road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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改憲投票はすでに始まっているpart2

僕の前回記事(改憲投票はすでに始まっている)程度の認識では、まだまだ甘かった。
国民投票法案の本質とその危険性を知って驚いた。
改憲国民投票法案情報センターのHPを是非ご覧下さい。
特に「2つのねらいと6つの危険性」は必読の論文。

http://web.mac.com/volksabstimmung/

公明からの要請で地方選挙投票後の衆院通過が画策されているらしい。
勝負はこの2週間にあり。
世論が盛り上がり民主党を動かすことが出来れば、廃案は可能だろう。
そのためには、自覚的な人々によるマスコミへの抗議・要請の集中が必要だ。
本来伝えるべき情報を伝えていない事の重大さを彼らの心に届く言葉で訴えかけよう。
著書「ご臨終メディア」において、マスコミ人の一員であった森達也氏は、視聴率とともにメディアは抗議に弱いと語っていた。
緊急事態。短期決戦の時だ。心あるみなさんの行動を呼びかけたい。

メールフォーム(抗議と要請先一覧)
http://www.kyodo-center.jp/douhoumail/douhou.htm



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投稿者:eudaimonia

「改憲投票」はすでに始まっている

憲法「改正」のための決戦はすでに始められている。

サッカーにたとえるならば、決戦のホイッスルはすでに鳴らされているのだ。
「まだ大丈夫。決戦はルールづくりが行われてから、国民投票で・・」などと考えている諸氏もあろうが、大間違えだ。
まったく公平なルールなど有り得ない。平和勢力か?好戦派か?どちらにより有利なルールが創られるのか?それがこの勝負の勝敗を分けるであろう。
サッカーの「前半戦」以上の重みをもった闘いが、今もう行われているのだ。

完全なアウエー戦。
圧倒的に戦争勢力にとって有利な国民投票法が決められようとしている
自民・公明の与党案は、国民の一割台の改憲賛成でも憲法「改正」が成立する可能性のある法律案なのだ。

「公務員の罰則規定を無くした」などと政権党の意図通りにマスコミは垂れ流すが、公務員はむしろ公務員法にうたわれた「政治的行為の禁止」がそのまま適用されることとなり、公務員・教員はビビリまくって護憲運動に参加できないことになる。大学教授も、「憲法を守ろう・・」などという発言は出来なくされるであろう。(権力の犬のような学者、つまり改憲派のせんせぇ方の「憲法は変えるべき」という主張は、きっとおおめに見てもらえることだろうが・・)

僕もまた、この国の未来をかけた大切な投票の時に、集会にも行けない、ビラもまけない、思いも人に語れない、ブログに訴える言葉もつづれない・・・もしかしたら、それは僕にとっての生き地獄といえる事かもしれない。
そのとき僕は、失職・処罰を覚悟して憲法を守れと主張して闘えるだろうか?
自分に対して、究極のような選択が迫られることとなる。

サッカーにたとえるならば、すでに相手側が2点を先取してリード・・・といった状況だろう。マスコミがこのような重大な事について、論点すらほとんど知らせず、圧倒的国民が無関心なままに、この国の未来を決める重大事の決着がつこうとしている。
教育基本法のときと全く同じように・・・

何とかアウエーゴールを・・・一点でも欲しいところだ。
それはきっと、起死回生のゴールになることだろう。

参考記事
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/296d949e28a54140f79f0d4b5cb092a3
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/b2609e550815485bdb5e16349d257122
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/e15e6cda814093430e0053414b1d1f94
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投稿者:eudaimonia

子ども達への別れのメッセージ part2

以下、3月17日にB小学校を去るにあたって全校児童の前で語った内容である。


みなさん。「何のために勉強なんてするんだろう」って考えたことありますか?
僕はこう思ってます。

「勉強は賢くなるためにするもの、賢くなって幸せになるためにするもの」

言いたいことがふたつあります。

ひとつめ。
本当の賢さはテストの点数だけでは計れません。
本当に賢い人というのは、自分の頭でいろいろなことを考えることができる人です。
何がホントのことで、何が大切なことなのか。自分の力で考えます。

周りの意見に流されません。

だから賢くなるためには、与えられることだけをやっていても駄目です。
昔ある人は、「リンゴは木からポトリと落ちるのに、月はなぜ地上に落っこちてこないんだろう?」と疑問をもち、そのことを考え続けて、ある法則をみつけました。それは世紀の大発見でした。
みなさんも、いろいろなことに疑問をもって下さい。自分で問題をたてて自分でその問題をおっかけて下さい。 そして賢い人になって下さい。

ふたつめ。
世の中には、頭は良くても心の優しさを持たない人がいます。そうゆう人は、賢い人ではなく「ずるがしこい人」です。
ずるがしこい人は自分がいい思いをすることしか考えません。
賢い人は、他の人の幸せのために尽くして自分も幸せになれる人です。
人間にとって一番大切なものが何かということを、よく知っているからです。


B小学校のみなさん。
何よりも、一生懸命にがんばっている時の君たちの姿をみることが好きでした。
だれよりも、困っている友達に手をさしのべやさしくできる子の姿に感心し、心があたたまりました。
「人には、頭の出来の善し悪しや、何かが出来た出来ないという結果よりも大切なものがある。」「何よりもここだと思います。」「ここも大切。でももっと大切なのはここ」(何かわかりますか。ハートですよ。)

みなさんと過ごした一年はとても楽しかった。どうもありがとう。
これからも遠くから君たちを応援し続けます。



この話に対しては、子ども達からも、先生達からもかなりの反響を頂いた。
校長は、話の直後に僕のところにわざわざ近づいてきて、
「いい話だったなあ」と小声で囁きかけてくれた。
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投稿者:eudaimonia

イラク戦争開戦の日に

今日3月20日、イラク戦争開戦の日にあたって思うこと。

この国はすでにかなりの部分において崩壊しつつある。
問題の深刻さは、為政者がひどすぎることにあるのではない。彼らに権力を与え続けている国民のあさはかさにこそある。イラク戦争を支持したこの国の政府を国民が肯定したとき、我々はすでにルビコン河を渡ってしまったのかも知れない。

「国益を守るため、いざというときに米国にこの国を守ってもらうためには、戦争を支持しておいた方がよい」

こんな意見が堂々とマスコミを通して語られたとき、背筋が凍りつくような思いをした人間は案外少数派だったようだ。
戦渦のイラク民衆のために、いてもたってもいられず現地へとび、彼らに尽くそうとした日本人がレジスタンスに捕らわれた。そのときに、この国に巻き起こったバッシングの嵐。
慰安婦問題、過去の過ちを掘り下げた番組を報じようとしたNHKに圧力をかけた人物を、圧倒的な支持率で首相にもちあげたこの国の国民。
軽薄で浅はか、そして簡単に踊らされてしまう。そんな自分たちのことを、きっちりと見つめなければなるまい。

今のままでは、確実に憲法「改正」国民投票法は成立、近いうちに憲法は変えられるだろう。(国民のたった10人中2人の賛成で「改正」は成立する!)
過去の戦争とは様相は違うだろう。だが、他国の罪のない人々をこの国の若者が殺しに行き、そしてまた彼らも傷つけられる。そして、海外で戦争をできる国は今よりも更に過酷に庶民の暮らしを圧迫することは容易に想像がつく。

それでも出来ることは何かと考え続け、行動にうつさねばなるまい。
山本宣治や小林多喜二や野呂榮太郎の時代よりも、はるかに今の時代のほうがめぐまれているのだから・・・
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投稿者:eudaimonia

子ども達への別れのメッセージ  part1

卒業を間近に控えた6年生に別れの言葉を送った。


みなさんと同じ小学生だったころ、今からもう35年も前のことになりますが・・
僕が小学校6年生だったころ。休み時間になると窓から外をながめながらよく考えていたことがありました。なんだかわかりますか?
それは、「人間にとって一番大切なことは何だろう?」っていうことでした。

なぜそんなことを考えるようになったかっていうと、それまでの僕は、テストの点で誰にもまけたくない。成績でまけたくない。ライバルの子もいたのですが、その子に勝ちたい。それで先生に「すごいね!」って言われたい。点数や成績がよければ先生はとても褒めてくれたからね。
でもあるとき、ふと思ったんです。
「それがそんなに大切なことなんだろうか?」
「もっと人間には 大切なことがあって、その大切なものでだれにもまけない自分になりたいなぁ・・・」
って。

そしてそれから考え続けて、大切だと思うものを2つみつけました。
それを一言でいえば「情熱とやさしさ」です。
情熱、何事にも前向きに熱くなって一生懸命にがんばること。
やさしさ、周りの人たち、特に苦しんだり悩んだりしている人たちに対してやさしくできること。人のために尽くせる人間であること。
そんな自分になりたいと、そんな自分でありたいと今まで僕は生きてきました。
そして、今も。多分、これからも・・・です。

「かえるの子はかえる」って言葉知ってますか?
蛙の子は何?オタマジャクシだよね。かえるとは似てもにつかない。だが成長すれば手も足もはえ、シッポもなくなってちゃんとかえるになる。なまずにはならない。
それは遺伝子、DNAではじめから決まっていることです。別に「かえるになりた〜い」とオタマジャクシががんばってなるわけじゃない。
同じように「人間の子は人間」っていえるかな?
答えはNOです。
昔インドの山奥にオオカミに育てられた子がいました。彼女はオオカミそっくりになりました。どんな人間になるのか?遺伝子ではじめから決まっているわけじゃないんです。

「人間は自分自身で自分をつくる」
「なりたい自分に自分をつくっていくことができる」


どんなじぶんでありたいか?どんなじぶんになりたいか?
そんなことに思いを巡らせてください。そういう時期にあなた達は今さしかかっている。
そしてなりたい自分に自分をつくりあげていってほしい・・・


それは、子ども達の心に言葉が染み入っていく感覚を、久々に体感した瞬間だった。
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投稿者:eudaimonia
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