2008/1/27  21:48


自分は歴史が好きで、小学生の時に図鑑でみた臼杵の石仏郡に興味があった。
ようやくチャンスがきた。

図鑑に載っていた石仏は頭が地面にあった。(300年以上前の地震で落ちてしまったらしい)
今回見た時には、それが「元の」位置に戻されていた。
実に300年振りに元の姿に戻ったというわけだ。
その修復作業が行われたのが、自分がここを訪ねる(1996年)ほんの3年ほど前の事だそうで。
(2008年現在からだと15年前となります。)
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石仏というから、崖に彫られて雨ざらしなのかと思ったら、立派な屋根が付いていた。
もっと、ガーンとデッカイ頭なのかと思ったら意外と小さかった。
とは言ってもかなりの大きさだが。

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2008/1/20  22:39

別府にて  1996〜97原付日本一周

日出「ひじ」商店街の入り口にあるコインランドリーでコート・帽子・ズボンなどを洗い、リフレッシュする。

コインランドリーで地図を見ていると、どこからともなくおじさんが来て、「厚木ってどこぞね?」とか「50ccで日本一周しよっとか?」と何だか興味深そうに質問してくる。

それで、「今日はどこに行くのか?」
という話しになった。
実はどこに行こうか困っていると言うと、
「近くにいい所があるから」
と、わざわざ軽トラに自分を乗せて案内してくれた。

城跡の上に建つ小学校の近くにあの場所はあり、公園だった。
こんな所にテント張っていいのかな?と思ったが、
「大丈夫だ。変なやつは来ないから。」
と言っていたので、まあいいかと。
なにしろ眺めが良い。

城の石垣の上に小学校と言うのも面白い。
この人はよくここに通い、遊んだそうだ。

元の場所に戻ってから、車を降りて、バイクの話になった。
「私もバイクに乗って、よくどこかに行ったりするんだ。」と言っていた。

1000ccに乗っているという。
見せてやると言うので、ついて行くと、コインランドリーの裏がその人の家らしい。

半開きのシャッターの奥に、あるわあるわ、デカいバイクが。
ざっと見ただけで10台はあった。
しかも相当マニアックだ。
カワサキ・ホンダ・フジ・ラビット・BMW・メグロ。
壁には振り子時計がこれもかなりの数がかかっている。

「いや、古いのを集めるのが好きでね。」
と、マニア独特の半ばテレくさそうに、しかし誇り高い口調で話す。

家の中にも、祭りのお面や、お菓子のオマケ、たんすには未組み立てのバイクのプラモキットがラップに包んであった。

2000個はあろうかという消しゴム人形、見ていて本当に楽しかった。
「これだけあれば、”なんでも鑑定団”に出れますよ。」
と言ったら、謙遜して
「いやいや、あんなもんに出るほどのものではない。」
と言った。


今にして思えば、だが、写真撮っておけばよかったな。
「さて、そろそろ仕事に行かなくちゃ。」
と言う事で、おさらばした。
本当に楽しいひと時だった。

とりあえず温泉でも入ろうと、別府に行った。
別府駅前で記念撮影。
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公衆浴場で風呂を済ませ、晩飯。

せっかく九州に来たからと、九州のファミレスチェーン、「ジョイフル」に入る。
久しぶりだ。
「いらっしゃいませ〜、ジョイフルへようこそ〜」
というあの決まり文句も健在だ。

懐かしさを噛締めて、とっても美味くはないが、それでもうまいと感じて食べた。

さきほどおじさんにお教えてもらったポイントに行き、テントを張る。
別府の夜景がなかなかきれいだった。
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2008/1/15  22:55

九州を走る  1996〜97原付日本一周

いよいよ本土走行も南国九州まで来た。
まずは小倉駅前でパチリ。
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小倉は東京で言うと、新橋のような雰囲気だと思った。
直方のキャンプ場で最初の夜を過ごすが、車がけっこううるさかった。

冬の色が日増しに濃くなってきた。
南国とはいえ、けっこう寒い。

バイクは基本的に動く事がほとんどないから、気温が低いと寒い。

一直線に大分に入る。
青の洞門に寄った。
昔の人が、手掘りで掘ったと言うトンネルが残る所。
実は1992年に一度訪れている。

不思議とまた寄って見たくなったのだった。
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2008/1/11  22:37

下関そして九州へ  1996〜97原付日本一周

いよいよ本州の端っこまで来た。
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下関は、古くからの港の町だけに、横浜や函館と雰囲気が通ずるものがある。
駅の近くの広場に、タイムカプセルが埋められているようだ。
いつ開けるのだろう?
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関門海峡のすぐ対岸はもう九州だ。
原付で関門海峡を渡る手段は三つある。

1.歩道用トンネルを手押しで通る。
2.関門フェリーで渡る。
3.関門トンネルを通る。

関門橋は車専用となっているので、原付は通行不可。

歩道なら無料なのだが、押して歩くにはちょっと大変。

どれにしようか迷ったが、関門トンネルを通る事にした。
通行料は原付は20円。

と言う事で、トンネルに突入。
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しかし・・・

トラックや車ばかりで、恐かった〜!
トンネルは狭いので、車は自分を追い抜きができない。
後からのプレッシャーが・・・
魔のトンネル走行でありました。
貴重な体験ですが、もう二度と原付では走りたくありません!

こうしてあっさりと九州入りです。
門司の丘から関門海峡を眺めました。
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2008/1/10  20:39

続・山口を走る  1996〜97原付日本一周

山口県の特徴の一つに、ガードレールがみかん色だという事がある。
聞いた話では、山口の特産品であるみかんの色を表現しているとか。

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ガードレールを、白以外で着色しているのは、全国的にも珍しい。

山口でもう一つ寄っておきたい所があった。

フランシスコザビエル礼拝堂
歴史的にも価値のある建物があると聞いていたので、ぜひ見たかった。

しかし・・・
建物はなかった。

数年前の火事で、建物はなくなってしまったそうだ。
残念。
入り口で記念写真のみ撮った。
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この後、本州もいよいよ端っこの下関に入る。
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2008/1/9  22:11


高校の時に修学旅行で山口を訪れて以来、久しぶりの訪問。

カルスト地形の津和野も久しぶり。
羊が草原に点在しているように見えるカルスト地形は、不思議な眺めだった。

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秋吉台の駐車場で休憩していると、4人のライダーが来た。
何でも皆北海道で知り合って、夏はシャケバイをした仲だそうな。
今回は九州まで行くとの事。
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とても明るくて爽やかな人達だった。
束の間の出会い。

この後、ここも以前訪れた秋芳洞に再び来て見たものの・・・
入場料が1240円と高かったのであきらめる。
修学旅行の時は集団で入ったから分からなかったが、けっこう高かったのね。

夕方、菊川温泉「華陽」にて風呂にありつく。
冷え切った体には良く効いた。

この当時季節は11月も半ばで、バイクで走るのはけっこう寒い。
夕方には時計の温度計は8.0℃を表示していた。

河原にテントを張り、シュラフの足先の方にカイロを放り込む。
自分は足先が冷えると眠れなくなってしまうから。

日が落ちるとさらに気温が下がる。
6.8℃まで下がった。

夕食が済んで、シュラフにもぐりこんでしばらくしたら、パトロールの警官が職質してきた。
旅行中だというと、特に疑うでもなく難なくパス。

「んじゃ、ま、気を付けて。」

と、あっさりしたものだった。


さてさて、本州の端っこまで来た。
九州までもうすぐだ。
冬が来る前に、南に行きたいという気持ちだった。
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2008/1/8  22:26


日本の三奇矯と言えば。
山梨の猿橋、四国のカズラ橋、山口の錦帯橋らしい。

猿橋は何度か見たが、カズラ橋の存在は四国を走っていた時は全く知らず、後に人から聞いて知ったので、見ていない。

山口に入り、前から見たいと思っていた錦帯橋に立ち寄った。
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アーチの木造橋は美しかった。
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しかし!ここを渡るには通行料として210円払うとのこと。
金を払ってまで渡りたいとも思わなかったので、ひたすら辺りをウロウロ。

せめてここに来た証が欲しいと、スケッチブックに絵を描いた。
複雑に構造材が入り組んだ橋を描くのは難しい。
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充分に景観を楽しみ次の旅に向けて出発。
さらば錦帯橋よ。
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2008/1/7  18:41

こんな所にも・・・  1996〜97原付日本一周

広島を走って1泊入れた後、いよいよ山口県まで迫ってきた。

川沿いを走っていると、おや、こんな所にも沈下橋がある。

車も通れない程の小さな橋だった。
こう言うの好きですね。

意味もなく渡ってみた。
ついでに記念撮影。
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きっと地元の人達の生活橋なんだろうなあ。
自分にはこういう「小さな」発見が、旅を楽しくするものでした。
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2008/1/6  20:42

報告と広島探訪  1996〜97原付日本一周

四国を出て2泊目位に、四国へ行った報告をしようと手紙を書く。
1996年頃は携帯電話やメールなど持っていなかったので、報告は電話か手紙のみ。

情報を詰め込んでいるため、細かくビッシリ書きこんでいる。
今にして思うと、受け取った相手は、字が細かすぎて読んでいなかったのではないか?

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さて、いよいよ広島市内に入った。
久しぶりに原爆ドームや平和記念公園を訪れた。
原爆資料館も入った。
高校生の時以来だ。
原爆の破壊力の凄まじさを改めて知った。
人は多かった。特に修学旅行生が多い。


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さてこれからどうするか。
とにかく少しでも前に進もう。
行き当たりばったり、雨が降り出す。
ビッショリになる前に、とっととテントを張って休みたい。
と言う事で、岩倉温泉キャンプ場に到着し、パパッとテントを張る。

雨の日の走行はこの時の装備では、2時間が限度だった。
ゴアテックスとは言っても、走って風圧混じりに雨が叩き付けられれば時間と共に濡れてくる。

テントを張ってからは、中でくつろいで本など読んだ。
雨の日の時間つぶしは手紙や日記を書くか、本を読む。これがいちばん。
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2008/1/2  23:00

四国離れる  1996〜97原付日本一周

松山市に入り、コインランドリーで洗濯しつつ、お土産を買いに買い物へ。
お土産と言っても、四国でしか手に入らなそうな食品とかばかり。
当時、「金ちゃんラーメン」は関東では見た事がなくて、とても珍しいインスタントラーメンだと思っていた。
関西の「好きやねん」と同じ位珍しい。

今ではさほど珍しくもなくなったが・・・

さて、フェリーに乗り、いよいよ四国を離れる。
短い間だったが、ちょっとした出会いもあったし、貴重なものも見れた。
四国いいところ。
今度来る時は、うどん屋巡りとかお遍路さんをやってみたいなと思った。
道後温泉も行こう。

また来るよ。それまでさらば。

船が港を離れ、陸と縁が切れると、飛行機が地面から離れるのとはまた違った感慨が込み上げてくる。
悲しいわけではないが、何かシットリとした別れの情がほんわかと心を覆う。

四国一周の走行距離1321km

夕方、呉に到着。再び本州に入った。
広島だ。
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2008/1/1  11:04

2008年年明け  日々雑記

新年あけまして おめでとう ございます。

ちょっと時間がかかっていますが、引き続き日本一周回想録を書いていきたいと思います。
本年も、よろしくお願い申し上げます。
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