road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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小さなラガーマン

教師として、子ども達に好かれるような存在であろうとすると、難しい問題をしょいこむことになる。
今の子ども達は甘えられる場所があるようで案外とない。安心してありのままの自分を出して甘えられる相手は、意外に少ないようだ。だから難しい。甘えさせてあげる、甘やかすのではなく甘えさせてあげることが必要な子は多い。甘えに対応するのはこちらとしてはとても大変なことだが、それは必要な事だから受けて立つ。自ら進んで背負いこむ。
しかし、時には甘えを許してはならない場面にも遭遇する。その見極め、その判断・・・自分自身が真摯に生きているかどうかが問われる時だ。

昨日のこと。僕はある一人の子に向かい合い、本気で叱りつけた。

休み時間に子どもと遊んでいるラグビーでいつも活躍しているのは、ラグビースクールにも参加しているというNだ。だがNは以前から仲間に対する思いやりに欠け、自分中心に思考する傾向があった。昨日特にその傾向が際立った。判定に従わない、ラフプレーをする、暴言を吐く、そのくり返し。あげくのはてにそれを注意したことに腹を立て、ボールをどこか遠くにけ飛ばし、それを探して片づけることもしなかった。

「こいつ、このままほっといたら、将来どうしようもないあかんたれの人間になってしまう・・・」
そんな思いに突き動かされて、午後の放課時間に出会ったNに、
「なぜボールを探そうとしなかった?なぜ返さなかった?道具を大切にしないような人間にラグビーをやる資格はない!そんなやつはラガーマンじゃない!」・・・と、かなり厳しい口調で叱った。
Nは友達を介して、「反省している」などという言質を伝えて来たりした。だが、僕は一切を受け付けなかった。Nが深く物事を考えるためには時間が必要だと思ったからだ。

今日Nは再び、今度は自分自身の力で自らの「反省」を伝えに来た。
「一晩考えた」と言った。だが表情はニタニタとしていた。
「考えたことを言って見ろ」と言っても言葉が出てこない。
ニタニタとはしていた。だが、「一晩考えた」という言葉には直感的だが僕は真実を感じた。
彼に対して容赦なく叱りつける。「ボール渡せといったのに君は無視してけ飛ばした。君が自分から返しに来ることを僕は待っていた。でもこなかった。そんな奴を僕はラガーマンとは認めない・・・」
その時、Nは初めて心の底の思いを語り始めた。大粒の涙を一杯こぼしながら・・・「僕は探したんだ・・・でも、いろいろあって・・・」
やっと心の底から僕に向き合って来た彼。その彼に対して僕は言った。
「君はラグビーうまいよ。でも、こっちはどうだ?本当に大切なのは、こっちの方なんだよ。こっちってどこかわかるか?ここなんだよ!」って彼のハートに手をあてたら、彼は静かにうなずいた。

「おまえ、伸びろよ!伸びるんだぞ!」っていう気持ちで叱っていると、想いがあふれてきて僕の目からも涙があふれてきた。
驚いたように彼は僕の顔を見上げる。最初のニタニタした顔はいったいどこにいってしまったのだろう。きらきらとした目が、まっすぐに僕を見つめていた。この子のこころにこの思いがしっかりと届いている。その実感がまた僕に涙を溢れさせた。

感情のままに子どもに対していた10年前・・・あの頃と状況は違うが、確かに自分が変わった。その成長は日常の生き方の変化に根ざしたものであると感じている。


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投稿者:eudaimonia

そして感動の報告集会へ〜己の良心にかけて(4)〜

法廷を出て、護国神社の前にある会館内へ。
原告・支援者による集会に参加。厳しい表情を浮かべたたくさんの人たちで部屋はあふれかえっていた。

目撃した裁判のあまりにも人を小馬鹿にした有り様への憤る思いで会場の空気は満たされていた。
怒りをあらわにする発言が続いた。そこにあるのは理不尽な力に屈しまいとするはりつめた緊張と展望の見えない苛立ちであった。
その時、東京から来たというひとりの老人が発言を促されゆっくりと立ち上がり落ち着いた口調で語った。

「世界の状況はイラク戦争が不正義の戦争であったことを日々明らかにしている。各国の相次ぐ撤兵、アメリカではブッシュ支持率最低、日本でも国民の70%が派兵延長に反対。歴史は我々の闘いの正しさを証明している。」
最後のセリフには特にはっきりとした意志と力が込められた。

「私は3日前まで入院していた。3日前に退院してここに駆けつけてきた。今年で82才。だが、まだまだ元気にたたかいますよ。死んだら化けて出てきてみなさんと一緒にたたかいます。」
この未来への楽天性、自信に満ちた輝く生き様をみよ!
感動して、あつい思いがこみあげてきて僕の瞳がうるんだ。

老闘士の発言が会場の空気をかえた。憤りと苛立ちに満たされていた空気は、確信と希望に満ちた空気へと入れかえられた。

最後に原告団代表の池住さんが発言。

(池住さんは、かつて神田知事の対抗馬として知事選候補となった人。
昨年、ステパノ教会でのクリスマス礼拝時、偶然隣の席に池住さんを発見。食事会のおり親しく歓談させて頂いた。やわらかく楽しい人なのだが、生きざまの芯になるものの強さを感じさせる人。僕の周りにもファンは多い。
僕と同じでお酒好き。二人でずいぶんワインをがぶがぶと空けた・・・)

そのときのやわらかな顔とは全く違うひきしまった表情で、満場の仲間に彼は訴えた。

「今日の裁判は裁判として成り立っていない。私たちはこれを認めない。
不当な判決が出されることは充分に予想されるが、私はめげない。めげてはいない。腹は固まった。第二審に向けての準備を始めよう。」

控訴を辞さず。国を相手にした闘いは第二ラウンドへ。

気がつくと、訴訟に対する姿勢が前回の法廷の時よりも数段真剣になっている自分がいる。
そして、半端な関わりだった時には得られなかった質を持った感動に包まれている。
歴史を動かす主体になっているという感動に。そして、正義を前にすすめる一員となっているという感動に。
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投稿者:eudaimonia

己の良心にかけて(3)

裁判長は亡霊のような男だった。
「人事異動」(?)を理由に、急遽入れ替わりでこの裁判を担当することとなった人物。(すでにあやしぃ・・・)
この人物は、あたかも実体というものは存在しないのではないかと思わせるほど影の薄い男だった。

はじめからおかしな事が多かった。
何故か「開廷の宣言」もしていないのに裁判が始まっていたり、
国側は意見ひとつ反論ひとつ述べていないのに、被告側意見陳述は終わったことになっていたり・・・

我々の3人目の弁護士が、証人尋問と原告本人尋問を要求する。
国側はこの訴訟を「一部のわがままな人間達が起こした裁判」という内容の主張をしてきた。
本当にそうなのかどうか。本人達の声に耳を傾け、イラクの実状を知る証人達の話を聞くべきである。当然の要求を我が弁護士は堂々と訴えた。

もしも裁判官が少しでも真摯な姿勢でこの訴訟の判決を下そうと考えるならば、本人が宣誓した上で肉声で語る原告本人尋問と、専門家の意見を聞く証人尋問の採用は不可欠のはずである。
そのあたりまえの要求に対して、「亡霊」はどう答えたか?

彼はまず、被告の国側にお伺いをたてる。
「被告人はどうお考えですか?」
すると、即座に「冷淡」が立ち上がり、顔色一つ変えずにいかにも冷たく言い放つ。
「(尋問は)必要ありません」
それに対し、「なぜだ?」「理由をいえ!」
原告席と傍聴席から一斉に怒りの声がわき上がる。

その言葉を受けて亡霊は、自分自身の証人尋問や本人尋問への見解を全く述べることなく、「他に意見はありませんか?」と不可思議な質問を冷淡へ向ける。
冷淡は、その意図に気づかずに「ありません」と答えてしまう。
いらいらしながら、再度亡霊が尋ねる。「そうではなくて、進行についてです。」
その言葉の意味をようやく冷淡が気づき、「結審してください。」(つまり、裁判はもうこれで打ち切ってくださいという意味・・・)

ああ、こいつらみんな通じあっているのだ!史上最低の猿芝居!
冷淡や能面と亡霊どもはつるんでいたのだ!
そうとしか説明できないことばかりだ。

そして亡霊は一片の紙切れを取り出し、(あらかじめ用意していた)作文を読み上げ始めた。何もかも事前の計画どおりに・・・

「原告天木直人とそれ以外の原告とを分離する」

この言葉について詳しくは説明できないが、天木さんと僕らを分離するというのは、天木(もとレバノン大使。イラク戦争支持の政府方針に反対したために職を追われる)以外の原告からまず切り捨てる・・・という意味以外の何ものでもないのだ。

即座にわが弁護団から「異議あり!」の声。亡霊はこれを無視。
「異議申し立て」を無視するような裁判の在り方はありえない。
そこで、弁護団は「忌避」を申し出る。場内騒然とした中であったが、
「忌避の申し立て」は書記官によっても確認されている。
通常、忌避の申し出があれば裁判は止まるのが原則。(民事訴訟法第305条)
しかし、亡霊はこの忌避の申し立てすらも聞かぬふりをし・・・

その後、誰にも聞き取れない声で何かを言い残し、逃げるように3人の裁判官が法廷を去っていく。(多分、「これにて結審。判決は・・・日」とでも言い残していったのだろう・・・)

彼らはこれですべてを終わらせたのだ。

結審させたいのなら、正々堂々と自分の言葉でその理由を語ればいい。
彼らはそれすらも出来ないのだ!
「ここまでひどい裁判を見たことはない」という弁護士の話を後に聞いた。
そんな裁判所が、国と結託しながら真理と正義をひねりつぶしているのがこの国の現実なのだ。
立憲主義の危機。裁判所は行政をただただ追認するだけの存在に成り下がってしまった。
形骸化しつくしてしまったこの国の違憲立法審査権。

しかし、今日のこの法廷。断じて無ではなかったと思う。いったいどちらの側に真実と正義があり、どちらの側がおいつめられたのか?誰の目にもわかるくらいに、はっきりとされたのだから・・・どんな判決が下されようが、この法廷での真の勝利者がわれわれであったことだけは確かである。
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投稿者:eudaimonia

己の良心にかけて(2)

1月13日の金曜日。今日、口頭弁論の日。
急いで仕事を切り上げ、名古屋地裁第二法廷へとかけつける。

裁判の傍聴の経験はこれまでにもあったが、当事者となり原告席に座るのはこの裁判が初めての体験だった。
しかも今日は原告側のニ列目。原告側弁護団のすぐ後に位置した。
被告の国側を真正面に見据え、しかも間近に対峙できる距離だ。
熱い思いを抱えた人々であふれる原告席・傍聴席。
報道関係者の姿もあった。

被告席には、国側代理人として5人が列席。その中央に冷淡な顔つきをした法務省の美人エリート官僚がいた。彼女を挟むかたちで座る能面顔の防衛庁の官僚ども・・・

裁判官3人が入廷。
緊張感の高まる中で僕は3人の様子をながめる。するとすぐそばの右陪席の裁判官がなぜか僕を一瞥。ぞっとするような冷たい視線だった。あれはいったい何だったのだろう?

我々の弁護団の弁論は完璧に近いものだった。

一人目の弁護士は、憲法第十九条が保障する「良心の自由」について、その権利のもつ重みと、人格の中心として築いてきた国民の「良心」が否定されつつある現状について、力強くしかも厳かに語った。
「まこと、こんな時のために人々に知性というものが与えられているのだ」と感銘するような理路整然とした弁論だった。

二人目の若い女性弁護士は、「戦争の加害者になりたくはない」という原告一人一人の悲痛な叫びを声を震わせながら紹介した。

かつて中国戦線で人間の殺戮に加わり、その後二度と戦争の加害者にならぬ、ただただそれだけを願い生きてきたという原告の叫び。
あるいは、沖縄戦での壮絶な祖母の戦争体験を受け継ぎ、平和の否定は自分の生き方の否定であるという原告の切なる思いetc.etc...

彼女は途中から感情を抑えきれなくなり、泣きながら話し続けた。
・・・が、能面どもは視線を落として書類をめくるばかりで、相変わらずの能面ぶりであった。

その言葉の重みに圧倒され、静まりかえる法廷。こらえきれずハンカチで涙をぬぐう人もいる。
憲法のこころが活きた人々の言葉として語られ、法廷でつまびらかにされていった。
このように歴史的で、感動的な弁論が聞ける中に自分がいられることを幸せに思った。

弁論の途中、バチっと冷淡美人と視線があう。冷たい目だった。瞬間、向こうが目をそらす。

原告とその弁護団以外にも、法廷で弁論に心を震わせていた人物がいた。「廷吏」のうら若き乙女。彼女が、2人の弁論にうたれ心を震わせていただろうことはその表情から手にとるようにわかった。
もしも、この「ドラマよりドラマチックな法廷」のありのままをたくさんの国民が目撃したとすれば、多くの人々のこころが揺すぶられたことだろう。

原告側の意見陳述は、国の行為が明らかな憲法違反であることを感動とともに明白にした。
これを裁かず、裁判所はいったい何を裁くというのだろう。

こうしてこの日の第一幕が始まった。しかしそれは、あくまでも狂騒曲の序曲にすぎなかった・・・


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投稿者:eudaimonia

己の良心にかけて

今、この国に現象として現れていること。

「過去への厳しい問いかけの欠落。」

それは遠い過去の侵略戦争についてだけではない。
ついこの前の、それが現在も引き続いている侵略戦争への支持と占領支配への協力に対しても・・・だ。
今、あの出来事の本質を、明らかにされたあらゆる事実を積み上げながら検証せねばなるまい。
メディアに依存することなく、自らの主体的な営みとして。
そしてあの時の己の在り様、現在の在り様、これからの在り様について熟慮すべき責任をもたねばなるまい。
もう僕らは「戦争を知らない子ども達」ではないのだから・・・

現在、僕は国を相手どり訴訟をしている。

理由は、この国がまっさきにイラク戦争を支持したから。
この国の軍隊がイラクで現在も戦争と占領への協力を行なっているから。

それは、僕にとって許すことの出来ないことだった。

同じ空の下で我々と同じように生活を営んでいた多くの無辜の命が、この戦争によって奪われた。ブッシュが認めた数だけでも3万人の命が無法な攻撃によって奪われたのだ。彼らにどんな罪があったのか?
その犯罪的な行為に協力、虐殺する側を支援したのが我々の国であるなら、倫理をもった一個の人間として、「この国の在り方」と徹底的に闘う必要がある。

家族を目の前で殺されたイラク人の怒りの声を映像とともに聞いた。
彼の激しい怒りの矛先はアメリカだけではない。
日本の戦争協力への憤り。我々が思う以上のものがあった。
「僕はこの国の政府を支持していません。だから僕に罪はありませんよ。」
そんな言い訳は通らない。

国と闘っていこうと決意した。それ以外に自分の良心を守る道はなかった。
そうして僕は、自衛隊のイラク派兵の差し止めを求める訴訟の原告となった。
もちろんそこにはたくさんの、同じ思いに突き動かされ行動する仲間がいた。

昨日、口頭弁論。僕も原告の一人として駆けつけた。
法廷の様子とそこで考えた事などを、以後報告していきたい。


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投稿者:eudaimonia
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