軽便鉄道と呼ばれる鉄道がある。ナローゲージと呼ばれる鉄道がある。
多くの鉄道ファンにとってそれは、いつも見知っている鉄道より線路の幅が狭く、車両のサイズも小さく、そして人々の日々の生活や、土地の産業に密着した存在であった。
その軽便鉄道については、いくつも書籍が出ている。
たとえば毎日新聞社から出版された「軽便鉄道 郷愁の軌跡」は、まだ多くの軽便鉄道が無くなった記憶の新しい時期の本であった。
各路線の雰囲気、生活感の伝わってくる写真や、なによりも、いのうえこーいち氏による紀行文は、軽便鉄道の郷愁や慕情をあますところなく表現しており、絶版ではあるがこのジャンルの最初の一冊として、特に、すでに鉄ちゃんになっている人以外、鉄ちゃんになるつもりの全くない方にもおすすめするものである。
また、保育社のカラーブックスの一冊である松本典久氏の「軽便鉄道」も、文庫サイズながら、全国の軽便鉄道を紹介し、解説もわかりやすく、同じシリーズの吉川文夫氏の「楽しい軽便鉄道」とともに、旅に持っていく本としても優れている。
蛇足ながら「もっと模型・情景に使えるような資料性のある濃いのを」というマニアは、ネコパブリッシングの「軽便追想」や、機芸出版社の「軽便探訪」、RMライブラリーの各書をご存知の事だろう。
雰囲気重視の方ならば、草原社の文章少なめのモノクロの写真集「尾鉄よ永遠なれ」は、尾小屋鉄道のファンならずともその空気まで伝わってくる一冊として、ぜひとも探して購入して頂きたい。
さて、このような、いわば「激戦区」にタイトルからして「決定版」として挑戦を挑んだ「究極のナローゲージ鉄道」。著者の岡本憲之氏もまた、「味噌汁軽便」としては下津井鉄道や近鉄の特殊狭軌路線しか知らない世代(のはず)ながら、軽便鉄道、鉱山鉄道ジャンルの好著である「全国軽便鉄道」、「全国鉱山鉄道」、「軽便鉄道時代」(いずれもJTBパブリッシング)をモノにしてきた人物である。知らない世代なりに、一歩引いた視点から見つめ、そして未発見の資料を探してくる。時に知り合いの知り合いのコネを頼って写真を発掘し、衛星写真を駆使して未発見のトロッコを探索したりしているように聞いている。
特に私は彼の、西武鉄道がらみのナローや、足尾銅山のナローの研究、残された実物の車両の発見や復元に関わる活動には、影ながら高い評価をしている。
…んだけど、読んでみた感想は「岡本さん(あるいは講談社)、どうしちゃったの?」と思わずにいられない。
これは、一体どのようなターゲットを狙った本なのだろうか。
もし、軽便マニアに向けたものであるならば、マニアに百も承知の路線や代表的車両は無視して、未発見の車両や「重箱の隅」の建物や情景に徹するだろう。図面だって載せるだろう。
工場や鉱山のマニアに向けた本なら、鉄道連隊や産業鉄道のメカを中心にし、多くの味噌汁軽便はあえて排除するだろう。
一般に向けて、人々の生活との密着感を読者に伝えたいのなら、人々が写った味噌汁軽便や木曽森林鉄道の割合を大きくして、人物をとりこみにくい産業鉄道はスルーするだろう。
観光客目当てならば今に残る保存運転や廃線跡を中心にして、現役時代の扱いは小さくするだろう。
味噌汁軽便も森林鉄道も鉱山鉄道も、その他の産業鉄道もトロッコも遊覧鉄道もお子様ランチのように同じ割合で一冊にぶち込み、その構成からはナローゲージの持つ郷愁や慕情といったものは伝わってこない。
あおっているような表題はまるで、マイクロエースの鉄道模型の広告のように陳腐に見えて来る。
特に松川石灰のページにある「未舗装の道路との併用軌道がトロッコファンを魅了する」という言葉は、一体誰に向けたものなのだろうか。趣味者には百も承知だし、一般が読んだらこれでは反応は「キモい」だ。
あとがきからは初心者向けのような感じが伝わってくるが、同じ著者の既刊本で十分だし、もし、それでもあえて初心者向けの本を作りたいのなら、なぜかつての「コロタン文庫」のような小学校中学年〜中学生にも判り易い、フレンドリーな文体にしなかったのだろうか。
それが、かつての「トロッコを好きだった少年」世代の、次の世代に渡すバトンなのではないだろうか。
あくまで私個人は、この本の続編は望まない。確かに松本製材の軌道の情景はすばらしい。そして自分自身は出遅れている。でも、それがどれだけ既刊より詳しく取り上げられるか? これを見た限りは非常に不安だからだ。
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あと、岡本さんに言いたいのが、これはあくまで俺の好みの問題であって、岡本さんの執筆方針が悪いってことは全くないので気にしないで欲しい。

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