road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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8・15に思う

今日、終戦を迎えた日をむかえた。

実体験として戦争を知らない我々にしても、
この国の過去の戦争の加害責任から目を背けることは決して許されない。
当時のこの国の支配層に対しては被害者でもあった日本国民だが、
植民地にされた国、侵略された国の民衆に対しては決してそうではない。
その加害者としての罪について、この国では決して十分な禊ぎが行われてこなかった。
われわれが救われるための唯一の道は、加害責任を自らの心に架しながら、
この国の戦争責任者たちを追及し続けることであったのに・・・

今年の終戦記念日は特別の日となった。
福島原発事故。ここでも、私は罪に問われている。
世界に放射能をまき散らした罪。未だにまき散らせ続けている罪。
原発労働者、近隣住民を被曝させた罪。彼らのふるさとを奪った罪。
未来に生きるはずだった子ども達の上に放射能をまき散らせた罪。

我々が選んだ政府の国策だった。
我々が選んだ政府による安全軽視のためにもたらされた事故だった。
その加害者としてできる唯一のこと。
自らの責任をこころに架しながら、徹底的に政府・原発推進政治家・東電・御用学者たちの加害責任を追及すること。
「加害者中の加害者」と言える人々を追及することなしに我々が免罪されることはありえない。

この人はそのために立ち上がったようだ。

http://www.youtube.com/watch?v=b_mddLgBU38




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投稿者:eudaimonia

騙され続けることの罪

以下、共同通信の報道。


「福島3号機の燃料、2度溶融か 収束作業見直しも」


 東京電力福島第1原発事故でメルトダウン(炉心溶融)が起きたとされる3号機では、いったん溶け落ちて固まった燃料が再び溶融を起こして圧力容器を破損し、大半が下部の格納容器に落下した可能性があるとする専門家の研究報告が8日、明らかになった。

 原子力安全の専門家で社会技術システム安全研究所所長の田辺文也氏によると、大量の燃料が格納容器側に漏れ出たとすると、現在実施中の圧力容器への循環注水冷却は再検討が必要。事故の収束作業は見直しを迫られる恐れもある。

 東電は「燃料の大半は圧力容器内にとどまっているのではないか」と、否定的な見解を示している


以上、引用終わり。以下、私の見解。

このニュースが重要視されていないのが摩訶不思議だ。
燃料は「格納容器へ落下」どころか、
「格納容器からも落下」が、今起こっていることの真実に近いだろう。
「循環注水」が無意味なことは、
実は当の東電が、一番よく知っているのではないだろうか。

今、福島からチェルノブイリ以上の放射能の大量拡散の危機を迎えている。
世紀の非常事態なのだ。
この分水嶺において、「安定冷却していますよ」などという国民向けのパフォーマンス。信じがたいほどの犯罪行為だ。
「循環注水している=燃料は安定冷却されている」・・などと、見え透いた嘘をつき、犯罪を重ねる行為。
そうしてまた国民はだまされる。

だまされる国民は決して単純な被害者ではない。
考えよう。そして嘘を見抜こう。
彼らの言うことを鵜呑みにして彼らを認めることが、
我々の加害となるのだから。

マスコミ・政府・東電からの情報ではなく、
国民は自分の頭で現在の状況を考えるべし。

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投稿者:eudaimonia

3・11とは自分にとって何だったのか

3・11とは、自分にとって何だったのか
心の声が自分自身に問いかけた

おまえは今
生きているってことのイミを
そのつらさも喜びも
悲しみも幸いも
そのすべてを、全身で感じているか
生きていることの意味を、
その根っこから問うているか

この生きづらさを思う
生きることは何故
こんなにもつらさを伴うのか
なぜ人は、それでも生きねばならないのか

我々は、どんな喜びを求めていくべきなのか
我々は、どこに幸福を求めていくべきなのか

あの凄まじい出来事が、いつ襲いかかって来るかも知れない
それでも、人生を喜びに満ちたものに出来るのだろうか
それでも、ああこの世に生まれてよかったと腹の底から思えるのか

自分はそんな毎日を生きているか
おれはそんな人生を送っているのだろうか

流れゆく日々を
ただ漫然と流されるままに生きるのではなく
濃くいきたい
濃密な時を過ごしたい
生きていることの感動の中に
身も心も打ち震える瞬間のために
研ぎ澄まされた毎日を生きたい

生きたかった命
さらに輝くはずだった
閉ざされた人生を思いながら
自らの今を問い続けていきたい













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投稿者:eudaimonia
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