2008/12/16  23:56

フェリー飛龍で  1996〜97原付日本一周沖縄編

1997年5月15日
有村海運のフェリー「飛龍」。
とにかくきれいな船だ。
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飛龍は全室寝台仕様で、その割りに値段は安い。
2等寝台にも各部屋にシャワーとトイレが付いている。
これはすごい。

琉球海運の「えめらるどおきなわ」は、重油臭いし汚いし2等料金で雑魚寝は仕方無いにしても、シャワー室が付いているのに使う事ができなかった。

これで1000円程の差しかないのだから、絶対飛龍の方が良い。
乗って良かった。

8:15出航。
予定より45分遅れだった。

ようやく自分も動き出したなというのが正直な所。

きれいな船内で、ルンルン気分になりながら、あちこち見て回った。
広いロビー。
船である事を忘れさせる。
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米原キャンプ場で一晩話した、2人の女の子チャリダーの一人と船内で会ったので、近くのソファに座って、旅話などをした。

「飛龍」は、名古屋→大阪→石垣島が主な航路だが、台湾にも行く。
2人は台湾に7日間行っていた。
台湾はとても暑かったようだ。
テント泊はせず、全て宿に入って過ごしたそうだ。
一泊1500〜2000円くらいらしい。
彼女は小さいスケッチブックに絵を描いていた。
色鉛筆で着色してあって、描いた場所について感じた事などが書いてあった。
楽しかった様子がにじみ出ていた。

12:00頃、宮古島の平良港に入港。
一時下船可能と言う事で、せっかくだからと船を降りて、ちょこっと港の近辺をブラブラして船に戻る。

欄干から船の搬入口を見たら、ママチャリの旅人らしき人が。
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おお、気合入っとるなァ。

船は少し遅れて出航。

19:00頃、船内アナウンスで食堂が開くというので、これもせっかくだからとヤシガニ博士と食べに行った。
メニューも船の食堂としては割とあって、金がもっとあったら、定食でも食べたいなと思った。
その中から、700円のカレーを食べる。
サラダにゼリー、福神漬けにカレーと言う内容。
なかなか美味しかったと思う。

行きに乗った琉球海運の食堂のメシは食べなかったが、あまり美味しそうでなかったし、高いので食べる気も起きなかった。

夕食を終え、部屋に戻り、那覇入港までの時間も近づいてきたから、手荷物を片付けた。
しばらくしてロビーに行き、そこの窓から外を見たら那覇の街の光が見えた。

21:00を回り、入港するので準備してください、と言う内容のアナウンスがある。
荷物をまとめ、ロビーで待つ。

女の子の2人組チャリダーもロビーに来た。
今夜はどこで泊まるのか?と聞いたら、適当な公園でテントを張ると言う。

「良かったら一緒にどうですか?」
と言ってくれたので、そうすることにした。
地図を見て、場所を決め、後で現地で会う事に。

那覇港に入り、本島の土を踏む。
5ヶ月振りの大移動だ。
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2008/12/14  10:56


1997年5月15日

5ヶ月振りである。
長かった八重山での生活。
AUさんと逢わせてくれた波照間島。
僕に生きる事の楽しさを教えてくれたジュンさんや西表の加藤さんなどの個性あふれる人達。

色んな思い出を作ってくれた八重山の島々に感謝。

朝の5:30頃目覚めた。
米原キャンプ場ともお別れだ。

僕は人や土地から別れる時には、なるべく
「さようなら」
は使いたくないと思っている。
「それじゃ、またね。」
の方が、好きだから。

しかし、今日は「さようなら」という言葉が頭に響いていた。

さようなら、って言うのは、僕の中では、もうここには二度と来ない、その人とは二度と会わない、という決別的な意味を持っている。

本当はそんなに重い意味の言葉ではないのかもしれないが・・・

自分はいつの間にか、この言葉にそういう意味を与えていた。

ではなぜ、今、自分の頭の中で「さようなら」と響いているのか?
滞在期間が長かったから?
過去の消極的過ぎた自分に対して?


さて、パッキングは昨夜すでに終えていたから、6:15頃出発する事にした。
辺りはまだ薄暗い。
皆がまだ眠っているキャンプ場の中で、エンジンをかける。
7号棟に行き、テントの外からZ君にあいさつした。
テントの中から眠そうな声で
「K君本当に行っちゃうんだ。気をつけてね。」
と言ってくれた。

米原を出た。

於茂登トンネルをくぐり、通い慣れた道を走る。
辺りの風景を見まわした。
特に何も考えてはいなかった。

6:50分頃には港に着いた。

良い船だと評判が高く、あこがれていた有村海運の「飛龍」に乗れるのだ。
とてもきれいな船だ。

ターミナルにはキャンプ場で知り合った、豊橋のセロー乗りの「ヤシガニ博士」がいた。
キャンプ場にいる時に彼が獲ったヤシガニ。
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彼とのんびり雑談しながら待っていた。
そろそろかな、と言う事で船の搬入口までバイクを走らせた。

そうしたら、米原で一晩話した2人の女の子チャリダーがいた。
彼女達とは、自分が与那国に行く前日の夜にOKB君とちょこっと話しただけだったが、向こうは自分の事を覚えていてくれて、手を上げてあいさつしてくれた。
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2008/12/13  21:18

竹富島、そして八重山脱出の決意  1996〜97原付日本一周沖縄編

1997年5月14日

竹富島に行った。
往復券を買った。1100円。
船は30分毎に出る。出航すると10〜15分程で着いてしまう。

港に着くと、やたら観光の車が客を待っていて、これを見たら意地でも歩いてやろうと思い、一人ズンズンと歩き出した。

今日も天気は良く、10分も歩くとたちまち汗が吹き出てきた。
サンエーで買った1.5リットルのコーラがみるみる減っていく。

竹富島集落
コンクリートで出来た展望台からの眺め。
白い道、サンゴの岩を積み上げた塀、赤い瓦屋根に漆喰。
いわゆる「沖縄らしい景色」というやつです。
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星の砂があるというカイジ浜に行ったが、砂は見つからず。
地図に「ンブフル」という変わった地名がある。
なんでも、水牛の鳴き声が「ンブフル」と言っていたのが、そのまま地名になったのだとか。
日陰で休む水牛
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ハイビスカス
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浜から東桟橋まで砂浜伝いに猛烈に汗をかきながら歩いた。
「ビー玉」と呼ばれるガラスの浮きや貝などなどを拾いながら歩いた。
とにかく暑かった。

コーラはすでに飲み尽くし、ビジターセンターで空きビンに補充した水はコーラ臭かった。

どの島にも言えるが、浜に打ち上げられる漂流物がとにかく多い。
「ビー玉」はガラス製のもあるが、もっとも多いのはプラスチック製のやつだ。
そしてペットボトルがものすごく多い。
台湾や韓国から流れてきたのだろう。
漢字だらけの物や、ハングル文字の物もあった。

14:15発の船に乗り、竹富の1日観光を終える。
明日のフェリーの切符を買い、八重山を「脱出」する準備を整えた。

まだ、行った事のなかった、伊野田キャンプ場と、バンナ公園も見た。

米原キャンプ場に戻り、片付けを始めた。
サボさんもここを出て、西表の加藤さんの所に行くらしかった。

普通は、暗くなったらテントを張るのに、今回は逆だ。
なんだか妙な気分だった。

Z君のいる7号棟へクマさんと行った。
「K君本当に行っちゃうの?」
と何度も聞かれた。

その夜、Z君とクマさんと自分の3人で将来の夢を語り合った。

クマさんは、みんなの心に残る絵を描きたいと言う事と、童話を創りたいという事だった。

Z君は、10年、20年後に再びこの3人でどこかで会いたいと言う事。
そして、オリンピックに自転車で出場したいと言う事。
それから幸せな家庭を作りたいという事。

僕は、100年後、さらにその後に、ああ、こんなオルガンを作った人がいたんだ、と言うオルガン作りになりたいと言う事。
自分の好きな飛行機を自由に操って、世界の空を飛んでみたいと言う事。

何だか、現時離れした夢だが・・・

チビチビと、水で薄めた泡盛を飲んで、夜は更けていった。
テントは畳んでしまったから、唐人墓(とうじんばか)の東屋か、ターミナルにでも行こうかと思ったが、西表へ出発したサボさんの残したブルーシートのフライの下で野宿することにした。

クマさんと自分の2人で、キャンプ場の売店のテーブルに腰掛けて、恋話などした。
自分が波照間でAUさんを好きになった時のように、日増しに好きになっていく様子、好きな女性が目の前にいると、ドキドキしたりする気持ちは同じようで、とても親近感が湧いた。
深夜まで話して、その後眠る。
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2008/12/13  14:11

燃料フィルター交換  日々雑記

ジムニーを知り合いから譲ってもらって早8年。
JA71後期型は初年度登録が昭和63年だから、20年前の車です。

整備基準では、燃料フィルターの交換は4万kmごととなっているのですが、整備記録簿には、一度も交換の記録がない。
てーことは、18万kmに至る今まで無交換だったわけです。
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走行に重大な影響はないですが、でも少々はあるかもしれない。
気分的によろしくないので、部品を注文して自分で交換。
ボルト締めなので、作業自体は簡単でした。

んで、取り外したフィルター。
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どんな状態なのか、中味を見たくなった。
中に入っているガソリンが揮発して安全になるまで、しばらく屋外で放置。

カシメてあるので、鉄のこでカット。
んで、中味とご対面〜。
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うひゃ〜汚いですね〜。
本来、波々になっている所は白色なんですが。
さすが20年、18万km分のガソリンを通していただけに茶色くなってます。

驚くほど高価な部品ではないので、今度からはちゃんと交換してあげましょう。
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2008/12/12  22:28

与那国を出る  1996〜97原付日本一周沖縄編

1997年5月12日

もうちょっと与那国に居たかったが、仕方無い。
祖納に福山海運の事務所はあるが、出港日は港でも切符を買う事ができる。
原付+人で5200円。

朝10:00出航。
晴れた空の下の海は、いっそう青が鮮やかに見えた。
そこへ飛び魚が、海面をヒラリと飛んでいた。
いつ見ても面白い。

「ゲロ船」は、揺れもほとんど気にならず、行きと同じMXの旅人さんとバイクの話をして過ごし、15:10頃、ほぼ定刻通りに石垣島に着いた。
そして、自分は米原キャンプ場に帰った。

サボさんは、島に住む知り合いの為に、木で家型のポストを製作していたが、それも完成していた。

自分は2号棟にテントを張った。

クマさんは、まるで何かに取り憑かれたように、激しいタッチでクレヨン画を描いていた。
シマ(泡盛のこと)を飲み、音楽をガンガン聴いて、自分のテンションを高めて描く姿は圧巻だ。
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2008/12/10  17:10


祖納を見渡せるティンダバナを離れ、東崎に向かう。
展望台に行ったら、遠方に西表島がうっすらと見えた。
展望台にある地図。
与那国はこんな姿なのか。
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海がきれいだった。
深い蒼だった。
とても良い天気だ。

フェリーで、カメラマンの女の子が、
「私がいれば絶対晴れるから。」
と言っていたのを思い出す。

与那国の景観を楽しむ。
軍艦岩
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立神岩(たちかみいわ)
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宇良部岳に行く。
頂上近くまでは急勾配だったが、車で行く事ができる。
頂上へは、階段を少し上るとすぐに着く。
そこからは、久部良岳と祖納の町が見渡せた。
ヨナグニサンという超大型の蛾がいるらしいが、自分は見なかった。

祖納の町まで戻り、「サンアイ」というお土産屋に寄って、少しばかりお買い物。
店の名前はおそらく、15世紀に与那国を治めていた女酋長「サンアイ・イソバ」から取っていると思われる。
最西端証明書というのがあって、400円で手書きの名前入りで発行してくれる。
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さらに近くのスーパーに寄って、食糧調達。
与那国の泡盛、「どなん」が売っている。
3合瓶でアルコール度数30度が500円。
45度以上になると瓶がわらで包んである。
45度が1150円、60度は2400円だった。
嵩張るし、飲めないから買わなかった。

この後、空港に行き、16:05着のYS-11を撮ろうと思い待機する。
ほぼ予定通りに飛行機は来て、写真に撮った。
国内線では全て退役してしまったので、貴重な写真だ。
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この後ダンヌ浜に再び言ってみたら、怪しい(?)波動をぷんぷんさせた軽のバンが止まっていた。
タイヤは丸坊主状態。
家財道具を一式、車にギッチリ積んで旅をしている人だった。

話してみたら、北海道の人で、髪はボウボウ、けっこう年もいっているようだ。
このスタイルで旅を2年近くやっているらしい。
ここ2ヶ月与那国で釣りにハマッて、島をなかなか出れないらしかった。
大物が釣れるらしい。

車の寝床は、上下わずか30cmもない隙間。
「圧迫感は感じないのですか?」
と聞いたら、
「慣れてしまえば何でもないよ。」
と平然と答えていた。

日も暮れてきたので、テントに戻った。
こうしてたった2日の与那国探訪は終わる。
最後の夜はジャガイモを煮て食べた。
風が強くてテントがバタバタしてうるさかった。
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2008/12/9  11:53


与那国島に到着し、船で話していた2人と別れる。
噂に聞いていた、カレー屋「ユキさんち」へ行ってみたが、閉まっていた。

腹が減っていたので、港の近くの売店で、アイスとパンを買って食べた。

与那国のテントポイントの比川に向かう。
防波堤の向こうは砂浜になっている。
砂浜でたそがれていたら、防波堤の上に人がいた。

「こんにちはー。」

と言ったら、向こうも返してきた。
話を聞いてみると、長く与那国に住んでいるらしかった。
群馬の人だった。

テントを張れる場所を教えてくれた。
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その場所に行ったら、2張りほどすでにテントがあった。
自分もテントを張り、まだ明るかったので、最西端の碑に行った。
んで、恒例の記念撮影。
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このすぐ近くにある展望台で、夕焼けを待っていたが、あまりきれいに焼けなかったので帰る事にした。

比川に戻る途中に、南牧場がある。
ここには天然の馬がいて、「与那国馬」と呼ばれている。
宮崎の都井岬にいる岬馬に似て比較的小さかった。
けっこうな数がいて、のんびりと草を食んでいた。
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比川に戻り、シャワーがあるので、浴びようかなと思ったが、蚊が多過ぎてダメだった。

夕食はソーメン。
ところが水を切るザルがないから、チョロチョロと水を流そうとしたらソーメンごと流れてしまい、ムダにしてしまった。

ああ、貴重な食糧がぁ〜〜!

これ以来ザルがキャンプアイテムに加わった。

さすが最西端の島だ。
とても蒸し暑い夜だった。
蚊が多いから外で涼むわけにもいかず、テントの中で、マットの上にバスタオルを敷き、パンツ一丁でウチワを扇ぎながら暑さをしのぐ。
シュラフは出さず、コートをかぶせるだけで十分だ。


1997年5月11日
島一周観光。
昨夜の暑さであまり眠れなかった。
のんびりと朝を過ごし、11:00頃出発。
まず、久部良バリ(クブラバリ)へ。

琉球王朝時代、人頭税という不当に高い税率を背負わされていた人々は、人口制限と言う名目で、妊婦をこの断層の割れ目から飛び越えさせ、成功した者のみ生存を許したとされる場所らしい。

伝説に近い話しなので、実際の所はどうなのか分からない。
しかし、けっこうな幅がある。
自分も飛び越えてみろと言われたらひるむ。
深いから、落ちたらケガでは済まないよこれ。
妊婦さんが、飛び越えに成功したとしても、ショックで流産する事だってあったでしょう。
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複雑な思いでそこを去り、それから、ダンヌ浜、トグル浜と見る。
その後祖納(そない)の町に入った。

久部良より大きい集落のようだった。
切り立った崖があり、坂道を上るとティンダバナという天然の展望台があった。
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さらにその上は牧場になっていて、かなり古いコンクリート製の立ち見台のようなものがあった。
そこから祖納の町が一望できる。
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立ち見台の前には柵も無く、真下は崖なので、けっこう足がすくむ。
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ここで写真を撮っていたら、フェリーで一緒に話していたカメラマンの女の子が歩いてきた。

「着いた・・・すごい所だ・・・」

とつぶやくように言った。
軽く会話をし、ここで昼食をとるという彼女と別れて自分は東崎へ向かう。
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2008/12/8  21:07

手回しオルガンキット  オルガン

大人の科学No20の手回しオルガンキットを作ってみました。
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用意する物は、小さいプラスドライバーと、プラスチック用グリス(無ければサラダ油で代用可能)、そしてハサミかカッターナイフ。

組み立てはとても簡単で、本の説明書を良く読んで作業を進めれば、まず失敗する事はないでしょう。
メカニズムなどの説明は面倒なのでやりませーん。
ここでは組み立てのみ楽しみます。

グリスはギヤや軸に塗り、特に気密が大事なピストンには、多めにつけた方が良いでしょう。
ただ、付け過ぎるとはみ出たり、飛び散って指がベトベトになるので量は適当に。
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部品は全てはめ込みとねじ止めなので簡単です。
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閉管なので、ウレタンスポンジのフタで音程の調律。
音程は、学研のHPから聴く事が出来ます。
サンプル音のリンク
まあ、厳密にやる必要もないので、それっぽく聴こえれば良いでしょう。
30分ほどで形になります。
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付属のパンチングハサミは、そのままではギシギシいうので、これの軸にもグリスを付ける。
本に付属のカードを切り取り、印通りに穴あけ。
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送風は単気筒なので、ハンドルを回すと、ピロピロピロ・・・と言った感じの音になります。
これにて完成。
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小さいので、演奏する時の保持が意外と難しい。
高さ10cm位の木の台などに載せた方が演奏しやすいです。

これを元にして、おもちゃの自動オルガンが作れるかもしれませんね〜。
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2008/12/7  21:32


1997年5月10日

与那国へ向けて出発の日。
いつものように荷物をまとめ、バイクにくくりつける。
荷物が多くて困る。
余計な物を早く家に送り返さなくては。
8:30頃キャンプ場出発。
いつものトンネルの道ではなくて、名蔵の方を走った。

八重山巡りで、船に良く乗るから、切符を買うのも慣れてきた。
与那国行きのフェリーに乗る。
船にバイクを入れ、ギヤを入れて車輪をロックする。
あとは船員さんに任せて、船室に入り、出航を待つばかり。

スズキのMXという古いオフロード車のライダーさんと、頭を丸刈りにした一見巡礼者のような姿をした女の子がいた。
10:10頃だったか、出航。
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MXの人は日本一周中という。
話し好きな人だ。
丸刈りの女の子は、元新聞社系のフリーカメラマンで、雑誌や新聞などに撮った写真が載っていたらしい。

最近仕事を辞めて、旅に出たという。
愛機はプラウベル・マキナの6×7とコニカのヘキサー。
マキナにはT-MAXを、ヘキサーにはコダクローム64を詰めていた。
僕はカメラが好きだから、話がけっこうはずんだ。

石垣島の裏の植木屋で買ったというクバガサをかぶり、これに杖でも持たせたら、本当に巡礼者だ。足はサンダルだし。

3人でなんやかんやと話していたら、途中揺れることはあったが船酔いの「よ」の字もなくてホッとした。
与那国フェリーは別名「ゲロ船」と呼ばれるほど、揺れて酔いやすい船らしいのだ。

海を見ると、飛び魚がヒラリと海面上を滑空している。
あいにく望遠レンズがないので、撮ることは出来なかった。

到着予定時刻はとうに過ぎているのだが、島は見えない。
「なかなか着かないね〜。」
などと話しているうちにやっと島影が見えてきた。
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まず、パッと見て感じたのは、「崖」というイメージだった。
これまでの八重山群島とは全く違った荒々しさがあった。

カメラマンの子はマキナを取り出し、パチリと撮っていた。

フェリーはゆっくりと接岸し、1時間遅れの15:30頃到着した。
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2008/12/6  15:15


仲間が去って、キャンプ場は静かになった。
自分もそろそろ移動しようかなと考える。

その時、軽のバンがキャンプ場に入ってきて、不精ヒゲを生やしたお兄さんが降りてきた。Eさんと言う。
なんだろう?と思ったら、人手不足で働き手を探しているという。
やる気はなかったが、他のキャンパーが「やればいいじゃん。お金ないんだし。」と言ってくれた。背中を押してもらった感じだ。

2日の臨時雇い。
2人一組で、コンクリートに穴を開けて、フェンスを張る柱の下準備の仕事。
円筒形をしたエンジンカッターで、水をかけながらガーッと切る。

機械は重いが、作業は比較的簡単だったように思う。

2日かけて21コの穴を開けて作業は終わった。
帰りの車の中でEさんは、自分が撮った山の写真を見せてくれるという。
自分も好きだから喜んで返事した。

家は300坪の畑の中にポツンと木に囲まれて建っていた。
犬と猫と1才の子供がいる。

子供は自然分娩だそうだ。
しかも産婆さんも呼ばず産婦人科があるわけでもなく、Eさんが自宅の手製のゴエモン風呂に水をはって、自ら取り出したのだと言う!
何と言う強さ。
いや昔は当たり前だったのかもしれないが、でもすごいなと単純に思ってしまった。

お二人は結婚という形はとっていない。
共に旅人でアジアをあちこち巡っていたようだ。

旅の写真を見せてもらった。
ポカラが写っている写真を見た瞬間に釘付けになった。
何度も何度も見返した。

「山、好きなの?」
「ハイ。」
「行ったら良いよ。こんな事できるのは体力のある若いうちだから。」
アジアにはあまり気持ちが無かったが、チベットやネパールなど、ヒマラヤのある所は別だ。
行って見たいな。
6×7くらいでリバーサルフィルムでジックリと腰を据えて撮ってみたかった。

夕食をいただいた。
西表の佐藤さんという人が作った無農薬栽培の玄米。ゴーヤちゃんぷる、トウガンのスープ、冷やっこなど。
とても健康に良さそうなメニューではないか。
美味しくいただいた。ごちそうさまでした。

自分のテントに送っておらう途中で犬の散歩。
この犬は賢い。
口笛一つ、フィンガースナップをパチンとするだけで機敏に反応する。

別れがてら、賃金をもらった。
旅の資金になった。

よし、与那国に行こう。
翌日に出発決定!
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2008/12/4  10:32


1997年5月7日

OKB君、NT君他かなりの数の米原軍団(?)がキャンプ場を後にする。
20人近くいるだろう。

朝、皆がテントを撤収するガサガサという音で目が覚めた。
自分はムクリと起き出して、傍らで皆が片付けているのを眺めながら、紅茶とツナ缶で朝食。
NT君はなんだかんだと言いながらも割合早くパッキングする。

OKB君はなんだか知らぬが遅い(笑)。
他の人達はパッキングも済んでおしゃべりしているが、彼だけはテントすら畳まれていない。
船の出航には、かなりの余裕があったから、マイペースで進めているのだろう。

出発の前日からOKB君は

「K君。俺、八重山出るから・・」

と何度も繰り返し言っていた。
何があったか知らぬが、長く居過ぎたから早く出たいと言う事なのだろう。

これは自分もそうだと思っているから分かる気がする。
内心、焦っている反面、もうちょっと居たいというのもあった。

「K君。俺・・・・八重山出るから。ずっとここに居たら気が狂っちゃいそうだから。」

「K君・・・・もういいわ。俺出るわ。」

OKB君さっきからこればっかである(笑)。

そんな彼も、ようやくパッキングが終わった。
彼のカメラで記念撮影。
お別れだ。
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パッキングを済ませ、おしゃべりしていたキャンパー達もそろそろ潮時とばかりに次々とエンジンかけ、暖気もそこそこに出発していく。

静かだ。

ちょっと前までにぎやかだったキャンプ場から、人が急に居なくなったから、妙なギャップを感じてしまう。

サボテンさんの居る2号棟に遊びに行く。
彼から魚をご馳走になる。

出発した彼らを見送るつもりは無かったのだが、やっぱり気になってしまい、出かける事にした。
ここから港までは20kmある。間に合うかなと心配した。

しかし到着してみたら船はまだコンテナやトラックの荷物を船内に搬送中。
バイクの積み込みすら終わっていない。
予定よりだいぶ遅れているようだ。

ターミナルの待合室で、皆のんびり話しをしながらくつろいでいた。
NT君が気付いてくれて
「あ、来てくれたん?」
さっきの話しの続きをするような感じで。
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ちょいと好みのタイプの千葉のお姉さんもいた。
キャンプ場にいる時から気になっていたのだが、話しかけられないでいた。
女性にもよるが、基本的に中々自分から切り出せない。

OKB君とNT君が
「彼女一人だぞ、行け!」と言った。
恥ずかしながらも、話をしてみたら気さくに応じてくれて嬉しかった。
自分のカメラで記念写真を撮らせてもらった。やった。
恥ずかしいので、肩を並べる勇気すらないのが現れている。
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さようなら、米原のマドンナさん。
OKB君とNT君が、千葉のお姉さんの事で僕を冷やかす。

西表で偶然再会した「おっさん」こと大阪のAKちゃんも居た。
女の子なのに、「おっさん」っていうのがなぁ(笑)
「Kく〜ん!なんでいるのぉ〜?」
「見送りに来てやったぞ。もう西表から帰ってきたのか?もうちょっと居るのかと思ったら。」
「もういいわぁ。あたし帰る!飛行機の切符も買っちゃったもんね〜。」
「那覇から直で大阪?」
「そうそう。ところでK君本当に歩くの?」
「まあ・・・そのつもりだけど。いや・・・分からないよ、できるかなんて。」
自分は、今回の日本一周終わったら、日本徒歩縦断を考えていた。

まあ、こんな事を話しながら待っていた。

さっきからなんか臭いなあと思ったら、ブタを船に積んでいたからだった。

いよいよ乗船の時間。
「見送りです。」
と船員に言えば、船の中に入る事ができる。

自分は見送りデッキから船の方を見ていた。
甲板からもこちらを見ている。
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午前11:30。
1時間遅れで出航。
見送る側も、送られる側も皆が共に手を振った。
千葉のお姉さんに手を振ったら、向こうも気付いて手を振って返してくれた。

AKちゃんはどこかな?
と見渡したら、ちょこっと出てきて、手を振ったらすぐに引っ込んでしまった。
「ありゃ。えらく引っ込むのが早いな。」
まっ、いいか。

こうして、皆再び各々自分の気の向くままに旅立って行った。
寂しいとか悲しいと言うのは全く無くて、楽しくて実に気持ちの良い別れだった。

またどこかで会えたらいいな。
そんな気持ちだった。
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2008/12/1  21:31

畑  日々雑記

今日は家の畑の手伝い。
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12月なので、寒くなってきた。

とれたての野菜って、本当に美味しい。
野菜そのものの味が美味しいのです。
だから、味付けとか調理とか簡単で済むらしい。(母談)

テレビ番組でやっている、ガンガンに火を通して、ゴテゴテに味付けしちゃっている野菜料理って、本当に野菜の味を楽しめるのだろうか?と素朴な疑問。
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タグ:  野菜 自家栽培



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