road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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成長途上にある人間の絢爛豪華な人間ドラマ

古びた印刷紙が大切に保管してあった。
その裏に書かれた自分のメモ書きをとっておいたものだった。
こんなことが書いてあった。

成長途上にある人間の絢爛豪華な人間ドラマ 
 三上満


必ず成長し、変わるドラマの主人公だという信頼。
実に多様な回路をたどりながら成長していくもの。
ゆがんだ行動で人間らしい願いを表現したり、
手におえなくなることが成長の一里塚であったり、
ごまかしたりウソをついたりすることが
知恵のついてきた証拠であったり。
荒れることが、これではいけないという心の葛藤が生まれ
前進に向かい始めた印であったり。
いじけたり自分を嫌いになったりすることが、
自分をみつめる心が深くなった証であったり・・・

落ち込んだり、自分に嫌気がさす生き物なんて
人間以外に聞いたことが無い。
子どものありのままの姿を、まずは共感をこめて、ゆったりと受けとめよう。


メモを読み、そしてまた僕は思う。

否定的なことの中に潜む、変化・発展のドラマの胎動をしかと見抜ける目を持ちたい。
子どもは自ら伸びようとする力をもつ存在であると信じられる頭を持ちたい。
子どもたちが、必死に自分と闘いながら生きているその姿に共感できる心を持ちたい。
子どもたちと共に成長する未完成で未熟な存在として・・

日々の実践に、時にはへたりそうになりながら、
そんな決意をした今日だった。









2
タグ: 三上満 教育 教師
投稿者:eudaimonia

わすれられない贈り物

ある日の国語の授業でのこと。

その日のK君、さっそく活躍。
「配達係の人、配達をわすれているよ!」と係のみんなに注意をうながす。
そんな時は、ほめることを忘れないようにしている。
I君と話しているところへKがやってきたので、
I君に「Kは係りの仕事忘れていた子にやさしく教えてあげたんだ。すごいよね。」
と話した。間接的な形だが認められることの喜びがさらに彼を深部から変えていく。
K君のその日のその時間の授業への集中は目を見張るものがあった。

教材は「わすれられない贈り物」

年老いた心優しいあなぐまさんが、森の仲間たちとの永遠の別れを迎える。
あなぐまさんは、友のしあわせを自分のしあわせのように感じられる人だったので、
あなぐまさんとの、たくさんの思い出が動物たちの心に息づいていた。
あなぐまさんがさいごまで努力したことは、どうしたら自分がいなくなっても動物たちを悲しませないですむか、ということだった。
あなぐまさんを失った悲しみにくれる日々は、やがて心の中に生き続けるあなぐまさんが残してくれたものの豊かさに感謝し、そのぬくもりと共に生きる毎日へとかわってゆく。そんな物語だ。

K君は、他の誰にもできないほどの深さと重みをもってこの物語を受け止めた。
こんな感想文を書いている。

「ぼくはこのはなしがとてもすきです。こんないいはなしがきょうかしょにあるので、おどきました。ぼくがいちばんすきなところは、さいごにもぐらさんがありがとうといったところです。ありがとう、ぼくはこのことばがすきです。せんせいもすきですか。あなぐまさんはしぬまでいっしょうけんめいに、いきました。あなぐまさんはすごいなぁとおもいました。」

Kは、自分の人生と、自分の生き方と、自分の仲間の問題として、
この物語のメッセージを受け取った。心で受け止めた。
それができたのは、彼が、もがきながらも自分のおかれた状況とたたかい、
懸命に自分自身を生きようとしてきたからではないだろうか。

Kは、いまだにけんかする。ついこの前もおとなしいY君を泣かせた。
謝りなさいといっても心がこもらない。
ところが、「それでは、あなぐまさんのようにみんなから好かれる人には、なれないな。」と諭すと、とたんに真剣な表情になって照れずに心からの謝罪をする。そして「先生、僕できたよ。きちんと謝れたよ。」と伝えにくる。

K君のそんな姿こそ、彼からの決してわすれることの出来ない贈り物である。







3
タグ: 教育 学校 子ども
投稿者:eudaimonia

続々・迷いながらも自分の道を生きる

K君のことについての続きを書こう。

水谷修氏が絶望の淵に立つ子どもたちに投げかけるのは、
「誰かのために何かをしてみよう。その時、君は救われるだろう。」
そんな言葉だという。
愛に飢え、それをいくら求めても与えられない子どもたちが、
愛を与える側にたったときに彼らの飢えが初めて満たされる。
Kの場合もまたそうだった。

斑学習をした時のこと、教室が余りにうるさくなったので
「大きな声を出さない!」と注意すると、何を思ったのかKも前に立って、
「大きな声を出さないで!」僕と同じことを言う。
Kが静かに集中していたわけではもちろんなく、むしろ一番騒がしく、
彼は自分のことを棚にあげたわけだが、僕はそんな彼に否定的な言葉を決して口にはしなかった。
むしろ、
「誰かのために喜ばれることをしてみよう。それが君を君の苦しみから救い出す。」
そんなことを伝えたいと願っていた僕には、絶好のチャンスだった。
確かこんなふうに、僕は彼に伝えた。
「僕とみんなのために注意してくれたんだね。ありがとう。そういう気持ちがとってもうれしいよ。」

その時間の、その後のK君の授業態度は一変してしまった。
集中して課題に取り組む。時々相変わらずの様子はみせてはいたが・・・
だが、大きな変化はむしろその後にやってきた。

あれこれと誰かのために行動するK君の姿が頻繁に見られるようになったのだ。
ある時は、だれかと喧嘩して興奮する子をなだめたり、
またある時は、だれかのために仕事を手伝ったり、
そして、必ずその報告にやってくる彼。
こんなにも自分が認められることの喜びは大きいのだ、と改めて僕は思う。

彼がもがいてきたことの重さと、彼がひとつの壁をつきやぶったことの感動をつくづく感じさせられた出来事の報告は、また次回に。








4
投稿者:eudaimonia

続・迷いながらも自分の道を生きる

一学期のある頃にK君が言っていたことば。

「学校なんて無くなってほしい」

それ以上のことはいくら聞いても言わなかった。

この数年で、小学校はかなりの変貌をみせた。
できる子・普通の子・できない子と、子どもを3ランクに分け、それぞれ別々の教室で授業を受けさせる習熟度別学習が当たり前のように行われるようになった。
新学習指導要領は、全学年、週当たり1時間の授業の増加を強いた。
そのため、かつては「朝の会」をやっていた時間帯が実質的な一時間目となった。
教育予算がきりつめられ、授業に必要なものでも簡単には手に入らない。
正規採用の配置がぎりぎりに抑えられ、非常勤講師が大量につかわれるようになった。
「ゆとり教育」などと言われていたが、先生たちに「ゆとり」などますますなくなっている。子どもの生活環境や発達状態は悪化しているのに、それに答え解決をはかるための時間が保障されていないのだ。
普通クラスに、注意欠陥多動性障害・高機能自閉症・学習機能障害・緘黙児など多数抱えスーパーマンのような対応が求められる。
また、先生にも子どもにも、学力テスト導入に象徴されるような競争圧力がじわじわと強まっている。

K君の学年も2年生まではゆとりがあった。
今と同じ40人弱の子どもが二クラスに分かれていたからだ。今は一クラスだ。
いまどき、「先進国」でこんな国が他にあるのだろうか?
学力テストに毎年何十億もの金を使うくらいなら、少人数クラスの実現のために金をつかえば、「学力向上」の効果は間違えないのに。
貧困の影も濃い。消しごむや鉛筆すら普通にそろえられない子もいる。経済的という面だけでなく生活の全般的崩壊という形でじわじわと貧困が進行しているようだ。
K君の場合は朝ごはんをつくってもらっていない。休日は一日中テレビゲームをしていることが多い。夜11時ごろまでやっている。そんな翌日に集中して勉強できるはずがない。

先月のある日、僕の授業の時のこと。
全体に落ち着かない雰囲気の中、Kもいらいらしていた。2時間目の算数の時になにかがあったらしい。いつも授業前に「きょうもがんばる」といってくるK君が「きょうはまじめにやらないよ」といってきた。
その言葉どおりだった。班学習のときN君と殴り合いのけんかをはじめた。Kは興奮状態だった。とりあえず、2人を引き離す。落ち着かせるためKを廊下につれだした。じっくりと向かい合うべきだったが、クラスに戻ってやるべきことを指示しなければならない。そうこうしているうちにK君は戻ってきて再びN君に殴りかかっていく。かつてないほどの興奮状態だった。無茶苦茶な状態のまま授業時間終了。
Kは相変わらずあばれつづけ、関係の無い子にたいしても「お前もぶっ殺す」などと叫んで殴りかかる。大きな声で一喝してもおさまらない。体を力ずくで押さえつけると、
「はなせよ。」とさらに暴れる。「君が暴力をやめない限り、絶対にはなさない」
と強い態度にでると、悲しい声で彼はこうさけんだ。

「もうストレスで爆発しそうなんだよ」

だからといって暴力をふるって何も罪の無い友達にいやな思いをさせてもいいのかといっても言葉が響かない。「全員ぶっころしたい」という。それで君は幸せか?といっても聞く耳を持たない。そんなやりとりに僕は疲弊する。
もう給食の準備が終わり、皆が給食を食べ始めていた。
その時僕はふと思った。「ストレスで爆発しそうだ」という彼の苦しみに対して、僕はどれほど心を寄せようとしたのだろう?とりあえず騒ぎを収めたい、それだけではなかったのか?一番苦しんでいるのはK君だ。Kの苦しみを一緒に苦しんであげるべきではないか?

そんな思いから言葉があふれでてきた。
「なにがそんなに苦しいのか。なにがそんなにストレスなのか。僕にはよくわからない。君の事をそんなに知っているわけじゃないからね。わかってあげられなくてごめんな。」
そう伝えた時、彼ははじめて我にかえったように「はっ」として僕の目を見た。
その目はそれまでとうってかわったような優しい目だった。

校庭側の窓際の壁にもたれて、二人は床にすわっていた。
それから彼は動かなくなってなにかをじっと考えていた。(つづく)



7
投稿者:eudaimonia

やさしさの街づくり

図書館からの帰路、地下鉄の同じ車両に白い杖を手にした年配の男性が同乗していた。
駅で降りようとすると男性も杖を頼りにホームに降りようとする。地下鉄にあまり慣れていない様子で、足取りはおぼつかない。よろめきながらホームにおり、壁に歩み寄るのだが、急ぎ足の他の乗客と接触しそうになる。

それで、声をかけた。
乗り換えのホームまで誘導してほしいと頼まれた。かなり乗り換えが複雑な駅だ。そのうえ行きかう人の数も多く、危険も多い。
誘導する途中、いろいろとお話をした。
「地下鉄を乗り継ぐのはたいへんですね」と話しかけると、
「週に一回、趣味の教室に通っています。」「たいへんだけれども、外に出ないといけないと思うから。」「いつも家の中にこもっていたらよくないから。」「社会と接触することは大切だから。」などと答えてくれた。
しっかりとした人だと思った。
そして、「マフラーのつくりかた教えてもらっているんです。週一回。」
「へんでしょ。マフラーつくるなんて。」
とその人はいった。
その言葉を聞いて、僕は胸がつまった。ちっとも変ではありませんといいたかったのだが、うまく伝えられなかった。
乗り継ぎの列車の車内までその人を送り届けた。この先、手助けをしてくれる人がいるのだろうか?などと心配しながら、「お気をつけて」と挨拶した。目をあわせられない挨拶をして老紳士を見送ったあと、なんともいえない気持ちに心が塞がれた。

週に一度、毎日の孤独からぬけだして社会と接触するために、「マフラーづくり」というわずかながらの生きがいのために、たくさんの危険と障害をかいくぐらなければならない目の不自由な老紳士。
社会的弱者を取り巻く環境。この数年でいろんなことがかわったように思う。
駅員はホームから姿を消し、乗客たちの多くは他人に対して無関心となり、どんなに困っている人がいてもその手をかそうとしない。

この社会はいつからこんなに冷たくなってしまったのだろう?
この国の人々は、何ゆえにこんなに優しさを失ってしまったのだろう?

政治に対して言いたいことは山ほどある。だが、今はむしろ私に何ができるのだろうと自分につきつめて考えている。
とりあえずは、明日のわが町の「まちづくり会議」で「弱者にやさしい街づくり」を提起すること。
来週、同じ時間、同じ場所でもういちど老紳士のためのボランティアをすること。

実りのある種がまけますように・・・

8
投稿者:eudaimonia
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