road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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不思議な体験

昨晩から今日未明にかけての出来事。
床に入っても寝付くことができない。寒いので暖房をつけても
寒気がする。いくら暖めてもその寒気は止まらない。

少しうとうとすると、あまりにも恐ろしい夢が出現する。
たとえば、壁に張り付いて歩く猫を見つける。猫が僕に飛びついてくる。左脇の下。
恐怖に目覚めると、そのあたりにしびれの感覚が残っている。

そのくりかえし。長い夜だった。何か得体の知れない霊的な感覚があった。

その時、ふっと気がついた。それまで、他の事を考えていたので気がつかなかった。その事から父のことに想いがいたった時だった。

もしかしたら、今日は24年前に父が絶命した日ではなかったか?

24年前のクリスマスイブの日の未明、遠く離れた僕の元に「父が危篤、すでに脳死状態」という知らせがはいった。夜明けを待って駆けつける。病院での寝泊まり。父は植物人間の状態ながら心臓を動かし続け、数日生きた。
そして・・・

さっそく、仏壇にろうそくの火をともし、線香をあげ、手をあわせ、父に語りかけた。
そのまま床に入り、ろうそくの火をみつめながら生きていた頃の父を思った。
口数の少なかった父が、僕に愛情を込めて語ってくれた言葉を思い出していたときに、ろうそくの火が大きくゆれた。こころが安らかになってきた。
あたたかいものに包まれた感覚がやってきたころ、ろうそくの火がちいさくなっていくことに気づいた。
「心の中で、お父さんいかないで・・・」と叫んでいた。
からだじゅうに鳥肌がたち、せすじから全身に震えがきた。

ろうそくの火が消えた。
父の命が消えた瞬間をもう一度味わった。あの時以上にリアルに冷静に父の死を見つめた。そして、感謝の気持ちをたくさん込めて父を送ることができた。
もしかすると、24年前に絶命した時と同じ時刻だったのかもしれない。

朝まで熟睡して母に確認すると、やはり今日が父の命日だった。

父は僕に力をくれるために現れてくれたのだろう。
父が受け継ぎ、はぐくみ、この世に残した僕という存在。僕というかたちをした命。そのありがたさ。今を生きていることの尊さ。

一瞬たりとも無駄にすまい。最高に輝かせて生きなければなるまい。



3
投稿者:eudaimonia

まっちゃんのあったかい手

今日、クリスマスイブ。念願のステパノ教会へ。
聖公会ステパノ教会。まっちゃんのいる教会だ。

まっちゃんを知ったのは、今から2年と8ヶ月前。
イラク戦争開戦の日だった。
その日、僕はいてもたってもいられず、「侵略戦争反対の断固たる意志を何としても社会に表明せねばならない。」
そんな気持ちで栄へと向かった。
ところが栄の町は、戦争が始まったというのに、いつもとかわらぬのんびりとした光景を見せていた。戦争反対を訴える集会もあったが、鬼気迫る緊迫感がない。
その中にあって、ひときわ僕の目を引いた集団があった。
栄小公園にテントをはって、座り込む人たち、その真剣なまなざし。
そのかたわらに、マイクを手に必死に訴える牧師の姿が・・・
それが、まっちゃんだった。政治家の演説とはひと味もふた味も違う、
胸にずしんと重く、心に響いてくる訴えだった。

一緒に座り込んだ僕に、気さくに話しかけてくる人々の多くはホームレスの人たちだった。教会が夜回りなどで手をさしのべた人たちだ。
その人達の屈託のない笑顔、あたたかさ。
そして、真剣な祈り。「イラクの子ども達が大変な目にあってしまう。」と遠い異国の子ども達の幸せのために激しく祈る。その思いの真実に、僕は、強烈にうたれていた。

今日久々に、まっちゃんの大きくてあったかい手が、がっちりと僕の手を包んでくれた。教会の人たちのあたたかいまなざしと、やさしい笑顔につつまれた。
なぜ、2年と8ヶ月も僕はこのあたたかな世界から遠ざかっていたのだろう?僕は「本当のところ」を求め、生きていたのだろうか?

あの日、寒さに震え座り込んでいた僕を、テントの中のストーブの前に呼び寄せ、自らの半生を語ってくれたNさん。見ず知らずの若造に、遠い目をしながら、静かに、でもきっぱりと言った言葉が、今も耳に残っている。

「俺は、この仲間の中で変わることが出来た。」

彼は、公園暮らしだが、受けた印象はその辺のくたびれたどのおやじよりも輝いていて、かっこよかった。
「字が書けない、読めないという劣等感で自分を押し殺してきた」が、「この仲間は、ダメな自分でも受け止めてくれる、と感じた」「そのときから俺は変わった。」「仲間が自分を前へと押し出してくれた」
言葉の一つ一つにぬくもりがあった。

「小さくされた人、弱くされた人の中に神がいる」

今日のクリスマスイブ礼拝で、一番心に残った言葉だ。







0
投稿者:eudaimonia

Tくんへ

昨日、自分の無力を痛いほど強烈に思い知る。
君の母の突然の死去。
僕が知多巡拝をしていたその日の事だった。

僕は何も知っちゃいなかった。
君の暗さのわけ、君のご両親のこと兄弟のこと。
ただ、うつむきながらまじめに
めったに笑うことも甘えることもなく
ひたすらに生きている君は、気になる子ではあった。

あの日の前日、
めったに自分からは話しかけてくる事もなかった君が、
僕のもとにやってきて、僕のこの手を求めてきたね。
僕の手のぬくもりを必死に求めてきた。それは出会って以来
初めてのことだった。
驚いた。でも・・・
その時の僕は君の思いを全く知らなかったし、
君のその行為の意味を気づいてあげることが出来なかった。

母亡きいま、父の鬱病、弟の障害。
この世に生を受けてまだたった6年目の
幼い命が背負ったあまりに重く、あまりに過酷な現実。

「力を君に!君に現実を生き抜く大いなる力を!」
それは、神でも仏でもなく、この僕に突きつけられた重い課題、
僕がなすべきことであると心に誓っている。


今日、Nくんのことを思い出していた。
数年前に出会った彼もまた、やはり10才にして
突然に父を奪われる。
あまりにも唐突だった別れに、彼は身もだえして苦しんだ。
身体的に異常をきたすほどの精神的拷問。
痛々しいほどの慟哭。

彼の危機に際して
同じ体験をもつ自分の、
当時の苦しみ悲しみを、打ち明けたあの日。
それでもおさまらない彼に、
背中をさすりながら
「君の悲しみを共に背負い、見守ることが出来る限り
君を励まし続ける」と語り、誓ったあの時。

その後、少しずつ立ち直り成長していったNくん。
今彼は、僕が歩いた道と同じ道を歩きたいと
僕が卒業した大学への進学を希望しているという。


残された時は正味2ヶ月、
Tくん、君の心に僕はいったい何を残せるだろう。
僕のすべてが問われる闘いが
今また新たに始まる。
決意をこめて、僕は君の前に立つ。


3
投稿者:eudaimonia

己自身への問い、再び

修行の旅を終え、今再び自分自身に問いかける。

「俺は、人に求められるような存在であるだろうか。」
「人に力と勇気を与えられるような存在だろうか。」
「俺は、授かったこの命を目一杯に生きているだろうか。」

そして、この旅で最初に出会った言葉の重みを、今更ながらかみしめる。

「願わくば、この功徳をもって、あまねく一切に及ぼし、我らと衆生と、みなともに仏道を成せん。」
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投稿者:eudaimonia

知多巡拝5

再び、長い道のりを歩く。歩きながら考える。そしてまた歩く。
大智院に到着。

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疲れはピークに近い。そして、この日最後の寺となる中之坊寺へのかなり長い道のりを歩く、歩く、また歩く。

途中、柿の木のある家を発見。立ち止まって見ていると鳥がやってきて柿の実をついばむ。そして種を運び土におとす。柿はそのために甘い実をつけるのだ。そんなことを思いながら光景をながめ、命の支え合いとつながりあいを感じる。

中之坊寺に到着。ひなびた素敵な寺だった。

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その寺で手を合わせたとき、僕はようやく気づいた。
家が浄土宗の自分はずっーと、浄土宗風に本尊に対してきた。
阿弥陀仏に帰依する感覚をすてきれなかった。
歩き、考え、弘法の教えにふれ、最後の最後に悟った。

「己の仏性にめざめよ。
 自分につながる人々を幸福に出来るよう
 世界の人々に勇気と力を与えられるよう、
 僕自身の仏性よ、目覚めよ。そのためにお教えください。力を下さ い。」

一日の終わりに、合掌し、こう心願している自分がいた。
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投稿者:eudaimonia
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