2019/5/17

「自ら考える力」の育て方  短歌

最近「教えない授業」という本を読んで感銘を受けた。元々は、芸術作品についての情報や解釈などの「知識」を専門家や教師が一方的に伝えるのではなく鑑賞者自身の思いを尊重しグループでの対話を通して作品を味わっていく、1980年代にニューヨーク近代美術館で開発された「対話型鑑賞」という手法が原型だそうだ。

それを応用した授業の方法が「教えない授業」であるが、その特徴は先生が「教える」のではなく「問い」を投げかけることである。その質問も、「これは何ですか?」というような1つだけの答えを求めるものではなく、「これは何だと思う?」とか「どのように見える?」というような、様々な見方を引き出す問い、即ち「オープン・クエスチョン」である点だ。

またこれも最近の新聞で知ったのだが、偏差値40という東京都立ではほぼ最低レベルの高校から偏差値68の上智大学英語学科にストレート合格した学生の話が出ていた。その高校では「哲学対話」に力を入れているそうである。これは先般読んだ「考えるとはどういうことか」(梶谷真司著)にも出ていた、考える力の育て方そのものである。

両者に共通しているのは、いま学校教育に求められているのは「考える力」であって、知識を教えるという旧来型のものではない、ということである。だとすると、先般もここに書いたように「ゆとり教育」が本来目指していたものと見事に一致するのではないか。知識を教えるだけの教師の仕事はAIに取って代わられるが、「考える力」を育てる指導法は人間にしかできない。

90年代初頭に学習指導要領に「ゆとり教育」が登場してから30年近くなってようやくその実現のための効果的な手法が開発され実例がいくつも出始めているのは結構なことではあるが、何とまあ足並みが揃わないというかちぐはぐな発展をたどるものなのか、とも感じた次第である。
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2019/5/13

今は春なのか?夏なのか?  短歌

厳しかった寒さがようやく終わったかと思うと今度はいきなり真夏のような暑さの今日この頃である。日本には四季はなくなり、夏と冬の二季ではないか、という声も時々耳にする。それにしても、この5月という時期は春なのか、夏なのかよくわからない。

というのは、例年なら4月に開催される「春の交通安全週間」が今年は統一地方選挙の影響を受けて5月に実施されている一方で、1日違いで始まった大相撲は「夏場所」をやっているからである。一体今は春なのか?それとも夏なのか?

こんなことで私が悩むことになったのも、やはり地球温暖化により気象が不順になったせいであろう。一年中を通じて、夏のような暑い時期が5月から9月までのたっぷり5ヵ月もあり、11月から3月までの5ヵ月は寒い冬だから、春と秋はそれぞれ1ヵ月ずつしかない。

美しい日本は四季があってこそのものだと思う。南洋のようなゲリラ豪雨や砂漠に多かった竜巻はもうこりごりである。これ以上日本の四季を乱さないよう、温暖化防止の取り組みをさらに進めたいと思う。
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2019/5/5

大学スポーツ考  短歌

関西には5つの大学野球リーグがある。一番有名なのは、関関同立と京大、近大が加盟する関西学生野球リーグで、他には関西6大学リーグ、阪神リーグ、京滋リーグ、そして我が和大チームが所属する近畿学生野球リーグである。

最近知ったのだが、近畿リーグには1部から3部までに18のチームが所属し、京大と滋賀大以外の国公立大学のほとんどが加盟しているのである。つまり、阪大、神大、和大、大阪教育大、大阪府大、大阪市大がそれである。このうち1部には神大、大阪市大と和大が所属し、2部と3部には阪大、大阪府大などが属している。阪大も最近までは1部リーグに属していたが、今は2部に甘んじている。

今でも1部に属する6チームのうち半分を占める国公立のチームが元気なのがこのリーグの活性化に貢献しているようだ。即ち、2016年度までは私学の雄であり湯舟投手などプロ選手を輩出した奈良学園大学が16年間王座を独占してきていたのを、17年度には何と和大が初優勝してからは昨春は大阪市大が優勝したり、昨秋は和大が2度目の優勝をしたりで、今年も和大が優勝戦線に絡んで現在は暫定2位である。

最近の大学スポーツの傾向としては、日大アメフト部の事件などを背景として、一部私学の行き過ぎた活動、つまり勉学はそっちのけでクラブ活動だけをしていればよいという風潮が見直されつつある。即ち、私学といえども一定の時間数以上は授業に出ていないとクラブ活動への参加を認めない、というルールが整備されたと聞く。

この動きが、元々から文武両道を標榜してきた国公立大学、とりわけ和大チームの追い風にもなっているのは事実であるが、何といっても17年度の初優勝を見て京大楽々クラスの学生が和大野球部に入学してきているのである。野球好きの学生にとってはその方が神宮球場への道が開かれているのだから当たり前かもしれないが、野球部以外の学生の志願者数まで増えているのだから大学としてはありがたいかぎりである。

国公立大学が法人化されてから15年・・・、少子化の中で健全な経営をしていくためには新入生の確保が死活問題だが、学生スポーツもそのイメージ戦略の一端を担っていることを大学当局もしっかりと認識すべきであろう。
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2019/5/3

大河ドラマを見ない初めての年  短歌

思い返せばこの50年間くらい、NHKの大河ドラマを観なかった年はなかったのではなかろうか。テーマは上杉謙信であったり、武田信玄であったり、徳川家康であったり、豊臣秀吉であったりした。しかしながら、今年はとうとう初めて大河ドラマを観ない年になってしまった。

現在放送中の「いだてん」については以前にも書いたが、あまりにも面白くないし、むしろ観ていて腹が立ってくるから先月からは観るのをやめてしまった。そうすると日曜日の20時からというゴールデンタイムに観る番組がなくなり、ぽっかりと穴が開き時間の使い方のリズムも乱れてしまうので、どうも締まりのない日曜日になってしまった。これもNHKの責任である。

なぜ面白くないのか?ある人は、「大河ドラマは歴史上の人物を取り上げないと面白くないから」と言っていたが、私はそれだけではないと考える。前にも書いたが、脚本のまずさがより大きな原因だと確信する。具体的には次の2点であろう。

1つ目は、主題の拡散である。金栗四三またはオリンピックの物語にしておけばいいのに古今亭志ん生まで取り上げ、かつそれを前述のたけしにやらせているから、さらに主題が広がりすぎて何の物語か何を伝えたいのかがぼやけまくっている。ここが脚本家の最大のミスであろう。朝ドラで成功したからといってその手法をそのまま使うのは、日曜の夜にじっくりとドラマを観ようとしている視聴者に対して失礼である。

2つ目は、ミスキャストである。ナレーターとしての声の出演だけならまだしもあの濃いキャラクターのビートたけしを起用したのも失敗であろう。これにより主役であるはずの中村勘九郎がかすんでしまっている。これは出演する俳優に対しても失礼極まりない。

こんなドラマに出演料を含む多額の制作費を浪費しているなら、金輪際NHKの視聴料は払いたくない。そうだ、政府は視聴者もそういう形で意思表示ができるようにすべきなのではないだろうか?
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2019/4/30

街の酒屋さん  短歌

我が家の近くの酒屋さんがどうやら廃業したようだ。店の前に何にも表示はないのだが、店先に設置されていた飲み物やタバコの自動販売機が4台くらい次々に撤去されているのを見かけた。全部が撤去されたころからお店はシャッターを下ろしたままなのである。

酒屋さんというと、昔は店頭での販売のほかバイクや軽トラックでの戸別配達が多かった気がするが、いつのころからか配達風景を見ることが少なくなった。そういえば我が家でも、酒類を買うときは最近は酒の量販店かスーパーであることが多くなった。

戸別の配達をしていたころは、町内の各戸の家族構成や父親の勤務先なども熟知して、各家庭の状況を把握できていたのであろうが、それが生かせなくなったことも廃業する契機の一つになったのであろうと思われる。

一方で、家電販売店もかつてほどの数は見かけなくなり量販店が全盛の時代とはなったが、それでも酒屋さんほどには廃れていない気がする。酒屋さんも「街の電器屋さん」のように、電気製品を売るだけでなく設置や修理に重点を移したり高齢者の一人家庭などに対して何でも屋のような対応をして生き残る道は選択できなかったのであろうか?

「進化論」のダーウィンも言ったように、生き残るのは強いものではなく変化に対応できたものなのである。近所の一つのお店の廃業を間近に見て、何とかならなかったものかとふと考えてしまった。

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