road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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続々・後期高齢者医療制度の冷酷

陰鬱な気分のまま四月を迎えた。

母は、後期高齢者医療保険の保険証が入った郵便物を開封しようとしなかった。
同年代の友人と電話で「なんとも憂鬱でしかたない」と話しているのが聞こえてきた。

「メタボの検診受けなくていいんだってね」
「そういう扱いをされることが悲しくて仕方がない」

検査なんていらない。どうせ死ぬのだからお金の無駄になるだけ。
厚生労働大臣は、「残存能力を活かせ」と言う。
そう言われる側の悲しみをどれだけわかっているのだろうか。

「キャノンの御手洗さんが定額制の実現を切望したらしいよ。」と伝えると
「キャノンのものは今後一切絶対買わないで」という。
こんな母の言葉をきくのは初めてのことだ。
心の痛みとともに、我が家にとっては年間7万円近い負担増による懐の痛みもまた深刻である。

厚生労働省の担当官僚の発言が、小池質問を通じて広く知れ渡ることとなった。

「この制度は、医療費が際限なく上がっていく痛みを後期高齢者が自ら自分の感覚で感じ取っていただくものだ」

いったい高齢者にどんな罪があって痛みを感じろというのだろう?
もしも痛みを感じなければならない者があるとすれば、それは今日のような財政赤字を生み出してきた政権党の政治家・それを支えてきた官僚自身ではないだろうか?

1990年代、アメリカの抱える「双子の赤字」の解消のために10年間で630兆円の公共投資を約束し、ゼネコンを儲けさせるだけの無駄な大型公共事業をばらまき、この国と地方の財政を破綻させた張本人達。
「際限なく増えていく借金の痛みを、政治家と官僚たちが自ら自分の感覚で感じとっていただくような制度」を、この国の良識ある国民の共同の力で何とか創り出せないものだろうか?

憂鬱な気分の中で、夢想する。











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投稿者:eudaimonia
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