road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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ヤンキー母校へ帰れ

先日、教育再生会議が第一次報告を決定。
その中で「ゆとり教育を見直し」、「授業時数を10%増やす」ことが掲げられた。
まったくナンセンスだ。
これが実現されれば、夏休みの短縮・平日7時間授業・遠足や運動会など子どもにとって大切な行事の廃止または縮小・・・などの事態が予想される。そうなればますます学校や子どもの状況が悪化することは現場を知るものなら容易に予測がつく。
現在でもゆとりのない子どもや教師の実態を、いったい彼らはわかっているのだろうか?

元教師、ヤンキー義家が教育再生会議の広告塔となり、テレビに頻繁に出演している。
「ゆとり教育によって学力が低下した」とヤンキーらは主張する。
その根拠とされるのは、2003年に中学3年生を対象として実施されたOECDの学力調査である。2000年に比べて日本の順位が大きく下降したことだ。これを、ゆとり教育が原因だというのだ。

現場にいるものは「おいおい、ちょっとまてよ」と思う。
だって、ゆとり教育・教育内容の削減を打ち出した学習指導要領が完全実施されたのは、2002年からだったじゃないか!つまり、学力が低下したとされる2003年の中三生は、実は「ゆとり教育」以前の教育で育った世代なのだ。
意図的に事実をねじまげ、学力低下=ゆとり教育が元凶とねつ造し、マスコミを通じて何も知らない国民を洗脳する。「あるある」もびっくりの手口だ。

「学力向上を」というなら、何故、そのOECDの学力調査で総合世界第1位のフィンランドを手本として改革しようとしないのだろう?
現在の日本の授業時間よりさらに少ない授業時数で、真のゆとり・教師と学校の自主性の尊重・競争ではなく教えあい、助け合う教育観・高校の給食費まで無料という手厚い教育予算etc・・・が実現させた学力世界一の国から、我々が学ぶべき事はたくさんあるだろう。
(実は、フィンランドの現在の教育こそ、日本の旧教育基本法から学んだものであり、日本でその命を奪われた法の精神の現実化なのだが・・・)

ヤンキーよ!あなたが権力にすりより、彼らの広告塔に成り下がり、教育破壊に手を貸している姿を見るのがとても悲しくつらい。きっと余市の先生たちはもっと辛い思いをしていることであろう。
ヤンキーよ、母校にかえれ!


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投稿者:eudaimonia

同じ喜びと悲しみの中で〜その2

コイズミ内閣が当事者たちの強い反対を押し切って成立させた障害者「自立支援」法。
その法律が、いかにこれまで自立して生きていた障害者の自立的生活を破壊したことか。

今日、外出時のためのヘルパーの訪問時間を激減させられてしまった女性のケースを、NHKが映像で紹介していた。国の基準に従って、なんと年間120時間から40時間への大幅削減。
彼女はこれまで週に3回ほどヘルパーさんと一緒に行っていた買い物も一度に減らした。ひとりで行くことも増えたという。
障害が重いので買い物もかなりの重労働だ。たった3点の商品を買うために2時間かかっていた。以前のように映画を見に行くのはあきらめたという。
18才の時に両親からの自立をめざした彼女は、公的な支援があったからこそそれを可能にすることが出来た。「自立支援」の名の下に、公的なサービスを充分に受けられなくなってしまった今、活動的だった彼女も家に閉じこもりがちだという。

コイズミやタケナカの得意なセリフは「自己責任」だった。
「公的な援助は甘えを助長する、何事も自己の負担と責任において為せ。」
(だが他方で・・・たとえば大手銀行などには、莫大な公的資金の注入による支援!銀行が立ち直って4兆の利益があっても税金は0円という手厚い支援!)
これが彼らの論理だ。要は、「人々の連帯や支援あっての自立」という自立と支援の相互補完的な連関を意図的に無視し、国民に「自己責任による自立」という側面のみを一面的に強調することによって、結果として国民福祉に対する国の財政的責任の放棄を合理化してしまう仕組みだ。


この論理とその現実化はこの国の社会に根深く浸透し、「人と人とが助け合い、支え合う」という社会のあり方の根本を崩壊させつつある。(助け合うという公の精神の根本を破壊している張本人たちが、新教育基本法などで「公に尽くせ」と説くうさんくささを見よ!)

岡崎で60才近いおばあさんが、「ホームレスで家族もいないヤツだからやってもいい」などと、中学生たちに鉄パイプで殴られ内蔵破裂で亡くなった・・・などというような事件が起こるのも、このことと無関係ではあるまい。共通するもの・・・経済的・社会的弱者を「敗者」としてしか見られない視点。それらの人々に対する冷酷な視線。
子どもたちは敏感に社会を映す鏡であり、
警報を発し鳴くカナリアなのだ


「人と人とが、もっと深く深く結びあわねばならない。今、この世の中だから・・・」

学生セツルメントのかつての先輩が同窓会で訴えた話の重みを、今、噛みしめている。

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投稿者:eudaimonia

同じ喜びと悲しみの中で

昨年度最大の後悔。
それは、学生時代に僕が所属したサークル(=学生セツルメント)の同窓会に出席しなかったことだ。その思いを、自宅に届けられた同窓会報を読んで更に強くした。

曰く・・
「各自の状況報告、30分以上もかけて個々の語りがありました。・・・考えてみれば、四十半ば過ぎから五十代の者たちが、きまじめに自分のことを語り、真剣に耳を傾ける〜そんな場を持つことが出来るなんて、あまりにも稀で貴重な時間でした。たぶん、Oさんが言っていたのだと思うのだけど、もっともっと人と人とがつながっていかなければだめだ。でないと、世の中よくならない、と。本当にそうだと思う・・・それには真摯に話を聞く仲間と場がなければならないと。そんなことを強く感じたのでした。」

あの頃・・腹を割って本音で語り合える仲間がそこにいた。
時に心の底から笑いあい、時に厳しい現実に立ち向かい共に涙する友がいた。
そんな時代が確かにあった。


このブログを目にした全国のセツラーOBのみなさん。懐古の情としてではなく、現在進行形としての連帯を、今この時代この状況の中に築きあげませんか。
コメント、トラバ、お待ちしています。
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投稿者:eudaimonia

2007年の出発

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
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昨年の暮れ30日の夜。僕が尊敬してやまないジャーナリスト綿井健陽さんの取材した映像がNHK教育テレビで放映された。
イスラエル軍によるレバノン爆撃の生々しい姿をとらえたものだ。何の罪もない人々がピンポイントの爆撃によって殺される。パン屋の男が爆撃されて東部から上半身が吹っ飛ばされ、胴から下だけが血まみれに残されている映像。爆弾に仕込まれていた金属が体内深く食い込み、夜な夜な激痛に苦しむ子どもの姿・・・
綿井氏は自らの危険を顧みず、戦場の現場に飛んでいく。そこで殺される側に身を置き取材を重ねる。まさに命をかけて仕事をしているのだ。
イラク戦争開戦時「戦争やむなし」と報じながら、さっさとバクダットから引き上げていった大マスコミの偽ジャーナリストたちとは好対照の存在だ。

殺される危険を共有しているからこそ生み出される圧倒的な映像の迫力がそこにある。映像を通して、彼の戦場に生きる人々への愛情が伝わり、見る者の胸に突き刺さってくる。
一度だけイラクから帰ってきた彼の話を聞き、握手をしてもらったことがある。
その時、今まで誰にも感じたことのないほどの凄まじいオーラを彼に感じたことを今でもよく覚えている。
彼こそ、真のジャーナリストであり真実に生きる人だと思った。

肩書きだけの偽ジャーナリストや偽政治家たちが「何とかタックル」というような番組に出演し、世界の人々の叫びや、国民の切実な願いもそっちのけで、悪のりをしてはしゃいでいた姿を見たのはその翌日のことだった。人はここまで堕ちられるのかと唖然とさせられた。
「テレビをみるほど馬鹿になる。」だが、極まれに、「はっ」と目を開かされるような素敵な番組に出会うことがある。

世界中に生きる人々にとって、2007年が良い年となりますように・・・
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投稿者:eudaimonia
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