2018/10/15

背が低くなっただけでなく  短歌

何度も書いたが、1月の骨折以来、体調にいくつもの変調が来ているのを実感している。先ずは、腰椎圧迫骨折のせいで身長が2センチも短くなった。次に、骨折との因果関係は不明ながら今年に入ってから血圧が20くらい高くなり、上が140から160、平均で150くらいになっている。

さらに9月初めには時々胸苦しさを感じ、脈を測ると不整脈が出ていた。その後の循環器科での心電図とエコー検査と運動負荷検査の結果、狭心症ではないということが判明したので少し安心できたが、一時は心筋梗塞や脳梗塞の恐怖が頭を去来したものである。

ある医師によれば、骨折を直すための治療の一環として打つ筋肉注射も、不整脈や狭心症を示す指標であるCK値に影響するとのことである。

そう考えると、それぞれの症状は全くの別物とは考えられず、むしろ連鎖反応など何らかの相関があるように感じられてならない。

こうした悩みや疑問を感じるのも、古稀という一つの大きな節目を迎えた時期に発生している点が興味深い。あと何年元気で生きられるかわからないが、残された日々、時間を大切にしたいという気持ちが改めて湧いてきた。
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タグ: 身長 骨折 古稀

2018/10/8

実績と自信と成長と  短歌

昨春に創部から60余年を経て初めて近畿学生野球リーグの1部で優勝を果たし、神宮球場での全日本学生野球選手権に出場した。そしてあろうことかそこで、誰もが予想すらしなかった1勝を挙げてスポーツ紙だけでなく一般紙にも「国立大学の星」と持ち上げられた母校の硬式野球部であったが、昨秋と今春のリーグ戦では惨憺たる有様であった。それはライバルチームたちに我がチームを研究し尽くされたからであった。

特に今春は、6チーム中の5位を何とか死守しやっとのことで1部リーグにとどまったという状態であった。私が11試合中7試合に応援に行ったにもかかわらず、である。しかしながらその最終戦では明るい兆候を見出した。それは昨年の大活躍を知った高校球児が大挙して我が母校に押し寄せ、正式な入試を乗り越えて30名近くが入部してくれたことである。

その中には、1回生ながら春の最終戦でレギュラーとして投げた投手が2名もいたのである。その内の1人はこの秋季リーグでも実力を遺憾なく発揮し、既に2勝を挙げている。投手だけではない、打者でも1回生が指名打者を担っているのである。それらの結果、今秋のリーグ戦では、これまでの戦績は8勝2敗、勝ち点3で、堂々と首位を快走している。

長く人事管理を担当してきて思うことと一致するのだが、「実績」は「自信」につながり、「自信」を重ねていくとそれが「成長」につながり、「実力」となっていくものである。今週も既に10試合中7試合を応援し続けて感じるのは、母校の野球部についても同じことが言えるということである。

かつて常勝軍団と言われた私学チームに対しても堂々と渡り合っているのである。そこには実績に裏打ちされた自信が強く感じられ、彼らとそのチームが成長途上にあることをひしひしと感じる。これが早いうちに実力となっていくのだろうな、と期待しながら明日も応援に駆けつけようと心に誓った。

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タグ: 実績 自信 成長

2018/9/30

日経新聞の「大機小機」欄について  短歌

日経新聞を読み始めてからもう50年近くになる。購読料は一般紙よりも少し高く4900円だが、昨年の値上げ前の4500円としても50年では240万円も支払ったことになる。結構な金額に少し驚くが、この新聞では色々なことを学ばせてもらった。

その中でも、最近気に入って必ず目を通しているのが、マーケット総合欄の「大機小機」というコーナーである。何人かで分担して毎日掲載されているのだが、これがなかなか楽しい記事が多いのである。マーケット欄というのはつまりは株式の欄なのだが、個別の株式や企業についてではなく、名前どおり政治や経済に関する大きな視点からのミニ社説のような感があるのがいい。

先日のタイトルは「エダノミクスとコドモノミクス」で、政権に対する野党の経済政策を2つ紹介したうえで、その2つに共通する問題点を明快に述べていた。昨日のそれは「安倍氏、最後の政権カレンダー」で、自民党の総裁に3選された安倍総理の任期は3年だが、任期までの間には参院選や衆院選があり、その成り行きによっては実際は2年で交代ということもあり得る、という内容であった。

このように、通常の政治欄では書けないような思い切った内容が書かれているのが実に面白い。建前ではなく、言わば本音が述べられているのである。

今やどの新聞を読んでも同じトーンで統一され、横並びの感が強いが、こういう小さな欄に本音を出すだけでなく、もっと本編においても責任をもって本音を出し各紙の特徴を出してもらえないものだろうか。
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2018/9/23

文科省は生まれ変わるべきだ!  短歌

文科省幹部の不祥事が続いている。組織的な天下り問題で前次官が引責辞任した後任の次官が、今度は贈収賄事件で辞任に追い込まれた。同省のガバナンスの欠如が指摘され、その意識の低さに対しては「情けない」「恥ずかしい」などの声が上がっているそうだ。

ある若手職員は、「幹部は組織を改革し、若手の意見を反映していくと言っているが、無責任に感じる。もはや外部の人材に省内の改革を負かせないとダメかもしれない」とまで言っているそうだから、事態の根は深いと思われる。

文科省と言えば、日教組に牛耳られて言いなりとなり公正な手が打ててこなかったという印象がぬぐえないが、一方では14年前に法人化したはずの国立大学への干渉は逆に強まっているのが実態である。これでは弱い者いじめとか、内弁慶と言われても致し方がないであろう。

利権にしがみつき、己の組織の本来の目的を見失い、国民のため学生のためよりは自分自身の利益を優先するような輩と組織は一旦解散して再編成するほうがいいのではないだろうか?一部の職員も漏らすように、思い切って民間の手に委ねるくらいのことをしないと生まれ変わることはできないのではなかろうか。
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2018/9/14

ある違和感  短歌

先日の北海道地震の後遺症は大きく、一部では停電が続くなど復興が遅れている。被災者の方々には心からお見舞い申しあげたい。それはそれとして、その報道を見ていて、ある違和感を覚えた。それは経済産業大臣が北海道の住民や企業に対して節電を呼びかける映像を見たからである。

知事や電力会社の社長でなく、なぜ大臣がしゃしゃり出て北海道の住民に呼びかけるのか?逆に、知事や電力会社の社長はなぜひと言も発しないのか?私は、自民党の総裁選挙が関係していると感じた。自民党の成果、安倍総理の成果を強調したいがために、関係者を説得して政府がしゃしゃり出たとしか見えない。

一昨日の新聞でも政府の出過ぎを強く感じた。それは、人手不足などの対策として郵便物の配達を平日だけに限定するという記事であった。内容には問題はないが、それをやるためには法律を変える、という点には大きな違和感を感じた。郵政が民営化されてから何年が過ぎたのか?なぜいつまでも政府が関与し法律で縛るのか?

我が国の郵便事情が整ってなかった150年前の、欧米列強に追いつけ追い越せの時代ならいざ知らず、郵政会社に堂々と競争を挑む民間企業がいくつも現われ、むしろグローバルな視野で経営を考えなければならない時代、経営にスピードが求められる時代にあって、何という時代錯誤なことをしているのか?

14年前に行われた国立大学の法人化も同じことが言える。法人化しておきながら、大学に対する文科省の締め付けはむしろ強化されている。

いいかげん、日本政府は民間を低く見るのをやめるべきであり、「お上」という意識を捨てるべきであろう。
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