2019/11/20

大阪市バスはなかなかいいぞ  短歌

昨年末に亡くなった母親の納骨のため天王寺近くの一心寺に行ったあと、堂島方面に行く用があったのだが、さてどのルートで行こうかとスマホを操作した。すると環状線でも地下鉄でもなく、大阪市バスを使う案内が出た。時間には余裕があるからこれは面白いと考えそれに従った。

1時間に3本ある大阪駅行きのバスは「大阪シティバス」に改名されていたのを初めて知った。車内を見渡すと、ほぼ満席の乗客は高齢者と小中学校生が主体である。多分ほとんどの人は常連なのだろう。

コースは上町筋を北上し大阪城の真横にあたる大手を通過して天満橋あたりからは左折し土佐堀通を西進する。しばらくして肥後橋で右折し四ツ橋筋を北上して大阪駅に向かうものである。

見たことのある景色も初めての景色もあるが、真っ暗な中を行く地下鉄よりも窓外の景色を眺めながら行くバスのほうが断然気持ちがいい。まるで観光バス気分である。所要時間は50分かかるが運賃は一律210円と格安である。安くて便利なのは大歓迎だ。。

おまけに降車する直前には窓の東の空にきれいな満月を見つけた。たまたまの稀有な体験であったが、何となく得をしたような気になったものである。
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2019/11/15

よく頑張った日焼け  短歌

先日ふと自分の手を見て驚いた。というのは、手の甲が日焼けしているのは毎年のことなのだが、指を開いてみたら指と指の間の股の部分が日焼けせずに白いままなのである。何となく不思議なものを見たような気がした。

山に登る時も平地を歩いている時も、指を開いて歩くことはまずないから、考えれば当然のことなのだが、こんなことに気づいたのは初めてのことである。地肌の色がこんなに白かったのだということに小さな驚きと発見をした思いである。

そこで私は考えた。なぜそんな焼け方になったのだろうか、と。頭に浮かんだのは、今年の夏に2年ぶりの北アルプスに行ったこと、しかも山中での滞在が4日間という遠征をしたが、その期間中ずっと好天に恵まれたことである。

あの時はいくつかの幸運に恵まれた。何しろ1年以上続いた腰痛がほぼ治って、北アルプスのど真ん中の縦走ができたのである。もちろんこれには同行の三人の親友達の様々な配慮とサポートがあったからこそだが、天候も含めてとにかく幸運に恵まれたことは間違いない。

そう考えるとこの日焼けは、そういう貴重な思い出の印だと思える。親友達に支えられながらも頑張った今年の私に与えられた勲章だとしか考えられないのである。

もうすぐ寒い冬に入るが、来年もこういう勲章を残せるように、意味のある冬を過ごしたいものである。
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2019/11/11

風流な会話を聞きました  短歌

得意先のお会社を出て帰宅中のJRの駅前交差点の信号待ちで、後ろから「今夜は十三夜やなあ」という声が聞こえてきた。振り返ると、60から70代の三人の男女が薄暮の空を見上げて話している。つられて彼らの視線を追うと、なるほどもうすぐ満月かなという大きさの月が出ている。

三人の話は「だとしたら明日は宵待ち月やなあ」という声が続き、別の男性が「いやあ、それは違うやろ。宵待ち月というのはまた別の月やなかったか?」と掛け合っている。

そういえば十六夜は「いざよい」だったなあ、とまでは思い出したが、「宵待ち月」については名前しか知らないことに気づいた。だから三人の会話には入り込めない。

帰宅後に調べてみたら、確かに「宵待ち月」は満月の1日前の月のことで、「待ち宵月」とも呼ぶし、満月を意味する「望月」に対して「小望月」とも呼ぶらしい。

さすがは人生のベテランの高齢者三名。とかくギスギスしやすい昨今にあって、何となく風流でほのぼのとした会話を聞いたものである。

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2019/11/7

ひこばえ人生  短歌

恥ずかしながら、「ひこばえ」(蘖)ということばを知ったのは最近のことである。本来は樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のことらしいが、私が知ったのは稲を刈り取ったあとに稲の株から生える芽のことである。こちらのほうは、穭(ひつじ)または稲孫、二番穂とも呼ばれるらしい。

これを人に当てはめた場合、サラリーマンという第1のビジネス人生を終えて、その経験やキャリアや人脈を生かして第2のビジネス人生を送っている先輩社長や私の人生は「ひこばえ人生」と呼べるのではないだろうか。第1の人生の経験はノウハウは生かすが、決して第1の人生の延長線上ではないところが「ひこばえ」のひこばえたる所以である。

私の場合、独立起業してよかったこと、サラリーマン時代と大きく変わった点は次の3点である。@時間が自由になったこと(時間を柔軟に使える)、Aテーマを選べること(いやな仕事はやらなくてもよくなったこと)、B後輩たちの仕事を奪うのではなくむしろ彼らに活躍の場を提供できるようになったこと、である。

「人生100年時代」ということばが一般紙やテレビでも度々登場するようになった今、50代または60歳前後で定年などにより退職した人が、新たに独立起業する人が増えているという記事も目にしたことがある。近年の新規起業者の内で60歳以上の占める割合は意外に多いそうである。

だとすれば、今後はそうした人がますます増えるに違いない。比較的早い時期に「ひこばえ人生」を始めた我々がこれからそういうことを考える人たちのお手本にならねばならない。いやむしろ、そういう人生を送ろうという決断の背中を押してあげることや、そういう人生もあるのだよということを知らせてあげることも我々の役割なのかもしれない。

 我が家の近くの「ひこばえ」
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2019/10/29

あちこちで駅名が変わっている  短歌

この数日間で関西の鉄道の駅名が変わっているのをいくつか見かけた。一つ目は大阪メトロの「大阪梅田」(旧・梅田)であり、二つ目は京阪電車の「石清水八幡宮」(旧・八幡市)である。他には、阪急電車の「河原町」も「京都河原町」に、「石橋」も「石橋阪大前」に変更されている。

変更の日付は10月1日で、どうやら8%から10%への消費税の増税により料金表などを変更するのに併せて実施したようである。また変更の理由は、インバウンドをはじめ関西以外からの来訪者に、よりわかりやすいようにするためだと聞いている。

確かに、地元の人にとっては馴染みの深い駅名であっても、その地を初めて訪れる人々にとってはわかりにくい名前や紛らわしい名前は変えたほうがいいに違いない。いやむしろ目的地がわかりやすいように表示することこそが親切で思いやりのある措置だと言うべきであろう。

一方で、地名については話は違う。行政側の効率などの都合で全国どこにでもあるような地名に変更する動きがあるようだが、その地の故事や歴史に基づく古くからの地名についてはできるだけ長く保存すべきである。

要は、同じ名前でも、それを必要とする人や必要とする目的によって考えることが大切なのである。
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