自由形と言ってもみんなクロールだ。という意見もあるでしょうが。
某、軽便鉄模のアンテナさんで自由形鉄道模型についての話が出ていました。なんか面白い話題ですね。
以前コミケで購入した本に「流線型の午後」(J・N・R 廃物騒音鉄路)というものがあります。簡単に言ってしまえばレトロフューチャーというべきか、我々の歴史から(大正か昭和の始めぐらいのタイミングで)分岐したパラレルワールド、いわば存在しなかったもう一つの歴史の上での鉄道の姿がそこに描かれています。さほど技術的に進んでいる訳ではないものの、「鉄道車輛のデザイン」は革新的なモノの象徴である時代のようです。「ロマンスカーの時代」というべきなのか。でもこれが実に納得いくスタイルなのは、こちらの歴史に存在する流電や名鉄いもむし、小田急SE、営団300、こだま型、あるいはガラス電車のデザインを巧に取り入れているからでしょう。
私の好きな言葉に誰が言ったのか、「ホントの事を語るには勉強しなくちゃならない。ウソを語るにはもっと勉強しなくちゃならない」というモノがあります。まさにこの言葉どおり「ああ、こういうウソなら好きだな」という印象を受けたのですが、これは作者がよほど(少なくとも私より)鉄道に詳しいからなのでしょう。
流線型といえばこういう作品を作られた先人もおられます。
http://www.kinet.or.jp/johdan/old-hp/oasis/arcadia/ANR2.htm
素晴らしいですね。
最近は昭和の鉄道風景がどうたら〜と語る本が多いんですが、どうもかつて「昭和」に生きた私には、それらの多くは「昭和の頃に感じた鉄道風景」に見えません。いや、より正確に言えば「見ていなかった」でしょう。当たり前です。私の生まれる前年に御殿場線からD52が引退しているんですから。80型電車はまあ判りますが。
私の見ていた「鉄道風景」は技術があるのにわざわざドアを手で開ける小田急ロマンスカーであり、通勤列車に使われる名鉄パノラマカーであり、かなり無理な設計の近鉄ビスタカーであり、ビュッフェのある東武DRCであり、曲面ガラスのある南海(先代の)こうや号であり、絵本でしか見ていないものの、イタリアのセッテベロとかそういうヨーロッパの国際列車でした。
大井川鉄道に連れて行ってもらった時は、ビンボ臭いオハ35より、ドアのガラス面積が広くて、運転台と客室の間のしきりが腰までしかない「しらさぎ」をカッコイイと思ったものです。そう、鉄道風景は「カッコイイ」ものだったのです。
考えてみれば「戦後からの鉄道風景」で目立つのは、新たに登場したロマンスカーや国鉄に借り上げられた新型ディーゼル機関車といった「昨日まで存在していなかった車両」ではないかと思うのです。岳南鉄道1105とか茨城交通ケハ601、はたまた上信電鉄の1000型、こういった車輛は「明治」や「大正」、「平成」にはあまりありません。
だから南海の「ラピート」とか小田急のVSEの方が、ほぼ見てもいないD51やC62より「懐かしい」と思うのです。自分にとっての「懐かしい」は「忘れていた感動」な訳ですから。
とはいえ「忘れていた感動」は何もスマートなカッコ良さとは限りません。重量感のある無骨さ、笑ってしまうような可笑しさ、組み合わせの妙、そんな諸々の要素が心を動かすものだと思います。
で、自由形鉄道模型なんですが、その魅力はまさにこの「忘れていた感動」を呼び起こしてくれるという所だと思うのです。
実物の忠実なスケールダウンであるなら、いや、あればあるほど「それ知ってる」「知らない」で終わりになると思います。個人的には(風景も含めた)実物の雰囲気の忠実なスケールダウンなどできっこないし、できた所で(学術的、民俗的資料として以外に)特に意味も無いとまで思っています。
全くの革新的デザインに限らず、現実世界にある車輛のデザインをちょっとだけ変更したものでも、あるいはパロディでも構わないのですが、「カッコイイ」、「面白い」、「可笑しい」…そういった事の感じられるもけーが見たいし、自分も目指したいですね。
実物の造られ方だって、全くの新しいデザイン、すでにあるデザインを消化し取り入れたもの、細かい仕様変更などなどありますが、他にあるモノの忠実なコピーってまず無いですから。
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(注1)ミッキーマウスの丸い耳を取って、尖った「寝癖」を二つ付けると有名なロボットの顔になるというのは知られた話ですが、それはそれでオリジナルになっているので誰も「パクり」とは言いませんね。
(注2)アメリカのインターアーバンが戦前の私鉄電車の範になったり、ヨーロッパのディーゼル特急、電車特急が戦後の特急電車のデザインの範になったりしましたが、セッテベロやエレクトロライナー他2、3(と日本の車輛の関係)を除いて「何が何の元ネタか」はまず語られませんね。
消化するのが上手い事(エレクトロライナーもそうですね)で「日本風」にしてしまうのでしょう。もちろん「語る」人の知識不足のおかげでもあるのですが。

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