road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
九条を守ろうブロガーズリンク

カレンダー

2008
April
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

QRコード

検索



このブログを検索

カウンター

本日のアクセス
昨日のアクセス
総アクセス数

メッセージBOX

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS

後期高齢者医療制度、この悲痛な叫びを聞け!

今回は、後期高齢者差別医療制度の当事者となる、ハンドルネーム「光輝高齢者」さんから頂いたコメントを掲載したい。(ご本人からの了承は得ていませんが・・・)
光輝高齢者さんから寄せられたコメントを読み、その切なる思いを多くの方々に届けたいと思いいたったからである。

開設者様。有難う御座います。
私の数々の勝手な発言を、快くご掲載下さいます事、厚く御礼申し上げます。
表現は粗雑、お赦し下さい。この国の庶民は、臨終は自宅。が当たり前でした。
私は、家族が病院でなくなったのは実母が初めて、一昨年は妻でした。
私は、人が病院で終焉を迎えることは、重篤なことでない限り非正常な事と思っています。家族が集まり共に臨終を迎える事が、大事だと考えるからです。
病院で死ぬことが已むを得ないのは、勤務地が遠くても満足に帰って来れない。日数も取れない。勤務から離れられない。嫁いだ先のこともあるでしょう。ついつい周囲に遠慮しなければならぬ勤務環境。昔とは激変した社会構造が、家族の死に対する在り様をも変えたのではないのですか?

就職したら、結婚したら、肉親矢故郷との別離。これを繋ぎ止めるのも、社会福祉や医療の一面のありようだと思います。
できない状況があるのに、在宅出産、在宅看取り。いま大声で叫ぶ人がいます。
家族を思ってではなく医療費削減の見地からでしょう。
ここぞとの政策アピール、目玉商品でしょうか。それができる社会構造に変えようとしない限り、欺瞞であり、いじましい。
複数の罹病を主病一本に集約し定額に、主治医を決めよ。今の医師は専門性が強く、他科の質問をしても返答できない人が多い。
果たして主治医として、極められた枠の中で、総合的なアドバイスを与える事ができる医師に巡り合えるのか、当の医師でさえ敬遠しているではありませんか。

ともすれば個人の営みをスポイルする社会構造を、長年に亘り推進してきた(われわれにも責任がないなどとは言いませんが)中心の人たちが、それによって莫大な権益や利益を得ているにもかかわらず、その人々の主導・発案によって、今回の制度が行われた事に、いわば兵隊として貢献してきた我々の、怒りを抑えることができないのです。

誰がやっても実負担は似たり寄ったりかも知れません。でも、思想精神が卑しいのです。若年層と老年層の埋めがたい断層をつくり、今後の国民の幸福や、医療・福祉の道筋をいとも簡単に枉げた事への怒り。失望感、喪失感といってもよいでしょう。78年目に見たものがーーーーー此れか! です。

またまた歯に衣着せず言ってしまいました。  丁度、入れ歯をはずしていましたので。
失礼いたしました。


長年にわたりこの社会のために貢献していただいた人生の先輩たちに「失望感、喪失感」を味あわせるようなこの制度。
この国の良識、あるいは良心ある人々の力の結集によって葬り去るしかないだろう。
0
投稿者:eudaimonia

やったね!画期的判決だぁ

歴史的ともいえるイラク派兵違憲判決が下された。
その闘いの一端を過去の記事において掲載したが、地裁における審理の様子からはとても想像できないような大逆転劇だった。

http://sky.ap.teacup.com/sinzituitiro/15.html
http://sky.ap.teacup.com/sinzituitiro/16.html
http://sky.ap.teacup.com/sinzituitiro/17.html
http://sky.ap.teacup.com/sinzituitiro/18.html

勝訴ではないが、この結果はまるで逆転満塁ホームランでサヨナラ勝ちしたかのよう。
「絶望してはいけない」「状況は変えうるものである」
そんな勇気を与えてくれた判決であった。

地裁敗訴の当日も、すでに高裁にその目を向け闘いを鼓舞していた池住さん。
「死んでも闘いをやめない」と語っていた老闘志。訴訟事務局や中心メンバーの不屈さ・その楽天性に本当に頭が下がると同時に、僕もまた彼らを見習いたいとつくづく思った。

以下、僕も原告に名を連ねている「派兵差し止め訴訟の会」からのメールニュースである。

原告および支援者のみなさま

画期的判決です!!!
4月17日、名古屋高等裁判所で、自衛隊にイラク派兵は
憲法9条1項に違反するとの判決が下されました。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  
■判決文をHPにアップしました ↓
http://www.haheisashidome.jp/hanketsu_kouso/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 

要旨は、『自衛隊の活動、特に航空自衛隊がイラクで現在
行っている米兵等の輸送活動は、他国の武力行使と一体
化したものであり,イラク特措法2条2項,同3項,かつ憲法
9条1項に違反する』と、初めて憲法判断に踏み込んだ
歴史的判決でした。

「平和に生きる平和を希求する権利が侵害された」と訴え
たところでは損害賠償は却下されたものの、平和的生存権
の具体的権利性を正面から認め、なおかつ『そこに込めら
れた切実な思いには、平和憲法下の日本国民として共感
すべき部分が多く含まれているということができる』という、
温かみのある血の通った判決でした。

これは全国の平和を希求する市民の運動と声が重なり合った
からこその判決だと言えます。
判決文をじっくりお読みください。



それにしても、航空幕僚長の(違憲判決について)「そんなの関係ねぇ」発言。
いったい何なんだろう。
こういう発言が大問題とならないマスメディアの状況やら、違憲派兵をすすめた張本人のコイズミ氏が相変わらず「首相になってほしい人」のトップだという国民の政治意識・・・
なんていう現状こそ、本当に「大逆転」させて行きたいものだ。
0
投稿者:eudaimonia

続・怒りと悲しみの後期高齢者医療制度

「国民健康保険特定健康診査等実施計画」なるものが配達されてきた。
いわゆるメタボ検診である。その対象は40〜74歳。
知っていたこととは言え、あらためて母がこの検診の対象からはずされているシビアな現実にショックをうけた。
「残存能力で生きろ」その言葉が頭の中でぐるぐるかけめぐった。

今日は、この制度による高齢者の経済的な負担増について少し具体的に書いてみたい。

その一、私が勤務する都市の場合。

これまでは国保の減免制度があったため、75歳以上の高齢者で年金収入153万円未満の方は、負担額は0円だった。
ところが後期高齢者医療制度により、75歳以上の方は国保から閉め出されることとなり、負担は一気に年額12000円となる。

また、年金収入が168万円未満の方についても、これまでの約5万円の負担から23万円への負担へと、約5倍の負担増となる。

無収入の人からも年額12000円
年金額168万円の人はなんと5倍の負担増に!

(資料;社会保障推進協議会)

その二、大阪市のケース

大阪社保協によると、「後期高齢者なんでも110番」に次のような電話があったという。
電話してきたのは74歳のタクシードライバーの男性。
年収200万のこの男性は8月に75歳を迎える。
娘さんは40代で精神障害を持っていて働けない。
お父さんが後期高齢者医療制度によりこれまで加入してきた社会保険から閉めだされることとなる。
それは娘さんにとっても、その被扶養者でいられなくなることを意味する。
だから国保に入らなければならない。娘さんの国保料は年間7万円にもなる。
お父さんの保険料が12万円、あわせて20万円近い負担となる。

74歳現役タクシードライバー。年収は200万円。障害者の娘と2人で保険料なんと20万円にも

ところで、この国のメディアはいったいどうなっているのだろう?
この制度の抱える問題の重大さに比して、その取りあげ方があまりにも軽すぎはしないか?そのあまりの軽さに歯がゆい思いをしているのは自分だけなのだろうか?
人権問題というならこれからこの国で行われようとしていることこそ、まさにとびっきりの人権侵害ではないだろうか?
中には、「この制度、仕組みのわかりにくいのが問題」であるかのようにとらえているテレビ番組すらある。
その番組スタッフは、なんて浅はかでおめでたい人達だろう。
わかりにくいその仕組みをわかりやすく伝えることこそがあなた達の使命ではないか?
そこにある本当の問題点を知りもしないし、知ろうともしない。
怒り悲しみ、そしてそれでもけなげに今日を生きている人々の思いのたけを、どうしても彼らに伝えていかねばならない。



0
投稿者:eudaimonia

怒りと悲しみの後期高齢者医療制度

新聞への投稿から、怒りの声を拾い集めてみた。

87歳になられるご近所にお住まいの女性の方が、私の家にやって来ました。
「私のところにも、後期高齢者保険証が届きました」と知らせてくれたのですが、お顔を拝見すると、目が涙でぬれているではありませんか。そして声を震わせながら「わたしゃ悲しいよ。怒りを通り越して、情けなくて悲しくて仕方ないんだ。もう用はないよ。死んでもいいんだよ、と通告されてるような気がして」と語ります・・・私も涙が出てきました。絶対に許せないと思いました・・・


(小池質問を75歳の母とテレビで見ていて)
なんだか母がかわいそうで、テレビを消したくなりました。後期とか終末期医療とか、死を待つための年齢のように聞こえてきて・・・

八十歳の母に後期高齢者医療被保険者証が届きました。「後期高齢者医療特別徴収開始通知書」というものもきました。保険料として母の老齢基礎年金から二ヶ月分の二千円が差し引かれるという通知です。「不服申し立ておよび取り消し訴訟について」とあって小さな文字で、まるで「不服があるなら裁判所へ」というような文言です。
八十、九十歳のお年寄りがいちいち弁護士に相談したり裁判に訴えたり、できるものか!
母は認知症もなく元気ですが、この先不安です。私と母の収入は、私の障害年金と母の老齢基礎年金の二つだけ。二人で月々十三万円ちょっとです。少ない年金から介護保険まで差し引かれれば、もう生活はギリギリです・・・


こうしてその声を拾い集め書き込んでいると、人々の無念や怒りと悲しみの思いが心に染みわたってきて、同じ思いをしているこの僕の胸をつかれ、思わず涙をこぼしそうになる。
いったいなぜ?
あの戦争で苦しんだ母親たちの世代を、今また再び泣かそうとするのか?
いったいなぜ?
わざわざこんな制度を創るまでして、いたぶり苦しめようとするのか?

こんな制度を許しておいて、「人権の尊さ」なぞ決して語れはしない。
我々が、どんな「この国のあり方」をのぞむのか。
いったい政治はどうあるべきなのか?
その根本に対して我々の持つその目ん玉を、しかと見据えたいものである。
0
投稿者:eudaimonia

続々・後期高齢者医療制度の冷酷

陰鬱な気分のまま四月を迎えた。

母は、後期高齢者医療保険の保険証が入った郵便物を開封しようとしなかった。
同年代の友人と電話で「なんとも憂鬱でしかたない」と話しているのが聞こえてきた。

「メタボの検診受けなくていいんだってね」
「そういう扱いをされることが悲しくて仕方がない」

検査なんていらない。どうせ死ぬのだからお金の無駄になるだけ。
厚生労働大臣は、「残存能力を活かせ」と言う。
そう言われる側の悲しみをどれだけわかっているのだろうか。

「キャノンの御手洗さんが定額制の実現を切望したらしいよ。」と伝えると
「キャノンのものは今後一切絶対買わないで」という。
こんな母の言葉をきくのは初めてのことだ。
心の痛みとともに、我が家にとっては年間7万円近い負担増による懐の痛みもまた深刻である。

厚生労働省の担当官僚の発言が、小池質問を通じて広く知れ渡ることとなった。

「この制度は、医療費が際限なく上がっていく痛みを後期高齢者が自ら自分の感覚で感じ取っていただくものだ」

いったい高齢者にどんな罪があって痛みを感じろというのだろう?
もしも痛みを感じなければならない者があるとすれば、それは今日のような財政赤字を生み出してきた政権党の政治家・それを支えてきた官僚自身ではないだろうか?

1990年代、アメリカの抱える「双子の赤字」の解消のために10年間で630兆円の公共投資を約束し、ゼネコンを儲けさせるだけの無駄な大型公共事業をばらまき、この国と地方の財政を破綻させた張本人達。
「際限なく増えていく借金の痛みを、政治家と官僚たちが自ら自分の感覚で感じとっていただくような制度」を、この国の良識ある国民の共同の力で何とか創り出せないものだろうか?

憂鬱な気分の中で、夢想する。











0
投稿者:eudaimonia
1 | 《前のページ | 次のページ》
/1 
 
AutoPage最新お知らせ