road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
九条を守ろうブロガーズリンク

カレンダー

2006
January
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

QRコード

検索



このブログを検索

カウンター

本日のアクセス
昨日のアクセス
総アクセス数

メッセージBOX

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS

生命(いのち)の本質

春以来、ツルレイシという植物の観察を継続してきた。
ツルレイシは冬をむかえると、夏には青々として力強く繁った茎や葉、生命の発現としての本体のすべてを枯らし土となる。
それが生命の現象だ。
自己は消滅し、他の生命のための養分(こやし)となる。命の繋がりあい・・・すべて孤立して生存する命がないことは自明である。

では、ツルレイシ自身の生命(いのち)は?

それは種という形で保持され、やがて発芽し、再びもとの体裁を取り戻す。
生命(いのち)の本質はそうして受け継がれる。
生命(いのち)の本質はそうして自在に形を変え、保持され続ける。

前出「十二年の手紙」に記された顕治の言葉。

「お互いの生命の現象ではなく本質を愛するのだから、ユリも時折、現象的にはつらいとじぶくりたくなるかも知れぬが、
願わくは、それほど高い基準に値しているのだという正しい幸福を感取して欲しい。僕は自身に対してはもっともっととは言わないまでも、決してそれ以下ではなく、きびしく、且つそれを幸いにしているのだから・・」


僕もまた、「生命の現象」ではなく「生命の本質」を愛し、生きていたいと願う。
できうる限りの高い所に「生」の基準を置きたいとも願う。

なぜなら、人間にとってそれほど幸福な生き方は無いであろうと思うから。
0
投稿者:eudaimonia
1 | 《前のページ | 次のページ》
/1 
 
AutoPage最新お知らせ