road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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母の左手

母の語る昔話を記録しておきたいと思うようになった。

この先、同じ話を何度聞けるかわからない。
自分に大きな影響を与えた人の話だ。
記しておいて損はない。
いや、それは書き留めておくべきだ・・
そう思うに至った。

その一。

母の左手は、僕がものごころついた頃からいわゆる「サル腕」だった。
左手が曲がったままに固定されて、自由に使えない。
だから、母が運転する車の助手席のドアを母が開けようとするときは、
母は、助手席のドアに近い左手を使わず、わざわざ右手を頭の上から伸ばし、ドアのロックを引き上げていた。
それはまるでラジオ体操の体側の運動のように見えて、
「またラジオ体操だね」と僕は笑ったりした。

サル腕になった理由を聞いたのは、
僕が30才を過ぎた頃だったと思う。

唐突に聞かされた、けっこう衝撃的な出来事。
母が子どもだった頃の話。
母は、妹の子もりをまかされた。
まだ赤ちゃんだった妹を背負っていた母に悲劇が襲った。
かなりのスピードで走ってきた自転車に衝突された。
バランスを崩した母は、あかちゃんを落としそうになる。
落としてはならぬと必死だった母は、赤ちゃんを守るために夢中で左手を伸ばしていた。
不運にも、母の左手は自転車の後輪に挟まり複雑骨折。
以後、80歳になっても母の左手は自由にならない。

すごい話だった。
ある程度、状況からして自分が傷つくことは母もわかっていただろう。
だのに、妹を守るために自分が傷つく選択をした母。

すごい人だと思った。
自分にはとてもまねできない。

短所をあげればきりがないほどある。
口うるさく、神経質な母。
でも、この人はすごい人なのだと、
母の左手を見るたびに思う。

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投稿者:eudaimonia

学生時代の母の切実な思い

今朝出勤前の食卓で、母が、学生時代の思いを語り始めた。初めて聞いた事だった。
もうすぐ82才になる母。なぜ今朝突然、昔話を語り始めたのかはよくわからない。
だが、その内容は深く心に刻まれた。
忘れないうちに記録しておこうと思った。(以下その概要です)

生家はとても貧しかった。
貧しい中でも栄養をしっかりとろうと考えて、両親はにわとりを飼っていた。
卵が貴重な食料になっただけでなく、その卵を買ってくれる人も沢山いたそうだ。

ある時母は職員室に呼ばれる。そして先生からこう言われた。
「鶏の肉がほしい。一羽もらえないかと親に伝えろ」と。
母の父(つまり僕のおじいちゃん)は、その先生に「それはできない」とはっきりことわったという。(じいちゃんはお前に似て頑固だからいけないと母は言うが、僕から見たじいちゃんはかっこいい)

その後、母と母の姉。その学校に通っていた二人には試練が待っていた。
なぜか突然進路の夢が閉ざされた母の姉。
お姉さんが卒業した後は、母が標的にされたらしい。
母は、82才になってもいまだにその時の悔しさを語る。

その時、「貧しくても金持ちでも、どんな子どもでも差別しない先生になりたい」
そう強く思ったという。

同じ思いで今、僕は学校で働いている。
「どんな子も差別はしない」
「どんな子であっても、一人一人をかけがえのない人間として大切に思う」

もしかして知らずに母の思いの深層を、僕は受け継いで生きているのかもしれない。
今日、はじめて知った。僕は母の思いを受け継ぎ使命を果たしているのだと・・
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投稿者:eudaimonia
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