2020/1/28

大人の小道具  短歌

自分を実年齢より高く見せるため、つまりは大人に見せるための小道具がいくつかあるようだ。例えば、タバコでありひげである。私も若いころは童顔を隠して少しでも老けて見てもらえるようにと、髪型をオールバックにした時期があった。

それが最近では、服装や帽子や化粧にまで及んでいるとも聞く。たいへんな時代である。しかしながら、それらには何らかの必要性はあるし、それらの効用も否定はし難い。

それでもやはり、本物の大人らしさは外面的な見てくれではなく、内面から滲み出る教養や素養から出てくるものではないだろうか?ではそれらは、何によって培われるものだろうか?

私は、何歳になっても学び続ける姿勢やそのための読書の質と量にあるのではないかと思う。その点では、あの大親友であり我が師でもある先輩社長から勧められて始めた「メートル読書会」が大きく貢献してくれている。

その会は、1年に1メートル以上の厚さの本を読む会で、負けたら他の人に豪華ディナーをご馳走しなければならない、というルールがある。漫画や週刊誌は対象外である。この会に入ったおかげで、最初の年はギリギリ目標を達成できホッとしたものだが、ここ2年は1.5メートルを目標に掲げ、何と連続して達成できたのである。

いやあ、人生やってみないとわからないものである。あれだけ読書嫌いであった私が読書会でも常に上位2番目くらいに食い込むのだから、わからないものである。一旦身についた習慣は簡単にやめられない。これからも、いい習慣は続けたいものである。
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2020/1/23

今こそマナー教育をやるべきだ  短歌

以前にも書いたが、最近は自己中心な人がさらに増えたなあと感じる。それは、街を歩いている時にも車を運転している時にも感じる。

例えば、歩く早さが遅いのに平気で人の前を横切るとか、改札口の前まで来てからにわかにチケット類を探し始める、長い雨傘をもったまま元気よく腕を振る、直進車が近づいているのにその前に急に流入する運転などである。

いずれも、私が個人的に腹立たしいだけでなく、周囲の人の流れを停滞させるし、安全にも関わることがあるから見逃しにはできないことである。しかしながら残念なことに、本人は周りに迷惑をかけていることには気がついていないようで、しゃあしゃあとしていることが多い。

所詮は、周りや全体を見る「余裕」がないのであろう。また、「待つ」ということや「思いやり」を知らないし、相手との距離の「見切り」ができないから、自分のペースで行動するのだろう。

誠に困ったことであるが、何とかならないものだろうか?一説によれば、学校でマナー教育をしていないのは先進国では日本だけである。知識の教育で身につけたものはいずれAI(人工知能)に取って代わられる。

マナーや躾の教育こそ、今の日本人に求められているのではないだろうか?
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2020/1/18

同窓会は花盛りだ  短歌

2年前に和歌山県立桐蔭高校の学年同窓会を開催し、当時の在校生750人のうち連絡先のわかる600人に案内を出したところ何と200人もの参加者があった。どういうわけかその時の代表幹事が私である。

最近、その中から中学校の学年同窓会もやろうではないかという声が出て、またまた私達がその幹事をやることになりそうな雲行きである。しかしながら、ある程度は連絡先がわかっていた、つまりは名簿ができあがっていた高校の場合と違い、今回は言わば白紙からのスタートのため簡単には行くはずがない。

当初は2年後くらいにやろうと提案したのだが、有志に相談したら、「それでは遅い。半年後にやるべきだ」という意見が大勢を占めた。そんな無茶な、とは思ったが、頼まれたら嫌と言えないのがこの私の短所であり長所でもある。やると決めたら、やれる方法を考えるのが私流なのである。

先日はその2回目の打合せを行い、開催日を6月上旬に決定した。会場も予約できた。

幸いにも30年前の第1回同窓会と20年前の第2回目の際の名簿が入手できたので、卒業生850名中650名の住所データが得られた。しかしこの20年間にはたくさんの転居やその他の異動があったことは間違いないから、実質的にはその6割くらいしか案内状は届かないのではないかと見ている。

その代わり、少しでも早く案内状を出すことにより、口コミで横に広がることを期待しよう。少なくとも100名以上には出席してほしいので、それを目標にした。さあ〜、忙しくなるぞ。
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2020/1/13

元上司のご逝去を悼む  短歌

昨日は京阪沿線の主要駅である香里園駅の近くのお店で、ある研究会の例会兼新年会に参加した。食事のあと入った喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、見知らぬ携帯番号から電話がかかってきた。受信拒否をしたがまたかかってきたので、しぶしぶ受話器を取ったら、私の元上司であったO氏のお嬢さんからの電話であった。

電話の目的は、O氏が昨年12月22日に亡くなったという連絡であった。何せ年末のことであったので、誰にも知らせず近い親族だけで葬儀は済ませたということであった。ただO氏は、私と私の2年後輩であるI氏にだけは連絡をするように言い残されていたそうで、その遺言に従って連絡をくれたものである。自宅のほうへも2回電話をくれていたことが、帰宅後の着信記録に残されていた。

O氏からは昨年9月に転居通知を受け取っていたので、お元気にされているものと考えていたため初めはピンとこなかったが、聞いてみるとかなり前から闘病生活をされていたようである。事情が分かるにつれ、急に懐かしさと悲しみが込み上げて来た。

O氏は私の松下電器勤務時代の2つ目の職場である技術本部・技術能力開発室時代の上司であった。松下時代では合計10名以上の上司に仕えたが、O氏はその中でも最長の6年半もの間、私の上司であった人である。その間、仕事では人生初めてというような大きな仕事や、中でも現在でもまだ残っているような仕事を担当させていただいたことは、私の仕事人生の中でも最大の喜びと誇りであったし、そのことが現在の私の仕事にも大きく生きているのである。その意味では、私に一番影響を与えた上司であることは間違いない。

仕事以外でもよく行動を共にし、幼少からボーイスカウトを経験し京大時代にはローバースカウト隊を組織したというO氏の発案と紹介で、毎年のように福井県の三方五湖の近くの食見(しきみ)という海水浴場まで1泊旅行をしたことを思い出す。また部下数人でそのご自宅にもよく呼んでいただき、珍しいお酒を飲ませていただいたり奥様の手料理をいただいたりしていたので、電話をくれたお嬢さんやその弟さんとも遊んだ記憶がある。だからなおさら懐かしさと驚きと寂しさの入り混じった気持ちになったのであろう。

聞けば、転勤族の夫を持ったお嬢さんは一時はシンガポールへの赴任にも帯同されていたことを聞いていたが、今は千葉県の浦安に住んでおられるそうである。弟さんのほうは歯医者になられたとO氏から聞いていたが、やはり今も歯医者としてご盛業らしい。

すぐにもお線香を上げさせてもらうためにお伺いしたい、と申し出たのだが、上記のようにご姉弟とも遠隔地に住んでおられることと、奥様も大阪で老人施設に入居されており、それは叶わないというご事情を聞かされた。でも2月2日には京都の知恩院さんに分骨をされるそうなので、そちらへのお参りを約束して電話を切った。

香里園駅はO氏が永年住まれたお宅の最寄り駅でもあった。たまたまそこにいるときにご逝去の連絡を受けたことにも何かの因縁を感じた。駅のコンコースからI氏にも電話して、お嬢さんからの電話の内容を伝えた。2月か3月には、必ず2人で知恩院へお参りをさせていただこうと約して電話を切った。O氏には最後にもう一度だけお会いしたかったのが残念でならない。

O氏には心からの哀悼を捧げる。合掌。
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2020/1/7

一年の計は元旦にあり  短歌

昔から「一年の計は元旦にあり」と言われる。その通りだと思う。そういうわけでこの私も、この数年間は毎年の年初めに「一年の計」を立てている。今年も明けてからもう1週間になる。慌てて今年の一年の計を立ててみた。

今年は次の3点を掲げることにした。
1.健康を増進させること
2.社会や周囲のお役に立つこと
3.家族との時間を増やすこと

健康については、一昨年は腰椎圧迫骨折の後遺症で散々苦しんだが、昨年は一流鍼灸治療師の施術のおかげで驚くような回復を遂げたことと親友とのダイエット競争により体調がよくなったので、これを維持し増進する。

仕事や研究会、同窓会などにおいては、自分にしかできないことに絞り込みつつも、従来以上にお役に立ち喜んでもらえるように最大限の尽力をする。

家庭においては、健気に大病と闘っている妻の節子さん、および子供たち、孫たちと接する機会や時間を多く持ち、みんなの支えになる。

これらは従来も心がけていたことではあるが、それらを昨年以上、従来以上に明確にかつ力強く実現していくことを今年の一年の計とする。さあ、これが明確になったからには今日からその実践あるのみである。
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タグ: 一年の計 元旦 抱負



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