road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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灰谷健次郎さんの遺志を受け継いで

灰谷健次郎さんが亡くなった。またひとり大好きな作家がこの世を去ってしまった。
僕にとっては、かけがえのない存在だった。

僕のこれまでの人生の中で一番苦しい時期に、彼の著書「わたしの出会った子どもたち」を知った。
彼が絶望の中で子ども達の楽天性と沖縄の人たちのやさしさに出会って救われたように、僕は灰谷さんという存在と彼が出会った人たちによって救われた。何度読み返しても、涙を流さずにこの本を読んだことはなかった。
教師とはどうあるべきか?彼はいつも僕にそれを指し示してくれた。

ちょうどその日、僕はよっちゃんと語り合っていた。
彼は小学3年生。昨年は児童相談所にやっかいになったほどの「問題」を抱えている子だ。担任をしているわけでもなければ、授業を受け持っているわけでもない。ただ、彼にはひとりでも多く支えになる大人が必要だと感じていたから、会う度に、「よっちゃん、元気か?」と声をかけていた。「もう学校に来たくない」「もういやだ」・・・それがその日の彼の返事だった・・・だから、ゆっくりと落ち着いて話を聞いた。彼は、友達とのトラブルから始まって、お母さんが家を出ていった時のこと、新しいお母さんのこと、お父さんの暴力のこと、血の繋がらない妹のこと、出来ればあの頃に戻りたいという気持ち、いつかお母さんと暮らす夢のことetc・・・まだ生まれて間もない小さな肩に背負わされた、たくさんの重荷の一端を僕に語ってくれた。
僕はうなずき、共感して話しを聞いてあげるだけだった。ただ、話し終えた後の彼の顔が少しすっきりとしていたことが、僕にはとてもうれしかった。そして僕は、心のどこかでよっちゃんの強さとたくましさに頭をさげていた。

「クラスに40人いれば、40通りの子どもへの添い方がある」・・・と灰谷さんは言っていた。その言葉に僕の心は震える。
テストによる点数競争が何よりも大事にされ、大人にとっての「よい子」になる競争によってのみ子どもたちが評価される風潮が強まり、子ども達の生きている現実と向き合い、その心に寄り添う教師本来の仕事がますます難しくされようとしている今・・・そのような流れを決定的にする今回の教育基本法の「改正」案に対して、真っ向から異議をとなえていた灰谷さん。

親愛なる灰谷健次郎さん
教育基本法「改正」案が衆議院において強行採決されてしまったその時に・・・そしてあなたが愛してやまなかった沖縄の知事選において、平和擁護を主張する候補者が落選してしまったその時に、あなたはあなたの人生の最後の時を迎えてしまいました。さぞ悔しかったでしょう。さぞ悲しかったでしょう。
でもきっとあなたは信じていることでしょうね。やがて、いつか・・・子ども達のやさしさと楽天性が花開く社会がくることを。
こんな微力で弱い自分だけれども、あなたの遺志を受け継ぎ生きていきたいと今、決意しています。


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投稿者:eudaimonia

この姿が美しいのか?

教育基本法「改正」法案の強行採決は、はたして正しく・「美しい」ものだったのだろうか?

「改正」に反対しているのは、現場のヒラの教員はもちろん(日教組も全教も絶対反対の立場だ)、管理職でも現役校長の66%が反対・・・という調査結果もある。現場で格闘している人間が現実を一番よく知っているのである。

公聴会は、国民の声・専門家の声を良く聞いたうえで慎重に国会での採決を行う、そのためにある。ところが今回は、公聴会の結果がどうであれ、最初から直後に採決が行われるように自公両党によって決められていた。どんな意見が出されようが、数は力。はじめに結論ありきだ・・・ちなみに地方公聴会では、文科省による「やらせ」世論偽造への批判が続出、中央公聴会では専門家5人の内3人が「改正」に否定的な意見を述べているのだ。
(教育関連27学会の歴代41人の会長が「改正案」の廃案を呼びかけ、約1000人の教育学研究者がそれに応じている。弁護士会も4分の3が反対や異議を表明している。また世論調査によると、国民の圧倒的多数が「改正」を急ぐべきではないと答えている。)

世論偽造・・・やらせ発言にたいして5000円が支払われていた。金で教育を買収するな!子ども達の未来を金で買うんじゃない!
国民新党の糸川議員に「賛成すれば見返りに自民党に復党させてやる」ともちかけていたことも明らかにされた。

果たしてこれは「美しい国」の光景なのだろうか?
この国では、次々と民主主義が踏みつぶされている。
全体主義の国家へと堕ちていく日も間もなくであろう。本質的な意味において、この国の今のありようは北朝鮮の現況といったいどれほどの違いがあるのであろう・・・
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投稿者:eudaimonia

怒髪天を衝く

怒りの臨界。
今日の夕刻、教育基本法「改正」案が衆院特別委員会において強行採決された。
その事実をインターネットで知り、しばらくショックで呆然としていた。

「やらせ」による世論偽造、犯罪的行為に手を染めた文科省の厚顔。
「国民的議論を巻き起こす」(コイズミ)・・などと言いながら、その実、国民の切実な声を踏みつけにし、有無を言わさぬ採決を強行した自民・公明両党の傲慢。

「怒髪天を衝く」とはまさにこのようなことに対していうのだろう。

間違えなく、暗憺たる未来を約束されたこの国の子ども達。奇跡の逆転は起こりえぬものなのだろうか?
自分の力の足り無いことが悔しくて仕方ない。
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投稿者:eudaimonia

悪夢が現実に

悪い夢が現実のものとなろうとしている。

今後、法律によって「愛国心」は我々大人に対しても強要されることとなる。教育基本法の対象は子ども(学校教育)だけではなく大人(社会教育)も含まれるからである。
組織ぐるみで世論操作の「やらせ」をするような国を愛せよと押しつける。(愛さなかったら法律違反なの?)
それも大問題だが、教育基本法の第10条の改定は、とんでもない事態を学校にもたらすことになる。
教育は「不当な支配に服することなく、国民に直接責任を負って・・・」という文章は、戦前の教育が国家によって支配されていた反省の上にたって書き込まれたもので、これはこの法律の「命」といっても過言ではないであろう。改定案では、政治権力による介入が法律に基づくものでありさえすれば良しとされる。危険きわまりない。再び、国家権力による教育統制の時代がはじまろうとしている。

衆院特別委員会での藤田英典氏の意見陳述。

「教育基本法は国民にとって空気のような存在だった。現行の教育基本法が充分な酸素を含み汚染されていなかったからこそ、この60年間の社会と教育の発展を支える根本法になってきたのです。これに汚染源が注入され、あるいは酸素不足になるならば、教育の現場は豊さとおおらかさと自由を失い、諸問題を加速させることになりかねない。
拙速に無責任な決定をしないよう切にお願いします」


全く同感である。僕にとってこの国の憲法・教育基本法は空気のようになくてはならない存在なのだ。それが失われれば、自分が呼吸困難となり窒息状況に陥ることは目に見えている。だから最近の僕は、毎晩のように悪夢にうなされている。

だが更に考えを進めれば、そのような状況に陥るのは決して自分だけではないという事に思いが至る。今はまだその危険には気づいていないこの国の多くの善良な国民にとってもまた同様の悲劇がまっているのだ。なぜなら、現行の憲法・教育基本法は多くのこの国の国民にとってその人が認識しているかしていないかにかかわらず、空気のようにかけがえのない、なくてはならない存在であるからだ。

拙速で無責任な歴史的決定が行われようとしている。
そして僕は今夜も悪い夢にうなされる。

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投稿者:eudaimonia

みんな違ってみんないい

小学校高学年の女子に絶大な人気を誇る詩がある。
金子みすずの「私と小鳥と鈴と」である。名古屋市では4年生の国語でこれを習う。
全文を暗唱している子がたくさんいる。それほどの人気の秘密はどこにあるのだろう?
ぼくは、みすずのこの詩の「みんな違ってみんないい」という言葉の中にこの国の子ども達の願いのすべてが込められているような気がしてならない。
そこには数年前にこの国の若者たちが支持したスマップの「ナンバーワンよりオンリーワン」という歌の歌詞と全く同じ願いが込められているのだろうと思う。

そんな子ども達の願いが教育の世界において実現されている国がある。北欧のフィンランドという国である。この国は1970年代に教育改革にのぞみ、日本の教育基本法を参考として、誰よりも子どもが主人公となる教育をつくること、国は教育内容に一切干渉せずに税金によって子どもの発達にとって必要な条件を整備することなどを定めた「基礎教育法」を制定した。
できる子できない子によるクラス分けが廃止された。クラスは20人が標準とされた。わかる子わからない子の教えあいが日常の風景となり、教科書を選ぶ自由など教師にも自由が保障された。小学校から大学まで学費は無料。給食費も教材費も一切が無料。(ちなみに日本の大学は国立でも初年度納付金は82万円)夏休みは2か月半、宿題もない自由な時間を過ごす。テストに追われることもなく通知票もなし。
それでいてフィンランドの子どもは出来る。学力テストで世界一。しかも生徒間・学校間の格差なくみなの学力が平均的に高い。

フィンランドのある校長がいう。「子どもを他人と競争させてどうするんだ。学ぶことは自己とのたたかいなのだ」と。
高校生たちはいう。「人は一人ひとりちがうのに、人と比べてなんの意味があるの?」と。

日本の教育基本法の精神を現実のものとして大成功しているフィンランド。そして、そんな世界に誇る法律を持ちながら、それに逆らう事ばかりを現実化させてきたこの国日本。
とうとうこの国は今、これだけ値打ちのある宝のようなこの法律の精神を、抹殺しようというところまで行き着いた。
制定以来、一度も法律の精神を現実のものとしないうちに・・・
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投稿者:eudaimonia
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