2004/6/4 | 投稿者: yom_sky

 作品を書くということは書く以外の活動、日常としますか、と折り合いが悪い。
 自分は演劇の公演のために脚本を書くことがほとんどで、そのほとんどの場合、劇場のスケジュールの都合などもあり脚本の最初の1行を書くより早く劇場が決まっていたりする(今現在も7ヵ月先、9ヵ月先に公演が行われることが決まっている脚本を書いていたり)。
 それでも役者に出演交渉するなり稽古が始まる前なりに脚本があるにこしたことはないのであるが。ままならぬことも多々ある。自分トコで公演をうつ場合、ユニットの言い出しっぺ、演出も兼ねているので、書き、役者を集め、演出を付け、舞台プランを考え、とかとか・・・いろいろと兼ね兼ね、同時進行して行く。ケツ(公演日)はずらせないからだ。

 本が一週間ほど遅れそうだから顔合わせも一週間遅らそう。
 というわけにも行かず、
 本は無いけど顔合わせだけはしておこう。
 
 本がまだあがらないから稽古は今日は休みにしよう。
 ではなく、
 本はあがらないけどあるとこまで稽古をしよう。と、なる。
 
 本が遅れる、と、いうのは公演に関わるほとんどの人間に迷惑をかけることになるわけで、迷惑をかけている、早くあげねばなどと思えば思うほど気持ちは空回りよけいに進まないことにもなり、また、「本を完成させる」ことが生活の第1位になっているので、日常に支障をきたしだし、自分らなんかは書く以外でも仕事をせねば生活できないで仕事をしなくてはならないのですがそれも疎かになる、ヘマもする。ネガティブな思考にとらわれもします。「俺、脚本書かなきゃなのになんでこんなことやってんだろう」と。楽しいことをするつもりがどんどんつらく、どんどん落ち込んで行きもする。この状態は死ぬほどつらい。

 よりどころは「この作品はおもしろい(はず)」という思い込みだけ。逆にいえばもう後がない状態で「おもしろく」なかったらなにものこらないのだ。
 そこまで追い込まれる前になんとか書上げたいもの。でもね追い込まれないと思い出さないの、「ここは地獄だ」って。

 今日は追い込まれて無いけど思い出したので記す。なかなか無いので。
 
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