road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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迷いながらも自分の道を生きる

3年生のK君。いわゆる「問題行動」の激しい子だ。
授業中の立ち歩き、悪ふざけ、クラスメイトとのトラブルetc・・
だから、可能な時はずっとそばについてやる。やるべきことを提示し、見守り、できたことを認め賞賛する。そんな時の彼は見違えるようになる。
何かに集中する為に、あるいは対象に自分を没入する為に、誰かの自分を見守るあたたかな眼差しが必要なのだ。
どのような生い立ちが、どのような家庭環境が彼をそうさせたのか?
担任でもない、情報もない僕には推測のしようもない。
だからこそ対応も混迷することが多い。

一学期、ある日の音楽の時間、彼は音楽室に移動せずにひとり教室にいた。
いろいろと説得しても彼は動こうとしない。苦手で嫌いな授業なのだろうなと容易に想像はついた。僕は説得をあきらめてこう言った。
「音楽室で待っているよ。来ると信じているからね。」
実際、彼がやって来ることを僕は信じていた。何故なら、教室でたったひとりで何もしないでいることを彼が求めているわけでもないことはわかっていたし、何よりも「信じてもらう」ことに彼は飢えていると僕は知っていたからだ。

その音楽の授業が終わり、最後まで音楽室に残っていたのはK君だった。
「自分から音楽室にやってきたね、うれしいよ。」そんな思いで声をかけようとした。
その時、彼は、自分のリコーダーを分解して床にバラバラに散らかした。
瞬間、少し頭にきた僕は、「そんなことはいらんことだろう!」と語気を強めて言った。
すると彼は突然、何かをわめきながら僕の眼前から逃げ出していった。
「どうせおいら、いらんのだろ?」音楽室に並んだ木琴などの楽器の背後からそんな言葉が聞こえてきた。
しまったと思った。言葉が誤解されて受け取られたことに気がついた。
僕は、冷静をつとめて正直な思いを伝えた。
「ちがうよ、K君がいらない子なわけないだろう。」「君はとっても大切で、なくてはならない子なんだよ。」と。

その言葉を真実と感じてくれたのだろうか。
翌日、社会を受け持つ僕の荷物を教室から職員室まで運ぶのを手伝ってくれた彼。
「先生、おらの今の気持ちわかる?」って聞いてくる。
僕が「何でそんなこと聞くの?」って言うと、「気持ちは伝えなくてはわからないものだよって(担任の)先生に言われたんだ」と答える。
そして「先生、おら、がんばるよ。」という。

もちろん、その後も紆余曲折、劇的に何かが変化したわけじゃない。
ただ、K君がたしかに自分自身の道を歩き、迷いながらあがきながら、自分自身になる道を探して必死に生きていることだけは確かだろうと思う。

ゲーテは言う。
「自分自身の道を歩いて迷っている子どもや青年の方が、他人の道を正しく歩いている人々より、私には好ましい。前者は自分の力か、あるいは他人の指導によって、自分の性質にかなった正しい道を見出すと、決してその道を離れることがない。これに反し、後者は他から加えられたくびきを振り落として、無制限な自由に身をまかせる危険にたえずさらされている。」
(つづく)







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投稿者:eudaimonia
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