店もあった。
何度か通った銭湯は、駐車場になっていた。
当時潰れかけていたコンビニは、案の定潰れていた。

自分が滞在中、よく現像に出していた店も、携帯電話の店に姿を変えていた。
セルラーショップがやたら目に付く。
携帯電話なんざこっちには無縁だね。
(しかし、この数年後、自分も携帯電話を持つようになるとは・・・)

市内にあった南海部品は健在で、店に入ってみた。
パンクで使い果たしていた、ゴムのパッチを買った。

最後に、絶対外せない場所。

宮崎県立芸術劇場

今のところ、人生の中で最も強烈な体験だった思い出の場所。
本当は中に入ってホールの大オルガンを拝みたかったのだが・・・
芝生の広場で、どうしようか非常に悩んだ。
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「こんな薄汚い格好では、門前払いがオチかな・・・」

結局あきらめた。
本当に残念だったが。

宮崎芸術劇場の大オルガンには、とても思い入れがある。
これについては、また次回書きましょう。

さて、宮崎市内で宿が取れたらもっとゆっくりと見れたのにな。残念だが仕方無い。
大淀川の河原にテントを張っても良かったが、銭湯が潰れてしまっていた為、風呂にありつきたいので、さらに前へ進む事にした。

青島まで行くのが良いところだろう。
飛び込みは嫌がられるのだが、青島のユースホステルに泊まる事にした。

ともかく風呂にありつき、部屋で地図を眺める。
次の行路は都井岬に鹿屋・・・はむりかなー。
ああ、金がほしい。

どっちにしろあと少しで鹿児島だ、そして沖縄への可能性が見えてくる。
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2008/2/12  21:21

新田原基地  1996〜97原付日本一周

キャンプ場からジェットエンジンの轟音を遠くから聞いていた。
自衛隊の戦闘基地がある新田原(にゅうたばる)に近いからだろう。

せっかくだから基地を見に行ってみようと思った。

その前に西都原の古墳群を見にいく。
ここは1992年にも一度訪れている。

古墳とか好きなんですよね〜。

古墳と言っても、教科書に出てくるような前方後円墳とかではなく、こんもりと小山があるという感じ。

ここからは有名な埴輪がいくつも出土している。
たしか、「踊る人」もここじゃなかったけな?
いいなあ埴輪。

西都原を出発し、いよいよ新田原基地へ。
看板によると翌日はオープンハウスらしい!
見たいけどなあ・・・
時間も金もないし残念だなあ。

そんな事を思っていると、F-15が上空をかすめ飛ぶ。
今日はいい天気。
青空にシャープな機体がシルエットになって美しい。
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明日の展示飛行に備えての訓練でもしているのだろうか、見事な編隊飛行やちょっとした曲技飛行もやっている。

しっかし、ものすごい轟音だ。
うるさいを飛び越して、腹に音波が響く感じ。
耳栓をして見ていた。
飛行機ファンが少しはいるのかな?と思ったが、金網越しに眺めているのは自分だけ。

バイクのエンジンを止め、荷を降ろし、カメラを構えて待っていたら、15分ほどでF-15が2機着陸してきた。

やがてさらに4機が着陸。
駐機場に向かう為、タキシングを始めた。

目の前、本当に目の前をF-15がキーンという金属音を響かせながらゆっくりと走って行く。
それをちょっと興奮気味にカメラのファインダーごしに見ながら、シャッターを切る。

そうしたら。

向こうがこっちを見て手を上げた。
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後を振り返って見たが誰もいない。
まぎれもなく自分に向かって合図してくれたのだ。
嬉しさは最高潮に達した。

手を上げてあいさつしてくれたのは1人だけでなく3人もである。
うれしくてうれしくて、どう表現して良いか分からない。

今度はF-4ファントムUが上空をパスして行った。
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もう自分の心はお祭り状態だった。

明日のオープンハウスは見れないが、今日だけでも充分堪能できた。
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2008/2/3  14:19

パンク修理  1996〜97原付日本一周

廃車の軽バンで一泊し、翌日、車屋の電話を借りてバイク屋さんに来てもらった。

チューブはズタズタで修理のしようが無いという事で、交換になった。
ついでにチェーンの張り具合とか、チェーンオイルの量の事なども見てくれた。

後輪を手で空転させて、チェーンとスプロケットの摩擦音がマイルドになるくらいがチェーンオイルの適量だそうだ。

おじさん本当にありがとう。

また、一晩廃車の中に泊めさせてくれた車屋のおばさんにも礼を言った。
そうしたら、焼餅を一箱くれた。
本当に感謝するばかりである。


さて、荷物を積みバイクを一路宮崎へ向けて走らせる。
天気が良かったので、寒いけど気持ち良い。

活字が読みたくなり、本屋に入って4冊ほど文庫本を買った。

さあ、あと少しで宮崎だ。

金の残りがだいぶ寂しくなってきているので、旅を急がねば。

延岡・日向を通りすぎ、高岡市の蛇口公園内のキャンプ場に泊まる事にする。
電車がちょっとうるさいが、季節からか、泊まりに来る人もなく、静かだ。

翌日。寒くてシュラフから出たくない感じで、本を読んでいたら時間がどんどん過ぎていく。
と、いうことでもう一泊することにした。
貯金を見て、これからの旅路について考えてみた。

九州から沖縄へ行くには、16000円かかる。
往復で32000円。
これでは、山陰周りではかなり寂しくなる気配。
かなり切羽詰っている。

考えてしまうとどうにもならないので、考えるのをやめた。

そんな焦る心とは全く関係なく天気は良かった。
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2008/2/1  23:18


大分から宮崎に向かって走っていた時だった。

突然、ケツが振られたので、あわててバイクを止めた。
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4cm位の錆びた釘が、ブッツリと後タイヤに刺さっていた。
プライヤで抜き取り、チューブを出したら、穴ではなくて、裂けたようになっていて反対側まで貫通していた。
ゴム糊とパッチで傷を塞ぐ。
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さあ、これでOKだろうとタイヤを戻し、空気を入れるが、ちっとも膨らまない。
再びチューブを、今度は全部引っ張り出した。
リムに当たっている所のチューブが裂けたように穴が開いていた。

パンクをして、重い荷物を積んだ状態で50mほど引きずったため、チューブが傷んだのだろう。
他にもないか点検したら、小さい穴がいくつもあった。

一応見える所はすべてパッチで塞いで、再び元に戻し、今度は平気だろうと空気を入れたらまたダメだった。
おかしい。
虫ゴム?他に穴があるのか?

時計は16:00を回っている。
日が落ち始め、焦りが出てくる。
チューブの予備は無い。

「バイク屋だな・・・」

あきらめて、近くの酒屋に助けを求めた。
電話をしてくれたが、どこも休みだった。
無理も無い、日曜だったから。

店の人の勧めで、近くの自動車整備場のドアを叩いたが、ここも休みだった。
しかし、ああそうですかと引き下がるわけにもいかず、この近くにテントを張らせてほしいとお願いする。
明日になっても良いから、待つことにした。

そうしたら、店の反対側に廃車が数台あり、この中で寝ればテントより暖かいだろうと言う店の人の勧め。

ありがたく軽のバンに一泊させてもらう事にした。
寝る場所は確保できた。
こんな所でパンクしてしまうなんて。
まあでも仕方無いさ。

雨の中パンクしなくて良かった。
夜になって、車の中でラジオを聴いていたら、雨が降ってきた。

荷室の床のリブがゴツゴツしているが、ぜいたくは言えない。

軽のバンは、良い生活空間になるな、などとうつらうつらしながら考え、眠りに入った。
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2008/1/27  21:48


自分は歴史が好きで、小学生の時に図鑑でみた臼杵の石仏郡に興味があった。
ようやくチャンスがきた。

図鑑に載っていた石仏は頭が地面にあった。(300年以上前の地震で落ちてしまったらしい)
今回見た時には、それが「元の」位置に戻されていた。
実に300年振りに元の姿に戻ったというわけだ。
その修復作業が行われたのが、自分がここを訪ねる(1996年)ほんの3年ほど前の事だそうで。
(2008年現在からだと15年前となります。)
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石仏というから、崖に彫られて雨ざらしなのかと思ったら、立派な屋根が付いていた。
もっと、ガーンとデッカイ頭なのかと思ったら意外と小さかった。
とは言ってもかなりの大きさだが。

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2008/1/20  22:39

別府にて  1996〜97原付日本一周

日出「ひじ」商店街の入り口にあるコインランドリーでコート・帽子・ズボンなどを洗い、リフレッシュする。

コインランドリーで地図を見ていると、どこからともなくおじさんが来て、「厚木ってどこぞね?」とか「50ccで日本一周しよっとか?」と何だか興味深そうに質問してくる。

それで、「今日はどこに行くのか?」
という話しになった。
実はどこに行こうか困っていると言うと、
「近くにいい所があるから」
と、わざわざ軽トラに自分を乗せて案内してくれた。

城跡の上に建つ小学校の近くにあの場所はあり、公園だった。
こんな所にテント張っていいのかな?と思ったが、
「大丈夫だ。変なやつは来ないから。」
と言っていたので、まあいいかと。
なにしろ眺めが良い。

城の石垣の上に小学校と言うのも面白い。
この人はよくここに通い、遊んだそうだ。

元の場所に戻ってから、車を降りて、バイクの話になった。
「私もバイクに乗って、よくどこかに行ったりするんだ。」と言っていた。

1000ccに乗っているという。
見せてやると言うので、ついて行くと、コインランドリーの裏がその人の家らしい。

半開きのシャッターの奥に、あるわあるわ、デカいバイクが。
ざっと見ただけで10台はあった。
しかも相当マニアックだ。
カワサキ・ホンダ・フジ・ラビット・BMW・メグロ。
壁には振り子時計がこれもかなりの数がかかっている。

「いや、古いのを集めるのが好きでね。」
と、マニア独特の半ばテレくさそうに、しかし誇り高い口調で話す。

家の中にも、祭りのお面や、お菓子のオマケ、たんすには未組み立てのバイクのプラモキットがラップに包んであった。

2000個はあろうかという消しゴム人形、見ていて本当に楽しかった。
「これだけあれば、”なんでも鑑定団”に出れますよ。」
と言ったら、謙遜して
「いやいや、あんなもんに出るほどのものではない。」
と言った。


今にして思えば、だが、写真撮っておけばよかったな。
「さて、そろそろ仕事に行かなくちゃ。」
と言う事で、おさらばした。
本当に楽しいひと時だった。

とりあえず温泉でも入ろうと、別府に行った。
別府駅前で記念撮影。
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公衆浴場で風呂を済ませ、晩飯。

せっかく九州に来たからと、九州のファミレスチェーン、「ジョイフル」に入る。
久しぶりだ。
「いらっしゃいませ〜、ジョイフルへようこそ〜」
というあの決まり文句も健在だ。

懐かしさを噛締めて、とっても美味くはないが、それでもうまいと感じて食べた。

さきほどおじさんにお教えてもらったポイントに行き、テントを張る。
別府の夜景がなかなかきれいだった。
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2008/1/15  22:55

九州を走る  1996〜97原付日本一周

いよいよ本土走行も南国九州まで来た。
まずは小倉駅前でパチリ。
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小倉は東京で言うと、新橋のような雰囲気だと思った。
直方のキャンプ場で最初の夜を過ごすが、車がけっこううるさかった。

冬の色が日増しに濃くなってきた。
南国とはいえ、けっこう寒い。

バイクは基本的に動く事がほとんどないから、気温が低いと寒い。

一直線に大分に入る。
青の洞門に寄った。
昔の人が、手掘りで掘ったと言うトンネルが残る所。
実は1992年に一度訪れている。

不思議とまた寄って見たくなったのだった。
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2008/1/11  22:37

下関そして九州へ  1996〜97原付日本一周

いよいよ本州の端っこまで来た。
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下関は、古くからの港の町だけに、横浜や函館と雰囲気が通ずるものがある。
駅の近くの広場に、タイムカプセルが埋められているようだ。
いつ開けるのだろう?
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関門海峡のすぐ対岸はもう九州だ。
原付で関門海峡を渡る手段は三つある。

1.歩道用トンネルを手押しで通る。
2.関門フェリーで渡る。
3.関門トンネルを通る。

関門橋は車専用となっているので、原付は通行不可。

歩道なら無料なのだが、押して歩くにはちょっと大変。

どれにしようか迷ったが、関門トンネルを通る事にした。
通行料は原付は20円。

と言う事で、トンネルに突入。
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しかし・・・

トラックや車ばかりで、恐かった〜!
トンネルは狭いので、車は自分を追い抜きができない。
後からのプレッシャーが・・・
魔のトンネル走行でありました。
貴重な体験ですが、もう二度と原付では走りたくありません!

こうしてあっさりと九州入りです。
門司の丘から関門海峡を眺めました。
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2008/1/10  20:39

続・山口を走る  1996〜97原付日本一周

山口県の特徴の一つに、ガードレールがみかん色だという事がある。
聞いた話では、山口の特産品であるみかんの色を表現しているとか。

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ガードレールを、白以外で着色しているのは、全国的にも珍しい。

山口でもう一つ寄っておきたい所があった。

フランシスコザビエル礼拝堂
歴史的にも価値のある建物があると聞いていたので、ぜひ見たかった。

しかし・・・
建物はなかった。

数年前の火事で、建物はなくなってしまったそうだ。
残念。
入り口で記念写真のみ撮った。
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この後、本州もいよいよ端っこの下関に入る。
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