road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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この悔しさを決して忘れまい

昨日の夕方に町中でnewsを知った。一瞬頭が白くなり、心にはぽっかりと大きな穴があいたようだった。
大切なかけがえのないものを失ってしまったという思い。
帰路、電車の座席に呆然と座っていると、前のサラリーマンが松坂の笑顔の写真の載ったスポーツ紙をながめている。いつもと何も変わらぬ風景の中、この国に不幸をもたらす運命の決定がなされた。ぐるぐると思いが巡り僕は涙があふれて止まらなくなった。
夜、床についても悶々として寝つかれない。空気が薄くなったわけでもないのに、急に世界が息苦しくなったように感じた。

世論が求めている」・・・それが改正法提案の根拠とされていた。(国会答弁)
その「世論」は莫大な金をつぎ込んで、行政機構と税金を使ってデッチあげたものであることが暴露された。
首相は責任をとって給料を返還するなどとしているが、全く責任のとりかたがトンチンカンだ。法案提出の責任者たちが「やらせ」に関与しているのだ。よくヌケヌケと痛くもかゆくもない「減給」ですませて、強行採決できたものだ。

新教育基本法は自民党改憲案と整合性のあるものだ。という。(伊吹文科大臣答弁)
おいおい、この国は立憲主義の国ではなかったのか。法治国家ではないのか。
法律作成にあたっては、現行憲法との整合性を吟味するのが立法府の最低限の義務ではないのか。ありもしない「憲法」と整合させてどうするのだ。そんな法律は無効のはずだ。そして彼らの言動のすべてが憲法擁護・尊重の義務にまるっきり反していることもまた確かだ。なぜマスコミはつっこまないのか?

この理念法のうえに、時代にあった日本人をつくっていくという作業の重さにおののいている」(伊吹文科大臣答弁)
ここまで本音をあけすけにしゃべっちゃっていいんだろうか?よっぽどマスコミ報道と国民はなめられきっているんだなぁ、と思う。
そう、これからはあなたたちがこの国の教育を担うのだ。「時代にあった日本人をつくる」という教育の主体に晴れてなることができたのだ。
(しかも「育てる」という発想ではなく「つくる」という表現にその内実とするものが透けて見えてくるようだ。彼らにとって人とは、育つものではなく、つくられるものなのだ!)
ちょうど教育基本法「改正」の「世論」をかれらがつくって見せたように、税金を使い行政機構あげて、「りっぱな国民」をつくるという決意表明。確かに「おののく」ほどの重さをもつ事だろう。
教師も学校も彼らの意図を実現させるための手足としての存在。ああ、なんと美しき国!

臥薪嘗胆。2006年12月15日。この屈辱、この怒りは決して忘れまい。

                   











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投稿者:eudaimonia
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