road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
九条を守ろうブロガーズリンク

カレンダー

2020
June
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

QRコード

検索



このブログを検索

カウンター

本日のアクセス
昨日のアクセス
総アクセス数

メッセージBOX

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS

羞恥を知ることについて

マルクスからルーゲへの書簡(1843年3月)より

・・羞恥はすでに一つの革命なのです。
羞恥は実際のところ、1813年にフランス革命を打ち負かしたドイツの愛国心に対する、そのフランス革命の勝利なのです。羞恥は一種の憤怒、自分の内へ向けられる憤怒なのです。
そしてもしも一国民全体が実際に恥じることがあれば、彼らは跳ばんがために身を引いて構えるライオンとなるでしょう。この羞恥すらドイツにはまだ存在せず、その反対にこれらあわれな人々はまだ愛国者であること、これを私は認めます。


「1813年にフランス革命を打ち負かしたドイツの愛国心」とは、プロシア・オーストリア・ロシアの同盟軍がナポレオン軍を破ったライプチヒの戦いのことを言っているのだろう。
「この羞恥すらドイツにはまだ存在せず、その反対にこれらあわれな人々はまだ愛国者であること、これを私は認めます。」
この、ライオンになれなかった「愛国者」たちがナチス政権を産み出して行ったことを考えれば、マルクスの慧眼には脱帽するほかない。

ただこの文章は、他国の過去の歴史についてのもの・・・と単純には受け取れない。

「羞恥すら今のこの日本には存在せず、その反対にこれらあわれな人々はまだ愛国者であること」
その事実の前に、ともすれば絶望感が襲いかかる。
われわれは、いったいどうすれば「跳ばんがために身を引いて構えるライオンとなる」ことができるのだろう?









0
投稿者:eudaimonia

吉野作造が遺したもの

以下、「吉野作造の思想と業績」懸賞論文の要約である。

吉野の評価はゆれ続けてきた。評価のゆれの要因は何か?
吉野の生きた時代の社会経済的状況とその変化に着目して考えてみる。
ゆれの原因その一、日本資本主義発展の特殊な経緯。
吉野のヒューマニズムがリアリズムに裏打ちされた時代(第一次護憲運動の頃まで、資本のブルジョワ的要求が民主主義を前進させた時代)は長く続かなかった。吉野のヒューマニズムは資本と労働との激しい階級対立の時代に、リアリズムを失った。
だが、吉野もまた時代を感じ、変化発展し時代に対応していく。この変化発展をどう捉えるべきか。その議論が不十分であったこと。これが吉野にたいする評価のゆれの第二の要因である。
当時の社会の矛盾の集中点、帝国主義をめぐる態度において、吉野は高く評価されるべきである。民族独立を求め・反戦を主張・侵略に抗議した吉野。それを可能にしたのは、朝鮮の独立運動家・反日運動家の中国人達との交流であった。吉野はここにリアリズムを再び取り戻してゆく。また、吉野の言動の根底にキリスト教的人道主義の確固さがあったことにも注目すべきである。転向した共産党幹部の存在を考えた時に、吉野の人道主義の確かさを思う。社会主義者を含め、すべての社会運動家が受け継ぐべきものだ。
ただし吉野の限界もまたキリスト教人道主義に由来する。
リアルな社会構造分析を妨げる側面があるからだ。
人間に対する理想=ヒューマニズムと科学的な態度=リアリズムの結合。
それこそが、課題として吉野が残してくれた遺産であろう。

2
投稿者:eudaimonia

To Bush

Bush and your visit to Japan is not welcomed.
I never permit the mortal sin of your causing.
Japanese large majority loves peace.
Many of baseball nuts love peace, and hate war.
You do not have the qualification that serves as the first pitch ceremony.
It is good though leaves quickly.


3
投稿者:eudaimonia

否定されたのは、麻生なのか?コイズミなのか?

コイズミ構造改革こそが、今日の生活破壊を招いたことは明らかだ。
身近なところで自殺者が続出している。「痛み」に耐えきれなかった人々の慟哭を、どう受け止めたらよいのだろう?

僕の住む県は「県民の皆様へ 救急医療のご案内」などというパンフレットを作成、配布している。その内容を端的にいえば、「医師不足のため、この地域の救急医療体制は危機に瀕している」というものだ。決してこの県だけの現状ではないだろう。
ところで、医師不足は自然に発生した出来事では決してない。政治的に、意図的に作り出された現実である。それは、医療関係予算の削減をねらい、大学医学部の定員削減をすすめたコイズミ構造改革による痛み以外の何者でもない。

選挙期間中、あるテレビ番組で沖縄のタクシー運転手さんたちの生活が紹介されていた。一日12時間以上の労働をしてもその対価はほんのわずかなもの。なんと、年収にして200万円にしかならないというのだ。子どもたちの教育費や家族の生計をどうしていけばいいのかと苦悩する運転手さんたちの姿が胸に迫ってきた。
いったい何が、彼らをここまで追い込んだのだろうか?
その原因はあまりにはっきりしすぎている。2002年の規制緩和。タクシー大幅増車の原因をつくったコイズミ構造改革による痛み以外の何者でもない。タクシーが増えすぎてタクシー労働者が生活できなくなってしまったのだ。

さて、今回の選挙で否定されたのは「コイズミ構造改革」なのか、それとも「自民党の旧来からの政治のあり方」なのか?僕はあくまでもそこにこだわりたい。
何故ならば、そのことを抜きにして、今回の選挙結果への評価はありえないと考えるからだ。

報道されたごくわずかな資料を分析してみよう。
産経FNS世論調査によると、「自民党の敗因」は
「麻生の判断や言動」=29.5%
「麻生以前の首相の判断や言動」=19.6%
「個々の候補者の政治姿勢」=10.3%
「党の実績への評価」=28.9%
などとなっている。

麻生首相が否定されたことは間違えないが、コイズミへの評価は微妙だ。
「麻生以前の首相の判断や言動」=19.6%
とあるが、麻生以前には安部もいるし福田もいるからだ。

そこで、別の質問を見てみることにしよう。
日本の首相に一番ふさわしいのは誰か?これは現職の国会議員限定の問いである。
結果、桝添13.1%(2位)、石破5.5%(3位)、石原伸晃4.9%(5位)
などの名前が上位にあげられている。いずれもコイズミ「改革」を推進してきた連中である。
少しづつ明らかになってくるようだ。

次に、同じ質問。今年4月の調査結果から。
コイズミ14.8%(1位)、桝添9.0%(2位)

結論。
残念ながらこの国の国民は、未だにコイズミ構造改革を断罪していないのではないのだろうか?(ついでにいえば、コイズミによるイラク戦争支援についても同様であろう)

さて、痛みを感じているはずの国民はどこへいってしまったのだろう?


(9.14原文を編集、改訂版)









1
投稿者:eudaimonia

姜尚中が語る希望

姜さんが中学生だった頃に吃っていた事を知って、僕は驚いた。
理路整然と流暢に語る今の彼の姿からは想像も出来なかったからだ。
「在日という理由で社会に受け入れてもらえないのではないかという不安と無縁ではなかった」
と彼は語る。
「私とはいったい何者か。」「なぜ在日として生まれたのか」
その意味を自らに問い続けて、姜さんはその豊かな思想と人格を築きあげてきた。

姜さんがこの国の現実と希望について語っている。(以下、引用)
クリックすると元のサイズで表示します
現代、僕たちが抱える最大の困難は、理想や社会、歴史といった「大きな物語」が見えにくいことだと思います。60年代後半から70年代初頭までは、社会は変革できる、その過程で人間は疎外から解放される、解放された人間が社会をまるごと変えられる、自己変革と社会変革は常にどこかでつながっている、と考えることができました。
今は挫折感や無力感にさいなまれている人が多い。世界経済危機にしても、雇用問題、社会保障問題にしても、資本主義総体としての矛盾として出てきているわけですから、その巨大なシステムを前に二の足を踏んでしまうのでしょう。
では、どうすればいいのか・・・
希望とはなにか。願いを実現するために、自分が行動を起こして変えていくことだと、僕は思います。誰かに期待して変わるのを待っているのではない。変えていくプロセスに自分が加わることです。そのためには自分が変わることも必要でしょう。どうして自分が変わらなければならないのか、悩み抜いて初めて、既成観念や価値観を変えられるのだと思います。

・・今、政治がなすべきことの第一は、最もダメージを被っている人を救い出すことだと思います。例えば、働く場を保障することは急務です。働くという行為の底にあるのは、社会の中で自分の存在を認められるということではないでしょうか。人は、働くことを通して、自分はここにいていい、自分は生きてていい、という実感を持つことができる。だからこそ、その働く場を奪われることは、一番つらい。

 そして政治は、人間同士の信頼を回復するための方法を考えるべきです。今、他者への不信がまん延しています。
・・きずなをどうやって結びあっていくか。希望とは一緒に分け合いながら生きていくところから生まれるのだと思います。

 かつて東大の矢内原忠雄教授は「現実を批判するのは現実ではない。現実を批判するのは理想だけだ。・・」と言いました。理想は希望と言い換えてもいい。
希望で現実を照射しながら、この危機の時代だからこそ、それをてこに、一緒によりよく生きる社会を実現できるのだと思います。
(しんぶん「赤旗」より)

姜さんは言う。
希望は、社会を変えていくプロセスに参加することにあり、そのためには自分を変えることが必要だ、
希望は、一緒に分け合いながら生きていくところから生まれる、・・・と。

「自分がいったい何者なのか」という悩みから出発し、自らの人生の現実を希望で照射しながら生きてきた姜さん。アイデンティティの危機を「てこ」にして、自らの内面の豊富さを生み出してきた姜さん。
彼の言葉に、僕が学ぶことはそこはかとなく大きい。
3
タグ: 姜尚中 希望 在日
投稿者:eudaimonia
1 2 3 4 | 《前のページ | 次のページ》
/4 
 
AutoPage最新お知らせ