2021/1/14

「祝日の移動」について  短歌

昨日フェイスブックで、ある知人から連絡があり、今年は「祝日の移動」があることを知った。何しろ昨年末の12月21日に政府から広報されたばかりなのだが、マスコミでもあまり報道されていないので、これは知らない人も多いだろうと感じ、得意先のお会社や親しい友人たちにすぐにお知らせした。

この措置の背景は、日本で2回目のオリンピックとパラリンピックが開催される年であるためであり、本年だけの特別措置のようである。内容は次のとおりとなっている。

@「海の日」      7/19(月)→ 7/22(木)
A「スポーツの日」 10/11(月)→ 7/23(金)
B「山の日」      8/11(水)→ 8/ 8(日)
これに伴い8/9(月)は振替休日になり、逆に7/19(月)、8/11(水)、10/11(月)は「平日」となる。

詳しくは、下記の「首相官邸ホームページ」(20年12月21日付)を確認することが必要である。
 「2021年の祝日移動について | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)」


現在発売中のカレンダーや手帳は、20年6月時点での祝日法に基づいて印刷されたものがほとんどであるため、各自での訂正が必要となっている。だから皆さんへ注意喚起を行ったのである。案の定、何人からかは「知らなかった。すぐ手帳を書き換える」という反応が届いた。

またある人からは、「オリンピックはたぶん開催は無理だろう。その場合でも祝日の移動はあるのだろうか?」という質問が届いたが、私は12月に発表されたままにすると思う。もしオリンピックが中止となった場合でもまたぞろ急に祝日を元に戻す方が混乱が大きいからである。もしそんなことをしたら、この国の政府の信用はさらにガタ落ちとなるであろう。それだけは避けるはずである。

コロナウィルスは、こんなところへも大きな影響を与えている。怖いことである。
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2021/1/8

市役所の非効率は変わっていなかった  短歌

市役所からマイナンバーカードの「電子証明」の更新手続きをするようにとの案内状が来ていたので、2年ぶりくらいで市役所を訪れた。なぜ久しぶりかというと、この2年間のあいだの住民票や印鑑証明書は我が家のお隣りのコンビニで取り出せていたから、市役所へ行く必要がなかったのである。

さて市役所に入ってみてまず驚いたのは、各部署名の表示板のほかにやたらに案内書やポスターや注意書きが多くてわかりにくいことである。各部署はそれぞれに重要なことを表示しようとしているつもりなのだろうが統一感はまるでなく、ここでもいきなり役所の縦割りを痛感させられる。また、各部署の表示も「市民課」「高齢者福祉課」など役所内の組織名を表示しているだけで、利用者の立場に立った目的別の表示になっていないので、たまにしか役所に行かない人や高齢者などはあちこちうろうろとするばかりである。要は「顧客本位」がまるで感じられない。

一方で、「マイナンバーカード」という名の表示板はなく、上記の各種ポスターの一部として埋もれているばかりである。本気度が伝わらないこんなやり方では、マイナンバーカードの普及率が今だに低いのは頷ける。すべてを利用者の目的別の表示にするのは無理かもしれないが、国を挙げて最重点事業として取り組んでいるマイナンバーカードくらいは、通常の部署表示とは別に特に大きく表示しておくべきではなかろうか。さらには、カードの新規発行は5番窓口、更新手続きは2番窓口、というように20m以上も離れているから不親切極まりない。

やっと担当の窓口がわかって手続きが始まっても、同じ窓口で1つの手続きをするのに何枚もの申請書を書かせるし、書く内容も同じ住所や生年月日を何度も書かねばならないので、もうあきれ返ってしまった。1回書いたらそれが連携できるはずではないのか?この役所にはおよそ「生産性」とか「業務効率」という概念はないようだ。従来からのやり方、自分たちにとってやりやすいやり方を頑として変えようとしない姿勢を再認識させられた。これだから、カウンター内はいかにも職員の数が多すぎるのである。

役所の職員には、一度でいいから民間企業での業務実習を1ヵ月間でもやらせたら少しは意識も変わるのではないかと強く感じた次第である。
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2020/12/31

中央集権と地方分権  短歌

世の中には中央集権でやるほうがいいことと逆に地方分権でやるほうがいいことに分かれるように思う。要は、どちらかでなければいけないということではなく、ケースバイケースだということである。例えばコロナ対策にしても、国と知事との間で責任のなすり合いのような場面を見かけるが、これは国で一括したほうがいいことと各都道府県ごとに実施したほうがいいことが明確になっていないからである。

コロナ対策の一環で給付金の支給が始まった時に、自治体によって対応や支給時期がまちまちであったり遅かったことへの反省から行政システムの統合が打ち出されたが、これなどはシステムなのだからトップダウン式に国としての基幹システムをまず開発し、その概要を各自治体に示しつつ自治体が枝葉となるサブシステムを構築すべきなのに、それが真逆になって各自治体が先行して構築したシステムをあとから統合しようとしている。これでは手間と時間がかかり過ぎる無駄を生み、でき上ったシステムも複雑なものになり重たいものになってしまう。

同窓会においても同じことが言える。我が母校の同窓会の年会費は歴史的に各支部が徴収することになっているが、情報交換のために先日訪問した滋賀大学の同窓会では年会費は本部が徴収しているし、他の大学もほぼそのパターンが多いようである。そのメリットとしては、まとまった資金を活用して同窓会全体の施策として母校や学生のための支援策を様々に展開できるし、各支部は会費徴収という手間を負わなくて済む一方で本部から按分される割り当て金を自分の支部のためにも使えるのである。ところが、我が同窓会では今さらその仕組みを変えようとすると、たちまちに本部の強権発動に反対、という声が沸き起こってしまうから簡単には変えづらいのである。

およそシステムや仕組みというものは、あとから変えようとするともめごとのタネになるだけであるので、初期の段階で後々のことを考慮した枠組みを構築しておくことが重要なのである。最近のできごとからそういうことを学び直した。
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2020/12/22

「山座同定」の楽しみ  短歌

山の名前を知ることの楽しみの一つに「山座同定」がある。実際に見えている山の名前を地図や自分の経験等から割り出して推定または確定させることを言う。それだけのことと言えばそれまでなのだが、山座同定に成功するためには数多くの山の登山経験と読図能力が求められるのである。

そのことのメリットとしては、例えば飛行機で日本アルプスの上空を飛んでいる時などに、山名を知らなければただ「ああ、雪をかぶってきれいだなあ」程度で終わる感想が「ああ、今年の乗鞍岳は積雪が多いなあ」とか「あの槍ヶ岳は岩峰が鋭いので今年も着雪が少ないなあ」というような感想になるのである。つまりは同じ景色を見た感想でも深みが違うのである。

同じことは、名曲を聴いて「ああ、いい音楽だなあ」で終わるのか「ああ、シューベルトのこの曲のここはこのオーケストラの演奏が最高だなあ」と感じるのか、に似ているかもしれない。要は、知らなければそれまでだが、知っていれば味わい方の深みが違う、ということなのだ。同じ楽しむのならやはり深い味わい方をしたいものである。学びの大切さというものはこういう点にも表れるものなのだろう。
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2020/12/5

「水稲再生2期作」について  短歌

以前ここで2回にわたって「ひこばえ」のことを書いたが、それを読んでくれた高校時代の同級生からメールが来て11月26日の朝日新聞に「水稲再生2期作」の記事が出ていたよ、と知らせてくれた。「水稲再生2期作」とは、イネの再生力を生かして2回目の収穫をすることで、それが実用化できないかという研究があちこちで行われているらしい。

同じ水田で年に2回イネを育てる「2期作」は社会科の授業で習った記憶があるが、四国や九州などの温暖な地域を中心に昔から取り組まれてきたものの、労力的に厳しいことやコメの生産調整が続いたこともあってほとんど姿を消したらしい。

それに代わって今研究が進められているのが「水稲再生2期作」である。1回目の収穫後、刈り株から再生してくるイネ、すなわち「ひこばえ」を育てるものなのだが、それには温かな生育期間が十分に必要なため、九州などの温暖地域でしか実現は難しいようである。福岡県の試験田での実験では、3月から苗を育てて4月に田植えをし、8月に1回目、11月に2回目の収穫をしたそうである。

いくつかのパターンに分けての研究から分かったこととしては、1回目の刈り取り時期を遅めにしてかつ残されるイネの高さを高くした場合に一番収量が多かったそうだ。高めに刈ることで刈り株に残る多くの栄養分と葉が2回目のコメを充実させたらしい。

地球の温暖化がさらに強まれば九州以外の地域においても再生2期作の可能性は上がるだろう。また中国では既に研究が盛んで、地域によっては実際に農家でもやっているところがあるらしい。

「人生二毛作のすすめ」を著したのは外山滋比古氏だが、人間の二毛作についてももっともっと研究が進むといいなと考えた。
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